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第三話 ヒール
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不審な影に突然襲われたときの映像が断片的にずっと残っていて、それが体調が優れないときに見た夢なのか、それとも幼い頃の実際にあったことの記憶なのか、瑛次はずっとわからないでいた。だから、音なく降る雪の朝、予期しないタイミングで突然その映像が脳をよぎったときも、自分が一体何を思い出したのかよく掴めなかった。
不意に昔のことを思い出す瞬間はある。誰にでも。いつでも。それなので瑛次も気に留めていなかったが、今日の回顧はなぜかやけに鮮明で、そのときの気温や音まで蘇ってきたのだから少し驚いた。
自宅から大学までの道のりは長くはない。十分程度歩けば着く距離だ。細かい雪が降っていようと気にせず傘もなく歩き、キャンパスへ向かうと、到着後すぐに友人に遭遇した。朝からあの教授の講義はきついよな、なんて喋りながら講堂へ急ぐ。それからいつも通り授業を受けて、図書館で勉強をした。
異変を感じ始めたのはその頃だった。
誰ひとり無駄話などしていない図書館でふと、鼻がひとつの匂いを嗅ぎつけた。
ひどく惹かれる香りだった。甘く香ばしく、蜜のようで辛のよう。ぐうと腹が鳴る。途端に集中が切れてしまったので、瑛次は仕方なく、半端なところで自主学習を中断して荷物をまとめて立ち上がった。
どうしても匂いの正体を突き詰めたくて、早足で図書館を歩き回った。次第に空腹で目眩がしてきて、苛立ち始めた。
瑛次は焦る。階段を下りる。一階に行くと匂いが強くなったので、ここに正体の場所があると確信した。
一体なんだろう、このにおいは。今まで嗅いだことのないほど魅力的な香りだ。胃がキリキリする。心なしか唾液の分泌も活発になってきた。
やがて、瑛次の足は止まった。
鼻をひくつかせながら元を辿った先は、図書館の受付に座っていた司書だった。
そんなはずないと思った。この匂いは絶対に食べ物なのに、絶対にこの突然の空腹を満たしてくれる料理なのに、と思った。しかし、匂いの元である目の前にはひとりの司書が座っているだけで、はて、と首を傾げた。
司書は縁のない眼鏡をかけた若い女性だった。彼女はカウンターの向かいに瑛次が立っていることに気が付くと、顔を上げて何か声をかけてきた。よく見ると、彼女は右手で左手の人差し指をそっと握っていた。そこに絆創膏をしていた。紙か何かで切ってしまったのだろう。薄いガーゼの部分に赤く血が滲んでいるのが見えた。
その途端、瑛次は体内が大きくドクンと脈打ったのを感じた。口の中にぶわっと唾液が広がり、頭の上半分がカッと熱を持つ。腹部は空腹の限界を痛みで訴えてきていて、脚がふらついた。ついカウンターに手をつくと、司書の彼女が心配してさっと立ち上がり、肩を支えようとこちらに手を伸ばしてきた。
瑛次はその手首を掴んだ。驚いて身を引こうとする司書のこともお構いなしに、彼女の手を持って指先の絆創膏に鼻先を近付ける。大きく香りを吸い込んだ。
間違いなかった。ここだ。この匂いだ。
この飢えるような空腹を満たしてくれるのは、間違いなく「これ」だった。
目を上げると、すっかり怯えきって声も出せなくなっている司書の眼鏡のレンズに、瑛次の瞳が反射して映っていた。熱がないような白色、いや、銀色だった。日が落ちてきた図書館に鈍く光る、二つの目。それが自分のものだと理解するまでに数秒かかった。
慌てて司書を解放したが、彼女も瑛次の異様な瞳に恐怖を覚え、目を大きく見開いて小刻みに震えていた。同じくらい、瑛次自身も動揺して恐怖した。
何が何だかさっぱりわからないまま、とにかく急いで駆け出した。全速力のまま自宅のマンションへ向かった。走っているうちに冷静さを取り戻した。急激な空腹も、魅惑的な香りも、よく考えてみればおかしい。さっきの自分は一体何だったのだろう。困惑だけが残る。
そのときまた、あの謎の影に襲われた映像が頭を過ぎった。
満月の夜、道端でいきなり成人男性大の影に体を押さえつけられ、首辺りを引っ掻かれた。幼かった瑛次が恐怖で凍り付いているうちに、影は引っ掻いた場所にがぶりと噛みついてきた。痺れるような痛み。貧血が起きたときのような立ちくらみ。影の中に見えたのは、ぼんやり重く光る色のついた目だった。
思えば、子どもの頃のあの出来事のせいで、半分人間半分吸血鬼、のような中途半端な物体に成り下がってしまったのだ。俺は。
瑛次は独白する。
あの吸血鬼は血を飲むだけでなく、幼い瑛次の血管に自身の毒を注入していたに間違いなかった。
背中側は崖だった。立っているのは崖の淵だ。しかし、目の前に広がっているのは暗闇でしかなく、どちらを向いても絶望があるだけだった。
そこに、一筋の光が差し込んだ。
どちらにも属しきることができず、中途半端に血を求めては中途半端に自己嫌悪に陥り、周囲の人間の誰にも打ち明けることなどできず、自分で自分を責めては傷付いて慰められた気になっていた。あの生あたたかい泥沼のような地底から自分をすくい上げてくれたのは、一人の存在だった。
光に向かって手を伸ばす。その手を取ってくれた存在は、上品に口角を上げて柔和に笑い、「手のかかる弟だねえ」とこぼした。
飛び起きた。
瑛次は額の汗を拭った。人間だった頃の身体の感覚が、たった一秒前までその姿だったかのように、ありありと染み込んでくる。
リビングのソファーで読書をしているうちに睡魔に襲われたようで、気付けば、腹の上に本を置いて自分の腕を枕にしたまま、眠りこけていた。
時計を見る。午後十時半を回ったところだった。目頭を擦って視界をはっきりさせつつ、ぼうっとしていると、数字のない飾りのような時計の埋め込んである壁の向こう、ゆるくアーチを描いたスケルトン階段を下りてくる三月の姿が見えた。
「おー、やっと起きた? 瑛次」
彼はいつものカジュアルな服装ではなく、ジャケットを羽織っていた。普段はゆるいシルエットのファッションを好んで着ているから、今夜のような締まったパンツ姿は珍しい。そこに、しっかりお馴染みのサングラスをかけていた。
「耳元で叫んでも起きないから、薬でも盛られて殺されたのかと思った」
「はは、冗談……薬で死ねるなら苦労しないさ」
「まあね」
三月はコーヒーを飲んでいた。
「なんか久しぶりに家でお前を見るな」
と、瑛次が。
三月は笑った。
そして、今かけている物と同じような形状のサングラスをもうひとつ取り出し、瑛次にかけた。視界が急に暗くなる。寝癖を掻きながら見上げると、三月はにっと頬を持ち上げた。
「狩りに行こう。あいつが日本に来てるらしい」
二人は三月の愛車で出発した。
途中、「ちょっと拾いたい奴がいるんだけど」と言いながら一時停車した場所には陽がいたので、瑛次は眉を持ち上げた。助手席には荷物があったので、彼は後部座席に座った。
陽は、普段瑛次が大学で見るような格好ではなく、上半身がぴったり締まる白地に派手な英字とロゴのあるティーシャツに、ギラギラしたベルト、真っ黒なスキニーを履いていたので、瑛次は少々驚いた。後部座席の瑛次の隣に座るなり、重めの前髪を色っぽくかき上げる。この子がこんな風になれるとは知らなかった、と、舌を巻いた。
陽は、三月の助手席にある荷物が誰の所有物なのか気にしたり、三月が昨夜どこで何をしていたのか知りたがったりしたが、隣で瑛次がなんとなくフェイクを混ぜながら説明すると、納得したのか普段通りになった。少し会わないうちに、いつの間にか三月に相当本気になっていたらしい。
もしかして――瑛次は考える。
最近、三月は陽と夜を過ごしているのだろうか。はて。三月が特定の一人の人間と濃く長い関係を持っているのを見たためしはないが、何か思うところがあるのだろうか。珍しいことだ。
車は近くの知り合いの駐車場に停め、少し歩いた。
めあての建物の正面には、長蛇の列ができていた。当然だった。このクラブは、国内にとどまらずアジア中で人気の、言ってしまえば観光名所で、クラブ好きなら絶対に一度は行きたいと名の知れた場所だ。音響の設備は完璧、DJの質も良く、たまにプロとして活躍している有名な者もブースに乗る。提供される飲食物も文句なしだが、瑛次と三月には、他に目的があった。
「ここ、来るの初めてです」
三月の隣で陽が目を丸くする。
両耳には、三月が贈った、シャネルのロゴを象ったピアスが揺れていた。
「だってここって、いつも満員じゃないですか。列もすごいし。ほら」
「俺たちといれば列なんて関係ないよ。思い切り遊びな」
そう言い、三月は陽の肩に腕を回した。
そして、数歩前を歩く瑛次に声をかける。
「瑛次、今日はお前の奢りだっけ?」
瑛次が振り向く。
「いや、お前だろ? この前が俺だった」
「そうだっけ? 騙されてる気がする」
真面目な表情で首を捻る三月が可笑しいのと、憧れのクラブに行ける高揚感とで、陽はケラケラ笑った。
瑛次と三月の二人は歩いているだけでも目立つのに、ジャケットのポケットに手を突っ込んで堂々と列の横を進んで行くから、皆の注目を集めていた。彼らはそして列の先頭で足を止めると、入口のスタッフの横で手首を機器に掲げた。すぐに入場の許可が出る。
三月はいったん陽を離し、扉から入ったすぐの場所で談笑していた男性に声をかけた。
「ヒスン」
呼ばれた彼は振り向くと、三月、そして瑛次を見て、顔中をくしゃくしゃにして嬉しそうに破顔した。そして再会のハグをする。
「しばらくだな。瑛次もいるのか!」
「久しぶり」
と、ヒスンが差し出した手を握り、握手を交わす。
ヒスンは、何かのゴツゴツした絵が入っているティーシャツに黒レザーのジャケットを羽織り、首にヘッドフォンを引っかけていた。
DJだろうか。陽は思った。呼ばれた名前からすると韓国の人だろう。陽の好きなKポップアイドルに少し似ていて、ひとりで勝手にどきどきする。彼は三月とは特に親しげで、体をゆらゆらさせながらしばらく立ち話をしていた。金髪の下の目を細めて笑っている。
「来るなら事前に言ってくれよ。お前らに……たい人間なんて山ほどいるんだから」
建物内から地面を揺らすビートに掻き消され、途中が聞こえなかったが、この三人の仲が良いらしいことはわかった。陽はなんとなく遠慮していたが、そのうちに、三月に腕を引かれて奥へと進んだ。
地下二階へ下り、クロークカウンターに寄る。クロークの前にも列ができていて、退屈そうに携帯電話をいじる若者の集団も見られた。瑛次と三月は、その列さえ堂々と追い越していくので、陽も同様にした。彼らの中には二人を知っている若者もいるのか、二人の姿を見るとあっと声を上げる者もいた。荷物はほぼなかったので預けず、カウンターは素通りした。
メインフロアは地下にあるので、それから地下一階のバーカウンターに向かった。それぞれアルコールを注文し、中へ入る。フロアは吹き抜けになっていて、頭上にはビビッドな色のビームライトが絶え間なく飛んでいた。ディスコには、地を轟かせる重低音が跳ねている。
爆音で音楽が流れているので、会話もままならなかった。すでに相当な人数が楽しんでいた。揺れ踊る人の影にあちこちぶつかりそうになる。
「三月」
瑛次が背後を顎でしゃくった。
三月は振り返ると、パッと陽から離れた。
陽もつられて確認すると、二人の視線の先には、周囲の人混みから頭ひとつ飛び抜けた小さな顔があった。
この場所に不釣り合いな、上品で落ち着き払った雰囲気だ。蝋のように白い肌に、しっとりした艶のある黒の髪、赤い唇の甘い表情。人間離れした、見とれるほどの美貌だったので、陽はしばらく彼を見つめたまま、ぽかあんと口を開けてしまった。
「相変わらずものすごい美しさで。飢えてはいないんだろうな」
「俺のおかげでな」
瑛次が返した。
「兄さん!」
三月が名前を呼んだが、その声は重低音に重なって届かなかった。彼はやがて肩をそびやかして反対方向へ去って行き、姿を消した。
陽が三月たちとはぐれてしまったことに気付いたのは、それからしばらく経った後だった。電話をかけてみても繋がらず、どうしたものかと迷う。メインフロアは地下一階にあるものの、そこを囲むように一階や地下二階にもサブフロアがあり、ボックス席のあるフロアも連なっていたため、一度見失ってしまうと探すのは至難の業だった。
せっかく誘われて来たのだから、三月と一緒にいたかった。彼を探してクラブをうろうろしている途中、瑛次の姿は見かけた。しかし、三月の居場所を聞いても知らないようだったので、すぐに別れた。
暑い。シャツの胸元をはたはた煽ぎながら、陽はもう一度、地下一階に向かった。メインフロアを奥に進む。すると、見上げた先に見たことのある姿があった。
入口で、瑛次たちにヒスンと呼ばれていた男だった。ステージのDJブースで音楽をかけている。やはりDJだったようで、両手を上げ下げして会場のテンションを上げ、耳をつんざくほどの歓声を得ていた。名を何度も叫ばれている。有名なDJなのかもしれない。
少々疲れてきたので、陽はいったん外に出ようかと、ステージに背を向けて歩き出した。曲調が盛り上がってきて、ひときわ大きな声援が上がった。隅のほうで壁に寄りかかりながら、陽は正面をふと振り返る。
すると偶然、探していた姿が目に飛び込んできた。
「三月先輩」
呟いた声は騒音に掻き消された。
三月は人混みをかき分けてどこかへ急いでいる様子だった。しかし、途中で、胸元を大きく開けたシャツの腰ほどまであるロングヘアをした女性に声をかけられ、足を止めた。少し身を屈め、女性の口元に耳を近付けて話を聞いている。細い腕が三月の二の腕に触れて、そのまま上へ撫で滑っていって、女性は三月の首に軽く抱きついた。
若干驚いた表情を見せたものの、三月はすぐに口角を上げて女性の腰に手を回した。音楽に合わせて揺れる体が密接してぶつかる。二人は流れるように唇をこすり合わせる。シャツから覗いていた女性のブラジャーの肩紐を、三月の指が器用に少しずらしたのが見えた。彼はキスの合間に女性の首元に顔をうずめて、そこにも唇を這わせているようだった。
ふっとライトが少し落ち、暗めの赤い色に変わった。フロア中が深紅に染まる。ヒスンは全身で跳ねてリズムに乗ったまま、DJ機材を操作し、低音中心のダークな音楽に変更した。
三月のキスが女性の首筋を撫でるにつれて、女性は徐々に後頭部をうしろに倒して口を半開きにした。緩く波打つ髪が踊る。陽は、湿度の高いダークレッドの空間の中心で、女性の肌に悪戯に噛みつく三月の歯を見た気がした。
歓声が飛ぶ中、陽だけが無表情だった。
そして陽の目だけに光が当たらなかった。
確かに、三月は謎の多い男だ。出会ってからもそう経っていない。いくら体の関係があろうと、好きだよと告白し合って恋人同士に成就したわけでもない。しかし、今となってはもう、あの人を他の何かにやすやすとくれてやる気はさらさらなかった。
奥歯を噛みしめる。耳のすぐ下でギリリと音がして、歯の表面が少し削れたのがわかった。
陽はいつまでも三月を見つめていた。
数十分後、三月は、冷めた表情で人の間を縫って歩いていた。
靴の踵を鳴らしながら階段を下りる。地下二階のクロークの目の前を通り過ぎ、スタッフオンリーと書かれた扉を遠慮なく開ける。
そして、サングラスを外した。燃えるルビーのように真っ赤に変色した虹彩に、瞳孔は開いていて、奥に進んだVIPルームに着いたときには、腹の奥が空腹を訴えていた。
上のフロアで中途半端に血液を口にしたせいで、そして、それを提供してくれた人間の女性をトイレの個室で雑に抱いたせいで、余計に腹が減っていた。あまり美味しい血ではなかったが、せっかくならもっと飲んでおけばよかった。
暗く、赤い照明が落ち着く。そう広くないVIPルームの中には、瑛次と仲間の数人、あと意識のない人間が数人いた。
瑛次は、革製のソファーに伸びた女性の体に覆い被さっていて、三月が来たことに気付いて彼女の首から顔を上げたときには、瞳はギラリと銀に瞬き、顎から喉へ血液を一本細く伝らせていた。
「おっと、失礼。食事中だったか」
しっかり扉を閉める。
瑛次は雑に口元を拭うと、血がどくどく流れ出る女性の首元に唾液を垂らし、その上から手でぐっと押さえつけ、止血した。
「陽がお前を探してたよ」
と、瑛次。
三月は彼の隣に座り、血の気が戻っていく女性の顔を覗き込んだ。
「探してた? なんで。遊びなよって言ったのに」
「お前と、遊びたいんだろ。陽はお前に本気だよ」
三月は首裏を掻いた。
「うーん、なんか食べるタイミング逃したっぽいな。陽って絶対美味しいと思うんだけどさ、なんかちょっとやりづらいんだよな。セックスもいいし」
「人間に情が移った?」
「情? まさか」
三月は、あははと笑った。
が、すぐに声を落とす。
「壱依兄さんには言うなよ」
「俺は言わないけど、兄さんの勘をやり過ごせるとは思うなよ」
「あー……」
三月はソファーにだらりと身を沈め、天井を仰いだ。
瑛次は女性の体をそろりとソファーに寝かせると、もう一人、床にだらりと伸びていた男性の上半身を持ち上げて起こした。そして、「この彼は血が多そうだな」などと呟きながら、首の動脈に歯を立てた。
ここは、ヒスンが自分を含めた吸血鬼たちのために、人目を忍んで用意した場所だった。
彼は、アーティストに曲を提供したりプロデュースしたりする著名な音楽家で、かつ、世界中を飛び回っては数々のクラブを湧かせるDJでもあるが、日本にいる期間に最もよく利用するこのクラブは、彼のホームと言っても相違ない。彼は、人間と吸血鬼の人脈を利用して、吸血鬼に血を提供したいと本気で思っている人間を密かに探り、こういった場所を提供する仕事もしていた。ヒスン自身も同様に血が欲しいということもあって始まった生業だったが、親交の深い瑛次と三月には、毎回、それを共有してくれているのだ。
表立って人間を殺すことはできない。生き延びる術として、こうして数人から少しずつ提供してもらい、その場で飲んだり、瓶に詰めて丁重に今後の糧にすることは多かった。瑛次たちは普段は、医療関係者から不要になった死人の血液を恵んでもらったり、こういった人脈を利用して誰かが採取したものを買ったりしている。
だが、実際、新鮮な生き血ほど求めてやまないものもなかった。ヒスンはその点、商売上手だ。同様の事業を展開している吸血鬼や人間は他にもいるが、結局ヒスンのところが最も信頼できた。味も、セキュリティ面でも。
意識が浮上し始めた女性の下で、瑛次に噛まれた男性が艶めかしい声を上げた。痛みを感じないように睡眠薬を飲んでもらっているため、無意識に上がった声だろう。
瑛次は一度中断し、肌が柔らかくなるよう、噛んだ場所を何度か舐めた。
「気持ち良くなるに決まってるだろ。俺たちは蚊じゃないんだから」
昏睡状態の人間に向かってぶつぶつ話す瑛次をよそに、三月はソファーの背に頭を預けて脱力したままぼんやりした。天井でゆっくり回るファンが脳を酔わせるようだ。眠気はなかったが、なんとなく夢心地になり瞼を下ろした。
三月先輩、と呟く声が蘇る。
目を閉じたまま咄嗟に眉を寄せた。
陽の目を見つめるとき、その瞳に宿る素直でいっそ愚直な光にいつも不意を突かれて、妙に落ち着かない心地になることがよくあった。人間や同族から向けられる恋慕や崇拝のまなざしにはすっかり慣れていたが、陽の虹彩には、血の通った人間らしいあたたかさと誠実さだけではなく、深い孤独のようなものと、時に残酷に感じるひたりとしたものが混じっていた。あれは光度が溢れる影に隠れるようにして確かに存在する、野性だ。
三月は、腹の中に広がる海の奥深いところで一匹のクジラが鳴き、その侘しさに共鳴するように、陽を呼び寄せてしまったのではないかと危惧している。陽の心臓の熱い鼓動を感じるたび、新緑のような息づかいを浴びるたび、まるで自分が再び人間に還って、重ねてきた罪を全て赦されて抱擁されているような気持ちを強めた。
本当は、名前を呼ばれるとたまらないものがあった。
正直なところ、陽の良いも悪いも全てを暴いてやって、あの人間の人間らしいところと人間らしくないところ全てを暴いてやって、その全部を俺が赦してやりたいと思っていることに気が付いていた。
……バカバカしい。
飽きた人生だ。
今さら生命の息づかいなんてない。
瑛次が噛みついている人間がひときわ通る嬌声を上げた。三月は唐突に目を開いた。
そして立ち上がり、先ほど瑛次が歯を立てていた女性が横になっている傍へしゃがんだ。それから、首筋に鼻を近付けてすんすんとにおいを確かめ、首を傾げて「まあまあかな」のような顔をすると、彼女の細い手首を掴んで引き寄せた。
大きく口を開け、骨のある場所を避けて歯を突き刺し、肌を破る。血管を狙うのには慣れている。唇をじんわり、そしてぐわっと濡らしたあたたかい液体を口内にふくみ、胃に通した。
しかし、喉を何度か鳴らしはしたが、三月はすぐに彼女から離れ、傷口を塞いでしまった。
瑛次が薄い横目で三月を見た。
「不味そうな顔」
「おえ。苦い」
三月は、口をへの字に思い切り曲げた。唇を真っ赤に染める血が喉仏へ伝う。テーブルにあったティッシュペーパーを数枚引き抜き、吐き出した。
そして、三月は立ち上がって部屋を後にした。
不味い血を飲んで気分が悪い。瑛次はよくあんなの飲めたな。と思いながら廊下を進み、携帯電話を見ると、何度か陽からの着信履歴があった。
そういえば、まだラインは教えていなかった。瑛次いわくこちらを探していたようだし、見つけるかと思い、そのまま地下一階へ上がった。もしかしたらこの気分の悪さを、あの子の血で上書きできるかもしれない。
舌先で歯の輪郭を撫でつつ、フロアを突っ切る。
DJブースには、もうヒスンはいなかった。別のDJがフロアを沸かせている。バーテンダーにでも陽を見かけなかったか聞こうかと、バーカウンターに向かうと、そこにヒスンの姿があった。
彼は三月を見つけると、手招きして傍へ呼んだ。
「ちょっと付き合えよ」
と、笑う。
少し雑談し、三月は今夜の血のおすそ分けの礼を渡した。今日はどうやら三月の奢りの番らしかったので、二人分だ。
ヒスンはそれをざっくり確認したあと、ぐしゃりとポケットにしまい込むと、入れ替わりにシルバーのシガレットケースを取り出した。
煙草を一本取り出しては口の端に咥え、三月にも同様にするよう促す。三月は首を振った。
「もう吸ってないから」
「やめたのか?」
「お前が吸ってたから真似してただけだよ。あの頃は」
聞くと、ヒスンは薄く笑った。
「煙草とコーヒーは血のにおいが隠せる。やってたほうが役に立つじゃん」
「コーヒーなら毎日、血より飲んでるけど」
三月の冗談を聞いて、ヒスンはトントンとカウンターを爪の先で叩き、バーテンダーに合図した。すぐにグラスが二つ用意された。中で揺れる液体は重そうに赤く、怪しく鈍く光っていた。
「俺がさっき採った」
差し出された一つのグラスを、三月は受け取った。ヒスンが自分の分をくっと勢い良く喉に通すのを見てから、同じように口をつけた。
が、三月はそれをすぐに吐き出してしまった。ブッ、と慌てて紙ナプキンに吹き出して、涙目で顔をしかめる。
「なんだよ」
ヒスンが笑った。
「そんなに不味かったか? 健康な若い人間の血だぞ?」
「いや、ごめん、なんか最近どうも調子悪くてさ」
「調子? 喉の?」
「なにもかも」
真面目に答える気がないのを隠さずそう言う三月をじっと見つめ、ヒスンは表情を一段ふっと落ち着けた。
片方の肘をバーカウンターにかけたまま、距離をつめて三月にライターを渡す。三月はヒスンの目を見たままそれを受け取り、片手で風避けをしながら、ヒスンの咥える煙草に火を点した。煙が一本上がり始めた。
三月がライターを返そうと差し出すと、ヒスンがその手首を掴んだ。そして自分のほうへ引き寄せる。
「しばらく東京にいるんだ」
喋ると、咥えた煙草が上下した。
三月は片口を上げて微笑んだ。
「そういえば、ソウルに一戸建て買ったってニュースになってたな。どこらへん?」
「教えたら来てくれんの?」
「え?」
聞こえなかったふりをした三月に、ヒスンは口に含んだ灰色の煙をほうと吹きかけ、じっと瞳を見つめた。煙に目をしぱしぱさせる姿を眺め、くっくっと笑う。
「三月、お前、ほんと綺麗になったよ。昔よりずっと」
「……口説こうとしてるなら、その気はもうあんまりないけど?」
ふらりと距離を取ろうとした三月の腰を、ヒスンが目敏く引き寄せた。
「背中の傷はどう? まだ痛むのか」
「たまにね」
「見てあげようか。後ろからされながら傷舐められるの、好きだっただろ」
腰を抱いていたヒスンの手がするりと移動して、三月の臀部をやわく掴んだ。
すると、そこに新しい声が割り込んできた。
「三月さん? やっと見つけた」
陽だった。
彼は一目散に三月に近付くと、ヒスンとの間に割って入り、両手で三月の片腕に掴まった。ヒスンがその背後で目を剥き、三月に向かって「み、つ、き、さ、ん?」と声を出さずに口の動きで詰める。
三月は、影になっていて二人に見えていないほうの口角だけをくっと持ち上げた。
「今までどこにいたんですか? そこらじゅう探したんですよ。電話もしたし。初めて来るところだから、何がどこにあるか全然わからなくて」
唇をとがらせ、捨てられた子猫のような目をして三月の腕を離さない陽だ。
「あー……」
そんな彼を後ろからとんでもない表情で凝視しているヒスンを見たまま、三月は笑いを堪えた。
「だめだろ、人前でそんなかわいい顔見せちゃ」
と、陽のえりあしを撫でる。
「このヒスンって奴、ヤンキーなんだ。お前なんてあっという間に食われちゃうよ。逃げよう」
と、冗談にしてふざけて笑う。
三月は陽の背中に手を回して軽く押し、ヒスンに
「じゃ、また」
と挨拶すると、背を向けて歩き出した。
去って行く途中、陽が顔だけでヒスンを振り向いた。そして、ついさっきまで見せていた可愛らしい表情とは裏腹に、きつい睨みを効かせた。
ヒスンは「おぉ」と苦笑した。ちょうど横にやって来た瑛次に、「あいつ、誰?」と聞く。
「三月、恋人でも作ったのか? あれ、人間だよな」
瑛次はあけすけに言った。
「恋人っていうか……よくわからない。セックスはしてる」
「『三月さん、やっと見つけた!』だって。肝が据わった人間だな。すげえ睨まれた」
「陽は俺たちのこと知らないから」
「は?」
ヒスンが目を剥く。
「知らないでここに連れて来てんのかよ」
「バレてもいいと思ってるんだろ、三月は。俺としてはバレないほうが都合良いんだけどな。あの子、いま通ってる大学の後輩だからさ、バレたら通いづらくなる」
「お前、また大学通ってんだ。いくつめ?」
「七」
瑛次はヒスンが持っていた血を飲み、美味しそうに顔をしかめた。ヒスンが笑う。
最後、メロウな曲調の音楽が流れる中、ヒスンは、去って行く瑛次の背中に大きく言った。
「壱依兄さんによろしくな!」
人混みの中、瑛次の腕が上がって、親指をぐっと立てた後にひらひらと手を振るのが見えた。ヒスンはため息をつきながら、微笑む。
「ん、あ、あ……っ」
「っ陽、ちょっと待って、出そう」
二人は三月の車の中にいた。
三月が、食いしばった歯の間から息を漏らす。足元の出っ張りの部分に踵をかけ、体勢を少し直した。股上に向き合う形で乗った陽は、奥深くまで三月の性器を飲み込むために大きく開脚して体を反らしているので、官能的過ぎて困った。
愛車のフロントガラスは曇り、陽の動きに合わせて車体が揺れている。リクライニングを倒して後ろに下げた座席は、それでもこの行為をするには狭いことに変わりなかった。
「陽……場所変えない?」
「やです、だめ」
「あー、待って待って、マジで出る」
「まだだめです」
「よーお、なあ、無理、出しちゃうもう」
「だめですってば」
陽は仕方ないように動きを止め、湿った唇を街灯にてらてらさせて、三月の首に腕を回した。唇を奪われ、濃厚なキスをされる。三月は陽の背中に手を添えた。
密室は血のにおいが逃げない。だからやばい。とは思うものの、荷物を取ろうとして車に乗り込んだ途端に陽に跨がれたものだから、どうにも制御がきかなかった。
陽は案外、独占欲の強いたちなのかもしれない。踊りながら女性とくっついたり、ヒスンと親密な雰囲気だったりしたのが、そんなに嫉妬を呼び起こしたのか。
吸血鬼は耳も目も、人間よりずっと良い。陽が三月の名を呟いたことも、あれを見ていたことも知っていた。本当は、トイレで女性を抱いているときにもうっかり現れてほしかった。
この子に慕われるというのは存外、良い気分だ。帰り際、ヒスンの前で「三月さん」なんて言って駆け寄ってきたのも、良かった。かわいかった。
三月は陽の背中を撫で、目を見上げた。
「陽んち行く? それかホテル」
それを聞くと、陽は息を荒げたまま少し寂しそうな表情をした。
「先輩の家には連れて行ってくれないんですか」
「んー、だめ」
「どうして?」
「同居人がいるから」
「……え?」
一瞬にして、陽の顔が曇った。ああかわいい。
三月はたまらず、肉厚な頬にむにむに触れた。
「なんもないよ、マジで。ただの親友」
餅のように横に伸ばされた頬のまま、ずうんと目元を暗くする。
陽は小さく続けた。
「先輩にとって、僕って何なんですか? 僕たちって付き合ってるの?」
するとそのとき、車の窓をドンドンと叩く音がした。
陽は慌てて脚を閉じようとする。
「大丈夫。スモークかかってるから外からは見えない」
おそらく深夜のパトロールをしている巡回の警官だろう。じっと静かにしていると去って行き、見えなくなった。
不意に携帯電話が震えた。
見ると、瑛次からのメッセージだった。
「ヒスンと飲んでそのまま泊まるけど、お前も来る?」
ちょうどいいこともあるものだ。
三月はすぐに「俺はいいや」と送り返し、顔を上げてにっと笑った。
「やっぱり俺んち行こうか」
「え、いいんですか?」
「うん。同居人、今日は帰らないってさ」
そう言うと、陽は心底嬉しそうに目を細めた。奥歯がかゆくなるような思いで可愛いと感じたので、彼を膝の上に乗せたまま口付けた。何度か唇を重ね合わせて、息をつく。
二人ともパーティで飲酒していたので、三月の車は置いたままにしてタクシーで移動した。
タクシーの中にいる間も陽はずっと熱が収まらないようで、三月の顔を覗き込んだり指を絡めたりしてきたので、肩に腕をまわして口付けた。合間に、はあ、と息をついて、とろんとした表情を隠さず見つめてくる。
なるほど、かわいすぎて食べちゃいたいとはまさにこのことか。と納得しつつ、三月は運転手に聞こえないように耳元で「あんまりかわいい顔するなよ。勃ちそう」などと囁いた。陽が視線を落とそうとしたので、すぐにまたキスをした。
タクシーにはマンションの地下の駐車場まで入ってもらって、エレベーターホールの出入口の手前で降車した。三月は、陽が感心したようにホールの中を覗いている間に、暗証番号を入力して指紋を押し付け、セキュリティを突破した。
音もなく左右に開いた自動ドアを抜けて、二人は地下のエレベーターホールへ入った。深夜ということもあり、しんと静まり返っていた。上の階へと向かうボタンを押下する。
陽は居心地悪そうに、三月のすぐ隣へ寄ってきて、ぴったり腕にくっついた。
「前から思ってたんですけど」
「ん?」
「先輩って、お金持ちの人ですか?」
「なにそれ」
「だってこんなマンション……」
すーっと、下りてきたエレベーターの扉が開いた。三月はさっさと中へ入って最上階を示すボタンを押すと、後から乗り込んできた陽を壁の隅に寄せてキスをした。
「ん……っ」
ついさっきまでは第三者がいたから堪えていた声が、陽の鼻から漏れ出した。ティーシャツの中に手を滑り込ませて、肋骨を覆う肌を上へと撫でる。三月の首に抱きついた陽の体が少しもぞりとした。
唇を離して、鎖骨の窪みの上に顔をうずめる。鼻で大きく息を吸い込むと、やっぱり彼の血液のにおいにはどうしようもなく興奮した。これは、これなら、絶対に美味しそうだった。
ああ。ここを噛みたい。歯を突き立てて、肌にぶっつり穴を開けて、中にある魅力的なその赤い液体で腹を満たしたい。
エレベーターが止まり、扉がまた開くと、陽は三月の背中を軽く叩いた。
「先輩、つきました」
陽の血の香りにぼうっとしていたので、気付くのが遅れた。三月は目眩がするこめかみを押さえつつ、陽の手を引いて外へ出た。
廊下はなく、エレベーターから出てすぐがもう部屋だった。陽はびっくりして目を見開いた。このフロア全てが家ということか。
出た場所は建物の二階分の高さがある吹き抜けになっていて、大きな観葉植物が置いてある、開放的なロビーだった。上品に照明がしぼられている。まさにホテルのロビーのように、待ち合わせだとかアフタヌーンティーだとかをするかのような椅子やソファーもあった。
夜景を見渡せる窓のないほうには、何かしらの透明な素材でできた半螺旋階段があり、そこを上がった先には、二階部分にも部屋があるのが見えた。
「そこらへんのお酒、好きに飲んでいいよ」
口をあんぐり開けたまま、三月が指した方向を見てみると、小振りなバーカウンターがあった。ワインやらウイスキーやら、アルコールの他にもレモンの浮かんだ水や果物などがあり、キラキラ輝いている。奥の冷蔵室のガラスの向こうには、赤黒い飲み物が詰まったワインボトルがラックに何本も保存してあった。
あれはどんな種類の赤ワインだろう? と思っていると、いつの間にか背後に立っていた三月が、陽のうなじに鼻を寄せて、すうと息を吸い込んだ。
「陽」
シャツの襟を引っ張られて、何度も何度も、背中の上部まで唇を押し付けられる。
陽はつい、バーカウンターに両手をついた。
「お前の体はドラッグみたいだ。唇も、肌も、……血も」
「っ先輩、」
「これを前にしたら、正気じゃいられなくなる」
背後から三月の手が滑ってきて、スキニーの上から股間をしっかり撫でられた。
「シャワー浴びよっか」
また気持ちが高揚してきた陽はくらくらしてきて、耳たぶを強めに噛まれながらそう囁かれるのがたまらなくて、こくこくと頷いた。おまけに脚の間を何度もいやらしく撫で回されるので、じわじわ勃起してしまって、貧血気味のときのように目眩がした。
不意に昔のことを思い出す瞬間はある。誰にでも。いつでも。それなので瑛次も気に留めていなかったが、今日の回顧はなぜかやけに鮮明で、そのときの気温や音まで蘇ってきたのだから少し驚いた。
自宅から大学までの道のりは長くはない。十分程度歩けば着く距離だ。細かい雪が降っていようと気にせず傘もなく歩き、キャンパスへ向かうと、到着後すぐに友人に遭遇した。朝からあの教授の講義はきついよな、なんて喋りながら講堂へ急ぐ。それからいつも通り授業を受けて、図書館で勉強をした。
異変を感じ始めたのはその頃だった。
誰ひとり無駄話などしていない図書館でふと、鼻がひとつの匂いを嗅ぎつけた。
ひどく惹かれる香りだった。甘く香ばしく、蜜のようで辛のよう。ぐうと腹が鳴る。途端に集中が切れてしまったので、瑛次は仕方なく、半端なところで自主学習を中断して荷物をまとめて立ち上がった。
どうしても匂いの正体を突き詰めたくて、早足で図書館を歩き回った。次第に空腹で目眩がしてきて、苛立ち始めた。
瑛次は焦る。階段を下りる。一階に行くと匂いが強くなったので、ここに正体の場所があると確信した。
一体なんだろう、このにおいは。今まで嗅いだことのないほど魅力的な香りだ。胃がキリキリする。心なしか唾液の分泌も活発になってきた。
やがて、瑛次の足は止まった。
鼻をひくつかせながら元を辿った先は、図書館の受付に座っていた司書だった。
そんなはずないと思った。この匂いは絶対に食べ物なのに、絶対にこの突然の空腹を満たしてくれる料理なのに、と思った。しかし、匂いの元である目の前にはひとりの司書が座っているだけで、はて、と首を傾げた。
司書は縁のない眼鏡をかけた若い女性だった。彼女はカウンターの向かいに瑛次が立っていることに気が付くと、顔を上げて何か声をかけてきた。よく見ると、彼女は右手で左手の人差し指をそっと握っていた。そこに絆創膏をしていた。紙か何かで切ってしまったのだろう。薄いガーゼの部分に赤く血が滲んでいるのが見えた。
その途端、瑛次は体内が大きくドクンと脈打ったのを感じた。口の中にぶわっと唾液が広がり、頭の上半分がカッと熱を持つ。腹部は空腹の限界を痛みで訴えてきていて、脚がふらついた。ついカウンターに手をつくと、司書の彼女が心配してさっと立ち上がり、肩を支えようとこちらに手を伸ばしてきた。
瑛次はその手首を掴んだ。驚いて身を引こうとする司書のこともお構いなしに、彼女の手を持って指先の絆創膏に鼻先を近付ける。大きく香りを吸い込んだ。
間違いなかった。ここだ。この匂いだ。
この飢えるような空腹を満たしてくれるのは、間違いなく「これ」だった。
目を上げると、すっかり怯えきって声も出せなくなっている司書の眼鏡のレンズに、瑛次の瞳が反射して映っていた。熱がないような白色、いや、銀色だった。日が落ちてきた図書館に鈍く光る、二つの目。それが自分のものだと理解するまでに数秒かかった。
慌てて司書を解放したが、彼女も瑛次の異様な瞳に恐怖を覚え、目を大きく見開いて小刻みに震えていた。同じくらい、瑛次自身も動揺して恐怖した。
何が何だかさっぱりわからないまま、とにかく急いで駆け出した。全速力のまま自宅のマンションへ向かった。走っているうちに冷静さを取り戻した。急激な空腹も、魅惑的な香りも、よく考えてみればおかしい。さっきの自分は一体何だったのだろう。困惑だけが残る。
そのときまた、あの謎の影に襲われた映像が頭を過ぎった。
満月の夜、道端でいきなり成人男性大の影に体を押さえつけられ、首辺りを引っ掻かれた。幼かった瑛次が恐怖で凍り付いているうちに、影は引っ掻いた場所にがぶりと噛みついてきた。痺れるような痛み。貧血が起きたときのような立ちくらみ。影の中に見えたのは、ぼんやり重く光る色のついた目だった。
思えば、子どもの頃のあの出来事のせいで、半分人間半分吸血鬼、のような中途半端な物体に成り下がってしまったのだ。俺は。
瑛次は独白する。
あの吸血鬼は血を飲むだけでなく、幼い瑛次の血管に自身の毒を注入していたに間違いなかった。
背中側は崖だった。立っているのは崖の淵だ。しかし、目の前に広がっているのは暗闇でしかなく、どちらを向いても絶望があるだけだった。
そこに、一筋の光が差し込んだ。
どちらにも属しきることができず、中途半端に血を求めては中途半端に自己嫌悪に陥り、周囲の人間の誰にも打ち明けることなどできず、自分で自分を責めては傷付いて慰められた気になっていた。あの生あたたかい泥沼のような地底から自分をすくい上げてくれたのは、一人の存在だった。
光に向かって手を伸ばす。その手を取ってくれた存在は、上品に口角を上げて柔和に笑い、「手のかかる弟だねえ」とこぼした。
飛び起きた。
瑛次は額の汗を拭った。人間だった頃の身体の感覚が、たった一秒前までその姿だったかのように、ありありと染み込んでくる。
リビングのソファーで読書をしているうちに睡魔に襲われたようで、気付けば、腹の上に本を置いて自分の腕を枕にしたまま、眠りこけていた。
時計を見る。午後十時半を回ったところだった。目頭を擦って視界をはっきりさせつつ、ぼうっとしていると、数字のない飾りのような時計の埋め込んである壁の向こう、ゆるくアーチを描いたスケルトン階段を下りてくる三月の姿が見えた。
「おー、やっと起きた? 瑛次」
彼はいつものカジュアルな服装ではなく、ジャケットを羽織っていた。普段はゆるいシルエットのファッションを好んで着ているから、今夜のような締まったパンツ姿は珍しい。そこに、しっかりお馴染みのサングラスをかけていた。
「耳元で叫んでも起きないから、薬でも盛られて殺されたのかと思った」
「はは、冗談……薬で死ねるなら苦労しないさ」
「まあね」
三月はコーヒーを飲んでいた。
「なんか久しぶりに家でお前を見るな」
と、瑛次が。
三月は笑った。
そして、今かけている物と同じような形状のサングラスをもうひとつ取り出し、瑛次にかけた。視界が急に暗くなる。寝癖を掻きながら見上げると、三月はにっと頬を持ち上げた。
「狩りに行こう。あいつが日本に来てるらしい」
二人は三月の愛車で出発した。
途中、「ちょっと拾いたい奴がいるんだけど」と言いながら一時停車した場所には陽がいたので、瑛次は眉を持ち上げた。助手席には荷物があったので、彼は後部座席に座った。
陽は、普段瑛次が大学で見るような格好ではなく、上半身がぴったり締まる白地に派手な英字とロゴのあるティーシャツに、ギラギラしたベルト、真っ黒なスキニーを履いていたので、瑛次は少々驚いた。後部座席の瑛次の隣に座るなり、重めの前髪を色っぽくかき上げる。この子がこんな風になれるとは知らなかった、と、舌を巻いた。
陽は、三月の助手席にある荷物が誰の所有物なのか気にしたり、三月が昨夜どこで何をしていたのか知りたがったりしたが、隣で瑛次がなんとなくフェイクを混ぜながら説明すると、納得したのか普段通りになった。少し会わないうちに、いつの間にか三月に相当本気になっていたらしい。
もしかして――瑛次は考える。
最近、三月は陽と夜を過ごしているのだろうか。はて。三月が特定の一人の人間と濃く長い関係を持っているのを見たためしはないが、何か思うところがあるのだろうか。珍しいことだ。
車は近くの知り合いの駐車場に停め、少し歩いた。
めあての建物の正面には、長蛇の列ができていた。当然だった。このクラブは、国内にとどまらずアジア中で人気の、言ってしまえば観光名所で、クラブ好きなら絶対に一度は行きたいと名の知れた場所だ。音響の設備は完璧、DJの質も良く、たまにプロとして活躍している有名な者もブースに乗る。提供される飲食物も文句なしだが、瑛次と三月には、他に目的があった。
「ここ、来るの初めてです」
三月の隣で陽が目を丸くする。
両耳には、三月が贈った、シャネルのロゴを象ったピアスが揺れていた。
「だってここって、いつも満員じゃないですか。列もすごいし。ほら」
「俺たちといれば列なんて関係ないよ。思い切り遊びな」
そう言い、三月は陽の肩に腕を回した。
そして、数歩前を歩く瑛次に声をかける。
「瑛次、今日はお前の奢りだっけ?」
瑛次が振り向く。
「いや、お前だろ? この前が俺だった」
「そうだっけ? 騙されてる気がする」
真面目な表情で首を捻る三月が可笑しいのと、憧れのクラブに行ける高揚感とで、陽はケラケラ笑った。
瑛次と三月の二人は歩いているだけでも目立つのに、ジャケットのポケットに手を突っ込んで堂々と列の横を進んで行くから、皆の注目を集めていた。彼らはそして列の先頭で足を止めると、入口のスタッフの横で手首を機器に掲げた。すぐに入場の許可が出る。
三月はいったん陽を離し、扉から入ったすぐの場所で談笑していた男性に声をかけた。
「ヒスン」
呼ばれた彼は振り向くと、三月、そして瑛次を見て、顔中をくしゃくしゃにして嬉しそうに破顔した。そして再会のハグをする。
「しばらくだな。瑛次もいるのか!」
「久しぶり」
と、ヒスンが差し出した手を握り、握手を交わす。
ヒスンは、何かのゴツゴツした絵が入っているティーシャツに黒レザーのジャケットを羽織り、首にヘッドフォンを引っかけていた。
DJだろうか。陽は思った。呼ばれた名前からすると韓国の人だろう。陽の好きなKポップアイドルに少し似ていて、ひとりで勝手にどきどきする。彼は三月とは特に親しげで、体をゆらゆらさせながらしばらく立ち話をしていた。金髪の下の目を細めて笑っている。
「来るなら事前に言ってくれよ。お前らに……たい人間なんて山ほどいるんだから」
建物内から地面を揺らすビートに掻き消され、途中が聞こえなかったが、この三人の仲が良いらしいことはわかった。陽はなんとなく遠慮していたが、そのうちに、三月に腕を引かれて奥へと進んだ。
地下二階へ下り、クロークカウンターに寄る。クロークの前にも列ができていて、退屈そうに携帯電話をいじる若者の集団も見られた。瑛次と三月は、その列さえ堂々と追い越していくので、陽も同様にした。彼らの中には二人を知っている若者もいるのか、二人の姿を見るとあっと声を上げる者もいた。荷物はほぼなかったので預けず、カウンターは素通りした。
メインフロアは地下にあるので、それから地下一階のバーカウンターに向かった。それぞれアルコールを注文し、中へ入る。フロアは吹き抜けになっていて、頭上にはビビッドな色のビームライトが絶え間なく飛んでいた。ディスコには、地を轟かせる重低音が跳ねている。
爆音で音楽が流れているので、会話もままならなかった。すでに相当な人数が楽しんでいた。揺れ踊る人の影にあちこちぶつかりそうになる。
「三月」
瑛次が背後を顎でしゃくった。
三月は振り返ると、パッと陽から離れた。
陽もつられて確認すると、二人の視線の先には、周囲の人混みから頭ひとつ飛び抜けた小さな顔があった。
この場所に不釣り合いな、上品で落ち着き払った雰囲気だ。蝋のように白い肌に、しっとりした艶のある黒の髪、赤い唇の甘い表情。人間離れした、見とれるほどの美貌だったので、陽はしばらく彼を見つめたまま、ぽかあんと口を開けてしまった。
「相変わらずものすごい美しさで。飢えてはいないんだろうな」
「俺のおかげでな」
瑛次が返した。
「兄さん!」
三月が名前を呼んだが、その声は重低音に重なって届かなかった。彼はやがて肩をそびやかして反対方向へ去って行き、姿を消した。
陽が三月たちとはぐれてしまったことに気付いたのは、それからしばらく経った後だった。電話をかけてみても繋がらず、どうしたものかと迷う。メインフロアは地下一階にあるものの、そこを囲むように一階や地下二階にもサブフロアがあり、ボックス席のあるフロアも連なっていたため、一度見失ってしまうと探すのは至難の業だった。
せっかく誘われて来たのだから、三月と一緒にいたかった。彼を探してクラブをうろうろしている途中、瑛次の姿は見かけた。しかし、三月の居場所を聞いても知らないようだったので、すぐに別れた。
暑い。シャツの胸元をはたはた煽ぎながら、陽はもう一度、地下一階に向かった。メインフロアを奥に進む。すると、見上げた先に見たことのある姿があった。
入口で、瑛次たちにヒスンと呼ばれていた男だった。ステージのDJブースで音楽をかけている。やはりDJだったようで、両手を上げ下げして会場のテンションを上げ、耳をつんざくほどの歓声を得ていた。名を何度も叫ばれている。有名なDJなのかもしれない。
少々疲れてきたので、陽はいったん外に出ようかと、ステージに背を向けて歩き出した。曲調が盛り上がってきて、ひときわ大きな声援が上がった。隅のほうで壁に寄りかかりながら、陽は正面をふと振り返る。
すると偶然、探していた姿が目に飛び込んできた。
「三月先輩」
呟いた声は騒音に掻き消された。
三月は人混みをかき分けてどこかへ急いでいる様子だった。しかし、途中で、胸元を大きく開けたシャツの腰ほどまであるロングヘアをした女性に声をかけられ、足を止めた。少し身を屈め、女性の口元に耳を近付けて話を聞いている。細い腕が三月の二の腕に触れて、そのまま上へ撫で滑っていって、女性は三月の首に軽く抱きついた。
若干驚いた表情を見せたものの、三月はすぐに口角を上げて女性の腰に手を回した。音楽に合わせて揺れる体が密接してぶつかる。二人は流れるように唇をこすり合わせる。シャツから覗いていた女性のブラジャーの肩紐を、三月の指が器用に少しずらしたのが見えた。彼はキスの合間に女性の首元に顔をうずめて、そこにも唇を這わせているようだった。
ふっとライトが少し落ち、暗めの赤い色に変わった。フロア中が深紅に染まる。ヒスンは全身で跳ねてリズムに乗ったまま、DJ機材を操作し、低音中心のダークな音楽に変更した。
三月のキスが女性の首筋を撫でるにつれて、女性は徐々に後頭部をうしろに倒して口を半開きにした。緩く波打つ髪が踊る。陽は、湿度の高いダークレッドの空間の中心で、女性の肌に悪戯に噛みつく三月の歯を見た気がした。
歓声が飛ぶ中、陽だけが無表情だった。
そして陽の目だけに光が当たらなかった。
確かに、三月は謎の多い男だ。出会ってからもそう経っていない。いくら体の関係があろうと、好きだよと告白し合って恋人同士に成就したわけでもない。しかし、今となってはもう、あの人を他の何かにやすやすとくれてやる気はさらさらなかった。
奥歯を噛みしめる。耳のすぐ下でギリリと音がして、歯の表面が少し削れたのがわかった。
陽はいつまでも三月を見つめていた。
数十分後、三月は、冷めた表情で人の間を縫って歩いていた。
靴の踵を鳴らしながら階段を下りる。地下二階のクロークの目の前を通り過ぎ、スタッフオンリーと書かれた扉を遠慮なく開ける。
そして、サングラスを外した。燃えるルビーのように真っ赤に変色した虹彩に、瞳孔は開いていて、奥に進んだVIPルームに着いたときには、腹の奥が空腹を訴えていた。
上のフロアで中途半端に血液を口にしたせいで、そして、それを提供してくれた人間の女性をトイレの個室で雑に抱いたせいで、余計に腹が減っていた。あまり美味しい血ではなかったが、せっかくならもっと飲んでおけばよかった。
暗く、赤い照明が落ち着く。そう広くないVIPルームの中には、瑛次と仲間の数人、あと意識のない人間が数人いた。
瑛次は、革製のソファーに伸びた女性の体に覆い被さっていて、三月が来たことに気付いて彼女の首から顔を上げたときには、瞳はギラリと銀に瞬き、顎から喉へ血液を一本細く伝らせていた。
「おっと、失礼。食事中だったか」
しっかり扉を閉める。
瑛次は雑に口元を拭うと、血がどくどく流れ出る女性の首元に唾液を垂らし、その上から手でぐっと押さえつけ、止血した。
「陽がお前を探してたよ」
と、瑛次。
三月は彼の隣に座り、血の気が戻っていく女性の顔を覗き込んだ。
「探してた? なんで。遊びなよって言ったのに」
「お前と、遊びたいんだろ。陽はお前に本気だよ」
三月は首裏を掻いた。
「うーん、なんか食べるタイミング逃したっぽいな。陽って絶対美味しいと思うんだけどさ、なんかちょっとやりづらいんだよな。セックスもいいし」
「人間に情が移った?」
「情? まさか」
三月は、あははと笑った。
が、すぐに声を落とす。
「壱依兄さんには言うなよ」
「俺は言わないけど、兄さんの勘をやり過ごせるとは思うなよ」
「あー……」
三月はソファーにだらりと身を沈め、天井を仰いだ。
瑛次は女性の体をそろりとソファーに寝かせると、もう一人、床にだらりと伸びていた男性の上半身を持ち上げて起こした。そして、「この彼は血が多そうだな」などと呟きながら、首の動脈に歯を立てた。
ここは、ヒスンが自分を含めた吸血鬼たちのために、人目を忍んで用意した場所だった。
彼は、アーティストに曲を提供したりプロデュースしたりする著名な音楽家で、かつ、世界中を飛び回っては数々のクラブを湧かせるDJでもあるが、日本にいる期間に最もよく利用するこのクラブは、彼のホームと言っても相違ない。彼は、人間と吸血鬼の人脈を利用して、吸血鬼に血を提供したいと本気で思っている人間を密かに探り、こういった場所を提供する仕事もしていた。ヒスン自身も同様に血が欲しいということもあって始まった生業だったが、親交の深い瑛次と三月には、毎回、それを共有してくれているのだ。
表立って人間を殺すことはできない。生き延びる術として、こうして数人から少しずつ提供してもらい、その場で飲んだり、瓶に詰めて丁重に今後の糧にすることは多かった。瑛次たちは普段は、医療関係者から不要になった死人の血液を恵んでもらったり、こういった人脈を利用して誰かが採取したものを買ったりしている。
だが、実際、新鮮な生き血ほど求めてやまないものもなかった。ヒスンはその点、商売上手だ。同様の事業を展開している吸血鬼や人間は他にもいるが、結局ヒスンのところが最も信頼できた。味も、セキュリティ面でも。
意識が浮上し始めた女性の下で、瑛次に噛まれた男性が艶めかしい声を上げた。痛みを感じないように睡眠薬を飲んでもらっているため、無意識に上がった声だろう。
瑛次は一度中断し、肌が柔らかくなるよう、噛んだ場所を何度か舐めた。
「気持ち良くなるに決まってるだろ。俺たちは蚊じゃないんだから」
昏睡状態の人間に向かってぶつぶつ話す瑛次をよそに、三月はソファーの背に頭を預けて脱力したままぼんやりした。天井でゆっくり回るファンが脳を酔わせるようだ。眠気はなかったが、なんとなく夢心地になり瞼を下ろした。
三月先輩、と呟く声が蘇る。
目を閉じたまま咄嗟に眉を寄せた。
陽の目を見つめるとき、その瞳に宿る素直でいっそ愚直な光にいつも不意を突かれて、妙に落ち着かない心地になることがよくあった。人間や同族から向けられる恋慕や崇拝のまなざしにはすっかり慣れていたが、陽の虹彩には、血の通った人間らしいあたたかさと誠実さだけではなく、深い孤独のようなものと、時に残酷に感じるひたりとしたものが混じっていた。あれは光度が溢れる影に隠れるようにして確かに存在する、野性だ。
三月は、腹の中に広がる海の奥深いところで一匹のクジラが鳴き、その侘しさに共鳴するように、陽を呼び寄せてしまったのではないかと危惧している。陽の心臓の熱い鼓動を感じるたび、新緑のような息づかいを浴びるたび、まるで自分が再び人間に還って、重ねてきた罪を全て赦されて抱擁されているような気持ちを強めた。
本当は、名前を呼ばれるとたまらないものがあった。
正直なところ、陽の良いも悪いも全てを暴いてやって、あの人間の人間らしいところと人間らしくないところ全てを暴いてやって、その全部を俺が赦してやりたいと思っていることに気が付いていた。
……バカバカしい。
飽きた人生だ。
今さら生命の息づかいなんてない。
瑛次が噛みついている人間がひときわ通る嬌声を上げた。三月は唐突に目を開いた。
そして立ち上がり、先ほど瑛次が歯を立てていた女性が横になっている傍へしゃがんだ。それから、首筋に鼻を近付けてすんすんとにおいを確かめ、首を傾げて「まあまあかな」のような顔をすると、彼女の細い手首を掴んで引き寄せた。
大きく口を開け、骨のある場所を避けて歯を突き刺し、肌を破る。血管を狙うのには慣れている。唇をじんわり、そしてぐわっと濡らしたあたたかい液体を口内にふくみ、胃に通した。
しかし、喉を何度か鳴らしはしたが、三月はすぐに彼女から離れ、傷口を塞いでしまった。
瑛次が薄い横目で三月を見た。
「不味そうな顔」
「おえ。苦い」
三月は、口をへの字に思い切り曲げた。唇を真っ赤に染める血が喉仏へ伝う。テーブルにあったティッシュペーパーを数枚引き抜き、吐き出した。
そして、三月は立ち上がって部屋を後にした。
不味い血を飲んで気分が悪い。瑛次はよくあんなの飲めたな。と思いながら廊下を進み、携帯電話を見ると、何度か陽からの着信履歴があった。
そういえば、まだラインは教えていなかった。瑛次いわくこちらを探していたようだし、見つけるかと思い、そのまま地下一階へ上がった。もしかしたらこの気分の悪さを、あの子の血で上書きできるかもしれない。
舌先で歯の輪郭を撫でつつ、フロアを突っ切る。
DJブースには、もうヒスンはいなかった。別のDJがフロアを沸かせている。バーテンダーにでも陽を見かけなかったか聞こうかと、バーカウンターに向かうと、そこにヒスンの姿があった。
彼は三月を見つけると、手招きして傍へ呼んだ。
「ちょっと付き合えよ」
と、笑う。
少し雑談し、三月は今夜の血のおすそ分けの礼を渡した。今日はどうやら三月の奢りの番らしかったので、二人分だ。
ヒスンはそれをざっくり確認したあと、ぐしゃりとポケットにしまい込むと、入れ替わりにシルバーのシガレットケースを取り出した。
煙草を一本取り出しては口の端に咥え、三月にも同様にするよう促す。三月は首を振った。
「もう吸ってないから」
「やめたのか?」
「お前が吸ってたから真似してただけだよ。あの頃は」
聞くと、ヒスンは薄く笑った。
「煙草とコーヒーは血のにおいが隠せる。やってたほうが役に立つじゃん」
「コーヒーなら毎日、血より飲んでるけど」
三月の冗談を聞いて、ヒスンはトントンとカウンターを爪の先で叩き、バーテンダーに合図した。すぐにグラスが二つ用意された。中で揺れる液体は重そうに赤く、怪しく鈍く光っていた。
「俺がさっき採った」
差し出された一つのグラスを、三月は受け取った。ヒスンが自分の分をくっと勢い良く喉に通すのを見てから、同じように口をつけた。
が、三月はそれをすぐに吐き出してしまった。ブッ、と慌てて紙ナプキンに吹き出して、涙目で顔をしかめる。
「なんだよ」
ヒスンが笑った。
「そんなに不味かったか? 健康な若い人間の血だぞ?」
「いや、ごめん、なんか最近どうも調子悪くてさ」
「調子? 喉の?」
「なにもかも」
真面目に答える気がないのを隠さずそう言う三月をじっと見つめ、ヒスンは表情を一段ふっと落ち着けた。
片方の肘をバーカウンターにかけたまま、距離をつめて三月にライターを渡す。三月はヒスンの目を見たままそれを受け取り、片手で風避けをしながら、ヒスンの咥える煙草に火を点した。煙が一本上がり始めた。
三月がライターを返そうと差し出すと、ヒスンがその手首を掴んだ。そして自分のほうへ引き寄せる。
「しばらく東京にいるんだ」
喋ると、咥えた煙草が上下した。
三月は片口を上げて微笑んだ。
「そういえば、ソウルに一戸建て買ったってニュースになってたな。どこらへん?」
「教えたら来てくれんの?」
「え?」
聞こえなかったふりをした三月に、ヒスンは口に含んだ灰色の煙をほうと吹きかけ、じっと瞳を見つめた。煙に目をしぱしぱさせる姿を眺め、くっくっと笑う。
「三月、お前、ほんと綺麗になったよ。昔よりずっと」
「……口説こうとしてるなら、その気はもうあんまりないけど?」
ふらりと距離を取ろうとした三月の腰を、ヒスンが目敏く引き寄せた。
「背中の傷はどう? まだ痛むのか」
「たまにね」
「見てあげようか。後ろからされながら傷舐められるの、好きだっただろ」
腰を抱いていたヒスンの手がするりと移動して、三月の臀部をやわく掴んだ。
すると、そこに新しい声が割り込んできた。
「三月さん? やっと見つけた」
陽だった。
彼は一目散に三月に近付くと、ヒスンとの間に割って入り、両手で三月の片腕に掴まった。ヒスンがその背後で目を剥き、三月に向かって「み、つ、き、さ、ん?」と声を出さずに口の動きで詰める。
三月は、影になっていて二人に見えていないほうの口角だけをくっと持ち上げた。
「今までどこにいたんですか? そこらじゅう探したんですよ。電話もしたし。初めて来るところだから、何がどこにあるか全然わからなくて」
唇をとがらせ、捨てられた子猫のような目をして三月の腕を離さない陽だ。
「あー……」
そんな彼を後ろからとんでもない表情で凝視しているヒスンを見たまま、三月は笑いを堪えた。
「だめだろ、人前でそんなかわいい顔見せちゃ」
と、陽のえりあしを撫でる。
「このヒスンって奴、ヤンキーなんだ。お前なんてあっという間に食われちゃうよ。逃げよう」
と、冗談にしてふざけて笑う。
三月は陽の背中に手を回して軽く押し、ヒスンに
「じゃ、また」
と挨拶すると、背を向けて歩き出した。
去って行く途中、陽が顔だけでヒスンを振り向いた。そして、ついさっきまで見せていた可愛らしい表情とは裏腹に、きつい睨みを効かせた。
ヒスンは「おぉ」と苦笑した。ちょうど横にやって来た瑛次に、「あいつ、誰?」と聞く。
「三月、恋人でも作ったのか? あれ、人間だよな」
瑛次はあけすけに言った。
「恋人っていうか……よくわからない。セックスはしてる」
「『三月さん、やっと見つけた!』だって。肝が据わった人間だな。すげえ睨まれた」
「陽は俺たちのこと知らないから」
「は?」
ヒスンが目を剥く。
「知らないでここに連れて来てんのかよ」
「バレてもいいと思ってるんだろ、三月は。俺としてはバレないほうが都合良いんだけどな。あの子、いま通ってる大学の後輩だからさ、バレたら通いづらくなる」
「お前、また大学通ってんだ。いくつめ?」
「七」
瑛次はヒスンが持っていた血を飲み、美味しそうに顔をしかめた。ヒスンが笑う。
最後、メロウな曲調の音楽が流れる中、ヒスンは、去って行く瑛次の背中に大きく言った。
「壱依兄さんによろしくな!」
人混みの中、瑛次の腕が上がって、親指をぐっと立てた後にひらひらと手を振るのが見えた。ヒスンはため息をつきながら、微笑む。
「ん、あ、あ……っ」
「っ陽、ちょっと待って、出そう」
二人は三月の車の中にいた。
三月が、食いしばった歯の間から息を漏らす。足元の出っ張りの部分に踵をかけ、体勢を少し直した。股上に向き合う形で乗った陽は、奥深くまで三月の性器を飲み込むために大きく開脚して体を反らしているので、官能的過ぎて困った。
愛車のフロントガラスは曇り、陽の動きに合わせて車体が揺れている。リクライニングを倒して後ろに下げた座席は、それでもこの行為をするには狭いことに変わりなかった。
「陽……場所変えない?」
「やです、だめ」
「あー、待って待って、マジで出る」
「まだだめです」
「よーお、なあ、無理、出しちゃうもう」
「だめですってば」
陽は仕方ないように動きを止め、湿った唇を街灯にてらてらさせて、三月の首に腕を回した。唇を奪われ、濃厚なキスをされる。三月は陽の背中に手を添えた。
密室は血のにおいが逃げない。だからやばい。とは思うものの、荷物を取ろうとして車に乗り込んだ途端に陽に跨がれたものだから、どうにも制御がきかなかった。
陽は案外、独占欲の強いたちなのかもしれない。踊りながら女性とくっついたり、ヒスンと親密な雰囲気だったりしたのが、そんなに嫉妬を呼び起こしたのか。
吸血鬼は耳も目も、人間よりずっと良い。陽が三月の名を呟いたことも、あれを見ていたことも知っていた。本当は、トイレで女性を抱いているときにもうっかり現れてほしかった。
この子に慕われるというのは存外、良い気分だ。帰り際、ヒスンの前で「三月さん」なんて言って駆け寄ってきたのも、良かった。かわいかった。
三月は陽の背中を撫で、目を見上げた。
「陽んち行く? それかホテル」
それを聞くと、陽は息を荒げたまま少し寂しそうな表情をした。
「先輩の家には連れて行ってくれないんですか」
「んー、だめ」
「どうして?」
「同居人がいるから」
「……え?」
一瞬にして、陽の顔が曇った。ああかわいい。
三月はたまらず、肉厚な頬にむにむに触れた。
「なんもないよ、マジで。ただの親友」
餅のように横に伸ばされた頬のまま、ずうんと目元を暗くする。
陽は小さく続けた。
「先輩にとって、僕って何なんですか? 僕たちって付き合ってるの?」
するとそのとき、車の窓をドンドンと叩く音がした。
陽は慌てて脚を閉じようとする。
「大丈夫。スモークかかってるから外からは見えない」
おそらく深夜のパトロールをしている巡回の警官だろう。じっと静かにしていると去って行き、見えなくなった。
不意に携帯電話が震えた。
見ると、瑛次からのメッセージだった。
「ヒスンと飲んでそのまま泊まるけど、お前も来る?」
ちょうどいいこともあるものだ。
三月はすぐに「俺はいいや」と送り返し、顔を上げてにっと笑った。
「やっぱり俺んち行こうか」
「え、いいんですか?」
「うん。同居人、今日は帰らないってさ」
そう言うと、陽は心底嬉しそうに目を細めた。奥歯がかゆくなるような思いで可愛いと感じたので、彼を膝の上に乗せたまま口付けた。何度か唇を重ね合わせて、息をつく。
二人ともパーティで飲酒していたので、三月の車は置いたままにしてタクシーで移動した。
タクシーの中にいる間も陽はずっと熱が収まらないようで、三月の顔を覗き込んだり指を絡めたりしてきたので、肩に腕をまわして口付けた。合間に、はあ、と息をついて、とろんとした表情を隠さず見つめてくる。
なるほど、かわいすぎて食べちゃいたいとはまさにこのことか。と納得しつつ、三月は運転手に聞こえないように耳元で「あんまりかわいい顔するなよ。勃ちそう」などと囁いた。陽が視線を落とそうとしたので、すぐにまたキスをした。
タクシーにはマンションの地下の駐車場まで入ってもらって、エレベーターホールの出入口の手前で降車した。三月は、陽が感心したようにホールの中を覗いている間に、暗証番号を入力して指紋を押し付け、セキュリティを突破した。
音もなく左右に開いた自動ドアを抜けて、二人は地下のエレベーターホールへ入った。深夜ということもあり、しんと静まり返っていた。上の階へと向かうボタンを押下する。
陽は居心地悪そうに、三月のすぐ隣へ寄ってきて、ぴったり腕にくっついた。
「前から思ってたんですけど」
「ん?」
「先輩って、お金持ちの人ですか?」
「なにそれ」
「だってこんなマンション……」
すーっと、下りてきたエレベーターの扉が開いた。三月はさっさと中へ入って最上階を示すボタンを押すと、後から乗り込んできた陽を壁の隅に寄せてキスをした。
「ん……っ」
ついさっきまでは第三者がいたから堪えていた声が、陽の鼻から漏れ出した。ティーシャツの中に手を滑り込ませて、肋骨を覆う肌を上へと撫でる。三月の首に抱きついた陽の体が少しもぞりとした。
唇を離して、鎖骨の窪みの上に顔をうずめる。鼻で大きく息を吸い込むと、やっぱり彼の血液のにおいにはどうしようもなく興奮した。これは、これなら、絶対に美味しそうだった。
ああ。ここを噛みたい。歯を突き立てて、肌にぶっつり穴を開けて、中にある魅力的なその赤い液体で腹を満たしたい。
エレベーターが止まり、扉がまた開くと、陽は三月の背中を軽く叩いた。
「先輩、つきました」
陽の血の香りにぼうっとしていたので、気付くのが遅れた。三月は目眩がするこめかみを押さえつつ、陽の手を引いて外へ出た。
廊下はなく、エレベーターから出てすぐがもう部屋だった。陽はびっくりして目を見開いた。このフロア全てが家ということか。
出た場所は建物の二階分の高さがある吹き抜けになっていて、大きな観葉植物が置いてある、開放的なロビーだった。上品に照明がしぼられている。まさにホテルのロビーのように、待ち合わせだとかアフタヌーンティーだとかをするかのような椅子やソファーもあった。
夜景を見渡せる窓のないほうには、何かしらの透明な素材でできた半螺旋階段があり、そこを上がった先には、二階部分にも部屋があるのが見えた。
「そこらへんのお酒、好きに飲んでいいよ」
口をあんぐり開けたまま、三月が指した方向を見てみると、小振りなバーカウンターがあった。ワインやらウイスキーやら、アルコールの他にもレモンの浮かんだ水や果物などがあり、キラキラ輝いている。奥の冷蔵室のガラスの向こうには、赤黒い飲み物が詰まったワインボトルがラックに何本も保存してあった。
あれはどんな種類の赤ワインだろう? と思っていると、いつの間にか背後に立っていた三月が、陽のうなじに鼻を寄せて、すうと息を吸い込んだ。
「陽」
シャツの襟を引っ張られて、何度も何度も、背中の上部まで唇を押し付けられる。
陽はつい、バーカウンターに両手をついた。
「お前の体はドラッグみたいだ。唇も、肌も、……血も」
「っ先輩、」
「これを前にしたら、正気じゃいられなくなる」
背後から三月の手が滑ってきて、スキニーの上から股間をしっかり撫でられた。
「シャワー浴びよっか」
また気持ちが高揚してきた陽はくらくらしてきて、耳たぶを強めに噛まれながらそう囁かれるのがたまらなくて、こくこくと頷いた。おまけに脚の間を何度もいやらしく撫で回されるので、じわじわ勃起してしまって、貧血気味のときのように目眩がした。
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