特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第20話

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「痛みが足りないようだな」
「それは足りてる。十分足りてる。腹いっぱいでリバース寸前」
「遠慮すんな。大丈夫だ。病院には連れて行ってやる」
「それ、冗談でもこえぇな」
「本気だからな」
「またまた。お前も俺以外にもこうやって冗談言えばもうちょっととっつきやすい奴だって思われるぞ?」
 苦笑交じりに言葉を続ける海音の思考回路が理解できない虎は見せるのはそれはそれは言葉で言い表し辛い表情だった。
 何故なら目の前の幼馴染は本気で虎の言葉を『冗談』だと思っているのだから。
(ああ、そうだ……。こいつは宇宙人だった……)
 もしくは、未知の生物。
 海音は昔から自分の中の常識では計ることのできない存在だった。
「はぁ……、頼むからお前の好奇心を満たす為に首を突っ込むのは止めてくれ……」
「虎?」
「俺の嫉妬深さは良く知っているだろう? 仮にも『親友』なんだから」
 ハンドルに上体を預け項垂れる虎の言葉に海音は「あー……」と申し訳なさそうに頬を掻いた。
 喜びのあまりすっかり頭から抜け落ちていた。この男は恋人の友人相手に狂気染みた嫉妬を抱く奴だった。と。
(葵が『恋人』になる前の方が酷かったから落ち着いたかと思ったけど、そうか……人生の大半かけて構築されたモンはそう簡単には治らねぇーか)
 たとえそこに恋愛感情が微塵もなくとも他者が恋人の痴態を脳内で妄想しようものなら相手の記憶を根こそぎ奪うぐらい荒れ狂うということだろう。
「分かったよ。これ以上は首を突っ込まない」
「理解してくれてよかったよ」
「でも! でも一個だけ! 一個だけ確認さえてくれ!」
 『分かった』と言った直後に「思い出した!」と騒いで前のめりになる海音。
 虎は絶対こいつは分かっていないと頭痛を覚えた。
「葵は無事か?!」
「……それはどういう意味だ?」
「いやだって、お前って萎えててもマジ凶器だろ? それが完勃ち状態とか俺も正直未知の世界過ぎて葵のあのちっこい尻に入るのか――――」
「殺す」
「うわっ!! ちょ、おま、今のはダメだろ!? 音違ったぞ?!」
 海音は純粋に幼馴染を心配していただけだろう。それは分かっている。先の言葉に『好奇心』は感じなかったから。
 だが、だからと言って許せるかと聞かれればそれは即否定できてしまう虎は振り返り様に拳を繰り出し、それは海音の頬をギリギリ掠めるかどうかのところを通過した。
 拳が空を切る音から察するに、おそらくそれが命中すれば海音の鼻は顔面に埋没していたに違いない。
 言葉で殺意を露わにしながらも、なんとか理性を総動員して怒りを抑えたのは『親友』の人となりを知っていたおかげだった。
「言葉で言って理解できないサルには身体で分からせるしかないからな」
「理解する前に死ぬからな!?」
「むしろ好都合だ。俺の葵で下衆いことを考える連中は全員死んでもらいたいからな」
 胸倉を掴み、これは最後通告だと凄む虎。
 これ以上話題を継続することは友情に亀裂が入るどころか命の危機すらあると感じた海音は理解を示すように己の口を手で塞ぎ何度も頷いて見せた。
 数刻鬼の形相で睨み続けられた海音だが、言葉を発しなかったことで『理解した』と受け取ってもらえたようで虎は再び前を向き車を走らせた。
「と、虎、あのさ―――」
「次は車から引き摺り降ろして身体に教える。話題は選べ」
「わ、分かってるって! マジで悪かったよ。反省してる!」
 必死に弁解する海音をルームミラー越しに睨めば、赦してくれと顔の前で合掌して見せる親友。
 本来なら好奇心で自分達の性生活に首を突っ込んできた連中を許すことなどできるわけがないのだが、これまで幾度となく迷惑と心配をかけた手前怒りを継続させる程薄情でもない虎は溜息を一つ零し、なんとかその怒りを鎮めるよう努めた。
「なぁ、これ、何処向かってるんだ?」
 車窓から見える街並みは虎の家に向かうものではなく、かといって海音の家に向かうものでもなかった。
 まさか自分を山中に埋めに行くつもりか!? と顔を青くする海音に、虎から返って来たのは「馬鹿か」という呆れ声だった。
「昼過ぎには葵を迎えに行くんだ。そんな時間あるわけないだろうが」
「時間があったらそうしたいみたいな言い方!」
「ご希望とあらば応えるが?」
「全然全く希望してません!!」
 悪い顔で怖いことを言わないでくれと怯える海音に、少しは気が晴れたのか虎は愉快だと意地悪く笑って見せた。
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