特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第1話

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 来須虎には幼い頃から何よりも大切な存在が居る。それは文字通り自分の命よりも大切な存在であり、どうしようもない程愛しくて堪らない存在だ。
 出会ってからずっと理解ある幼なじみとして、自慢の兄として傍にいた。それはいくら恋焦がれようとも想いが成就することはないと諦めていたからだ。
 5つも年の離れた愛しい人は世界有数の大企業MITANIの嫡男。虎は自分の想いは愛しい人の『幸せな未来』の邪魔になることを理解し、己の想いを押し殺しつづけた。
 だからこそ、愛しい人の想いを受け取ったあの日の出来事はまさに虎にとって青天の霹靂とも言えた。
 虎の愛しい人―――葵は『想いに応えるため』ではなく、自分の意思で彼を愛し、そして求めてくれた。抱き締めた腕の中で『愛してる』と笑ってくれた。
 これが天上の幸せかと愛しい人と肌を合わせ眠りについた夕暮れは心を揺さぶり、虎がこれ以上の幸福などないと自身の腕に抱かれ眠る葵を眺めて目頭を熱くしたことはまぁ仕方のない事だろう。
 だが、まさに最高に幸せだと思った僅か十数時間後にその『最高』が陳腐化してしまうとは思わなかった。『幸せ』には天井など存在しないことを知ったから。
 カーテンの隙間から差し込む陽の光に起こされた虎は時間を確認するよりも先に左側に感じるぬくもりに視線を下げる。
 するとそこにはすやすやと穏やかな表情で眠る愛しい人の寝顔があって、聞こえる寝息すら愛しくて力いっぱい抱きしめたい衝動を覚えた。
 だが衝動のまま抱きしめればこんなに気持ちよさそうに眠っている葵を起こすことになってしまうから、必死に堪えた。ただほんの少し抱きしめる腕に力を込めてしまうぐらいは許されるだろうと虎は込み上がる愛おしさを噛みしめて愛しい人を抱きしめた。
「ん……」
(しまった。力加減を間違えたか?)
 耳に届くくぐもった声に慌てて力を緩める虎。起こしてしまったかと心配そうに様子を窺えば、腕の中で眠る葵は僅かに身じろぎをするもののすぐにまた穏やかな寝息が聞こえてきて安堵する。
 恋人の愛らしい寝顔を眺め、ずっと見ていられると幸せを噛みしめる虎。その口角は自然と上がり、優しい笑みが浮かぶ。
 愛しみを込めてさらさらな黒髪に口付けを落とせば、葵はまた身じろぐ。すると、僅かな隙間も埋めようと擦り寄ってくる葵の唇から零れるのは虎を呼ぶ声で、今度こそ起こしてしまったかと返事をするのだが返ってくるのは静かな寝息だけ。
 眠りながらも自分を呼び甘えてくれる愛しい存在に、虎は堪らず頬を緩ませた。
(俺、もうすぐ死ぬのか?)
 近々自分の身にとんでもない不幸が起こるのでは? と考えてしまう程、虎は今この瞬間が幸せで堪らなかった。
 いや、葵に好きだと言われたあの日から幸せでなかったことなど無かったし、何度も何度も『今この瞬間が人生で一番の幸せだ』と感じていた。
 だからこそ日々塗り替えられてゆく『最高の幸せ』に、虎は自身が最も恐れる不幸がその身に降りかかるのではないかと不安を抱くのだ。
(いや。殺されても死なないけどな。絶対に)
 『幸せ過ぎて怖い』なんて、贅沢な悩みだ。
 らしくない自分の思考に苦笑を漏らす虎は愛しい人を絶対に手放さないという意思を示すように葵を抱きしめた。愛しい人を眠りから覚まさぬように優しく。
 密着する肌から伝わるのは暖かい温もり。自分とは違う体温に思い出すのは、昨日の昼下がりの情事だ。
 これまで頭の中で何度も葵を抱いてきたが、所詮は妄想だと痛感させられたセックスは思い返しても酷いモノだった。
 正直なところ必死過ぎて記憶は断片的で、優しくリードするどころか無理強いして辛い思いをさせてしまった。
 『幸せだった』と、『気持ち良かった』と、葵は笑ってくれたが、童貞丸出しのセックスへのフォローだと分かっているから悔しい。
 約束した『次』はなんとしてでも我を忘れないようにしないとと決意する虎だが、決意した次の瞬間にはきっと『次』も暴走してしまうだろうと冷静な自分に分析されてしまう。
(でも仕方ないよな? 葵とのセックスで冷静になれるわけがないんだから)
 むしろ昨日のセックスもあれだけの暴走に抑えたことを褒めて欲しいぐらいだ。長年恋焦がれた人のあられもない姿を前に随分と理性的だったとすら思うのだから。
(! やばい)
 可愛い声と表情で煽ってきた葵を思い出していた虎は、己の下肢に血が巡る感覚を覚えて焦る。このままでは勃起してしまう。と。
 葵が腕の中にいるこの状況で思い出すべきではなかったと必死に意識を別に向けて萎えさそうと試みるのだが、一度知ってしまった甘美な快楽から目を逸らすことは容易ではなかった。
 今までなら素数を数えたりフィボナッチ数列を数えたりしていれば取り戻すことができた平静。だが、今は素数を数えようとしても、フィボナッチ数列を数えようとしても、思考は途切れて煩悩が割り込んでくる。
 数字を頭に羅列しようとすればするほど、自分に組み敷かれて頬を赤らめ恥じらう葵の表情がちらついてしまう。
 煩悩を振り払うように深く息を吐き、改めて数字を数えようとする虎。だが、振り払っても振り払っても昨日の残影は鮮明になってしまって……。
(ダメだ……治まらない……)
 萎えるどころか完勃ちに近い状態になってしまった。これはもう吐き出すしか治める方法はないだろう。
 虎は己の性欲がこんなに強かったのかと頭を抱えたくなった。
 昨日までなら一度のオナニーで数日は性欲を抑えられていたはずなのに、葵を知ってしまった今はこれまでの淡泊さが嘘のように思える。
 十数時間前に何度も吐精したくせに数週間の禁欲後かと錯覚する勢いで勃起してくる己の下半身は昨日とは別物なのだろうか? なんて疑ってしまう始末だ。
(……流石に今此処で抜くのはダメだよな)
 こんな密着した状態でオナニーをしようものなら、葵を起こしてしまうだろう。それどころか、朝から盛る姿にドン引きされるに決まっている。
 しかし当然のことながらこのままの状態というわけにもいかない。起きて早々恋人の勃起状態を見せてしまうことには変わらないのだから。
 虎は後ろ髪を引かれながらも葵から離れてトイレに行こうと眠る恋人を起こさぬよう細心の注意を払ってベッドから降りた。
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