特別な人

鏡由良

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my treasure

my treasure 第23話

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「それで、お前らは何しに来たわけ?」
 これ以上突っ込んでも躱されるだけだと知っている雲英はベッドの上で姿勢を正すように座りなおすと二人に早朝の訪問理由を尋ねた。
 雲英は深夜三時まで営業しているバーの店員であり、虎も海音もそれを知っている。
 にもかかわらず翌日の仕事の為に休んでいる時間に押し掛けられたのだから雲英が二人に相応の理由を求めてしまうのは当然だろう。
「もしかしてまた虎のお悩み相談か? 前も言ったけど、俺は数か月も慣らせなんて言ってないしさっさとヤっちまえよ。相手だってヤりたがってるんだろ?」
 面識がないからってお前のヘタレっぷりを隠す理由に俺を使うな。
 心底煩わしそうに指をさして文句を言ってくる雲英。虎の行いを顧みれば彼の言い分は尤もだ。
 だが雲英がうんざりする話は昨日で終わり。何と言っても願いは成就したのだから。
「それ! それなんだけど漸く脱童貞したんだよ! な!?」
 虎が反応を返すよりも先に興奮がぶり返したのか前のめり気味な海音が嬉々として雲英に報告する。
 漸く、本当に漸く親友と弟的存在の幼馴染がセックスしたんだと満面の笑みを見せる海音。
 どうして他人であるお前が我が事のように喜ぶんだと言いたげな雲英は何を言うでもなしに虎へと視線を向けた。
 雲英が知る限り虎は基本人間味の薄い男だ。だがそんな男を『こいつもただの男だったのか』と感じる時がある。それは彼の恋人の話題が出た時で、その姿はまさに『溺愛』と呼ぶに相応しいものだった。
 溺愛するあまり、相手を知っている海音の前では『相談』したくないとまで言っていたぐらいだ。文字通り『愛に溺れる』その姿に、今時そんな恋愛をする奴が居るのかと驚いたものだ。
「おい、ひとんちで暴れるなよ? 暴れたら即たたき出すからな」
「……暴れてないだろうが」
 注意が早かったおかげか、僅かに前のめりになっていた上体を壁に預ける虎は衝動を誤魔化す。
 雲英は相変わらず平気で嘘を吐く男に半目になるも、このまま興奮している海音を放置すれば消えたはずの火が再び着火してしまうことは避けられないだろうと判断して成人男子とは思えない純粋な男を止めることにする。
「海音、海音。嬉しいのは伝わったからちょっと落ち着け」
「ごめんごめん。10年近く見守ってきた身としてはなんか感極まっちゃってさ!」
「話を盛るな。精々5年かそこらだろうが」
「俺が海音と出会ったのは今から7年前だから海音が正しいだろ。お前って頭良いのに記憶力がないのか?」
 海音と雲英の出会いは、虎のカミングアウトを受けた海音が同性愛に対する理解を得ようと未成年の癖にゲイバーに入店しようとして断られ、どうしようかと店の前で考え込んでいたところを雲英が声をかけたことが始まりだ。
 当時の海音は一見すると中学生には見えなかったものの、成人している程大人びてはいなかった。
 その誰が見ても未成年と分かる風貌の男子学生を見つけた時まず頭に浮かんだのは絵本の1ページのような風景で、子羊が狼の群れに居ると気づいていない様子だった。
 雲英の脳内で再生される何処かメルヘンなそのイラストはそのファンシーな絵柄のまま子羊が狼に食べられていって、放っておけばこの男子学生は悪い大人の餌食になるだろうと容易に想像できてしまった。
 面倒事は御免だと思いながらも放置してレイプ事件なんて発生した暁には夢見が悪いどころの騒ぎではないだろう。
 一応良識ある大人だと自負している雲英は仕方ないと声をかけ、そんな雲英の声に縋りついて来た海音は、助けて欲しいと懇願してきた。
 その時は雲英もまだ海音に対して恋愛感情など持っていなかったのだが、ノンケがゲイの友人の為に奔走する姿に心を打たれ、気が付けばすっかり恋に落ちてしまっていたというわけだ。
 だからこそ、雲英は海音が虎の片想いをいつから応援していたかはっきりと覚えているのだ。
「人の記憶できる容量は決まってる。不要な情報は削除するのは当然だろう?」
「え? 不要な情報じゃないだろ!? お前が葵にいつから下心持ってたかって話だぞ?」
「それは覚えてる。俺が覚えてないのはお前が『見守ってきた』っていう年数のことだ」
 虎はしれっと言い切ると壁に上体を預けたまま目を閉じた。
 まるで寝入るようなその姿に、雲英が注意を飛ばすのは当然だろう。眠りたいのはこっちだ。と。
「寝るなら帰れよ」
「俺だって帰りたい。でも海音が騒ぐから仕方ないだろうが」
「意味わからん。なんでそれが俺の家に来る理由になるんだよ」
「内容的に店に入るわけにはいかないだろうが。かといって海音の家には誰がいるか分からないしな」
「なら自分の家でいいだろうが」
「俺が童貞じゃなくなっただけで大騒ぎしてる奴をその場に連れて行けって言うのか? お前馬鹿か?」
 想像力豊かな親友のことだ、家に入れようものなら『昨日ここで二人が……』と下世話な妄想を繰り広げて興奮のままそれを自分にぶつけてくるに決まっている。
 それが嫌だから消去法で雲英の家を選んだという虎。雲英はその説明に海音を擁護するのだが、声には本心が現れているのか、勢いは全くなかった。
「エロ脳全開で葵とのセックスを妄想なんてされたら俺は自分を抑える自信がない」
 自宅というある種の閉鎖空間でそんなことが起これば犯罪者になってしまう自信がある。
 そう言い切った虎は、それを回避するためだったと目を閉じたまま雲英に告げた。
 虎の言い分を聞いていた雲英は一瞬、虎が親友を傷つけることを危惧したからかと考えた。だが、何処までも恋人以外どうでもいいと考えている男にそんな良識があるわけがないとすぐさま思い直した。
「可愛い恋人の為に犯罪者にはなりたくないって?」
「そうだ。葵を悲しませたくないし、何より殺人で捕まったら葵と離れ離れになるからな」
 衝動的な犯行の証拠を消すことは難しい。
 そう言葉を続ける虎の言葉は本気だろうか? それともただの軽口だろうか?
 判断できない雲英は改めて目の前の男が持つ『愛』の異様さに寒気を覚えた。
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