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第三話
実行
しおりを挟む〇 七月二十九日 朝五時半。申の実家のキッチン
片方の耳を包帯で巻いた申の母が、キッチンで朝ご飯を作っていた。
申がウキウキとした表情で、キッチンに入ってきた。
申の手には、この間予約したホテルの予約券を後ろに持っていた。
申 おはよう! 母さん! 今日もいい日だね!
申が太陽みたいなキラキラと輝きを放ちながら母に挨拶をする。
申の母 あ、あら、おはよう。今日は元気ね。
申がやたら元気よく挨拶する姿に、若干驚く申の母。
申の母が、鍋でみそ汁を作る姿を見て、申はニコッと微笑みながら、
申 母さんの作るみそ汁は他の料理よりずっと美味しいから、楽しみだな~!
申の母 あらそう。嬉しいわ
申の母がご機嫌になり、ヤッターと、心の中でガッツポーズを取る申。
申はそろそろ、母にサプライズをしようと、背筋をピンと伸ばしてこう言った。
申 (白い歯を見せながら)なあ、母さん。いつもありがとう。お礼に母さんに良い物あげるよ
申の母 あら、どうしたの?
申にいきなり良い物あげるとか、言われて申の母はきょとんとした顔になった。
申 いつも家の事やってくれる母さんを休ませたくて……はい!
どうしたのという顔をする母に申は、にっこりと微笑みながらホテルの予約チケットをサッと母の手の上に渡す。
申の母 (ホテルの予約チケットを見て)あ、あら、こ、これ、これは……軽井沢の高級ホテルのチケットなの!? これ、私がもらって良いの?
申から貰った軽井沢の高級ホテルの予約チケットを貰った母は、棚から牡丹餅が落ちたかのように目を丸くして驚いていた。
申 (よっしゃ! びっくりしているな)
申 うん、今度のお盆休みにその高級ホテルに父さんと泊まりに行きなよ。そのホテルは景色も良いし、料理も天上界の料理のように美味しいんだ。露天風呂も貸し切りで予約したんだよ。
申の母 ろ、露天風呂を貸し切りで予約したの?
申が自信満々にネームコンテストの賞金で露天風呂まで貸し切りで予約したと聞いた申の母は、申に何かあったのか、というような顔をしていた。
申の母 私とお父さんを休ませるために、申はこんな高級ホテルを予約してくれるなんて……
申がこんな素晴らしい親孝行してくれるなんて、と申の母は目頭を熱くさせる。
申 俺はいつか父さんと母さんに親孝行したくて、漫画家やってきたんだよ。このくらいの事はして良いだろ?
申の母 ……ありがとう、申。後でお父さんに教えるね。お盆休みは軽井沢でゆっくりするわ。お前は私の自慢の息子よ
申 (よーし! 計画通りだ)
母が感極まって涙を流しているのを見て、申は心の中で比呂を殺すための計画が進んだことをハハハと嘲笑った。
申は申の父と母が八月十三日のお盆休みに軽井沢の高級ホテルで二泊三日の旅行を楽しむこととなった。
普段は旅行をしない父と母は、久しぶりの旅行を楽しみにしていた。あの申が親孝行の為に軽井沢の高級ホテルに泊まらせてくれるなんて夢にも思っていなかったそうだ。
申は舞い上がる両親の姿を見て、ニヤッと黒い笑みを浮かべていた。
〇七月三十日 神山書店のラッテコミック編集部の応接室の中
応接室の中で作品の打ち合わせをする申と彩未と盛山。
それぞれ真剣な表情で打ち合わせをしている。
彩未 六話の最後のシーンは、藤田田とマーヤの結婚式で終わるんですね。この結婚式のシーンは大ゴマでみんなから祝福されているところが良いですね
申 やっぱり漫画は楽しくないといけませんよ。読んで良かったと思えるようなラストにしたくて
彩未に申が修正したネームを真剣な表情で、的確に評価してくれる姿を見て、申の頬が緩んでしまう。
申 (ああ、現実に彩未さんと結婚してみせる……漫画みたいにみんなから祝福されたい……)
申は頭の中で自分と彩未の結婚式を想像していた。美しい婚礼衣装を身にまとった彩未とタキシードを身にまとった申が、教会で結婚式を挙げているシーンが浮かぶ。
たくさんの人々に祝福されている申と彩未。
二人の薬指にはゴールドの結婚指輪を着けていた。
申と彩未は誓いのキスをする所を申は頭の中で思い浮かべていたその時、
盛山 今の世の中はストレス溜まっているから、スカッとする様なラストにしないとね!
突然、盛山が大きな声で申の漫画のネームの最終回のラストにはスカッとするような展開にしないと、熱烈に口にした。
申 おお!
急に大きな声を出されて、思わず現実に戻った申は、目をぱちくりさせていた。
彩未 佐上先生?
彩未は申にどうしたのと、心配になった。
申 すみません。ちょっとぼんやりして
盛山 佐上先生、お疲れしてませんか?
彩未 毎日作品作りでお疲れなのですね。クエン酸水お持ちします。
彩未が席を立ち、申にクエン酸水を持っていこうとする。
申 ありがとうございます!
作品作りで疲れている申にクエン酸水を持ってきてくれる彩未に、申の心はジーンと、感動した。
しばらくして彩未が作ってくれたクエン酸水を飲んで元気をチャージした申は、彩未と盛山で打ち合わせを続けた。
午後三時くらいになり、打ち合わせは終了した。
彩未 佐上先生は、昔の作品からそうだったけど、真っ直ぐで純粋なお心で漫画に取り組んでいるところが素晴らしかったです。
これからも頑張ってください
申 はい! 神山さんの為なら何でもしますよ! この連載を必ず成功させますよ!
彩未から励ましの言葉を受けて、申は上機嫌になる
盛山 (若干申に引きながら) そう! そう! その意気ですよ!
打ち合わせを終えた申は、応接室を出た時、何かに気付いたような顔をする。
編集部室で他の編集者と会話している背の高い眉目秀麗な若い男性を見て申はハッとした。
申 あ、あの男、八馬樹だ! 人気漫画「ネイチャーマン」の作家だ!
眉毛が整っていて、漆黒みたいな深い瞳に、高い鼻筋と厚い唇、背が高く、スラッとした長い脚が魅力的な八馬樹を見て、申はこんな人気漫画家がここで描いているのかと、驚愕した。
盛山 どうしましたか?
申 盛山さん、盛山さん! (指差しながら)あ、あのイケメン、八馬樹ですよね?
盛山は申が指差している他の編集者と会話しているイケメン漫画家の八馬樹を見て、ああ、というような顔をしていた。
盛山 そうです。八馬先生は数年前にここに移籍して今では世界でも人気がある漫画家になったんですよ。
八馬先生は、日本画家の息子さんで芸大卒なんですよ。礼儀正しくて、素晴らしい方なんですよ。
盛山から八馬樹は日本画家の息子で芸大卒の芸術家系の生まれの漫画家と聞いた申は、
申 げ、芸大卒か。凄いな……
自分の育った世界とはまるで違うのかと頭から雷が落ちて落ち込む申。
ただ、申はこのイケメン漫画家をどうか懐柔させようとか、取り巻きの一人に入れようと怪しげに微笑む。
申 (こいつを味方にすれば、俺の世界が広がる。上級国民の日本画家の父親と仕事できるかもしれないし、上級国民の仲間に入れるかも)
彩未 あなたも負けてはいけませんよ。彼とお互い高め合う仲間なんですよ
申 分かっています。ちょっと話に行ってみたいと思います。
申は編集部のデスクに原稿を持ってきた樹に声をかけようとデスクの方に向かった。
ベテランの編集者の男性が樹の原稿を受け取って、樹の原稿をチェックしている。
申はたつきの原稿を見たくて、一歩一歩近づく。
編集者A 八馬先生。今月も素晴らしい原稿ですよ。本誌が引き締まりますよ
こっそり樹の原稿を覗く申。樹が描いた漫画原稿は、スタイリッシュなキャラクターが悪人を成敗するシーンだった。
コマ割りも見せ場のコマは大きくアクションを描かれていて、銃の細かい書き込みのすごさに申はほおと、声を上げた。
申 (小声で)おお! 人物のバランスが良いな。ベタと白のバランスも良くて、何より背景とか小物の書き込みが凄い……!
樹 ありがとうございます。僕がこうやって漫画界で活躍できるのはあなたのおかげです
あなただけではない、全ての皆様に感謝しています
編集者A まあ、八馬先生はよく頑張ってくれて、うちの雑誌の売り上げがランキング一位なのは、八馬先生のおかげでもあるんです
樹 何を言っているのですか。僕はただ好きで描いているだけですよ。儲かっているからって、偉くなる必要はないんですよ
柔らかい物腰で編集者Aと接する樹の姿を見て申は原稿の書き込みがすごいだけじゃなくて、清廉な人間性にも驚いた。
編集者A(感極まって)八馬先生……
謙虚な樹に優しく接してくれて、編集者Aは感極まって目頭を熱くさせる。
申 (すげぇな。こいつ人の心を掴むのも上手いんだな)
樹の原稿をじっと覗く申に気付いた樹はン? と、申の方に目をやる。
樹 君、どうしましたか?
偶然樹と目が合い、ウッと体を硬直させる申。
樹にじっと見つめられる申は樹の深い漆黒のように暗く澄んだ瞳の美しさに息を呑んだ。
申 (あいつの瞳……なんて綺麗なんだ……あれこそが本当に一流漫画家の目なんだ)
一流漫画家の美しい瞳に見つめられて、申は心の中で
申 (この一流漫画家の心を掴めば、こいつのコネを頼れる事が出来る。何としてでも心を掴むんだよ!)
と、黒い感情が渦巻いていた。
黒い感情を見せないように申は、腰を低くして樹に微笑んだ。
申 こんにちはー。八馬先生~。いやあ、丁寧な原稿をお描きになって素晴らしいです!
樹 は、はあ。
申 僕は漫画家の佐上申と申します! この間のコンペで受賞して連載を始めることになったんです!
まさか、八馬先生にお会いできるなんて、光栄でございますよ!
僕も八馬先生の作品、毎月読んでいるんですよ~
七面相のスパイの夫の漫画、主役がカッコよくて女の子から人気あって、羨ましいなーと思いますもん!
申は恭しく、樹に挨拶と自己紹介をした。そして、樹を褒めちぎった。
樹 ああ、十年前にヒットした漫画いぶりがっコ君の漫画家さんでしたね。
漬物がモチーフで新しいもの感じましたね。
佐上先生の描く女の子は可愛かったのは覚えています
申より五つ年下の樹は、申の漫画を読んだことを静かな笑みを浮かべながら言った。
樹が申の漫画を好意的に読んでくれていると、思った申はパアッと顔が明るくなる。
申 本当ですかー? もう、八馬先生みたいな売れっ子から、お褒めの言葉をいただけるなんて最高ですよー!
樹に褒められて舞い上がっている申に、樹と話していた編集者Aはどうしようか戸惑っていた。
編集者A あの、八馬先生。話がまだ
申と樹の会話に編集者Aに割ろうとしてきた時、申はモーというような顔をしていた。
しかし、樹は違った。
樹 僕は彼とちょっとお話したいですよ
編集者A えー
樹が申ともっと話をしたいと、編集者に断りを入れた時、申はルンルン気分になった。
申 (よーし。あいつは俺と仲良くしたいようだ。金持ちの息子はピュアだから、騙されやすいな)
樹 なあ、佐上先生。今度、一緒に飲みにでも行きませんか? いいバーがあるんですよ
樹がニコッと微笑みながら、手に持っているスマートフォンのSNSのQRコードを見せて、申と連絡先を交換しようとしていた。
申も即座にスマートフォンを取り出し、連絡先を交換しようとした。
申 はい! ぜひとも行かせてくださいな! 連絡先を交換しましょう!
樹 良いですよ。漫画界の先輩である佐上先生の話を聞きたいので
申 じゃあ、交換しましょう!
スマートフォンのSNSのQRコードをスキャンして連絡先を交換する申と樹。
申 (こいつを利用して、利益を得てやるぜ!)
心の中でガハハと笑う申は、売れっ子イケメン作家の八馬樹を懐柔することに成功した。
〇 八月十三日 申の実家の玄関
大きな旅行バッグを持った父と母。
申の父 なあ、申。お土産はどんなのが良いんだ?
申 お土産より、父さんと母さんが楽しんでくれればそれで良いよ
申の母 お父さん。お財布と携帯電話持った?
申の父 ああ、持っているよ
申 (微笑みながら)ちゃんとチケットを持った? チケット忘れたら泊まれないから
申の母 分かってますよ。お前は細かいね
申は両親へのプレゼント旅行が比呂を殺す計画だと知ってしまったら、まずいので、とにかく気の利く息子を演じていた。
申の母 じゃあ、軽井沢旅行楽しむわ。旅行なんて久しぶりだから、楽しみよ
申 思う存分楽しんでね!
申の母 じゃあ、行ってきます
申 行ってらっしゃい!
両親が旅行で家を出た。
申 (フーと息を吐きながら)よし、これで俺と比呂だけだ
これで家の中は申と比呂だけになったので、申はさっそく比呂を殺すための計画を実行した。
〇 申の部屋
申は机の上で、金槌で何かガチン、ガチンと叩いていた。
申 これを粉々に砕いて、アルコール飲料に入れて、比呂に
申はニヤニヤ笑いながら、睡眠薬を金槌で砕いていた。
睡眠薬をアルコール飲料に入れて比呂に飲ませるつもりだ。
申は金槌でガチン! ガチン! と睡眠薬を粉々になるまで砕いた。
袋に入っていた睡眠薬をすべて粉々になるまで砕いた申の顔に汗が滲んでいた。
申 よし、この睡眠薬を全部、これに入れて
申は不敵な表情で缶のアルコール飲料に粉々に砕いた睡眠薬をすべて入れた。
〇 一階のキッチン
申はその缶を持って、一階のキッチンまで降りて缶の中にあるアルコール飲料をグラスに注いだ。
それから、
申はフッフッフと、複雑な笑みを浮かべながら、一階の比呂の部屋のドアをトントンと叩いた。
申 なあ、比呂。美味しいドリンクあるんだけど、どう?
申は明るい声で部屋にこもっている比呂に声をかけた。
比呂 何だよ。何か用かよ
部屋越しに、比呂が不機嫌そうに言って、ドアを開けた。
申 (しめしめ、部屋から出て来るぞ)
申は比呂がドアを開けて、丸タンクみたいな姿で出てきて申は心の中でやったと、ガッツポーズをとった。
申はお盆に乗せてある美味しいフィナンシェとマドレーヌも比呂に見せた。
申 なあ、比呂。美味しいアルコールドリンクあるけど、どう? 後な、美味しいフィナンシェとマドレーヌもあるぞ!
申が赤くジューシーで炭酸がシュワシュワ下アルコール飲料と、高級そうな箱に入っているフィナンシェとマドレーヌを見て、比呂の目の色が変わった。
比呂 本当に? 美味しいフィナンシェとマドレーヌもあるのか?
いつも不機嫌な比呂が高級菓子を見て、目の色を変えて、興味津々だ。申は比呂が高級菓子に興味持っているのを見て、フフと優しく微笑んだ。
申 ああ、これ全部比呂にあげるよ
比呂 これ、どこで買ったの?
申 実は神山書店の編集者さんから頂いたんだ。比呂にどうぞって言われて。なかなか高級菓子なんて食えないよ。大事に食べろよな
申は饒舌にこの菓子とアルコール飲料は、神山書店の編集者からいただいたと、言った。
申の話をやたら食い入るように聞く比呂に、申はしめしめと心の中でほくそ笑んでいた。
申 (よし、比呂が食べたがっているから、そろそろだな)
比呂 これ、全部食べていいの?
申 ああ! 食べな! 食べな! これ、親には内緒だから!
比呂 じゃあ、食べるわ
申 良かった! じゃ、今すぐ食べなよ
比呂 あんたには命令されたくないよ
比呂に申が持っているお盆をグイっと取り上げた事には気に食わないが、比呂を殺せるならOKという事にしよう
アルコール飲料と高級菓子を持った比呂は、部屋に戻り、部屋の中でアルコール飲料をがぶがぶと飲んでいた。
申 やった! アルコール飲料、飲んだ!
比呂が睡眠薬が入っているのを知らずに、アルコール飲料をがぶがぶと飲んでいるのをドア越しから聞いた申は、やったぞ! とひそかに喜んでいた。
ドア越しから比呂が、申に向かって
比呂 ねえ、もっとアルコールのおかわりない?
申 ああ、あるよ。こっちに持ってくるよ
比呂がもっとアルコールが欲しいと、申に頼んできたため、申はフッと不敵に笑った。
申 (もっと泥酔させて、眠らせておくか)
心の中で良からぬことを考える申。申は二階に上がり、申の部屋の押し入れにある段ボールに入っているアルコール飲料の缶を全て、一階の比呂の部屋のドアの前に置いておいた。
申 アルコール飲料すべて持ってきたぞ。全部飲んでいいから
申はやたら気の利く弟のふりをしていた。
比呂はドアを開けて丸々とむくんだ手だけ伸ばしてきた。五個あるアルコール飲料の缶を全て取って、ドアを閉めた。
比呂の部屋の中から缶をプシュッと開けて、ぐびぐびとアルコール飲料を飲み干す音をドア越しから聞いていた申は、やったと、大喜びした。
アルコール好きな比呂は、ぐびぐびと缶を空にして、ウイ~と、顔を二ホンザルみたいに顔を真っ赤にして泥酔していた。
比呂 うい~。何か酔ってきたよ~。ぐがー……
体をフラフラしてそのまま万年床の布団に倒れ込む比呂。布団に倒れ込んだ比呂は、そのままガー、ガーと響く程のいびきをかいて眠った。
申 やったぞ! 眠った!
比呂がいびきをかいて寝ているのを知って、申は思わずガッツポーズを取った。
申 フハハハハ。さて、停電させておくか!
腹黒く笑う申は、洗面所まで向かった。
申 まず浴室を暑くさせるために、暖房を入れておくか
申は浴室の前にあるエアコンの設定を暖房にして浴室を暑くさせた。
ムーッと熱い温風が洗面所まで蒸し暑くなった。
一時間くらい経ち、熱い温風で顔にじんわりと汗をかいた申。洗面所の壁にある温度計が三十五度まで上がっていた。
洗面所に入った申は、洗面所にある棚の上にあるブレーカーに手を伸ばした。
身長が一七五センチある申は手を伸ばせばブレーカーの電源に簡単に届いた。
申 あー。身長があって良かったよ。これだけは親に感謝だよ
ニヤニヤ笑いながら、ブレーカーの電源を切ろうとする申。
申 (迷うな。迷うな。今すぐ、ブレーカーを落とすんだ。俺は間もなく上級国民の仲間入りする。そのためにあいつを……)
申はゆっくりとした手つきで、ブレーカーを落とそうとする。
バチン! と、ブレーカーを落とした申の家の中が、真っ暗になった。
真っ暗になった家の中は冷房も切れているので、暑くなってきた。
申 よーし、家の中が暑くなってきたぞ。そういえば比呂の部屋の中も暑いかな?
冷房が全部切れているため、暑くて顔にじんわりと汗をかいている申は、比呂の部屋の中に入ろうとする。
比呂の部屋は鍵がないため、簡単に入れた。
比呂の部屋の中に入った申は、あまりの部屋の汚さに鼻をつまむ。
申 部屋がホコリ臭いな。二十年以上も掃除してないし。物が多すぎだよ。
ゲームソフトの箱を床に置きっぱなしで、マンガ本も本棚にしまわずに床に放置していた。何十年も洗っていないシミまみれのパジャマがツンとした匂いを放って申は、吐きそうになった。しかも、床にお菓子の食べカスが落ちている。
申 (う、う! ご、ゴキブリ!)
床に落ちていたお菓子の食べカスを食べている小さなゴキブリが歩いていて、申はギョッとした。
申 (こんな汚い部屋で住んでいる様な豚に運気も逃げるわ)
心の中で比呂のゴキブリがうろついている汚部屋を見て、不快感を表す申。
そんな申にお構いなしに、ガーガーといびきをかいて万年床の布団に大の字になって寝ている比呂を申はチッと、舌打ちする。
万年床の布団で大の字になっていびきをかいて寝ている比呂のむくんだ顔に汗がじんわりとかいていた。
申 (比呂が汗をかいているな。後二日くらい停電させて、熱中症にさせて殺そう)
比呂が汗をかいて寝ているのを見て、申はニヤッと不気味に笑った。
申は比呂の部屋から出て行った。
二階に上がり、自分の部屋で漫画を読んでいた申。しばらく漫画を読んでから、原稿に取り掛かる申。
コンセントでパソコンを繋げていたため、充電されているので三、四時間は起動させる事が出来る。
申 ネットは使えないけど、原稿くらいは描けるし、まあ良いか
申はペンタブで漫画原稿を描いていた。ペンタブで枠線を引いて、キャラクターを下書きして、背景のあたりを取っていた。
申 この藤田田とマーヤとの邂逅を印象的に描こう
ペンタブで泉で藤田田とマーヤの邂逅シーンを描いていた。ファンタジックな異世界に転生した藤田田が、泉で水浴びしていたマーヤと運命的な出会いを描いていた。
申 マーヤの肉感的なスタイルにした方が男オタクは食いつくな。フフフ
申はヒロインのマーヤの肉感的なスタイルをペンタブを駆使して描いていた。
エアコンが無い申の部屋の温度計は三十七度になっていた。
三十七度になっていた部屋の中は暑さと湿気でム~っとしていた。
申の顔に汗がだらだらと流れていた。
申 ああ、暑いな……
申は手で汗をぬぐいながら、原稿を描き続けていた。
三時間くらい原稿を描いていた申は席を立ち、一階へ降りた。
一階へ降りた申は、一階が熱さと湿気でム~っとしていて、また申の顔に汗が流れてきた。
一階がこんなに暑くなっていれば、比呂も熱中症になっているかな。
申はそう呟きながら、比呂の部屋の中に入っていった。
比呂の部屋に入った申は、中のモワッとした暑さにウーッと声を上げた。
窓を閉め切った比呂の部屋の温度計を見ると三十八度もあった。
申 暑いし、何か空気が臭くて、換気一回もしてないんだろうな
申はブツブツ呟きながら、布団に寝ている比呂の顔をじっと見る。
ガーガーといびきをかいて寝ている比呂の顔は汗がびっしょりとかいていて、真っ赤になっていた。
申 ふ、顔を真っ赤にして寝てやがる。睡眠薬を大量に飲ませておいたから、当分は目を覚まさないだろうな
大量の睡眠薬をアルコール飲料にこっそり入れて、比呂に飲ませたから目を覚まさないだろうと、申はワクワクしていた。
申 あ、そうだ。逃げないようにしないと
申は何か思いついたのか、比呂の部屋を出る。
申は玄関まで来た。そして、玄関にある古めかしい下駄箱の中をゴソゴソと何か探していた。
申 ヒモはどこだ?
ゴソゴソと下駄箱からヒモを取り出そうとする申。
下駄箱の奥の方にハサミとヒモを見つけて、それを外に取り出した。
申 あいつを動けないようにさせておこう
申は比呂の手足をヒモで拘束させようとしていた。申は再び、比呂の部屋へ向かった。
比呂の部屋に入った申は、顔を真っ赤にしてウー、ウーと苦しそうな唸り声を上げて寝ている比呂の姿を見て、
申 顔が真っ赤にさせて、脱水症状になっているな。熱中症の症状だな
比呂が熱中症の症状が出始めているのを見て、申はアハハと、残酷に笑った。
大量の睡眠薬を飲んでいるため、しばらくは起きないだろうと思った申は素早い手つきで、比呂の手足をヒモでグルグルと縛った。
ブクブクと太った比呂の手首と足首を外れないようにギュッときつく縛った。
比呂 ウ、グ、ウウ……
比呂の手足を肉が食い込むくらいきつく縛った申は、ハハハとしたり顔で笑った。
申 これで、自由を奪ったぞ。後は熱中症を悪化させて死なせるか
比呂が熱中症を発症してから何時間か経った。
午後六時になり、暑さがピークを迎えていた。
ムッとする様な暑さの中で、顔を真っ赤にして熱中症を引き起こしてゼーゼーと苦しそうな比呂の姿に助けようともしない申。
申 さて、麦茶でも飲むか
手足を縛られて寝返りも打てない比呂は、太っているせいで体に負担が掛かっていた。
比呂 ハア、ハアア……ク、苦しい……
熱中症にかかった比呂は鼻がつまっているのか、苦しそうな顔をして口呼吸していた。
熱中症にかかって、ゼーゼー喘いでいる比呂を申は、涼しい顔して麦茶を飲んでいた。
申 あー。麦茶は美味しいですねー。キモイ豚なんかに麦茶やらねーよ
昏睡状態のまま熱中症で苦しんでいる比呂をケラケラ嘲笑いながら、申は比呂を見ていた。
それから、三時間くらい経った。夜の九時になった。
申 良いか、比呂。この世は行動したもん勝ちだ。俺はお前みたいな引きこもりにならないために、漫画家になった。
申は顔を歪ませて、脱水症状に陥り、呼吸を荒くして苦しんでいる比呂に向かって、嘲笑っていた。
比呂 う、ああ、ぐ、ぐあああ、み、みずが、ほ、ほしい……
申 漫画家やり続けるために、上の人間をヨイショして仕事を貰ってたんだよ。お前みたいな媚を売らない奴なんかに、良い思いするとは思うな!
水を飲みたくても飲めずに苦しむ比呂を眺めながら、毒を吐いていた。
申 お前は男の俺を見下して生きてたから、天罰喰らって当たり前なんだよ!
バ――――――――――――――――カ!
女尊男卑の比呂を思いっきり侮辱した申は、飲み干したペットボトルを息苦しくて、ゼエゼエと喘ぐ比呂の顔にボンと投げつけた。
比呂 お、おみ、おみずを、おみずを……う、ああ、あ
申が投げつけたペットボトルは、比呂の顔にコチンと、そのまま当たった。
申 ハハハ! 歯抜けの豚! ニキビブス! ワキガブス! アーハハハハ!
申はギャハハハと、ふざけ笑いしていた。
そして申は、座椅子にある座布団を手にして体を動けず、ただ横たわる比呂に座布団をボンと、顔に落とした。
比呂 グ、フ、フ、ヴ、ヴ……
申に顔に座布団を落とされて、呼吸が出来なくなった比呂を見て、申はニンマリと笑った。
申 これでとどめを刺してやる!
申はもう後を振り返らない。ひたすら比呂を殺すことに集中していた。申は比呂の顔の上に落とした座布団を両手で体重を掛けながら、比呂の顔にギュギュっと押し付ける。
比呂 ぐ、ああ、うう、う……
申に顔を座布団を押し付けられて、苦しくて呻き声を上げる比呂の体がガクガクと痙攣し始めていた。
比呂の熱中症の症状がさらに悪化し始めてきた。比呂の体が痙攣し始めてきて、申は嬉しそうな顔をしていた。
比呂 グ、ウウ、グ、ウウ……
体をガクガクと痙攣をおこしている比呂の顔を申は更に比呂の息の根を止めようと、座布団に押し付ける力が強くなる。
呼吸が出来なくて、体の自由がきかなくてただ唸ることしかできない比呂をざまあ見ろと言うような顔をする申は、徐々に比呂の呼吸が弱くなっていくのに喜んでいた。
比呂が死ぬまで座布団を比呂の顔に押し付けていた申。
次の日の午前三時になり、真っ暗な部屋の中は全くの無音になっていた。
真っ暗な部屋の中で比呂の顔に座布団を押し付けていた申は、サウナみたいな暑さの部屋で酷く汗をかいていた。
座布団を押し付けている腕がきつくなったので、座布団から手を離した申。比呂の顔に押し付けていた座布団が何の音もなく比呂の顔から落ちた。
座布団が落ちて、何の呼吸一つもしない比呂の顔が血色を失って真っ青になっていた。
申 (ど、どうなった?)
申は呼吸すらしない真っ青な顔をしている比呂の顔に手でそっと触れた。
申 (つ、冷て……)
氷みたいに冷たい比呂の顔を触れて、申は思わず比呂の顔から手を離した。
申 (脈はどうだ?)
まさかという、期待と不安に満ちた顔で申はヒモで拘束していた比呂の手足を解いた。
ヒモで拘束された比呂の手首と足首は、ヒモの跡が深く食い込んでいた。
胸をドキドキさせる申は比呂の手首に触れ脈拍を確かめた。
比呂の脈拍を確かめた申は、何か嬉しい事があったかのような顔をした。
申 や、やった……
申の目が急激に輝きだし、ニヤッと笑っていた。
申 フ、フフフフ、ハハハハハー―……!
申は気に触れたかのようにゲラゲラと笑い転げていた。
そして申は息を引き取った比呂に対してこう呟いた。
申 死んでくれてありがとうな
比呂が死んだのに、何故かご機嫌な顔をして死んでくれてありがとうと言う申。
残酷な申は比呂の亡骸を足でボンと蹴った。
夜が明け、黒いリュックを背負った申は、外へ出た。
まだ薄暗い中、申は自転車を倉庫から取り出し、何処かへと走っていった。
朝焼けの土手を自転車で颯爽と走る申。比呂が死んで目をキラキラと輝かせていた。
申 リンダ~! リンダ~! リンダリンダリンダーダ! リンダ~! リンダ~!
邪魔な姉を消した事によって、自由を謳歌していた申。狂気にまみれた笑顔の申は、猛スピードで自転車を走らせていた。
そして、申は大宮駅周辺まで走り、大宮パレスホテルへと着いた。
〇 さいたま市大宮区 大宮パレスホテル前
自転車を駐輪場へ置き、大宮ソニックシティの中にあるパレスホテルに入った申。
上機嫌な申は、ホテルの受付で部屋を取り、エレベーターで予約した部屋へと昇って行った。
上質な香りが漂う通路を通り、予約した部屋と入った申。
部屋へ入った申は、今までと違った世界を目の当たりにした。
広く、温かいシルクのシーツと布団、座り心地のよさそうなソファ、そして窓から見える富士山を眺める事が出来る非日常な景色を手に入れたのだ。
申 やった、やった! 今日は羽を広げてエンジョイしますか!
非日常な体験をする事が出来る部屋に泊まれて、大喜びの申。
申は靴を履いたまま、ふわふわのベッドにポーンとダイブした。
ふわふわで雲の上に乗っているみたいで、夢心地の申は幸せそうだ。
申 ああ~! 幸せ~!
ベッドの上で寝転ぶ申の顔は緩みっぱなしだ。
申 ああ、そうだ。裏アカに投稿すっか!
申は、リュックからスマートフォンを取り出し、スマートフォンのカメラを起動させた。
申は窓に映る富士山をバックにし、自撮りした。
申 ふっふ~! 後、ソファとベッドも撮ろうっと!
いい部屋に泊まれて、ご機嫌の申は見栄を張って、高級なソファとベッドをカメラアプリで撮影した。
写真を撮った申は、編集アプリで絵文字とか書き込んで、SNSにアップした。
@ガザミ・ンシ
比呂を熱中症にさせて死んでもらったおかげで、こんないい部屋泊まれたぜ!
俺は比呂より、経済を回してるぜ! あんな豚なんか死んで当然だ! 比呂より税金を払っている俺の方が偉いと、世界中のゴミ共に教えてやるぜ!
比呂、お前みたいな産廃を守ってくれる奴なんかいねえよ! 引きこもりなんか、ゴミだろ! ハハハハ!
比呂を殺して、正常な考えが出来なくなった申は、裏アカで比呂を罵倒する様な書き込みと、自分が高級ホテルに泊まれて凄いだろという様な、写真を貼って投稿した。
しばらくすると、スマホからSNSの通知が沢山来た。
申の裏アカにたくさんのいいねが付いていた。コメントも、好意的な事ばかり書かれていた。
「引きこもりの比呂が死んでくれて良かったね!」、「ガザミさんが自由になってくれて良かった!」、「おめでとう!」
と、申の裏アカには申と同じ思想のフォロワーたちに好意的なコメントを送ってくれて、申はハイテンションになった。
申 イヤホッホーイ! イエエエエエエエー! ギャッシャアー!
申は何かに吹っ切れたのか、初めて自由になって心から奇声を上げて笑いこんでいた。
申 (やっと自由を手に入れた! クソな足かせの比呂が死んで、俺は素晴らしい未来へ走れる! これで神山彩未と結婚できる!)
申は奇声を上げて笑いながら、クルクル踊り回っていた。
比呂という足かせがいなくなって、自由を得た申。
申は恍惚の笑みを浮かべながら、踊り狂っていた。
しばらくして、ホテルのふかふかのベッドの上で横になっている申。ベッドで眠っている申の顔は、何処か苦悶の表情だった。
ベッドの中で眠る申は夢を見ていた。
トボトボとさいたま市西区の指扇駅から歩く申。下に俯いて田舎道を歩く申は、何処か悔しそうな顔をしていた。
申 何で、実家に帰らなければならないんだ。いくら収入が減ったからって……
三十過ぎてから、漫画の仕事が減って生活がままならなくなり、故郷へ帰るしかなかった申。
花の東京で一生を終えたかったが、物価が高い所では生活できないので、両親に漫画家の仕事がまた上手くいくまで、実家に居させてと、頭を下げるしかなかった。
申はさいたま市の実家へ戻った。
申 ただいま
申の母 あら、申! 戻ってきてくれたのね!
外の畑で農作業していた申の母は、手を止めて申の元へと歩いて行った。
申の母 申、大変だったのね。まあ、あんたの漫画の仕事が減って、家賃払えなくて帰ってきたんでしょ?
申 ああ、でもまた仕事が増えたら、東京に戻るけどね。それまでは居させてもらうよ
実家に戻り、母と再会した申の目が笑っていない。
申の母 まあ、うちの仕事を引き継いでくれたら、もっと嬉しいけどね
申 俺は田舎なんかに一生を終えたくないだけだ
未だに農家の仕事を継いでほしいと望んでいる母に対し、申は静かに反論した。
申 そういえば、比呂はまだ家にいるのか?
申は上京してからもう十何年もあっていなかった比呂の事を母に聞いてみた。
申の母は比呂の事を聞かれて、何か沈んだような顔をしていた。申はやっぱりかと、悟った。
申 とりあえず、会いに行くよ
申は乾いた表情で、家の中に入る事にした。
実家に帰った申は、キッチンで冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、食器棚にあるコップを取り出した。
麦茶をコップに中にコポコポと注いだ。
テーブルの椅子に座った申は、冷たい麦茶をぐびぐびと飲んだ。
キッチンの奥にある比呂の部屋のドアの表面が傷だらけになっていた。ドアの奥から、ピコピコとゲームの音楽が聞こえてきた。
申はアーと、うざったそうな顔をした。
しばらくして、比呂の部屋のドアの開く音が聞こえてきた。
ドアが開いて、麦茶を飲んでリラックスしていた申はウッと、恐怖に満ちた表情に変わった。
申の目の前に、貞子みたいに黒髪がぼさぼさに伸びて、豚みたいに丸々と肥えて、肌は荒れてニキビまみれの女が現れた。
比呂 フン、東京はどうだった? ここみたいに貧乏人だらけの所より、金持ちと遊べてよかったんだろうな?
比呂に憎まれ口を叩かれて申は神経をとがらせていた。
申 うるせぇ! 俺は漫画家として東京で戦ってきたんだよ。俺はお前より、努力して生きてきたんだよ
比呂 ああ、そうか。良いよね、お前は漫画で稼げるからね。その金、少しは私にくれれば良いのに
申 何だよ。俺は父親に言われてお前の口座に振り込んでやってんだよ。それ以上の文句は言うな
申はイライラしながら、比呂に自分が稼いだ金の一部を比呂の口座に振り込んでいると言った。
申から仕送りを貰っているのに、満足しない比呂は申に強引に詰めた。
比呂 まだ足りねえよ。あと月五百万円はよこせよ!
金をもっとよこせと、キレた比呂は申の顔をバチーン! と、叩いた。
申 うおお!
比呂に顔を叩かれて、あまりの強さに思わず叫んでしまった申。
申 何しやがるんだよ!
激怒した申は比呂に顔を叩かれた方の頬を手で押さえながら、比呂に食って掛かってきた。
申は足で比呂の運動不足でぶよぶよの腹をバシュッと華麗にヒットさせた。
しかし、比呂の脂肪まみれの腹は、骨まではダメージを受けていない様だ。
比呂 てめえ、お前は漫画家だからっていい気になるな! ちょっと絵が描けるくらいだからって、私を見下しやがって!
申 うお! こ、コノヤロー!
比呂 お前が生まれたせいで、私の人生がめちゃくちゃになったんだよ! 男尊女卑のお前のせいで!
申と比呂は互いん憎悪を爆発させながら、殴り合っていた。
申 それがどうしたっていうんだよ? 良いか! この世は努力したもの勝ちなんだよ! 俺はこんな田舎から出るために、必死になって漫画投稿して、賞取ってアシスタント修行して、漫画家になった!
漫画家になってからも、毎日八時間は原稿描いて、出版社や企業のお偉いさんに手土産を用意して機嫌を取っていたんだ。
お前から離れるために何でもやって来たんだ! 俺は売れっ子漫画家として生きて死ぬ! お前に振り回されてたまるか!
決して比呂に搾取されてたまるかと、申は必死になって比呂に攻撃する。
申に馬乗りされて、殴られて叫ぶ比呂の眼は肉食獣みたいな目つきだった。
比呂 ふざけんなよゥウウウウウ!
申 ウガアア! テメー! 死ねよ!
比呂に爪で腕を引っ掻かれて、呻き声を上げた申はもう許さないと比呂の首を絞めて殺そうとする。
畑仕事を終えた申の両親がキッチンに入ってきた。
申の両親がキッチンでの惨劇に震えあがっていた。
申の父 ちょっと! 申! 比呂!
申の母 やめなさいよ!
申の両親が申と比呂のケンカを止めようと、お互いの体を力一杯引き離そうとする。
比呂 あ! 何するんだよ! こいつとの話はまだ終わってない!
申の父 お前達、近所迷惑になるから静かにしなさい
申 父さん、何で比呂を施設送りしないんだよ? いつまでこいつを家に居させるんだよ?
申の父 それは……この辺にいい施設が無いからだ
申 フン! 俺はこいつの世話なんかしたくねえんだよ! 働きもせずに家でゲームばっかりやって税金一円も払わん奴なんか、家から追い出せよ。何か事件起きる前にな!
比呂 何で私が施設に入らなきゃいけないんだよ。施設に入ったら、ゲームできなくなるから嫌だよ
申 少しは働けよ! 俺は毎日睡眠時間五時間だぞ! 家でダラダラするなら、実家に金を入れろよ!
比呂 嫌だ! キモオタのお前に指図なんかされたくない!
申 キモオタはどっちだよ!? 俺は毎日お風呂入って、月一回散髪にいってんだよ!
申の母 もうやめなさい! 比呂の事はもうあきらめているから!
申 母さん! 俺にこれ以上の負担を掛けさせるなー!
比呂に罵倒された挙句、申の母から比呂の事はもう諦めきったような表情をして申は近所に聞こえるほどの不満を大声で叫んだ。
しばらく叫んでいた申は、体の力が一気に抜けて、病んだような顔をしていた。
申 ああ、東京からの荷物、二階にあるんだろ? もう二階に上がるよ
この場から離れたくて、申は家族の顔を見たくないとキッチンから去った。
思い出したくない悪夢にうなされていた申の顔にたくさんの汗をかいていた。
申 もう、嫌だ。嫌だ……
悪夢に苦しんでいた申は思わず右腕を上げた。何か助けを求めているようだった。
申 俺を解放させてくれ……俺はもう、自由になりたいんだ――!
ガバッとベットから飛び起きた申。夢から覚めた申はハアハアと荒い呼吸して、辺りを見回した。高級ホテルの部屋の中は相変わらず品を失っていなかった。
窓の景色を見ると、すっかり夕焼け空に変わっていた。
申 もう夕方か。そろそろ時間だな
頭を抱えながら、申はゆっくりベッドから起き上がり家に帰る準備をした。
ホテルのチェックアウトを終えた申は、明日の夕方に両親が軽井沢から帰ってくるため指扇に戻らなければと自転車を走らせていた。
〇 夜七時 さいたま市西区 申の実家玄関前
指扇の実家へ戻った申は、両親が帰ってきた時に怪しまれないようにすかさず浴室の電気のブローカーを元に戻した。
すると、家の中が急に明るくなった。
明るくなった家の中で、申は比呂の部屋に入った。
比呂の部屋の中は、熱中症を起こし、申に口を塞がれて呼吸困難になって死んだ比呂の遺体が転がっていた。
申は、フッと笑い、比呂が本当に死んだと心の底から喜んだ。
申 誰にも知られずに比呂を殺せた……
表は人の良い漫画家、裏は血の分けた姉弟を躊躇なく殺せる残酷な殺人鬼の顔を持つ申はこれで、神山彩未と付き合えると思った。
申はキッチンに向かい、救急車を呼ぶため、一一九番通報をしようとした。
電話のボタンで一一九を押して、着信が来るのを待つ申。
消防本部職員 はい! 埼玉県県央広域消防本部です! 火事ですか? 救急ですか?
消防本部に繋がり、申はうんと、せき込み、通話に応じた。
申 あの、救急です…… 実は僕の姉が部屋で倒れていて……意識が無いんです!
姉の顔が青ざめていて、脈も止まっていて…… 姉を助けてください!
申は姉想いの弟に見せるため、悲しそうな声で救急車を呼ぼうとした。
消防本部職員 お名前と住所をお願いします
申 佐上比呂です。さいたま市西区西遊馬です。お願いです……僕の大切な姉を助けてください……早く救急車を……!
消防本部職員 分かりました。佐上比呂さんが部屋で倒れていて、意識を失って脈も止まっているのですね。分かりました。
玄関のカギを開けて、玄関前でお待ちしてください。大丈夫です。必ず来ます
申 ありがとうございます……玄関のカギを開けてお待ちします。どうか姉を助けてください。お願いします
誠実な消防本部職員が救急車で家に来てくれるので、申は泣きそうな声で電話していた。
電話を終えた申は、フーッと長く息を吐いた。
とりあえず、救急車は来るから比呂の保険証を申の二階にある両親の部屋のタンスから比呂の保険証を取り出した。
その後、申の父の携帯にショートメッセージで比呂が倒れた。救急車で病院に診てもらうと、送った。
申はとにかく比呂を殺した事を悟られないようにと、パソコンのネット検索履歴と、睡眠薬を買ったサイトのブックマークを削除したり、証拠を隠滅した。
家の近くから救急車のサイレンの音が聞こえてきて、急いで一階に降りて玄関のカギを開けて玄関前に立つ申。
救急隊員A 佐上比呂さんのご家族ですね。
比呂さんはどちらにいますか?
申 ああ、助けてください……姉が死んでしまう!
救急隊員B 大丈夫ですよ。僕達に任せてください。比呂さんはどちらですか?
申 うう、うう、ああ、あ、姉はキッチンの奥の部屋にいます
救急隊員C キッチンの奥の部屋に比呂さんがいるのですね! キッチンの奥の部屋へ担架で運びます!
申 うう、くうう、お、お願いします
玄関のドアを開けてきた若い男性の救急隊員三人が泣き叫ぶ申に対して、冷静に誠実に比呂は大丈夫だとなだめる。
救急隊員は素早い足取りでキッチンの奥にある比呂の部屋へと入っていった。
汚部屋の比呂の部屋の中に入った救急隊員は、あまりの酷さに衝撃を受けた。
救急隊員B こ、これは
布団の上で死に絶えた比呂の遺体を目の当たりにして、動揺していた救急隊員。
救急隊員A 脈を感じない。体温も一切感じない……
申 ど、どうなのですか? 姉は助かりますか?
救急隊員が比呂の状態を診ていて、申は比呂を心配して涙を流していた。
しかし、申の目から流していた涙は嘘だった。救急隊員に同情させるために泣いているふりをしているだけだ。
心配する申に救急隊員が倒れている比呂の状態を診て、何処か表情が重かった。
申 なあ! 何だよ! 何黙っているんだよ!
申が重い表情をしている救急隊員に詰め寄った。
救急隊員は、申の目を見れずに重い口を開いた。
救急隊員C あ、あの……申し訳ございません!
申し訳ございませんとの、一言によって、申の心が嵐のようにざわついていた。
申 え? もしかして、比呂は
救急隊員C 比呂さんはすでに息を引き取られました……
救急隊員A 本当にこれ以上の手当ては出来ません。これから病院の方に搬送して、先生に診てもらって、死亡診断書を書いてもらいましょう。
申 そんな、嘘だ。うう、あああ……
申は比呂が本当に死んだのだと、実感した。
比呂の遺体を救急車へ運び、指扇病院へと搬送された。
〇 次の日の朝 指扇病院 霊安室
例の感染症が流行っているため、死亡診断書を先生に書いてもらった後、すぐさま比呂の遺体を火葬して骨壺に収めた。
骨壺に入れられた比呂の骨は、ほとんど外に出ていないのか、骨が衰えていてほとんどなかった。
申は霊安室の中にある比呂の骨壺をじっと見つめていた。
申 (これで良いんだ。こいつが生きていたら、俺も家族も駄目になる。こいつが死んで良かったよ)
申は心の中で比呂が死んでくれて良かったと、呟いていた。
その時、比呂が倒れたと申から連絡を受けた父と母が急いで軽井沢から帰って、病院に駆け付けた。
霊安室に案内された父と母は、比呂の変わり果てた姿にワア、と号泣した。
比呂の骨壺を抱きしめて小さな眼からたくさんの涙を流す母の後姿を見て、
申 (何泣いてんだよ。母さんだって、比呂にひどい目遭わされたんだろ。食事代が減って良かったと思えよ)
母に同情する気もなかった。
比呂の死亡診断書には、死因が熱中症による脱水症状と呼吸困難と書かれていた。
とりあえず、睡眠薬に関しては検出はされたが、申が比呂がこっそり通販で購入して常用していたと、嘘ついた。
申が比呂の口を塞いで呼吸困難にして殺した事は誰にも気づかれなかった。申は比呂を殺した事は一生の秘密にしようと決意した。
比呂が死んで二日後には葬儀が行われ、家族葬だった。比呂には学生時代の同級生や先生と一切連絡を取っていなかったため、家族のみでの葬儀だった。
大切な娘を失って、悲しみに暮れる父と母。
申はそんな父と母の事なんか、どうでもいいような表情で見ていた。
申 (父さんと母さんはバカだ。あんな引きこもりなんかに情かけやがって。引きこもりなんか社会のお荷物だ。これから引きこもりの奴の方が先に死ぬ世の中になるんだよ)
申は心の底から引きこもりを憎んでいた。
比呂が死んでくれたお陰で、申は自由になった。申にはこれからラッテコミックで連載の仕事を始まるし、新しい世界へと走り出していた。
そう、申は輝く未来への希望を胸にしてニコッと微笑んでいた
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