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6.Natural Reaction
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その後、体調不良からしっかりと回復して一か月ほど。不摂生も反省して、今は業務時間内だけで仕事をするように努め、それ以外の時間は自分の身体をケアするように努めている。制作スピードは落ちたが、ジムやスタッフの皆に言わせると以前が早過ぎただけらしい。皆の尽力もあって、展示会の準備は順調に進んでいるし、通常業務も滞りなくこなせている。
助けてくれる人の有難味を改めて痛感したところで、新しいスタッフを入れてみないかと紹介の打診をくれたのは、ギャラリーを紹介してくれた友人だった。歳の離れた友人である彼女には、自分と近い年齢の息子がいる。昔から彼女の話には聞いていたので、息子さんには会ったことはなくとも親しみを抱いていた。
「ジム、今、少し時間いいかい?」
オフィスの扉をノックして中に入り、デスクワークをしていたジムに声をかける。根を詰めていたのか、少し疲れた様子で背もたれに身を預けながら「ああ」と小さく返事をしていた。
「大丈夫かい? 顔に疲れが見える」
「展示会が近づいて、各所とのやり取りの頻度が増えてきたからな……液晶に向かう時間が続いてるんだ」
髪を掻き上げながら眉間を押さえてジムは言う。自分を含めた制作スタッフもそうだが、ジムの仕事もなかなか目を酷使する。
体調を心配しつつも、もう一脚の椅子を寄せ、向かい合って座ってから話を切り出した。
「さて、目薬でも差して、リラックスしながら聞いてくれ。新しいスタッフを紹介してもらえそうなんだ」
「スタッフ……制作の?」
「いや、事務仕事の」
瞼を閉じて休めていたジムの目がにわかに開いて注視してくる。これまでのスタッフは皆制作のために仲間に加わった人たちで、ジムと同じ分野を担当させるのは今までいなかったから、彼の驚きも自然な反応だと思う。
「僕が君に頼り過ぎていることは、実際のところ解ってたけど、状況をなかなか変えられずにいた。でも、今回の紹介で新たに仲間を増やすことができれば、君の負担を減らすことが出来るようになる」
「……俺は負担に思ってない」
「君はそう言う、わかってた。まあ、聞いてくれ。
ギャラリーを紹介してくれた友人……彼女の息子で、僕も昔から話に聞いて知っている人なんだ。歳も僕と近くて、システムエンジニアとして働いていた経歴もあって、ITに強い。そして何より僕と同郷だ。向こうの国での仕事を回すことが、出来るようになるかもしれない」
「…………」
聞いていたジムは再び目を閉じ、口元を押さえて考え込むように、ひじ掛けに身を預けた。彼にしては珍しく、発言が遅い。今まで一人で回していた仕事に急に後輩が付くようなことである点を考えると、彼の性格を考慮すれば面倒ごとに感じるのかもしれない。
しばらく発言が無いか様子を見ていたが、目が開いても静かにこちらを見てくるだけだったので、とりあえず話を続ける。
「今はまだ紹介の話をもらっただけで、これから返事をして……実際に彼と会うことになるのは多分、展示会期間中。ゲストとして来てくれるだろうから、会場で顔合わせ。それから会期終了後に本人と話してみて……合意が得られれば、そこから具体的な話を進められる」
そこまで話してからようやく「なるほどな……」と反応が来る。
「ほとんど、決まってんだな」
「本人の返事によるよ。でも、この紹介の話が来た時点で、本人もおおむね了承済みだとは思うけど」
続けて「いまのところ、質問は?」と訊くと、頭に手を当てて考え込まれる。間もなく、目が合った。
「…………あるけど、ない。具体的な質問に答えられるほど、情報が確定してないだろ」
「ああ、実はそうなんだよ」図星を突かれて笑う。
そう、今はまだ紹介の話を受けただけ。まだ返事もしていないが、その段階からはじめにジムに共有しただけに過ぎない。話の展開が早いのは、相手のことをよく知っているからであるのと、なにより縁故だからだ。
「一番はじめに、君に共有しておきたかったんだ。まだ本当には、どうなるかわからないから、スタッフの皆には言わないけど。
でも、ごめん、ジム。君を混乱させてしまっていたのは、気付いていたよ」
「違う、俺は――いや……そうじゃなくて……」言いよどんだが、静かに低く言葉を続ける。「……そう、環境の変化ってやつに、敏感になったんだと思う。今までの状態で、全てうまく行ってたから」
「うん……僕は、“何も心配はいらない”とは言えない。新しい仲間が増えれば、状況が変わることは、確かだから。
でも……君は今、僕に君の考えを話してくれたし、僕は、君の気持ちを知った。その不安も自然なことだと、僕は思うよ」
その言葉に溜息を吐くように相槌をついて、ジムはそれまでより少し身体の緊張を和らげてこちらを見ていた。
「時間はまだある。彼の人柄については展示会で知れるし、仕事の内容を決めるのもまだ先のことだ。焦らなくていい。ゆっくり整理していこう」
「ああ……そうだな。……わかってるよ」
薄く笑うジムに自分も笑いかけて席を立つ。話を聞いてくれた礼を告げ、部屋を出た。
ホールではスタッフの皆が作業を進めてくれている。彼らもジムの仕事を手伝ってくれることはあるが、それでもまだ彼の負担は大きい。新しいスタッフにジムの仕事の一部を回すことが出来れば――……否、ここから先のことを期待するのは、今ではないだろう。ジムに言ったように、ゆっくりと思考と物事を整理していく必要がある。
ひとまずは、展示会の準備を進め、迎えよう。
助けてくれる人の有難味を改めて痛感したところで、新しいスタッフを入れてみないかと紹介の打診をくれたのは、ギャラリーを紹介してくれた友人だった。歳の離れた友人である彼女には、自分と近い年齢の息子がいる。昔から彼女の話には聞いていたので、息子さんには会ったことはなくとも親しみを抱いていた。
「ジム、今、少し時間いいかい?」
オフィスの扉をノックして中に入り、デスクワークをしていたジムに声をかける。根を詰めていたのか、少し疲れた様子で背もたれに身を預けながら「ああ」と小さく返事をしていた。
「大丈夫かい? 顔に疲れが見える」
「展示会が近づいて、各所とのやり取りの頻度が増えてきたからな……液晶に向かう時間が続いてるんだ」
髪を掻き上げながら眉間を押さえてジムは言う。自分を含めた制作スタッフもそうだが、ジムの仕事もなかなか目を酷使する。
体調を心配しつつも、もう一脚の椅子を寄せ、向かい合って座ってから話を切り出した。
「さて、目薬でも差して、リラックスしながら聞いてくれ。新しいスタッフを紹介してもらえそうなんだ」
「スタッフ……制作の?」
「いや、事務仕事の」
瞼を閉じて休めていたジムの目がにわかに開いて注視してくる。これまでのスタッフは皆制作のために仲間に加わった人たちで、ジムと同じ分野を担当させるのは今までいなかったから、彼の驚きも自然な反応だと思う。
「僕が君に頼り過ぎていることは、実際のところ解ってたけど、状況をなかなか変えられずにいた。でも、今回の紹介で新たに仲間を増やすことができれば、君の負担を減らすことが出来るようになる」
「……俺は負担に思ってない」
「君はそう言う、わかってた。まあ、聞いてくれ。
ギャラリーを紹介してくれた友人……彼女の息子で、僕も昔から話に聞いて知っている人なんだ。歳も僕と近くて、システムエンジニアとして働いていた経歴もあって、ITに強い。そして何より僕と同郷だ。向こうの国での仕事を回すことが、出来るようになるかもしれない」
「…………」
聞いていたジムは再び目を閉じ、口元を押さえて考え込むように、ひじ掛けに身を預けた。彼にしては珍しく、発言が遅い。今まで一人で回していた仕事に急に後輩が付くようなことである点を考えると、彼の性格を考慮すれば面倒ごとに感じるのかもしれない。
しばらく発言が無いか様子を見ていたが、目が開いても静かにこちらを見てくるだけだったので、とりあえず話を続ける。
「今はまだ紹介の話をもらっただけで、これから返事をして……実際に彼と会うことになるのは多分、展示会期間中。ゲストとして来てくれるだろうから、会場で顔合わせ。それから会期終了後に本人と話してみて……合意が得られれば、そこから具体的な話を進められる」
そこまで話してからようやく「なるほどな……」と反応が来る。
「ほとんど、決まってんだな」
「本人の返事によるよ。でも、この紹介の話が来た時点で、本人もおおむね了承済みだとは思うけど」
続けて「いまのところ、質問は?」と訊くと、頭に手を当てて考え込まれる。間もなく、目が合った。
「…………あるけど、ない。具体的な質問に答えられるほど、情報が確定してないだろ」
「ああ、実はそうなんだよ」図星を突かれて笑う。
そう、今はまだ紹介の話を受けただけ。まだ返事もしていないが、その段階からはじめにジムに共有しただけに過ぎない。話の展開が早いのは、相手のことをよく知っているからであるのと、なにより縁故だからだ。
「一番はじめに、君に共有しておきたかったんだ。まだ本当には、どうなるかわからないから、スタッフの皆には言わないけど。
でも、ごめん、ジム。君を混乱させてしまっていたのは、気付いていたよ」
「違う、俺は――いや……そうじゃなくて……」言いよどんだが、静かに低く言葉を続ける。「……そう、環境の変化ってやつに、敏感になったんだと思う。今までの状態で、全てうまく行ってたから」
「うん……僕は、“何も心配はいらない”とは言えない。新しい仲間が増えれば、状況が変わることは、確かだから。
でも……君は今、僕に君の考えを話してくれたし、僕は、君の気持ちを知った。その不安も自然なことだと、僕は思うよ」
その言葉に溜息を吐くように相槌をついて、ジムはそれまでより少し身体の緊張を和らげてこちらを見ていた。
「時間はまだある。彼の人柄については展示会で知れるし、仕事の内容を決めるのもまだ先のことだ。焦らなくていい。ゆっくり整理していこう」
「ああ……そうだな。……わかってるよ」
薄く笑うジムに自分も笑いかけて席を立つ。話を聞いてくれた礼を告げ、部屋を出た。
ホールではスタッフの皆が作業を進めてくれている。彼らもジムの仕事を手伝ってくれることはあるが、それでもまだ彼の負担は大きい。新しいスタッフにジムの仕事の一部を回すことが出来れば――……否、ここから先のことを期待するのは、今ではないだろう。ジムに言ったように、ゆっくりと思考と物事を整理していく必要がある。
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