3 / 5
第二話
比呂を殺してやる
しおりを挟む七月十七日 午前十一時の晴れの日。
〇 東京島新宿区新宿駅西口前
にぎやかな雰囲気の新宿駅西口前。高そうな車が街を走っている。仕事に励む社会人達。華やかな格好で街を闊歩する若い女性たち。
申は久しぶりの東京のゴチャゴチャした空気感を味わっていた。
申 さあ、女のハートをつかむには見た目からだよな
前日に大宮の美容院で髪を整え、パリッとした質感のスーツを身にまとった申。手にはネームのコピーを入れた書類ケースと、十万石饅頭を持っていた。そんな申に街の人は何だという目で見ている。
申 後、埼玉愛をアピールするために十万石饅頭を買ったし。神山彩未のハートをつかむのにバッチリだな!
彩未のハートをつかみたくて、天にガッツポーズをする申。申が所かまわずにガッツポーズをするから、街の人は驚いている。
申は背筋を伸ばして、打ち合わせ先の神山書店まで進んだ。
〇 神山書店本社前
大きな看板で神山書店と書かれていた神山書店は、二十階建ての立派なビルだった。
申は迫力あるビルを見上げて、キリッとした表情でビルの中に入っていった。
〇 神山書店社内玄関入り口
神山書店の社内は真っ白に磨かれた壁と床がピカピカと光っている。
打ち合わせするのが楽しみで仕方ない申はコンパクトミラーで乱れているところがないかチェックしてから、玄関窓口の受付嬢にさわやかな笑顔を向けた。
申 失礼します。一時に打ち合わせに来ました佐上申と申します。
清楚な容姿の受付嬢は、真っ白な歯を見せて申に向けた。
受付嬢 はい。佐上申様ですね。三階のドアにラッテコミック編集部と書かれたオフィスがありますのでので、そちらまでエレベーターに昇ってください。
申 分かりました。三階ですね。ありがとうございます。
申はエレベーターに乗った。三階のコミック部門のオフィスまで昇って行った。
〇神山書店三階 ラッテコミック編集部オフィス前。
ラッテコミック編集部前に着いた申は胸をドキドキしながら、オフィスのドアを開けた。
〇 神山書店 ラッテコミック編集部オフィス内。
バリバリ編集の仕事をこなす編集者たちが、たくさんいるオフィス。机の上にはアナログ原稿や漫画の資料で埋まっていた。オフィスには人気アニメのポスターや人気漫画のキャラクターパネルがあった。
申は久しぶりの出版社の熱い空気に目を輝かせた。
申 お尋ねしても良いですか? 今日打ち合わせに来た佐上申ですが、盛山さんと神山さんはいますか?
申は入り口にいた若い編集者に尋ねてみた。編集者はおっとした顔で申を見た。
編集者 あー。今日打ち合わせの予定の佐上さんですね。盛山さん! 神山さん!
編集者が大声で盛山と彩未を呼んだ。
デスクで仕事をしていた猿みたいな容姿の盛山が声に気付いた。
盛山 どうしましたかー!?
編集者 佐上さんがお見えになりましたよ!
盛山 ああ! 佐上さんがお見えになったんですか! 今来ます!
盛山が申が来て大喜びで飛び跳ねる様に申の元へ駆けつけてきた。
盛山の隣のデスクでパソコンで仕事をしていたツヤツヤの濃いブラウンの上品な二十代の若い女性が顔をあげた。
彩未 佐上さんですか? 今来ます!
上品な若い女性がさわやかな笑顔で応えて、ピンとした姿勢で申の元へ向かった。
申 うわ! あ、あれが神山彩未さん?
申は颯爽とこっちに歩いてくる美しい女性が神山彩未なのか、と顔を赤らめた。
長い艶のあるブラウンの髪、長い睫毛が魅力的な黒い瞳、赤くぷっくりとした唇に透き通るような肌に高い鼻筋、上質なブランドのスーツが良く似合うほっそりとした体躯の神秘的な女性に目を奪われていた申。
初めて盛山と対面する申。
申 初めまして、盛山さん。佐上申と申します。
盛山 おお! 初めまして! 佐上さん! 僕は神山書店のラッテコミックの編集者の盛山と申します! もう、ダイヤモンドの原石にお会いできるなんて光栄です!
盛山が目を輝かせて、申に挨拶した。
申 こちらもあなたの様な審美眼のある方に作品を評価してくださって、ありがたき幸せです。
申は礼儀正しく対応した。
盛山の隣にニッコリと申に微笑む美しい女性が佇んでいた。
申は美しい女性の微笑みにドキドキして、女性に声をかけてみた。
申 あの、もう一人の担当の神山さんでしたっけ? 初めまして。漫画家の佐上申と申します!
彩未 初めまして。佐上さんの担当の神山彩未と申します。まだ経験は浅いのですが、良い漫画を作るためにお力添えします。
上品な声で話す美しい女性の名は神山彩未という名だった。キラキラ後光が放つ程輝くオーラを放つ彩未に申は心をときめかせる。
申 ほ、本当に神山彩未さんだ~!
申は初めて神山彩未と出会って、目をハートにさせていた。
彩未 盛山さん、応接室で打ち合わせですよね? そちらで雑談でもしながら打ち合わせしましょう。
盛山 ハイ! 佐上さん、あちらの応接室で打ち合わせしましょう。
申はすかさず、手に持っていた十万石饅頭の袋から十万石饅頭の入った箱を取り出す。
申 あ! これ、僕の故郷の埼玉の十万石饅頭です! これ、皆様で召し上がってください!
申は頭を下げて、彩未と盛山に十万石饅頭を渡した。彩未は十万石饅頭の箱を見てフフッと微笑んだ。
彩未 まあ、ありがとうございます。嬉しいです。佐上さんってとても気が利く人なのですね。
盛山 僕、お茶を出しに行きますね。
盛山がお茶を出しに給湯室に向かった。
彩未 では行きましょうか。
申は彩未に連れられて応接室について行った。
〇 応接室
八畳くらいのスペースの応接室。ゴムの木の観葉植物が置かれている。
申は座り心地の良い椅子に座っている。
お茶を持ってきた盛山と彩未が申の前に座っている。
申のネーム原稿のコピーを真剣に見る盛山と彩未。申はネーム原稿の評価にドキドキしている。
申は美しい彩未の顔をチラチラ見ていた。
申は彩未に嫌われないようにきりっとした顔で打ち合わせに臨んだ。
彩未 佐上先生の「藤田田、異世界で経営マネジメントを始めた」の作品総評をからやりましょうか
申 (目を輝かせて)はい! お願いします!
盛山 まず、この作品の第一印象は日本の経営者が異世界転生して、つぶれそうなカフェを立て直すという、テーマが面白いですね。
申 (目を輝かせて)はい! 僕はマクドナルドが好きで、藤田田さんを尊敬しているんです! ユダヤの商法を高校の頃に読んで漫画の描き方にも生かしています! 藤田田さんに感謝しているのでリスペクトの為に作品にしました!
彩未 (申の言葉に感銘された表情で)佐上先生も藤田田さんを尊敬なさっているのですか! 私も同じです。藤田田さんはアイデアマンですからね。
申(彩未の笑顔に顔を赤らめて)はい! 今の世の中に彼の様な経営者こそが必要なんですよ。ね!
申の熱意溢れる姿に彩未はニコッと微笑む。申は彩未のこぼれる白い歯に良いなあと、いう顔をしていた。
彩未はネーム原稿のある一ページに食い入るように見ていた。
彩未が三等身の藤田田が異世界に転生して、見た事も無い様な景色に惚れ惚れしているシーンをワクワクしながら読み込んでいた。
彩未 藤田田さんを主人公にした作品なんてあまり見かけた事が無かったから、斬新で良いですよ。日本の経営者を異世界転生ものがあったら良いなと思いましたわ。
申 (目をキラーンとさせて)ほ、本当ですか!?
彩未 (微笑みながら)連載にするにはもっと良くした方が良いと思うポイントを佐上先生に教えますね。
彩未と盛山にキャラクターの設定資料の紙を手に取り、一枚一枚じっくりキャラクターを見ていた。
何かアイデアが浮かんだかのような顔をした盛山に申は反射神経で背筋をピンと伸ばした。
盛山 (ヒロインの設定資料を指差しながら)佐上先生の連載を成功させるには、細かい設定を深めた方が良いと思いますね。
まず、ヒロインは三人いるんですよね。マーヤとセイカ、ミネイヤの三人はユーサ王国のお姫様なんですよね。
申 (カッコいい顔つきで)はい。ヒロインを三人にした理由は、アニメ化の時にアイドル声優を起用しやすいように三人にしたんです。ヒロインって美少女が基本なんで、清楚系と男勝り系と知性派系の三パターン作りました。
自信満々にヒロインの設定を語る申。
盛山 ヒロイン三人にしたのはメディアミックス化の事も考えて、お作りになったのですね! さすが佐上先生!
盛山がヒロインを高く評価してくれたことにニコッと、笑う申。
彩未 (ふうっ、と息を吐きながら)後はヒロイン以外にもライバルキャラももっと魅力的に描いた方が良さそうですね。ライバルキャラって、主役よりカッコイイっていうのが条件ですね。主人公とライバルのエピソードも深く描いた方が良いですね
申 僕もそう思います。ライバルとの絡みを増やしたくて。ライバルの過去も設定資料には結構描いています。
彩未は申が作った設定資料の中のライバルのデンプーテの設定を読み込んでいた。
彩未 連載の中にライバルのデンプーテの過去を描いた方が読者も納得いくと思いますね。どこか憂いのあるキャラクターですし
申 ご指摘ありがとうございます。漫画の展開の中に取り入れます。
応接室の中で申と彩未と盛山はしばらく、打ち合わせをしていた。
打ち合わせが終わって、休憩を取る申たち。
申が持ってきた十万石饅頭をお茶と一緒にいただいていた。
盛山(モグモグと十万石饅頭を頬張りながら) うまい。うまい。うますぎる!
盛山が美味しそうにまんじゅうを頬張る姿を見て、申も嬉しくなった。
申 ですよね! うちの十万石饅頭は甘すぎないのが一番なんですよー! 埼玉は美味しいお菓子が沢山あるんですよー。もっと食べてくださいよ。
申に十万石饅頭をもっと食べてと、勧められる盛山。
彩未 私も十万石饅頭、いただきますね。
申は横目で十万石饅頭を音を立てずに上品に食べる彩未の姿に惚れ惚れしていた。
申 (神山書店の令嬢は食べ方もきれいなんだ……)
申は綺麗にまんじゅうを食べる彩未にデレーッとしているのを彩未はどうしたのと、いう顔をしていた。
彩未 あの、十万石饅頭美味しゅうございました。今度は埼玉に遊びに来たら、購入したいと思います。
申 ほ、本当ですかー!?
申が喜んで彩未の顔をじっと見つめた。
申 じゃあ、今度案内しますよ! 僕は埼玉の事詳しいです! 隠れ家的な店も知っているのでぜひ!
彩未 ありがとうございます。連載の人気次第でお願いしたいと思います。
彩未が申に埼玉に来たいので案内して欲しいと、頼まれて上機嫌の申。
申 この大きな仕事を必ず成功させますので、どうか末永くよろしくお願いします!
申は笑顔で彩未と盛山にこの連載をやり遂げてみせると意気込みを見せた。
〇 神山書店玄関口前
打ち合わせが終わり、彩未が申を玄関口前まで見送ると言われて、一緒に玄関口まで降りてきた。
申 (幸せな時間が終わってしまう……)
彩未と離れたくない申は、寂しい顔をしていた。
彩未 では、七月三十日までにネームの修正お願いします。あなたにはとても期待しております。頑張ってくださいね
申 はい! 神山さんの為なら、火の中水の中でも頑張ります!
申 (まだ、まだ終わっていない。連絡先を聞かないと)
申は彩未の連絡先を聞こうと、彩未の顔をじっと見てから申の書類ケースからスマートフォンを取り出した。
申 あ、あの!
緊張気味の申に彩未はどうしたの? というような顔をしていた。
申 こ、今度メールで神山さんの好きな漫画やアニメ、本などを教えてください! 僕も神山さんに幻の映画作品とか教えてあげます!
彩未 佐上先生
申は美しい彩未の黒い瞳をじっと目を合わせて、彩未にメールのやり取りをしたいと緊張しながら伝えた。申がスマートフォンのメールアドレスを見せられて、彩未は真摯な申の姿に何かを感じ取っていた。
彩未もスマートフォンを取り出した。
彩未 夜に私の好きな漫画教えますね。
でも、スキャンダルとか起こさないで欲しいな。そういうのを避けていただければ良いですよ
彩未は申のメールアドレスをスマートフォンに登録する。
申は目をウルウルさせて、彩未に
申 あ、ありがとうございます! これからもよろしくお願いします!
彩未とメール交換をすることになった申は、嬉しそうにスキップしながら埼玉に帰っていった。
〇 夜 申の実家
一階のダイニングキッチンで夕食を食べる申と両親。比呂は自分の部屋に引きこもっていた。
申の母 お父さん、最近野菜の売り上げが落ちているけど、どういう事?
申の父 しょうがないだろ。野菜の値段を上げないとこっちもやっていけんだろ
申の母 はあ、どこも物価が上がって、トラクターの燃料代だってバカにならないし。最悪だわ
両親がご飯食べながら愚痴をこぼしている姿を見て、申はフッと鼻で笑っていた。
申の母 なあに? 申。何で笑っているのよ
申 (自身気に)父さんと母さんが愚痴っている間に俺は良い事ありましたよ。
申の母 あんたに良い事あったの? 何?
にんまりと微笑む申。申は息を溜めてから
申 (両手を上げながら)ジャジャーン! 実は俺、大手出版社神山書店のネームコンテストで最優秀賞を受賞しましたー!
明るい笑顔で両親にネームコンテストで最優秀賞を受賞したと伝えた。申が最優秀賞を受賞したと聞いた両親は地球がひっくり返った様に驚いていた。
申 最優秀賞を受賞して、賞金五千万円と新連載枠を獲得す事が出来ましたー!
申の母 (目を丸くしながら) う、うそでしょ? 本当に?
申の父 (手を震わせながら)か、神山書店って大手だろ? お前は大手で仕事するのか?
申 (自信満々に)ああ、大手出版の神山書店で連載も決まったんだ。十一月から新レーベルのラッテコミックで連載するんだよ。俺、まだ終わってないよ。天から与えられたチャンスを掴んだんだよ
申の母 まさか、まさか、あんたにチャンスを与えてくれる所があるなんて
泣きそうな顔をする母に申は母の肩を抱きしめ
申 (慈悲深い顔をして)母さん。俺は漫画家になって売れる様になったら、親孝行しようと思って頑張ってきたんだ。ようやくその夢を叶える事が出来た。今まで俺を育ててくれてありがとう。母さん
申の母 (うう、と涙を流す) 申、お前は
嬉しくて泣き崩れる母を申は抱きしめた。
ドカッ、とドアを蹴破る音が聞こえてきて幸せな時間を壊すかのようだった。
ドアを蹴破る何だと思った申はダイニングキッチンの東側の奥の方へ目をやった。
東側の奥の部屋から、ドアを破壊した嫉妬にまみれた瞳をしていた比呂がズーズーと鼻を鳴らしながら、申たちの前に現れてきた。
比呂は申を嫉妬にまみれた目で睨んでいた。申はせっかくの幸せな時間を壊されて、不快な顔を比呂に見せていた。
申 何か用か?
比呂 さっきから調子に乗ってなんだよ。いくら大手で仕事できるからって、いい気になるな
申 比呂、お前俺に嫉妬してんのか? 俺はただ行動したから、欲しいものを手に入れただけだ。何が悪いんだよ
比呂 何で、何で申ばかりいい思いして! 私より年下のくせに生意気なんだよ!
比呂は申にバカにされたのかと、ムカついていた。申は比呂を、汚物を見るかのような目で
申 俺はこんなクソな生活からオサラバできるんだよ。お前の顔なんか見なくて、済むんだ。俺はこれから幸せになるんだ。邪魔するな!
比呂に年下のくせにと、偉そうな口を聞かれて申は悪態をつく。
申に悪態つかれて、悔しがる比呂。
比呂 このやろ! このやろ!
申の母 ちょっと、あんた! 落ち着きなさい!
申にお前の顔を見ないで済むと、見下されて怒り心頭の比呂をなだめる母。
申の父 申、比呂。お前達はもう大人なんだから、争いごとをするな
比呂 大体、申なんか産むから、私の人生は最悪になったんだ。一人っ子の方が良かったのに、死んだおじいちゃんが跡取りが欲しいって言うから! 母さんのせいだよ!
申の母 そんな、私はそんなつもりで申を……
比呂 おじいちゃんは申が生まれてから、私より申を可愛がってて、申の入学祝いに漫画道具とハウツー本なのに、私は砂時計だよ? 何で同じ孫なのにこんなに違うの?
比呂は死んだ祖父への不満を母にぶつけていた。
比呂 あのジジイは男尊女卑だから、私がイジメに遭った時も申の事ばかり気にかけて! あんなジジイなんか、癌で死んで当然だよ!
申 おじいちゃんの悪口言うな! この野郎!
比呂 うるさい! 男尊女卑!
申への嫉妬で比呂がカッとなって、テーブルをバンとひっくり返して大暴れしていた。床に落ちていたものを申に投げつけた。床に落ちていたものを投げつけられて申も怒りの形相だ。
申 うるせぇ! 税金払ってない様な奴にバカにされてたまるか!
比呂に物を投げつけられて、物凄い形相の申が比呂に自分の怒りを叫んだ。比呂に食器をバシッと投げつけてやり返した。
申が投げた食器は比呂の顔にガシャーンと当たって、割れた食器の破片が比呂の顔を傷つけ、痛い! と叫んだ。
火花を散らし合う申と比呂に申の母は、泣きそうな顔をする。
申の母 やめなさい! 代々続く家を壊さないでよ!
泣き叫ぶ申の母に比呂はお前のせいだろというような顔をして、申の母の髪をグイッと引っ張った。
比呂 うるせぇ!
世の中の理不尽さに怒りを抱える比呂は、泣き崩れる申の母の耳をガブッと噛みついた。
申の母 いいー、たぁあああああああああ~~~~!
耳を力強くかまれて、あまりの痛さに悶絶する申の母。
申 母さん!
比呂に母の耳をガブリと噛まれて耳から流血して、床が血で染まっていた。
申 おい! やめろ! 母さんから離れろ!
母が耳から血を流して、焦った申は小さい母を丸々と肥えた体で押さえつけている比呂を足でガンと、強く蹴った。
比呂 ウァアア!
申に顔を強く蹴られて、悲鳴を上げた比呂。
申の父 比呂!
申に蹴られて床にドスンと大きな音を立ててテレビ棚の方に倒れた比呂の元へ駆けつけた。妻より引きこもりの娘の方が大事かと、愕然とした妻は耳を押さえながら、しくしく泣いていた。
申 母さん、大丈夫か? 今、警察呼ぶから
しくしくと泣いている母を心配して母の血を流している方の耳をティッシュで押さえていた。申の母はウッ、ウッと耐え忍んでいた。
テレビ棚に倒れた比呂は、倒れたまま申の母を睨んでいた。
申は固定電話で警察に通報しようとしていた。
申 大宮警察署ですか? 助けてください。実は僕の姉の佐上比呂が僕の母の耳を噛みついて――
申は警察に比呂が母の耳を噛みついてけがをさせたと助けを求めていた。
申が危機感めいた声で警察に助けを求めようとしている姿に、申の父は警察の世話なんかいらない様な顔をして、固定電話を切った。
申 え、ああ。ちょ、ちょっと!
いきなり通話が切られて、動揺する申。申の父が事なかれ主義で首を横に振っていた。
申 父さん、比呂を警察に連れていかなくていいのかよ! あいつは母さんを傷つけたんだぞ!
父に電話を切られて比呂を警察に逮捕させる事が出来ずに、髪が逆立つ程激怒する申。
申は母の方へ目をやるが、申の母ももうやめてくれというような顔をして諦め切っていた。申は引きこもりだからって、その不満を家族に八つ当たりしてきた比呂をそんなに庇うのかと、愕然としていた。
申の父 もう比呂の事はあきらめているんだ。ここで一生を終えるしかないんだ。
父が弱々しい姿で比呂を社会復帰させるのをあきらめていると、呟かれて申は両親の情けなさに憤るばかりだ。
申 ふ、俺は比呂の面倒なんか見てやらないから。
これからの時代は親より子供が先に死ぬ時代だぞ。ゴミみたいなガキなんか神様から天罰下るぞ
比呂ばかり守ろうとする父に対し、申は冷酷な表情で親より子供の方が先に死ぬ時代になると、暴言を吐いた。
申に酷い事を言われたのに、押し黙る父。
申の母は比呂に噛まれた方の耳を押さえながら、涙を流しながら、申にこう言った。
申の母 ……申、ごめんね。すべては私が悪いの。ごめんね
申 謝るなよ。母さんが謝る事ないじゃないか
比呂にあんなに酷い事されたのに、母が謝るなんておかしいと、やるせない申。
〇 申の部屋
申の母のけがの手当てを終えて、自分の部屋でネームを修正している申。
パソコンでネームのセリフを書き直したり、コマ割りを修正している。その時の申の表情は真剣そのものだった。
夜の十一時になり、ネームの修正を終えた申は、そろそろ寝ようと思った。
机から離れようとした申。
申 ああ、比呂のせいでせっかくのハッピーが台無しだよ
比呂が暴れたせいで疲れ切った顔をしている申。本棚にある五歳くらいの無邪気な申と、申を抱っこしている柔和な目つきでシュッとした申の祖父の写真を眺めた。
申は祖父の写真を懐かしそうに眺めながら、
申 おじいちゃんは俺の漫画が好きだったな。両親と比呂は俺の漫画バカにしてたけど、おじいちゃんだけは俺の漫画面白いって褒めてくれたな。こんな時におじいちゃんがいてくれればな
申は自分の味方をしてくれた祖父に会いたいと思った。
申 ああ、おじいちゃんより比呂が死んでくれれば、良かったのにー。チクショー
比呂が死んでくれればいいのにと、本音を呟いたその時、申のスマートフォンにメールの通知音が聞こえてきた。
申は何だと思い、スマートフォンを手にしてメールをチェックした。
メールをチェックしたら、差出人が神山彩未と書かれてあった。
申 え、え? か、神山さんからだ!
彩未からメールが来て、今までの憂鬱な気持ちが一気に晴れた申。申は彩未からのメールの内容を真剣な眼差しで読んだ。
佐上先生へ
こんばんは。神山彩未です。
お約束通り、メールをお送りしました。
夕食はいただきましたか?
私も夕食をいただきました。
今日の夕食はご飯と、鮭の塩焼きと、野菜サラダとみそ汁です。和食が好きです。
漫画家は栄養バランスの良い食事をとるのが大事ですよ。食事と運動と睡眠は不規則にならないようにしてくださいね。
彩未から心のこもったメール内容を読んで、優しい彩未にますます惚れてしまう申。
申 こんばんは! 佐上申です。夜分遅くに失礼いたします!
はい! きちんと三食バランスの良い食事とっています!
申は早速メールを返信した。すぐに彩未からメールの返信が来た。
彩未 さっき話していた好きな漫画とアニメの事お話しても良いですか?
私は父が漫画好きという事もあって、小さい頃からよく読んでいました。
岡田あーみん先生の「お父さんは心配性」や、水沢めぐみ先生の「姫ちゃんのリボン」が好きでした。
小さい頃からりぼんの漫画が好きで、友達と読んでました。お二方の楽しいがとても詰まってて思い出深いものでした。
佐上先生はりぼんとか読んだことありますか?
申 神山さんはりぼんの漫画が好きなんだ。
彩未がりぼんの漫画が好きで女の子なんだなあと、感心した。
申もさっそく返信した。
神山さんは純粋な方ですね。僕も実はりぼんを読んでいて、姫ちゃんのリボンはアニメ版のSMAPの歌をカラオケでよく歌っていました。
僕も変身するリボンがあったら、世界一の富豪になりたいですね。大富豪になって、たくさん稼いで世界の経済を回したいですね。
ちょっと強欲すぎですね。申し訳ないです。
しばらく申と彩未のメールでのやりとりが続く。
彩未 大富豪なんて素敵じゃないですか。
佐上先生の漫画がたくさん売れて、お客様の信頼を得て大富豪になればよろしいのですよ。
申 神山さんから素敵なお言葉いただきありがとうございます!
僕もワンピースとかNARUTOの漫画を読んで、辛い時も前を向いてやってきましたから。
僕は絶対に大富豪の夢をあきらめません!
彩未 その意気で、作品作りましょう!
申と彩未はメールで楽しい時間を過ごしていた。
申 神山さんはどんな場所がお好きですか?
僕は公園とか、神社とかお寺が好きでよく散歩に行って写真を撮っています。
写真送りますね。
久しぶりの心からときめく女性とメールのやり取りする申は、メールで申がスマートフォンで撮った大宮区の氷川神社の写真を彩未に送った。
彩未 大宮区の氷川神社ですか。清らかなオーラを感じさせる神社ですね。
私も小さい頃、父に連れられて氷川神社にお参りした事あります。今度、作品のヒット祈願にお参りでも行きましょうか?
申 ぜひとも行きましょう! 大宮の氷川神社は日本一のパワースポットなので、御祈願に行きましょう!
申はさっきの比呂とのケンカを忘れて、ルンルンな表情でメールを打っていた。
彩未 それには第一話の原稿を完成させましょう。
次の打ち合わせまでネームの修正をきちんとして、本格的に原稿制作に励みましょう。
佐上先生は未来の素晴らしい漫画家です。
私は佐上先生の作品作りをお力添えします。
体調にお気をつけて、作品制作しましょう。
申 はい! 優しいお言葉をいただき、誠にありがとうございます!
神山さんもお体にお気をつけてください。
メールありがとうございました。おやすみなさい
夜の十二時まで彩未とメールのやりとりをした申は、今までにない幸福な表情だった。
申 やっぱり彩未さんは、素敵だ……
ポーっとした表情の申は、体をゆらゆらと揺らして夢心地だ。
申 彩未さんは良い女性だ。それに比べて比呂はクソオバンだ
夢心地の申が申ポロッと本音が出て、ハッと目が覚めた。
申はさっきの比呂とのケンカを思い出して、ハッと真顔に変わる。
申 (彩未さんと結婚するには比呂が邪魔だ。大手出版社の令嬢の義理姉が引きこもりにデブスなんて最悪だろ)
申は心の中で、もし彩未と結婚して比呂が彩未の義理姉になるとしたら、引きこもりに義理姉じゃ神山書店のブランドを落とすかもしれないと、考えた。
申 (神山さんは上智大卒だぞ。名門大学の才媛に低学歴の比呂はかなうわけないじゃねーか)
申は頭の中をぐるぐるさせながら、彩未と結婚するにはどうしたら良いのかと考えていた。
申 (あいつがこの世から消えてくれれば、俺は人気漫画家に返り咲く事が出来る……そして……)
申は比呂がこの世から消してしまえばと、ふと頭に浮かんだ。
申は何か思いついたのか、パソコンを立ち上げてインターネットに接続した。
申 ええと、熱中症 肥満で調べてみようか。
申はマウスでインターネットで熱中症 肥満で検索してみた。
すると、熱中症 肥満のネット記事がバーと画面に現れた。
申は熱中症 肥満に関する記事をしらみつぶしに調べていた。
申 ほうほう、肥満の人は熱中症の症状が重症化しやすいのか。心臓に負担が掛かって心筋梗塞を起こしやすいのか
申は初めて熱中症に関する事を調べて、色んな事が分かったような顔をしていた。
申 肥満の人は体温調節がしづらいので、脱水症状を起こしやすいか。なるほど
熱中症を調べている申はなぜか、ヘへへ、と愉快に笑っていた。部屋が薄暗いのか、一層不気味だった。
申 後、今年の夏は平年並みか高いか。今もかなり暑いよな。比呂も相当暑そうだったし。
パソコンで熱中症の記事を見ながら、へらへら笑う申。
申 あいつ昔から、暑さに弱かったなー。俺が小学生の時の夏休みに家族と京都に行ったなー。京都は異常に蒸し暑くて比呂が熱中症でダウンしてたんだよなー
あいつその当時は、中学生だったけど百キロもあったからな。熱中症になって当然だろ
病院に搬送されて、入院費がバカにならんし、最悪だったよ
申はブツブツ言いながら、さらにネットで熱中症 停電で検索した。
申 そういえば猛暑日に停電とか起きたら、熱中症になって当然だよな?
申は停電が原因でエアコンがつかなくなり、熱中症になって亡くなったというニュース記事を読んでいた。
申 猛暑の夜に停電か。電気の使い過ぎもあるらしいな。熱中症で死んだ奴は、太り過ぎの年寄りか
申はそのニュース記事を深読みしながら、頭の中で考えを巡らせていた。
申 太り過ぎって、体温調節が出来ねえみてぇだな。だからエアコンガンガン冷やすのか
そういえば、比呂もよくエアコンの温度、十八度とかにしてたな。俺の部屋は三十一度でエアコンなしだぞ
申はぶつくさ言いながら、ハッと何か思いついたような顔をしていた。
申はニヤッと笑った。
申 親を旅行とかに行かせて、家に俺と比呂だけにしてその間に家を停電にさせて、比呂を熱中症にさせて暑くなった部屋に一日中家に閉じ込めておけば、比呂を殺せる……!
申は家の電気を停電させて、比呂を暑くなった部屋に閉じ込めて、水さえ飲ませなければ比呂を殺す事が出来ると、思いついた。
申 あいつに大量のアルコールに睡眠薬を混ぜて飲ませて、酩酊しているうちにブレーカーを落として停電させておけば、バレないで済むな
申は一心不乱に比呂を熱中症にさせて殺すための計画をコピー用紙に書き込んでいた。
申 アルコールで脱水症状になった比呂が飲み物を飲ませないために、冷蔵庫の飲み物を全部捨てて、水道の蛇口も止めておかんと
後、浴室を暖房で暑くさせてから停電させておこうか
それから、ネットで睡眠薬を手に入れておかないと
申は黙々と、比呂を殺すための手順をコピー用紙に書き続けていた。
申 そうだ、両親を二泊三日の旅行の予約をしておかないといけないな。サプライズ的に高級ホテルの予約をしておこう
うーん。軽井沢あたりにするか
申は両親の為にネットで軽井沢の高級ホテルを二泊三日の予定で予約をとった。幸い、このご時世なのか、すぐに予約が取れた。
申 ホテルの予約のチケットが、来週あたりに届くのか。まあ、賞金が口座に入ったから、投資という事で!
申はネットショップで強いアルコール飲料を注文した。
それから、申はネットショップで睡眠薬を購入した。
比呂の気を惹きつけるために、ネットで美味しいフィナンシェとマドレーヌを注文した。
申はニヤニヤ笑いながら、比呂を殺す計画を実行に移し始めていた。
数日後、宅配便が来て、申は注文した商品を受け取った。
ダンボールの中身は強いアルコール飲料と、睡眠薬とフィナンシェとマドレーヌが入っていた。
申は睡眠薬が入った袋を手にして、クククと不気味に笑っていた。
申 これであいつを殺せる。誰にも知られずにあいつを殺せる
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる