強く儚い者達へ…

鏡由良

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そして時は動き出す

そして時は動き出す 第2話

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「ねぇ~、お腹空いた~!!」
 昼下がりの街並みで聞こえるのは少女の声。前を歩く男と少年に向かって頬を膨らまし、立ち止まって「ねぇってば!!」と怒り出せば、晴れ渡る空色の髪が風に吹かれてフワフワと舞う。
「うるせーな!氷華(ひょうか)、お前さっき買い食いしてただろ!!」
 怒りを顕にするのは逆立った黒髪の少年。さっさと歩けと言わんばかりに睨みつけるが、立ち止まった氷華と呼ばれた少女はイヤ!と横を向いてしまう。
「クレープぐらいじゃお腹いっぱいにならないわよ!」
「あぁー!!ったく!…ダンナ!ダンナも何とか言えよ!この我侭女に!」
 聞き分けの無い少女にイライラしながら怒りを隣にいる長身の大男にぶつける少年。
 少年と少女が薄着なのに対して、男は全身黒尽くめでかなり暑そうだ。
「氷華、もう少し先にこの辺じゃ有名なケーキ屋があるらしいから、そこまでがんばれ」
 苦笑しながら零れる声はとても穏やかで、人の心を落ち着かせる。男の声に氷華も「わかった」と笑顔になる。少年は相変わらず甘いんだからと言いたげに男を見上げていた。
「烈火(れっか)と違って、ジェイクは話が分かるから好き~!」
 走りよってきて男の腕に手を添えてにっこり笑えば、ジェイクと呼ばれた男の反対隣にいた少年・烈火は「何だと!?」とまた怒り出してしまう。氷華はべーっと舌を見せてまたそっぽを向いた。
 間に挟まれたジェイクはやっぱり苦笑していた…。
(全く…本当は仲がいいのにどうしてこう喧嘩ばかりするかな…)
 ぶつくさ文句を言いながらも再び歩き出した烈火に続いてジェイクも氷華も歩き出す。甘いものが苦手な烈火はケーキは嫌いだーとため息を零して…。
「烈火、空腹の氷華の相手と我慢して店に入るのどっちがいい?」
「!…我慢するよ」
 ウゲッと嫌そうな顔をする彼と笑うジェイクを氷華が睨む。
「どういうこと…よ…」
 ふと視界に入る赤に氷華は視線を前に移す。そこには幼い少年に喋りかける背の高い赤髪の男性…いや、女性。彼女は前を見ていないらしく、どんどん自分達に近づいてきて…。
(!ぶつかる…)
 氷華がジェイクの腕を引っ張るが、どうやらそれも遅かった。ジェイクも烈火と喋っていて気付いていなかったようで、彼と赤髪の女性は思い切りぶつかってしまった。
「いってー…」
「あ、すみません」
 鼻を押さえ小さく呻く彼女に、ジェイクは驚いたように謝った。この場合、どちらも余所見をしていたからお互いさまだと思うのは氷華。それでも謝る彼に笑ってしまう。
「大丈夫?」
「…っこみて歩いてんだよ!!」
 痛そうに顔を歪める彼女に心配そうに尋ねる少年を無視して目の前の男に噛み付くように怒鳴る女性。それにちょっと待てとばかりに割ってはいるのは烈火だった。
「お前もよそ見してたんだろうが!てめーこそどこに目つけて歩いてんだよ!」
「ちょ、烈火やめな…!ジェイク…」
 二人をいいからと止めるのはぶつかった本人。彼は「今度から気をつけるよ、悪かったね」と笑った。
 赤髪の女性はその穏やかな笑みに「…こっちも悪かったよ」と零して再び歩き出して。納得いかないのは烈火で喧嘩にならなくて良かったと安心しているのは氷華。
「なんだ、あのガラ悪い奴…ダンナも何謝ってんだよ!あんな奴力で捩じ伏せてやれば…」
「物騒なこと言うなよ」
 血の気の多い烈火にジェイクはまた笑う。仕方の無い奴だと頭をポンポンと叩くと烈火はまたブスッとむくれてみせる。
「あれ…?ジェイク、それ何?」
 彼の胸元にキラリと日の光に反射するモノを見つけた氷華は不思議そうに首をかしげてそれに手を伸ばす。ジェイクの服に引っかかっていたのは銀色のプレートと同色の十字架の付いたちぎれた鎖。プレートにはなにやら文字が刻まれているようで、彼女はそれをんー?と見つめる。

Name:リム・フェルリア
Age:51
sex:女
Height :173
Weight :57
BLOOD:悪魔・妖精・人間
TYPE:戦闘
CLASS:ナイト
TITLE:使者

「!!これネームプレート!!どうしよう、ジェイク!?」
 慌てるのはこの星におけるネームプレートの重要性を知っているから。個人の情報が刻まれたそれが他人の手に渡ることは己の身を危険に晒すこととなる。
 氷華がわたわたしながらそれを手渡すと、一瞬だけジェイクの表情から笑顔が消えた。しかし、ほんの一瞬だけだった為、烈火も氷華も気付きもしなかった。
「……ロキア………?」
「え?何?ダンナ、どうしたんだよ?」
 信じられないと思わず言葉が口から零れたのに気付いたのは不思議そうな烈火の声が聞こえたから。
「あ、いや、なんでもないよ。…さっきぶつかった子のものみたいだ」
「えぇ!?あれ、女!?」
 嘘だろ!?と絶叫する烈火に氷華は男と間違えてたんだ…と呆れてしまう。
「ありえねー!男だろ!?ガラ悪いし」
「ありえないのは烈火の目よ。…で、どうする?ネームプレートなんてもの落としたとなると相当あせるんじゃない?あの子」
「そうだな…"TITLE"持ちな上『使者』だし…ぶつかった相手がオレ達じゃなきゃえらい目に合ってたかもな」
 苦笑してネームプレートを握り締める。
 三賢者の意志を継ぐ者の証である"TITLE"を持っているとなると、コレクターには堪らない極上の生物だということ。なんとしてでも生け捕りにしてコレクションに加えようと狙われることは避けられないだろう。
「どうする?」
 尋ねる氷華に烈火は「そんなもん捨てとけば」と吐き捨てる。どうやらご機嫌はまだ直っていないようだ。
「烈火!あんたは黙ってて!!…ジェイク、届けてあげようよ」
「…そうだな。ネームプレートはもちろん、大事なものも付いているようだし…」
 ジェイクが笑って見つめるのは銀色の十字架…。



*



「…ない……」
「え?どうしたの?リム」
「ネームプレートつけてたチェーンがない――!!」
 わたわたしながら服のポケットを探り出すリムの叫びにシーザも驚いてしまう。ネームプレートなんてもの無くすならまだしも、もし落としていたりして他人に拾われたら…と考えると恐ろしくてシーザも慌てて屋敷の中を探しだした。それこそ屋敷中ひっくり返して。
 普段リムが生活している部屋やリビングはもちろん、風呂場や地下室、おまけに庭の草木を掻き分けて見たりもした。が…。
「本当に無い…どうしよう…」
 真っ青な顔して床にうな垂れるリムに、かける言葉を失うシーザ。リムが"TITLE"持ちでしかもそれが三賢者の『使者』ととても希少価値のあるモノだと知っているから、事は更に重大なのだ。
 "TITLE"を持たない者ですら、自分の情報が他者に流れる事を恐れているのに、商品価値として値打ちの高い"TITLE"持ちの生物となれば、自分の情報が流れる事によって様々な危険が訪れるのは明白で、何時敵に襲われるか分かったもんじゃない。
「リム…ネームプレートどうするの……?」
「…え?…あぁ…ネームプレートなんて別にどうでもいい…」
 自分の言葉にまだ青い顔をしたリムがボソッと答えた言葉に思わず「えぇ!?」と叫んでしまった。その声は、『どうでもいい』って何?状況分かってる?と言わんばかり。
「あ、ごめん…どうでも良い訳じゃないけど、もっと大事なものがチェーンにつけてあったから…あぁ、本当にどうしよう…」
 落としたことに気付かなかった自分が信じられないと泣きそうになるのは、情けないから。
(幸斗さんにもらった師匠と繋がっている唯一の証だったのに…)
 彼女の大事な大事な宝物は他でもない、巨大な惑星で偶然にでも出会う事の出来ない人と再び出会う事の出来るの銀色の十字架。
 会いたいと願っても、出会う事が出来ない世界で生きているから、あの十字架は何よりも大切なものだったのに…。
(…師匠なら私の戦闘力を辿って居場所を簡単に突き止められるだろうけど、私に師匠達を自力で見つけるなんて無理だ…!!てか、あれ拾った奴が押したらどうしよう!!)
 そんなの最悪だ。自分の為に駆けつけてくれた師を待っているのは自分ではなく、全く知らない輩だろうから…。
(あんな大事な物落とすなんてって呆れられる…)
 なんとしてでも見つけなければと立ち上がるとリムは外へ飛び出し背から悪魔系統の血を引く証である黒翼を生やすとそのまま飛び立つ為にソレを広げた。背後で戸惑い気味に自分を止める少年の声が聞こえるが、そんなの無視して夜に姿を変え始めた大空へ彼女は羽ばたいてしまう。
「ごめん、今日街で落としたかもしれないから見てくる!」
「ちょっと~それならオイラも行くよ~!!」
 上空から自分を見下ろす彼女にシーザは慌ててドラゴンに姿を変えようとした。その時…。
「取り込み中かな?」
「!!誰だ!?」
 声だけが聞こえて、嫌な予感に胸がザワザワする。リムは辺りを見回すが、何処にも人影など無い。それなのに、声は先程よりも近づいて、「何処を探している?」と笑う。
 全身を包む殺気に吐きそうになるのを堪えて姿を見せろと叫んだ。
(なんでSクラスの奴がこんな偏狭の地に?)
 師が去ってから色々と自分で調べたり学んだりして分かったのは今自分の屋敷が建っている地は生物の戦闘力が平均以下の地域。強くてもせいぜいBクラスがいいところなこの地域に、何故Sクラスの戦闘力を持つ生物が?
 いや、本当は分かっている。敵は、自分の探している連中か、師を探している連中…。
(十中八九、師匠を狙った輩…)
 リムは地上に降り立ち、怯えているシーザに家の中に戻るよう指示を送るのは、無関係の少年を巻き込んではいけないから。
 敵が師を狙ったものだと直感で感じるのは何故だろう…。姿を現したのは自分よりも一回りも二回りも小柄な女性であるにも関わらず、身にまとう自分とレベルの違う戦闘力に気圧されてしまう。
「貴女が、フェンデル・ケイの愛弟子ね。噂は聞いているわ修行の途中で師が姿を眩ませたんでしょ?大変だったわね」
 ニッコリ微笑まれても笑顔を返す気にならない。この殺気という名のプレッシャーに押し潰されそうだ。
 強張った顔のまま、リムは「狙いは師匠の命か」と問えば、あっさりと肯定される。自分が標的の弱みだから、生け捕りにする為に来たと女は笑った。
 師がこの地を去ってもう随分経つが、自分を人質にして師の命を奪おうとする輩は未だかつていなかった。それは、例え名を上げるためとはいえ人質をとってリムの師・戯皇に勝ったところで自分の実力ではない、と誇り在る者が多かったから…。
 このように人質を取り戦いを挑むものもいなくも無いが、何故か今までそんな輩はいなかった。今日が、初めて。
 今日はじめて、師を狙った輩がリムを狙って姿を見せたのだった。
(最悪だ…やらなくちゃいけないことが、私にはあるのに…確実に、殺される…)
 冷たい汗が首を伝い胸元へと落ちる。
 ようやく、姉を救う為、親友を助ける為に動き出したのに…。
「安心して。殺しはしないわ」
 ただ、フェンデル・ケイを殺すために協力してくれればいいの。と笑われても、そんなのリムが分かりましたというわけが無い。
 師には、生き残る為にずるくなれと言われた。人を利用しろと言われた。それでも、これには頷けるわけが無かった。
「ふざけるな。師匠を殺す手助けをさせられる位なら死んだ方がマシだ」
「…分かって無いようね…。これはお願いじゃなくて、命令なの」
 女の顔から笑顔が消えた。と思った次の瞬間、腕に激しい痛みが走った。何だと思ってみてみれば、自分の二の腕に突き刺さる短剣が目に入った。一体何時取り出し、何時投げたのか…?
「もう一度言うわ。大人しく、私の言う事を聞きなさい」
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