特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第13話

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 リビングに顔を出せば、不機嫌な面持ちながらも桔梗が先程自分が発した責め立てる言葉を謝ってきた。どうやら茂の予想通り怒りは治まっているようだ。
 受け取った謝罪の言葉に気にしていないと言葉を返せば、困った妹は怒られなかったことを良いことに「そもそも虎が悪い!」と責任転嫁をしてきた。まぁ弟を溺愛している彼女らしいといえばらしいのだが。
 虎は恨めしそうな目を向ける桔梗の言葉を全面的に受け入れ、二人のために正しい判断だったとしても恋人としては間違った判断だったと弟想いの姉に頭を下げ許しを求めた。
 だが、それに桔梗は「そうじゃない!」と声を荒げた。
「あんなに葵を焦らしてたのよ? 初めてのエッチが無事に終わるなんて思わないじゃない!?」
 虎が葵の身体を心配して一線を越えることを躊躇っていたと知っているからこその勘違いだと詰め寄ってくる桔梗。
 らしくもなく圧倒される虎は桔梗が何を言っているか理解できなかった。妹的存在からこんな下世話な指摘をされるとは思わなかったから、当然と言えば当然だろう。
「大体絶対に葵を傷つけるって日和って散々生殺しにしておいて蓋を開ければ痛み止め飲めば学校に行けましたって、そんなに自分が御立派だって見栄を張りたかったの? 私の兄がそんなに器の小さな男だったなんてがっかりよ」
「桔梗、女の子がなんてこと言うの」
「ママ、これは女とか男とか関係ない事よ。これから一生一緒にいるって相手に虚勢を張るなんて信頼関係を築く気がない証拠だって言ってるの!」
「ならそう言えばいいだろう? わざわざ男の股間事情を引き合いに出す必要はなかったんじゃないか?」
「兄さんも何言ってるの!」
 虎に説教せずにはいられない桔梗の勢いは増すばかりで、世間では『お嬢様』と称される女の子が大っぴらに口にするべきではない言葉を羅列する。
 母はそんな娘を宥めようと試みるものの、失敗。それどころか大してオブラートに包めていない夫の言葉に顔を赤くして声を荒げる始末だ。
 虎はそんな3人を眺めながら、先程玄関先でミヤが見せた微妙な表情と言葉を思い出していた。
(なるほど……、ミヤさんは『失敗した』って思ったわけか……)
 去り際に彼が口にした『焦ることじゃない』という言葉はミヤなりの慰めだったのだと理解した虎は、自業自得とはいえオープン過ぎる環境に頭を抱えてしまった。
(分かってる。葵を傷つけたくないから慎重になっていたのは俺だし、初めてのセックスが葵に相当負担をかけるんだろうって思われたってことは、分かってる。でも、流石にこれは居た堪れないぞ)
 顔見知りの面々には初セックスに失敗したと勘違いされ、妹的存在からは一物がでかいと虚言を吐いたと思われているようだ。
 酷い勘違いだと思いながらも、訂正する気にはならない。
 もういっそセックスに失敗した粗チン野郎と思っていてくれと朝からどっと疲れたとため息を吐く虎。
 目の前では三者三様の言い合いが繰り広げられていて、どうしたものかとついつい遠くを見つめてしまう。
(すごいな。こんな状況でも表情一つ変わってない)
 リビングの一角で書類仕事をこなしているのはボディーガードの宍戸陽琥。このカオスな状況でも彼はまるで静寂の中に居るかのように淡々と仕事をこなしている。
 事態の収拾を期待して視線を送ってみるが、予想通り無視された。
(まぁ、そうだよな。こんなの完全業務外だよな)
 期待する方が間違いだと早々に諦めた虎はとりあえず流れに身を任せようと大人しく成り行きを見守ることにした。
「私だって兄弟の性生活なんて気にしたくなかった! でも葵が毎日落ち込んでる姿を見てたら無視もできないでしょ!」
「心配なのはわかるけど、それは葵と虎の問題であって桔梗が口出ししていい問題じゃないの」
「でもっ!」
「お母さんの言う通りだぞ。二人から相談されているならまだしも、自分から首を突っ込んだ挙句怒るのはただのお節介だ」
 両親から諭され、反論の言葉が無くなってゆく桔梗は最後、「うぅ……」と唸って俯いてしまう。
 納得できなくとも口出しするべきではないと理解できた桔梗の様子に樹里斗はホッと胸を撫でおろし、『もう大丈夫』と言いたげに虎へと視線を向け微笑みを浮かべた。
 その笑顔に申し訳なさそうに軽く頭を下げ苦笑を漏らす虎は、やっぱり愛しい人の母親なんだなとその笑顔が纏う空気が似ていると感じた。
「おい。人の奥さんに色目使うなよ」
「! 誤解ですよ」
 虎と樹里斗の間に割って入るように立ちはだかるのはもちろん妻を溺愛している茂だ。
 表情は笑顔で声もからかい交じりな楽し気なものだったが、実は本気で圧をかけられていると虎は知っていた。
「俺が葵一筋だって分かってるでしょう?」
「当たり前だろう。そうじゃないなら許してるわけがないだろう?」
「だったら安心してください。そもそも樹里斗さんは俺にとって母親同然なんですから」
「自分だって姉の私に嫉妬心丸出しの癖によく言うわね」
「もう復活したのかよ」
 妻を隠すように抱きしめる茂には苦笑いが漏れてしまうが、虎も同じだと横やりを入れてくる桔梗。
 両親からの注意に落ち込んでいたくせに随分と立ち直りの早いことだ。
「切り替えが早い所が長所なの」
「知ってる。羨ましい限りだよ」
「くだらないことでずーっとウジウジ悩んでるもんね、虎は」
 主に葵がらみで。と笑う桔梗の表情は本当に楽し気でつい数分前の激高した彼女は幻だったのだろうかと己を疑いそうになる。
 しかし彼女と付き合いの長い虎はいつものことだと脱力し、「それは違う」と彼女の認識の誤りを訂正するのだった。
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