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そして時は動き出す
そして時は動き出す 第14話
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ボディーガードとしてカスター卿の屋敷に潜入して今日でもう数ヶ月が過ぎようとしていた。状況は大して変わることもなく、《ベリオーズ》ことリムは、夜中を除く全ての時間をミルクの護衛兵として彼女の傍で日々を過ごしている。
「ねぇ~まだここにいるの?」
リムと烈火に割り当てられた部屋のソファに座り、不満そうな声を上げるのは、メイドとして潜入している氷華だ。
毎夜の日課になりつつある、リムの部屋での報告会。夜でないとリムはここに戻ってこないから仕方ないのだが…。
「それ、俺も同感。正直辛いんだけど…」
氷華の言葉に珍しく同意する烈火にリムはため息を漏らしてしまう。
今日はジェイクがミルク嬢の夜の護衛係だから今部屋にいるのはリム、烈火、氷華の三人だけ。
「そうだな…石一個にこんなに時間をかける予定じゃなかったから…」
氷華と烈火に言われなくても、リム自身、ここまでこの屋敷に長居をする気ではなかったから焦ってしまう。こんなにのんびりしていて良いはずがないのに…。
それでも、今更盗むという強行手段に出れなのは、ミルクを大切に思うから。今自分達が護っているお嬢様を裏切りたくないから…。
自分の甘さに、自嘲しか出てこない。
「ねーミルク様はどうなの?少しは男の人と喋れるようになったの?」
「…どうだろう…一応、私には結構喋りかけてくれるようになったけど…。他の男は……!あ、ジェイクと帝にも喋りかけてる時があるかな?」
以前は全くもって自分達…男とは喋る事が出来なかったミルクだが、今では男としてこの屋敷に潜入しているリムが傍に居てもたまに体を強張らす事はあっても自分から話しかけれるまでになっていた。
そして、リムはリムで、そんな彼女の努力も恐怖も分かるから、一定の距離を常に保ち、彼女が呼んだ時だけその距離を詰めるように心がけている。
「すげー進歩だな、それ」
「でも、ジェイクと帝って言うのは分かるね~。帝はあの中じゃ一番男を感じないし、ジェイクは絶対に立ち入らないよね、ミルク様のテリトリーに。それでいて、静かにミルク様を護る姿が素敵って、人気あるよ、あたし達の中では」
メイド仲間の中で、ジェイクは物静かで、大人の魅力たっぷりなところが素敵だと憧れる者が多いらしい。その言葉に、へーっと大して興味を惹かれないと言いたげに返事をするのは烈火だった。
凄い凄いと良いながら、ソファーに寝転がり、伸びをする烈火に氷華は頬を膨らませてしまう。
(何よ!ちょっとはあたしの話聞いてくれても良いじゃない!!)
最近烈火が自分に冷たいと氷華が愚痴っていたのを聞いていたリムはそれに苦笑いを浮かべるしかない。出会って数ヶ月しか経っていないが、彼女が烈火に恋愛感情を抱いているのはそういうことに鈍いと言われていた自分でも分かるから。
「でも、烈火も人気あるんじゃないか?ミルクが言ってたぞ?『《ベリオーズ》のお友達の《煉》さんはとても慕われているみたいね』って。メイド達が話しているのを聞いたらしいけど」
「げ、マジで?それやめてくれ…」
嫌がるのが分かっていて烈火に話を振れば、案の定、予想した言葉が、予想した表情で返ってきて笑えてくる。
しかし、その言葉は氷華のテンションを更に下げてしまう。
「烈火が不用意にあたしに喋りかけてくるから、知り合いかとか、紹介してとか、皆が毎日言ってくるんだけど…本当に迷惑だよ…嬉しい嬉しくないは別として、もう少し自覚してよ!!もてるんだって!!」
元の姿である青年の姿に戻った烈火は帝のように美しい顔立ちでもなければ、リムのように美男子と称される容姿ではない。しかし、それでもこんな風に人気なってしまうのは、その性格から。
本人は女の子と関わるのは嫌がっているのだろうが、困っている姿を見たら手を貸さずにはいられないのが烈火だった。そして、女嫌いと公言するような態度をとっているが、それが逆に硬派でこの星では珍しい!と女の子の意識を攫っていると本人は知る由もない。
(毎日のように自分の好きな人を『紹介しろ』だの言われるあたしの身にもなってよ!!)
この潜入捜査もはじめは楽しかったのだが、日がたつに連れて、烈火の事が気になるという恋愛話をよく耳にするようになり、現在ではマジだと言う女の子まで出てきて、氷華にとってはあまり嬉しく無い話だ。
そんな日々にうんざりしてしまっているから、
(早く辞めたい…)
とも思ってしまう。
「でも、烈火がそんな風に見られるなんて私は普通に驚くけどな…、お前、本気で女嫌いだし」
氷華の気持ちに気付いていても、それが本音だからリムはケラケラ笑ってしまう。それには烈火も人事だと思ってと愚痴ってきて…。
ため息が部屋に落とされる。
三人とも、理由は違えど早々にこの屋敷から立ち去りたいと思っていることにはかわりがないから。
「あ、明日って、ジェイクと烈火でしょ?夜の護衛係って。あたしも、明日は宵の晩だからここに来れないの」
「いきなりだな…。脈略ねーぞ」
「だって、思い出したときに言っとかないとわすれそうだったんだもん!」
良いじゃない!とふくれっ面を見せる彼女に、リムは氷華の忘れっぽさを思い出してまた笑っていた。
なんだかんだ言いながら、ちゃっかり烈火の隣に座っていている氷華と、ご機嫌斜めな彼女をお疲れ気味ではあるが宥める烈火を見ていると微笑ましくなってしまうから仕方がない。
(本当に仲良いなぁ…)
「…何笑ってんだよ、リム!」
視線に気がついて怒り出す男に、また笑ってしまう。どうしてって、烈火は氷華の気持ちに全く気がついていないから。もちろん、リムが笑っている理由なんて知る由もない。
「リム!!」
「声でかいって。でも、ごめんごめん。ちょっと面白くて…」
「何が面白いんだよ?!」
「いやいや、気にすんなって。じゃ、みんな明日は都合が悪いし、久々に私はゆっくり休ませてもらうよ」
適当にあしらわれて、また、怒る烈火。でも、リムはやっぱり笑って流している。ただ、こうやって笑っている場合ではないとも分かっているから、悩んでしまう…。
(ミルクを騙したくない。でも、石を手に入れなくちゃいけない…私はどうしたら良い……?)
*
「おはよう、《ベリオーズ》。昨日は良く眠れた?」
いつものように、夜が明けると同時に男装してミルクお嬢様の部屋へと向うと、ドアを開ける前に扉を開かれて不覚にも驚いてしまった。普段なら周囲に意識を配らせ、こんな風に少女の気配に気がつかないなんてありえないのに…。
リムの驚きの理由なんて全く分かっていないミルクは不思議そうに、目を見開いて自分を見る彼女を見つめていた。
「どうかしたの?」
「あ、…いや、なんでもないよ。今日はえらく機嫌が良いんだな」
いつもなら、自分が部屋を訪れるまで、こんな風に自分からドアを開けることなんてなかったから驚いたと笑うリムに、ミルクも笑いながら、
「わたしも何時までも変わらないわけじゃないんだから」
と返して来る。相変わらずリムがミルクに触れることはなかったが、それでも二人の距離は近くなる。
自分が手を伸ばすと、びくっと震える少女が、やっぱり大切だと思うから、傷を広げることはしたくない…。
(私も、変わりたいと願って…ようやく、男と空間を共にできるようになった……焦っちゃ、ダメだから…)
師が自分を大切に大切に見守ってくれたように、自分もこの少女を護ってあげたい…。そう願いながら、伸ばした手をその髪に触れる前に止め、自分の胸元の十字へと移動させる。
「…《ベリオーズ》、貴方は何時もその十字架を身に付けているのね…」
そう言いながら、自分の手に伸ばされるミルクの白い手…。
必死に強くなろうとする彼女に優しい笑みを浮かべて、大切なものだからと言ってやる。…強くなれる、お守りだと…。
悲しい気持ちを、弱い心を全て吸い取ってしまう、リムがリムでいられる十字架。誰にも触らせたくないと思うほど、大切な想いの詰まったチェーントップを体を屈めてミルクに見せてやる。
「綺麗…《ベリオーズ》の瞳みたいに燃える様に赤い石だね……なんていう石?」
「さぁ…俺は宝石には興味がないから」
やんわりと体を起こして彼女の手から銀色に輝く十字架を放させる。…誤って中央の赤い宝石を押してしまったら、また、師に迷惑をかけてしまうから…。
ミルクも、無理強いして見せてとせがむ事もなく、素直に手を引っ込める。
「これと、対照的ね。…燃えるように赤い、《ベリオーズ》のその石と、わたしの持つ寒々しい青い宝石…」
「…ミルクは、その宝石がどう言った物か知っているのか?」
はっきりと『青い宝石』の名称を言わなかった少女に、知らないわけないよな?と思いながらも尋ねてみる。すると、ミルクは当たり前だと言わんばかりに笑顔をしかめっ面へと変えてしまう。
「失礼よ。《ベリオーズ》。いくら私が何も知らないっていっても、そこまでじゃないわ!"マーメイドの涙"でしょ?!」
「ご、ごめんごめん。…でも、その石の持つ力は知らないだろう?」
"伝説の石"の一つ、"マーメイドの涙"には特殊な力があり、男がその宝石に触れると魔石が纏う強大な魔法力によりその身が蒸発したように消えうせてしまうらしい。実際にその光景を目撃した人物が何人もいるからこの情報が嘘であるとは考えにくい。
"伝説の石"自体は良く知られているらしいが、その石のほんの数個にこう言った特殊な能力があることはほとんど知られていないと言うこともあり、ミルクは予想通り、「え?」と首を傾げてみせる。
その様子がとても可愛らしくて、同性ながらもドキッとしてしまうリム。
「なんなの…?この石の、力って…」
「…誰も教えてくれなかったのか?そんな危険なものを大事なお嬢様が持っているのに?」
自分の言葉に、怯えるのは無理もないだろう。『危険なもの』と言い切られてそうなんだと笑ってられる程彼女は強くない。
震えながら、首にかかる青い宝石を手に取る少女は泣きそうに顔を歪めてしまった。
「あー…ミルクには危険なものじゃないんだよ。…俺達男にはとても危険なものなんだけどね。…その石は、神々の魔力の結晶とも言われるほど強い魔法力を秘めているのは知ってるよな?それが、"三賢者"の一人、デリア・ケン・シュートによって封印され、封印されたことによって魔法力と封印との共鳴が起こり、ある特殊な力を持つこととなったんだ。それが、…男が触れると、その肉体が一瞬で蒸発し、消えてしまうってモノなんだ」
「!そ、そんな…」
自分の身に付けていたものがそんな恐ろしい力を持っているとは思わなかったミルクは呆然としてしまう。美しく、高価な宝石だとは知っていたが、人の命を奪ってしまう程強力な力があったなんて…。
リムは苦笑しながら、ミルクの部屋の中へ入り、何時も座っている椅子へと腰を下ろした。
窓からは朝独特の少し涼しげな太陽の光が差し込んでいて、室内にいながら眩しいと感じる。
「そんなところに何時まで突っ立てる?それとも、今日は外を歩く?」
「え…?…ヤダ…だって、今日、もう一人って…」
顔をしかめるのは、今日の昼間の護衛担当者が、ロエイと言う男だから。その言葉にリムはまた笑う。
男臭さで言ったら他にも苦手な輩はいるのだが、何時もリムに絡んでくるロエイが嫌いらしい。
「敷地内から出るときは必ずもう二人付いて出ないといけないからな」
基本的にミルクがこの屋敷の敷地内から出るときは前もって父であるカスター卿に話しておき、当日、カスター卿の護衛兵の一人、オプトが必ず同行するようになっている。もちろん、ボディーガードとして採用されてからはリムもそれに同行する。
ただ、それ以外でミルクが外に出る際は、最低でもボディーガードを3人は連れて出ろと言われているから、リムと、今日の昼の護衛係であるロエイともう一人連れて出なければならないのだ。
「今日は良い天気だから港に出たかったんだけど…あーあ…《ディック》さんならよかったのに…」
「!驚いた。ミルクが自分からそんなこと言うなんて!進歩したな」
喋りかけることはあっても、こんな風に、男を慕う言葉を出す事が今までなかったはず。随分前向きになったんだとリムは安心したのだった。
「だって!…だって、彼は他の人とは全然違うから…。とても、優しくて、…とても、安心できるの……他の人と交代する時でも、必ず私に一言掛けてくれるのよ?凄く、穏やかな笑顔を見せてくれる人よね…《ディック》さんて…《ベリオーズ》の周りにいる人達には随分慣れたと思ってるけど、やっぱり、彼が一番かな。…!あ、もちろん、一緒にいて一番落ち着くのは《ベリオーズ》だけだから!」
慌ててフォローを入れてくれなくても大丈夫なのにと思いながらも、素直に賛辞を受け入れて微笑んでやる。
怖がりで臆病な、でも、誇り高いお嬢様は、本当は良く喋る明るい女の子だったのだと改めて認識させられた。…彼女の性格を、変えてしまった出来事の重さを、痛感した…。
「…でも、本当に貴方のおかげよ。《ベリオーズ》。…貴方があの夜私に言ってくれた言葉が私にとってはどれ程心の支えになったか知らないでしょう?」
「クスクス…それ、本人を目の前によく言えるな。…ミルクは本当に真っ直ぐで羨ましいよ…」
自分は、そんな風に素直に感謝の言葉を紡ぐことがまだ出来ないから…。心の底から、そう思う…。
自分と同じような目に合いながらも、日々を強く生きる人が居ることも分かっている。笑顔を忘れない人が居ることも、理解している。でも、リムには、出来ないから…。
立ち上がり、前に進むことを選んだくせに、同じ場所で足踏みしている気がしてならない。ミルクのように、歩き出したい。
「素直に言葉を伝えないと、人には自分が伝わらないでしょう?」
(……忘れられないのは…どうしてだろう……)
こんなにも、心が縛られている自分が許せない。
「………《ベリオーズ》?」
「え?あ、……ごめん、ちょっと…」
「お友達を、思い出していたの…?」
悲しそうなリムの目に飛び込んでくるのは、泣きそうなミルクの瞳。
「ねぇ~まだここにいるの?」
リムと烈火に割り当てられた部屋のソファに座り、不満そうな声を上げるのは、メイドとして潜入している氷華だ。
毎夜の日課になりつつある、リムの部屋での報告会。夜でないとリムはここに戻ってこないから仕方ないのだが…。
「それ、俺も同感。正直辛いんだけど…」
氷華の言葉に珍しく同意する烈火にリムはため息を漏らしてしまう。
今日はジェイクがミルク嬢の夜の護衛係だから今部屋にいるのはリム、烈火、氷華の三人だけ。
「そうだな…石一個にこんなに時間をかける予定じゃなかったから…」
氷華と烈火に言われなくても、リム自身、ここまでこの屋敷に長居をする気ではなかったから焦ってしまう。こんなにのんびりしていて良いはずがないのに…。
それでも、今更盗むという強行手段に出れなのは、ミルクを大切に思うから。今自分達が護っているお嬢様を裏切りたくないから…。
自分の甘さに、自嘲しか出てこない。
「ねーミルク様はどうなの?少しは男の人と喋れるようになったの?」
「…どうだろう…一応、私には結構喋りかけてくれるようになったけど…。他の男は……!あ、ジェイクと帝にも喋りかけてる時があるかな?」
以前は全くもって自分達…男とは喋る事が出来なかったミルクだが、今では男としてこの屋敷に潜入しているリムが傍に居てもたまに体を強張らす事はあっても自分から話しかけれるまでになっていた。
そして、リムはリムで、そんな彼女の努力も恐怖も分かるから、一定の距離を常に保ち、彼女が呼んだ時だけその距離を詰めるように心がけている。
「すげー進歩だな、それ」
「でも、ジェイクと帝って言うのは分かるね~。帝はあの中じゃ一番男を感じないし、ジェイクは絶対に立ち入らないよね、ミルク様のテリトリーに。それでいて、静かにミルク様を護る姿が素敵って、人気あるよ、あたし達の中では」
メイド仲間の中で、ジェイクは物静かで、大人の魅力たっぷりなところが素敵だと憧れる者が多いらしい。その言葉に、へーっと大して興味を惹かれないと言いたげに返事をするのは烈火だった。
凄い凄いと良いながら、ソファーに寝転がり、伸びをする烈火に氷華は頬を膨らませてしまう。
(何よ!ちょっとはあたしの話聞いてくれても良いじゃない!!)
最近烈火が自分に冷たいと氷華が愚痴っていたのを聞いていたリムはそれに苦笑いを浮かべるしかない。出会って数ヶ月しか経っていないが、彼女が烈火に恋愛感情を抱いているのはそういうことに鈍いと言われていた自分でも分かるから。
「でも、烈火も人気あるんじゃないか?ミルクが言ってたぞ?『《ベリオーズ》のお友達の《煉》さんはとても慕われているみたいね』って。メイド達が話しているのを聞いたらしいけど」
「げ、マジで?それやめてくれ…」
嫌がるのが分かっていて烈火に話を振れば、案の定、予想した言葉が、予想した表情で返ってきて笑えてくる。
しかし、その言葉は氷華のテンションを更に下げてしまう。
「烈火が不用意にあたしに喋りかけてくるから、知り合いかとか、紹介してとか、皆が毎日言ってくるんだけど…本当に迷惑だよ…嬉しい嬉しくないは別として、もう少し自覚してよ!!もてるんだって!!」
元の姿である青年の姿に戻った烈火は帝のように美しい顔立ちでもなければ、リムのように美男子と称される容姿ではない。しかし、それでもこんな風に人気なってしまうのは、その性格から。
本人は女の子と関わるのは嫌がっているのだろうが、困っている姿を見たら手を貸さずにはいられないのが烈火だった。そして、女嫌いと公言するような態度をとっているが、それが逆に硬派でこの星では珍しい!と女の子の意識を攫っていると本人は知る由もない。
(毎日のように自分の好きな人を『紹介しろ』だの言われるあたしの身にもなってよ!!)
この潜入捜査もはじめは楽しかったのだが、日がたつに連れて、烈火の事が気になるという恋愛話をよく耳にするようになり、現在ではマジだと言う女の子まで出てきて、氷華にとってはあまり嬉しく無い話だ。
そんな日々にうんざりしてしまっているから、
(早く辞めたい…)
とも思ってしまう。
「でも、烈火がそんな風に見られるなんて私は普通に驚くけどな…、お前、本気で女嫌いだし」
氷華の気持ちに気付いていても、それが本音だからリムはケラケラ笑ってしまう。それには烈火も人事だと思ってと愚痴ってきて…。
ため息が部屋に落とされる。
三人とも、理由は違えど早々にこの屋敷から立ち去りたいと思っていることにはかわりがないから。
「あ、明日って、ジェイクと烈火でしょ?夜の護衛係って。あたしも、明日は宵の晩だからここに来れないの」
「いきなりだな…。脈略ねーぞ」
「だって、思い出したときに言っとかないとわすれそうだったんだもん!」
良いじゃない!とふくれっ面を見せる彼女に、リムは氷華の忘れっぽさを思い出してまた笑っていた。
なんだかんだ言いながら、ちゃっかり烈火の隣に座っていている氷華と、ご機嫌斜めな彼女をお疲れ気味ではあるが宥める烈火を見ていると微笑ましくなってしまうから仕方がない。
(本当に仲良いなぁ…)
「…何笑ってんだよ、リム!」
視線に気がついて怒り出す男に、また笑ってしまう。どうしてって、烈火は氷華の気持ちに全く気がついていないから。もちろん、リムが笑っている理由なんて知る由もない。
「リム!!」
「声でかいって。でも、ごめんごめん。ちょっと面白くて…」
「何が面白いんだよ?!」
「いやいや、気にすんなって。じゃ、みんな明日は都合が悪いし、久々に私はゆっくり休ませてもらうよ」
適当にあしらわれて、また、怒る烈火。でも、リムはやっぱり笑って流している。ただ、こうやって笑っている場合ではないとも分かっているから、悩んでしまう…。
(ミルクを騙したくない。でも、石を手に入れなくちゃいけない…私はどうしたら良い……?)
*
「おはよう、《ベリオーズ》。昨日は良く眠れた?」
いつものように、夜が明けると同時に男装してミルクお嬢様の部屋へと向うと、ドアを開ける前に扉を開かれて不覚にも驚いてしまった。普段なら周囲に意識を配らせ、こんな風に少女の気配に気がつかないなんてありえないのに…。
リムの驚きの理由なんて全く分かっていないミルクは不思議そうに、目を見開いて自分を見る彼女を見つめていた。
「どうかしたの?」
「あ、…いや、なんでもないよ。今日はえらく機嫌が良いんだな」
いつもなら、自分が部屋を訪れるまで、こんな風に自分からドアを開けることなんてなかったから驚いたと笑うリムに、ミルクも笑いながら、
「わたしも何時までも変わらないわけじゃないんだから」
と返して来る。相変わらずリムがミルクに触れることはなかったが、それでも二人の距離は近くなる。
自分が手を伸ばすと、びくっと震える少女が、やっぱり大切だと思うから、傷を広げることはしたくない…。
(私も、変わりたいと願って…ようやく、男と空間を共にできるようになった……焦っちゃ、ダメだから…)
師が自分を大切に大切に見守ってくれたように、自分もこの少女を護ってあげたい…。そう願いながら、伸ばした手をその髪に触れる前に止め、自分の胸元の十字へと移動させる。
「…《ベリオーズ》、貴方は何時もその十字架を身に付けているのね…」
そう言いながら、自分の手に伸ばされるミルクの白い手…。
必死に強くなろうとする彼女に優しい笑みを浮かべて、大切なものだからと言ってやる。…強くなれる、お守りだと…。
悲しい気持ちを、弱い心を全て吸い取ってしまう、リムがリムでいられる十字架。誰にも触らせたくないと思うほど、大切な想いの詰まったチェーントップを体を屈めてミルクに見せてやる。
「綺麗…《ベリオーズ》の瞳みたいに燃える様に赤い石だね……なんていう石?」
「さぁ…俺は宝石には興味がないから」
やんわりと体を起こして彼女の手から銀色に輝く十字架を放させる。…誤って中央の赤い宝石を押してしまったら、また、師に迷惑をかけてしまうから…。
ミルクも、無理強いして見せてとせがむ事もなく、素直に手を引っ込める。
「これと、対照的ね。…燃えるように赤い、《ベリオーズ》のその石と、わたしの持つ寒々しい青い宝石…」
「…ミルクは、その宝石がどう言った物か知っているのか?」
はっきりと『青い宝石』の名称を言わなかった少女に、知らないわけないよな?と思いながらも尋ねてみる。すると、ミルクは当たり前だと言わんばかりに笑顔をしかめっ面へと変えてしまう。
「失礼よ。《ベリオーズ》。いくら私が何も知らないっていっても、そこまでじゃないわ!"マーメイドの涙"でしょ?!」
「ご、ごめんごめん。…でも、その石の持つ力は知らないだろう?」
"伝説の石"の一つ、"マーメイドの涙"には特殊な力があり、男がその宝石に触れると魔石が纏う強大な魔法力によりその身が蒸発したように消えうせてしまうらしい。実際にその光景を目撃した人物が何人もいるからこの情報が嘘であるとは考えにくい。
"伝説の石"自体は良く知られているらしいが、その石のほんの数個にこう言った特殊な能力があることはほとんど知られていないと言うこともあり、ミルクは予想通り、「え?」と首を傾げてみせる。
その様子がとても可愛らしくて、同性ながらもドキッとしてしまうリム。
「なんなの…?この石の、力って…」
「…誰も教えてくれなかったのか?そんな危険なものを大事なお嬢様が持っているのに?」
自分の言葉に、怯えるのは無理もないだろう。『危険なもの』と言い切られてそうなんだと笑ってられる程彼女は強くない。
震えながら、首にかかる青い宝石を手に取る少女は泣きそうに顔を歪めてしまった。
「あー…ミルクには危険なものじゃないんだよ。…俺達男にはとても危険なものなんだけどね。…その石は、神々の魔力の結晶とも言われるほど強い魔法力を秘めているのは知ってるよな?それが、"三賢者"の一人、デリア・ケン・シュートによって封印され、封印されたことによって魔法力と封印との共鳴が起こり、ある特殊な力を持つこととなったんだ。それが、…男が触れると、その肉体が一瞬で蒸発し、消えてしまうってモノなんだ」
「!そ、そんな…」
自分の身に付けていたものがそんな恐ろしい力を持っているとは思わなかったミルクは呆然としてしまう。美しく、高価な宝石だとは知っていたが、人の命を奪ってしまう程強力な力があったなんて…。
リムは苦笑しながら、ミルクの部屋の中へ入り、何時も座っている椅子へと腰を下ろした。
窓からは朝独特の少し涼しげな太陽の光が差し込んでいて、室内にいながら眩しいと感じる。
「そんなところに何時まで突っ立てる?それとも、今日は外を歩く?」
「え…?…ヤダ…だって、今日、もう一人って…」
顔をしかめるのは、今日の昼間の護衛担当者が、ロエイと言う男だから。その言葉にリムはまた笑う。
男臭さで言ったら他にも苦手な輩はいるのだが、何時もリムに絡んでくるロエイが嫌いらしい。
「敷地内から出るときは必ずもう二人付いて出ないといけないからな」
基本的にミルクがこの屋敷の敷地内から出るときは前もって父であるカスター卿に話しておき、当日、カスター卿の護衛兵の一人、オプトが必ず同行するようになっている。もちろん、ボディーガードとして採用されてからはリムもそれに同行する。
ただ、それ以外でミルクが外に出る際は、最低でもボディーガードを3人は連れて出ろと言われているから、リムと、今日の昼の護衛係であるロエイともう一人連れて出なければならないのだ。
「今日は良い天気だから港に出たかったんだけど…あーあ…《ディック》さんならよかったのに…」
「!驚いた。ミルクが自分からそんなこと言うなんて!進歩したな」
喋りかけることはあっても、こんな風に、男を慕う言葉を出す事が今までなかったはず。随分前向きになったんだとリムは安心したのだった。
「だって!…だって、彼は他の人とは全然違うから…。とても、優しくて、…とても、安心できるの……他の人と交代する時でも、必ず私に一言掛けてくれるのよ?凄く、穏やかな笑顔を見せてくれる人よね…《ディック》さんて…《ベリオーズ》の周りにいる人達には随分慣れたと思ってるけど、やっぱり、彼が一番かな。…!あ、もちろん、一緒にいて一番落ち着くのは《ベリオーズ》だけだから!」
慌ててフォローを入れてくれなくても大丈夫なのにと思いながらも、素直に賛辞を受け入れて微笑んでやる。
怖がりで臆病な、でも、誇り高いお嬢様は、本当は良く喋る明るい女の子だったのだと改めて認識させられた。…彼女の性格を、変えてしまった出来事の重さを、痛感した…。
「…でも、本当に貴方のおかげよ。《ベリオーズ》。…貴方があの夜私に言ってくれた言葉が私にとってはどれ程心の支えになったか知らないでしょう?」
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自分は、そんな風に素直に感謝の言葉を紡ぐことがまだ出来ないから…。心の底から、そう思う…。
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こんなにも、心が縛られている自分が許せない。
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「え?あ、……ごめん、ちょっと…」
「お友達を、思い出していたの…?」
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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