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炎の追憶
炎の追憶 第6話
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ジェイクの言っていることは事実だろう。
いくら強いと言えども天才と言われていた師に比べれば、ジェイクの強さなど平凡な強さでしかない。それは戯皇と一緒にいたリムが一番よく解っていることだから。
師のように圧倒される強さを彼が持っているわけではないから、ジェイクが勝てる相手なら師が負けるわけなどない。まして、幸斗が常に師の傍に控えているのだから、二人の命が危険に晒されることなど万に一つも有り得ないだろう。
リムは反論の言葉を失い、「もう寝るっ…!」と、荒い足音で階段を駆け上がっていった。まるで拗ねた子供のようなその態度に、ジェイクはうっすら笑みを浮かべながら本の頁を送るのだった。
「ダンナ…」
「烈火…?」
しかしそんなジェイクに、リムが部屋に戻ったことを確認するかのように階段を見上げていた烈火が何処か思いつめたような声で本を読むのを止めてくれと視線を移してきた。
普段の彼らしからぬ雰囲気に氷華は一体どうしたのかと眉を顰め、シーザも黙って烈火とジェイクのやり取りを見守る。
「…なんで、嘘を吐いたんだ?」
「…どうして嘘だと思うんだ?」
本から視線を自分を見据える少年へと移せば、烈火は一瞬言葉を躊躇うものの、それでもはぐらかす事は出来ないと再び真っ直ぐジェイク見据え、こう言った。
「あの魔力は、俺の兄貴のモンだ」
戦ったのなら解ったはず。相手が、炎術師だと言う事が。そして、ジェイクほどの戦闘力を持つ者になら容易に気付く事が出来たはず。相手の魔力と、自分の魔力が非常に酷似していたことを。
烈火の言葉に驚きを隠せないのは氷華で、どうして烈火の兄がリムの命を狙って来たのかと説明を求めるのは当然とも言えた。
まさか、烈火の兄はリムの敵なのか?
その疑問を抱いたのはシーザも同じ。だが、ジェイクは沈黙を返し、烈火は「違う」と否定した。
「兄貴が此処に来た理由に、リムは無関係だ」
俯く烈火にジェイクは読んでいた本を閉じるとローテーブルへとそれを置き、烈火に向き直るなり尋ねてきた。心当たりがあるのか、と。
「あるも何も、俺は《TITLE》持ちだ。兄貴は、俺の《TITLE》が欲しいんだ」
「えっ…?《TITLE》って、もらえるものなの?血に組み込まれている先天的なものじゃないの!?」
烈火は確かに《TITLE》を持つ炎術師で、その《TITLE》を狙って命を狙われる事はあるだろうが、『欲しい』というのは一体どういうことだろうか?まさか、《TITLE》持ちの生き血を啜れば《TITLE》を得られると言うのか?
シーザは烈火よりもジェイクに説明を求めて視線を向ける。あまりにも理解しがたい言葉だったから。
するとジェイクは違うと笑い、極稀に後天的に変化する《TITLE》もあると言った。
《TITLE》を得る為に定められた基準を成長過程で満たす事が出来なくなれば自然に《TITLE》はなくなり、逆に満たす事が出来れば《TITLE》を得る事ができるというわけだ。
「炎の子は、数多の炎術師の中でたった一人だけ受け継ぐ事の出来る《TITLE》。なんで俺に継承されたのかはわからねぇーけど、俺がいなくなれば、他の誰かが《TITLE》持ちになるってことだ」
つまり、烈火の兄はその為に烈火を狙っていると言うことらしい。
「それって…つまり、烈火の命を狙ってるって事…?きょ、兄弟なのに…?」
「別に不思議じゃねーだろ…こんな世界なんだから」
戸惑うシーザに烈火はぶっきらぼうに答えながらも、昔はこんな風じゃなかったと言葉を零した。昔は、本当に優しくて強くて自慢の兄だった。と…。
淋しげな眼差しに言葉を失う。
烈火は一度短く息を吐き出すと再びジェイクを見据え、どうしてリムの師を狙った輩だと嘘を吐いたのかと問い詰めた。
「気付かないと思ったのかよ?俺程度じゃっ…!」
「リムが知る必要のないことだと思っただけさ。…氷華も、シーザもね」
烈火と二人になった時に話そうと思っていたと苦笑するジェイクの言葉は、真か偽か。それを見破るほどの目を、烈火はまだ持ちえていない。
仮に、その言葉が真実だとしても、何故、そう思ったのか?
襲撃者であった烈火の兄は烈火を狙って姿を見せたにしろ、まさか本当に烈火だけと戦う気でいたわけではないだろう。避けられるはずのない戦いに、リムと氷華、シーザを巻き込むことになるのは明白だった。それなのに、何故隠す必要があったのか…?
「…烈火、お前は、誇りを守るために仲間を見捨てる事が出来るのか…?」
「え…?」
「氷華達が、お前の身に危険が迫っていると知って見捨てるような真似が出来るわけがないだろう?…いざという時、誰かを失う覚悟があるのかと聞いてるんだ、俺は」
ジェイクの視線が烈火を射抜く。甘いことを言っていられる世界じゃないことは知っているはずだ、と言わんばかりに。
烈火は言葉を失い、ただ自分を見据えるジェイクの視線を受け止めた。
ジェイクが言いたいことは解った。兄の相手は自分がするという事なのだろう。その方が被害も少なければ、早くカタがつくのも明白だから。
下手にリム達に騒動を打ち明ければ、戦いに首を突っ込んでくるかもしれないと考えた彼は、真相を打ち明けずにいようと思ったのだ。
「で、でも…『フェンデル・ケイを狙った輩』なんて言ったら、火に油なんじゃ…」
「リム自身が一番知ってることだ。ケイの実力を。だから、ケイを狙う輩の戦闘力と自分の戦闘力の差を言われなくても感じ取る事が出来る。…リムはよく解っているんだよ。自分が弱いということを」
必要があれば、戦うだろう。だが、自分が相手をすると言えば、彼女はそれに委ねてくれる。例え悔しくとも、そうする事しか出来ないから。
「ケイを狙った輩だと言っておけば、不用意に戦闘に飛び出したりはしないからな」
烈火の兄だと告げ、今烈火が言ったような理由で戦いが勃発してしまったのなら、リムは間違いなく剣を取る。それはジェイクだけではなく、烈火と氷華にも容易に想定する事が出来た。
外の世界を知らずに育ったリムは、家族の絆を重んじる節がある。家族に愛されて育ったからこそ、兄弟で争う事を快く思わないだろう。戦いを止めさせると言いだしかねない程、彼女は血の繋がりを信じているのだから。
「信じることは良いことだが、信じすぎると後々辛いことになりかねないものが、血の繋がりだからな…」
ジェイクの苦笑に、烈火もそれを返す。血の繋がりが尊いものだと知っているから厄介なのだと言いたげに。
「ダンナが嘘を吐いた理由は解った。…でも、次は俺に任せて欲しい。これは、俺の問題だから」
「…できない、と言ったら?」
「…………そう言われたら、…俺は、……此処を離れる…」
視線を下げ、下唇をかみ締め悔しげに言葉を放つ烈火。ジェイクは目を伏せ、小さく息を吐いた。
氷華は彼らしくない言葉に早まった事を言わないでと慌ててみせる。烈火は自分と違い、ジェイクに憧れ、断わられても断わられても食い下がって漸く追っかけ弟子になったのだから。
それなのに自分からジェイクから離れると言うなんて、信じられなかった。
「じょ、冗談、だよね…?」
「……俺は本気だ…」
折角仲間になれたのに、こんな突然の別れ、嘘だよね?と尋ねてくるシーザに、烈火は強い意志を秘めた眼差しで瞳を伏せたままのジェイクを見据えた。
その眼差しは、駆け引きを知らない彼らしく真っ直ぐなもの。
「これは、俺の問題なんだ……俺達、炎術師の一族の問題なんだ……」
「…だから、『手は出さないでくれ』か……」
「わりぃ…ダンナ……」
溜め息をもう一度吐くジェイクに、烈火は顔を歪めながらも謝り、足を一歩引いた。この家を出る為に。
その辛そうな顔に氷華は待ってと烈火の腕を掴み、己の命を狙う兄に勝てるのかと問い詰めた。
もし勝てる見込みが零だと言うのなら、このまま烈火を行かせるわけにはいかない。このまま行かせてしまえば、彼は必ず、命を落とすだろうから……。
「…兄貴は天才だ。……凡人の俺に勝てる見込みがあるとすりゃ、奇跡以外ないだろうな……」
「凡人って…《TITLE》持ちが凡人なわけないじゃんっ…!!」
「だったら良かったんだけどな…」
《TITLE》は望んで手に入れられるものではない。望むと望まざるとに拘わらず神々が与える称号と呼ばれているものだ。それを授かった者が、凡人であるわけがない。《TITLE》を所有している事こそが、神に見初められた才ある者の証なのだから。
烈火は凡人じゃないと言うシーザ。だが、この場にいるすべての者が理解している事が、その言葉を陳腐なものへと変えてしまう。
烈火の兄の魔法力は、Aクラス。そして烈火本人の魔法力は、Cクラス。その隔たりは、あまりにも大きかった……。
「……それが狙われる理由か?」
「たぶん……」
「……なるほどな。…だから俺についてきたのか」
ゆっくりと瞳を開くジェイクの眼差しは、悔しげな、でも悲しげな顔をする烈火にまっすぐ向けられ、苦笑が零された。
「ど、どういうこと…?」
「…兄貴に追いつく為に俺についてきた。そうなんだろ?」
「……ああ…。…兄貴に認められる力が欲しかった……」
兄が授かるべきだった《TITLE》を授かってしまった弟は、兄に認められたくて必死だったのだろう。故郷を飛び出してしまうほど、力を渇望したのだろう……。
「力はすべてを奪う諸刃の剣だと、お前は知っているんだな…?」
「…ああ……。…兄貴がおかしくなっていく様を間近でずっと見ていたから、それは、理解しているさ……」
才に恵まれた兄は、《TITLE》を得た自分に修行をよくつけてくれた。強く逞しい炎の戦士になる為にと言いながら。だが、思うように伸びない自分に、兄は徐々に狂気に蝕まれていった……。
烈火の言葉に、ジェイクはすべてを悟り、もう一度短く息を吐き出した。
「今此処でこの地を離れれば殺されるという事は解っているな?」
「……覚悟の上だ」
これは炎術師にとって最高の栄誉を得た自分に課せられた試練。この試練を乗り越える事が出来なければ、《炎の子》を名乗る資格はない。
だから逃げれるわけには行かないと言う烈火。
氷華もシーザもその意志の強さに説得は無理かもしれないと眉を下げ、ジェイクは「そうか…」と苦笑を漏らした。
「なら、何があっても出て行かせるわけにはいかないな」
「!ダンナ?!今の話を……」
「聞いていただろう?聞いて、一人この地を離れさせるわけには行かないと判断したんだろ?俺は」
読んでいた本を閉ざす彼は、一度弟子として認めた者を見殺しにするほど薄情にはなれないよと笑い、今一度烈火を見つめた。それは、父親のような愛情に満ち溢れた眼差しだった……。
「烈火、血は、《TITLE》は間違いを犯さない。絶対に」
「でも……」
言い聞かせるようなその言葉に、烈火は困惑してしまう。尊敬する師であるジェイクの言葉が信じられなくて……。
生まれてからずっと傍で感じていた兄の魔力。烈火は自分にその力を超える力があるとは思えないと首を振る。血は、《TITLE》は間違いを犯している。と。
「変に慰めようとしてくれなくていいっ…!」
「慰める気なんてサラサラ無いよ。…俺は、お前には兄を凌駕するほどの力があると思っているから」
確かに身近に高位生物であるAクラスの戦士がずっと居たとなれば、その力の差に気後れして自分を過小評価しがちになるのも無理はないだろう。
そう言って今言った事は嘘じゃないと言葉を続けたジェイク。だが、烈火はその言葉をやはり信じる事ができない。
本当に過小評価だろうか?
本当に、ただ単純に実力が無いだけではないだろうか?
彼の実力は烈火もよく知っている。その力に憧れ、尊敬し、弟子はとらないと頑なだった男の意思を折るほど粘って彼に頭を下げたのだから。しかし、それはあくまでも、ジェイク本人の力に対してだ。彼に力があり、Aクラスでありながらそれ以上の力を秘めていたとしても、他者の力を図り知る事が出来ても、今の今までそんな言葉は聞いた事がなかった。
烈火は首を振り、彼のその言葉を素直に受け取る事を拒絶した。
「ダンナがそんな風に思ってくれてるなんて………嬉しいよ……嘘でも、な…」
たとえその場限りの慰めだったとしても、その言葉を尊敬する師の口から聞く事が出来て嬉しいと、悲しそうに足先に視線を落として笑う烈火。でも出来れば、違う状況で聞きたかったと、自嘲気味に。
氷華もシーザも、その辛そうな横顔に、ジェイクに縋るような目を向けた。彼はジッと己の弟子を見据えていた。
「……出来ればそれを言いたくなかっただけだよ」
「え…?」
「若くして力を得た者は、驕りを覚え、その高すぎる戦闘力に酔いしれ胡坐を掻いて成長してゆく者が多い。心が未熟なまま。……そうやって大切な者を失ってきた連中を俺は多く見てきた」
だから、烈火にそうなって欲しくなかったから言わなかった。
ジェイクはそう言葉を紡ぎ終えた後、少し厳しい口調で「出て行くことは許さない」と、戸惑う少年の目を見て再び言い放った。一度弟子として受け入れた者を見殺しにする事はできない。と。
「……烈火、お前は、俺の力を信じているんだよな?」
「…信じてる。…ダンナは誰よりも強いって、俺はそう信じてる…」
「なら、その男の言葉も信じろ。お前は強い。血は絶対に間違いを犯す事は無い。……解ったか?」
烈火がジェイクを見返せば、彼は表情を柔らかくし、弟子の返事を待つ事無く手にしていた本を開き、それへと視線を落とした。
ソファに背を預け、身体を深く沈めるジェイク。
烈火は複雑な面持ちのまま下唇をかみ締め、踵を返すと階段を駆け上がって行ってしまった。
「……いいの?」
「大丈夫。烈火は出て行ったりしないよ」
追いかけるべきか放っておくべきかシーザはオロオロして、氷華はジェイクの言葉を聞き分けるも、やっぱり一人この地を離れてしまわないか心配だからと彼を追うように階段へと駆け寄る。だが、それを止めるのもやはりジェイクで、彼は今日はもう休むようにと二人を促した。
いくら強いと言えども天才と言われていた師に比べれば、ジェイクの強さなど平凡な強さでしかない。それは戯皇と一緒にいたリムが一番よく解っていることだから。
師のように圧倒される強さを彼が持っているわけではないから、ジェイクが勝てる相手なら師が負けるわけなどない。まして、幸斗が常に師の傍に控えているのだから、二人の命が危険に晒されることなど万に一つも有り得ないだろう。
リムは反論の言葉を失い、「もう寝るっ…!」と、荒い足音で階段を駆け上がっていった。まるで拗ねた子供のようなその態度に、ジェイクはうっすら笑みを浮かべながら本の頁を送るのだった。
「ダンナ…」
「烈火…?」
しかしそんなジェイクに、リムが部屋に戻ったことを確認するかのように階段を見上げていた烈火が何処か思いつめたような声で本を読むのを止めてくれと視線を移してきた。
普段の彼らしからぬ雰囲気に氷華は一体どうしたのかと眉を顰め、シーザも黙って烈火とジェイクのやり取りを見守る。
「…なんで、嘘を吐いたんだ?」
「…どうして嘘だと思うんだ?」
本から視線を自分を見据える少年へと移せば、烈火は一瞬言葉を躊躇うものの、それでもはぐらかす事は出来ないと再び真っ直ぐジェイク見据え、こう言った。
「あの魔力は、俺の兄貴のモンだ」
戦ったのなら解ったはず。相手が、炎術師だと言う事が。そして、ジェイクほどの戦闘力を持つ者になら容易に気付く事が出来たはず。相手の魔力と、自分の魔力が非常に酷似していたことを。
烈火の言葉に驚きを隠せないのは氷華で、どうして烈火の兄がリムの命を狙って来たのかと説明を求めるのは当然とも言えた。
まさか、烈火の兄はリムの敵なのか?
その疑問を抱いたのはシーザも同じ。だが、ジェイクは沈黙を返し、烈火は「違う」と否定した。
「兄貴が此処に来た理由に、リムは無関係だ」
俯く烈火にジェイクは読んでいた本を閉じるとローテーブルへとそれを置き、烈火に向き直るなり尋ねてきた。心当たりがあるのか、と。
「あるも何も、俺は《TITLE》持ちだ。兄貴は、俺の《TITLE》が欲しいんだ」
「えっ…?《TITLE》って、もらえるものなの?血に組み込まれている先天的なものじゃないの!?」
烈火は確かに《TITLE》を持つ炎術師で、その《TITLE》を狙って命を狙われる事はあるだろうが、『欲しい』というのは一体どういうことだろうか?まさか、《TITLE》持ちの生き血を啜れば《TITLE》を得られると言うのか?
シーザは烈火よりもジェイクに説明を求めて視線を向ける。あまりにも理解しがたい言葉だったから。
するとジェイクは違うと笑い、極稀に後天的に変化する《TITLE》もあると言った。
《TITLE》を得る為に定められた基準を成長過程で満たす事が出来なくなれば自然に《TITLE》はなくなり、逆に満たす事が出来れば《TITLE》を得る事ができるというわけだ。
「炎の子は、数多の炎術師の中でたった一人だけ受け継ぐ事の出来る《TITLE》。なんで俺に継承されたのかはわからねぇーけど、俺がいなくなれば、他の誰かが《TITLE》持ちになるってことだ」
つまり、烈火の兄はその為に烈火を狙っていると言うことらしい。
「それって…つまり、烈火の命を狙ってるって事…?きょ、兄弟なのに…?」
「別に不思議じゃねーだろ…こんな世界なんだから」
戸惑うシーザに烈火はぶっきらぼうに答えながらも、昔はこんな風じゃなかったと言葉を零した。昔は、本当に優しくて強くて自慢の兄だった。と…。
淋しげな眼差しに言葉を失う。
烈火は一度短く息を吐き出すと再びジェイクを見据え、どうしてリムの師を狙った輩だと嘘を吐いたのかと問い詰めた。
「気付かないと思ったのかよ?俺程度じゃっ…!」
「リムが知る必要のないことだと思っただけさ。…氷華も、シーザもね」
烈火と二人になった時に話そうと思っていたと苦笑するジェイクの言葉は、真か偽か。それを見破るほどの目を、烈火はまだ持ちえていない。
仮に、その言葉が真実だとしても、何故、そう思ったのか?
襲撃者であった烈火の兄は烈火を狙って姿を見せたにしろ、まさか本当に烈火だけと戦う気でいたわけではないだろう。避けられるはずのない戦いに、リムと氷華、シーザを巻き込むことになるのは明白だった。それなのに、何故隠す必要があったのか…?
「…烈火、お前は、誇りを守るために仲間を見捨てる事が出来るのか…?」
「え…?」
「氷華達が、お前の身に危険が迫っていると知って見捨てるような真似が出来るわけがないだろう?…いざという時、誰かを失う覚悟があるのかと聞いてるんだ、俺は」
ジェイクの視線が烈火を射抜く。甘いことを言っていられる世界じゃないことは知っているはずだ、と言わんばかりに。
烈火は言葉を失い、ただ自分を見据えるジェイクの視線を受け止めた。
ジェイクが言いたいことは解った。兄の相手は自分がするという事なのだろう。その方が被害も少なければ、早くカタがつくのも明白だから。
下手にリム達に騒動を打ち明ければ、戦いに首を突っ込んでくるかもしれないと考えた彼は、真相を打ち明けずにいようと思ったのだ。
「で、でも…『フェンデル・ケイを狙った輩』なんて言ったら、火に油なんじゃ…」
「リム自身が一番知ってることだ。ケイの実力を。だから、ケイを狙う輩の戦闘力と自分の戦闘力の差を言われなくても感じ取る事が出来る。…リムはよく解っているんだよ。自分が弱いということを」
必要があれば、戦うだろう。だが、自分が相手をすると言えば、彼女はそれに委ねてくれる。例え悔しくとも、そうする事しか出来ないから。
「ケイを狙った輩だと言っておけば、不用意に戦闘に飛び出したりはしないからな」
烈火の兄だと告げ、今烈火が言ったような理由で戦いが勃発してしまったのなら、リムは間違いなく剣を取る。それはジェイクだけではなく、烈火と氷華にも容易に想定する事が出来た。
外の世界を知らずに育ったリムは、家族の絆を重んじる節がある。家族に愛されて育ったからこそ、兄弟で争う事を快く思わないだろう。戦いを止めさせると言いだしかねない程、彼女は血の繋がりを信じているのだから。
「信じることは良いことだが、信じすぎると後々辛いことになりかねないものが、血の繋がりだからな…」
ジェイクの苦笑に、烈火もそれを返す。血の繋がりが尊いものだと知っているから厄介なのだと言いたげに。
「ダンナが嘘を吐いた理由は解った。…でも、次は俺に任せて欲しい。これは、俺の問題だから」
「…できない、と言ったら?」
「…………そう言われたら、…俺は、……此処を離れる…」
視線を下げ、下唇をかみ締め悔しげに言葉を放つ烈火。ジェイクは目を伏せ、小さく息を吐いた。
氷華は彼らしくない言葉に早まった事を言わないでと慌ててみせる。烈火は自分と違い、ジェイクに憧れ、断わられても断わられても食い下がって漸く追っかけ弟子になったのだから。
それなのに自分からジェイクから離れると言うなんて、信じられなかった。
「じょ、冗談、だよね…?」
「……俺は本気だ…」
折角仲間になれたのに、こんな突然の別れ、嘘だよね?と尋ねてくるシーザに、烈火は強い意志を秘めた眼差しで瞳を伏せたままのジェイクを見据えた。
その眼差しは、駆け引きを知らない彼らしく真っ直ぐなもの。
「これは、俺の問題なんだ……俺達、炎術師の一族の問題なんだ……」
「…だから、『手は出さないでくれ』か……」
「わりぃ…ダンナ……」
溜め息をもう一度吐くジェイクに、烈火は顔を歪めながらも謝り、足を一歩引いた。この家を出る為に。
その辛そうな顔に氷華は待ってと烈火の腕を掴み、己の命を狙う兄に勝てるのかと問い詰めた。
もし勝てる見込みが零だと言うのなら、このまま烈火を行かせるわけにはいかない。このまま行かせてしまえば、彼は必ず、命を落とすだろうから……。
「…兄貴は天才だ。……凡人の俺に勝てる見込みがあるとすりゃ、奇跡以外ないだろうな……」
「凡人って…《TITLE》持ちが凡人なわけないじゃんっ…!!」
「だったら良かったんだけどな…」
《TITLE》は望んで手に入れられるものではない。望むと望まざるとに拘わらず神々が与える称号と呼ばれているものだ。それを授かった者が、凡人であるわけがない。《TITLE》を所有している事こそが、神に見初められた才ある者の証なのだから。
烈火は凡人じゃないと言うシーザ。だが、この場にいるすべての者が理解している事が、その言葉を陳腐なものへと変えてしまう。
烈火の兄の魔法力は、Aクラス。そして烈火本人の魔法力は、Cクラス。その隔たりは、あまりにも大きかった……。
「……それが狙われる理由か?」
「たぶん……」
「……なるほどな。…だから俺についてきたのか」
ゆっくりと瞳を開くジェイクの眼差しは、悔しげな、でも悲しげな顔をする烈火にまっすぐ向けられ、苦笑が零された。
「ど、どういうこと…?」
「…兄貴に追いつく為に俺についてきた。そうなんだろ?」
「……ああ…。…兄貴に認められる力が欲しかった……」
兄が授かるべきだった《TITLE》を授かってしまった弟は、兄に認められたくて必死だったのだろう。故郷を飛び出してしまうほど、力を渇望したのだろう……。
「力はすべてを奪う諸刃の剣だと、お前は知っているんだな…?」
「…ああ……。…兄貴がおかしくなっていく様を間近でずっと見ていたから、それは、理解しているさ……」
才に恵まれた兄は、《TITLE》を得た自分に修行をよくつけてくれた。強く逞しい炎の戦士になる為にと言いながら。だが、思うように伸びない自分に、兄は徐々に狂気に蝕まれていった……。
烈火の言葉に、ジェイクはすべてを悟り、もう一度短く息を吐き出した。
「今此処でこの地を離れれば殺されるという事は解っているな?」
「……覚悟の上だ」
これは炎術師にとって最高の栄誉を得た自分に課せられた試練。この試練を乗り越える事が出来なければ、《炎の子》を名乗る資格はない。
だから逃げれるわけには行かないと言う烈火。
氷華もシーザもその意志の強さに説得は無理かもしれないと眉を下げ、ジェイクは「そうか…」と苦笑を漏らした。
「なら、何があっても出て行かせるわけにはいかないな」
「!ダンナ?!今の話を……」
「聞いていただろう?聞いて、一人この地を離れさせるわけには行かないと判断したんだろ?俺は」
読んでいた本を閉ざす彼は、一度弟子として認めた者を見殺しにするほど薄情にはなれないよと笑い、今一度烈火を見つめた。それは、父親のような愛情に満ち溢れた眼差しだった……。
「烈火、血は、《TITLE》は間違いを犯さない。絶対に」
「でも……」
言い聞かせるようなその言葉に、烈火は困惑してしまう。尊敬する師であるジェイクの言葉が信じられなくて……。
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「変に慰めようとしてくれなくていいっ…!」
「慰める気なんてサラサラ無いよ。…俺は、お前には兄を凌駕するほどの力があると思っているから」
確かに身近に高位生物であるAクラスの戦士がずっと居たとなれば、その力の差に気後れして自分を過小評価しがちになるのも無理はないだろう。
そう言って今言った事は嘘じゃないと言葉を続けたジェイク。だが、烈火はその言葉をやはり信じる事ができない。
本当に過小評価だろうか?
本当に、ただ単純に実力が無いだけではないだろうか?
彼の実力は烈火もよく知っている。その力に憧れ、尊敬し、弟子はとらないと頑なだった男の意思を折るほど粘って彼に頭を下げたのだから。しかし、それはあくまでも、ジェイク本人の力に対してだ。彼に力があり、Aクラスでありながらそれ以上の力を秘めていたとしても、他者の力を図り知る事が出来ても、今の今までそんな言葉は聞いた事がなかった。
烈火は首を振り、彼のその言葉を素直に受け取る事を拒絶した。
「ダンナがそんな風に思ってくれてるなんて………嬉しいよ……嘘でも、な…」
たとえその場限りの慰めだったとしても、その言葉を尊敬する師の口から聞く事が出来て嬉しいと、悲しそうに足先に視線を落として笑う烈火。でも出来れば、違う状況で聞きたかったと、自嘲気味に。
氷華もシーザも、その辛そうな横顔に、ジェイクに縋るような目を向けた。彼はジッと己の弟子を見据えていた。
「……出来ればそれを言いたくなかっただけだよ」
「え…?」
「若くして力を得た者は、驕りを覚え、その高すぎる戦闘力に酔いしれ胡坐を掻いて成長してゆく者が多い。心が未熟なまま。……そうやって大切な者を失ってきた連中を俺は多く見てきた」
だから、烈火にそうなって欲しくなかったから言わなかった。
ジェイクはそう言葉を紡ぎ終えた後、少し厳しい口調で「出て行くことは許さない」と、戸惑う少年の目を見て再び言い放った。一度弟子として受け入れた者を見殺しにする事はできない。と。
「……烈火、お前は、俺の力を信じているんだよな?」
「…信じてる。…ダンナは誰よりも強いって、俺はそう信じてる…」
「なら、その男の言葉も信じろ。お前は強い。血は絶対に間違いを犯す事は無い。……解ったか?」
烈火がジェイクを見返せば、彼は表情を柔らかくし、弟子の返事を待つ事無く手にしていた本を開き、それへと視線を落とした。
ソファに背を預け、身体を深く沈めるジェイク。
烈火は複雑な面持ちのまま下唇をかみ締め、踵を返すと階段を駆け上がって行ってしまった。
「……いいの?」
「大丈夫。烈火は出て行ったりしないよ」
追いかけるべきか放っておくべきかシーザはオロオロして、氷華はジェイクの言葉を聞き分けるも、やっぱり一人この地を離れてしまわないか心配だからと彼を追うように階段へと駆け寄る。だが、それを止めるのもやはりジェイクで、彼は今日はもう休むようにと二人を促した。
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