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決して広くはないけれど、多くの人達で賑わう展示会場。
ハンガーにかけられ、ワイヤーにつるされ、トルソーに着せられた数々の作品達。
そして自身でもその身に作品を纏い、作品自身となりながら、展示会場の主役として、デザイナーRaymanはその場に立つ。
予想を超えて多くの人が来場し、作品を見て、声をかけてくれた。この空間が出来上がってから、感謝と満足感で胸の内は充足し続けている。ジムをはじめとした何人かのスタッフも、遠いこの地まで付いてきてくれた。日頃どれだけ感謝を述べても、言葉じゃ足りない。
彼らのサポートを、眼差しに、空気に、立ち振る舞いに感じながら、Raymanとして、胸を張って顕現できていた。
ただ、まあ、自分はもともと社交が得意な方ではないし、他者に関心を持ちやすい性質でもない。そして連日こんなにも新しい人たちと話す機会もないわけで、つまり――
――もう、誰が誰だかわからん。
今話しているこの人はどこの会社の何の部署だ……先日話した人と同じ系列の所属か……? メディアについて言われても最早なんの媒体の話をされているのか分からなくなってきた。でも名刺の交換はしてあるから、具体的に仕事をすることになったら連絡が来るだろう……。
鏡を見ながら練習した「格好いいデザイナーとしての笑顔と落ち着いた喋り」は、終始味方でいてくれた。おかげで内心がしっちゃかめっちゃかになっているなど、気付かれることはないだろう。断片的でも覚えている内に、話した内容をメモしておかなければ……。
見送りをスタッフに任せ、自分は引き続き会場に留まる。話し終わるのを待っていた人がいたようで、すぐに近付く人影に気付いた。
『あれ、サリさん?』
『おつかれー。今日も盛況だね』
身構えていた体の緊張が解ける。
サリさん――彼女こそがこのギャラリーを紹介してくれた古い友人である。展示物の搬入時にも現場を手伝ってくれて、期間中人手不足の時もたまに手助けしてくれる、ヘルプスタッフのような存在と化していた。
普段であれば自由にバックルームへの出入りを許可しているので、必要であれば中でゆっくり話すことが出来るはずだが――その隣に見知らぬ、しかし思い当たる人物を見て思わず顔がほころぶ。
『もしかして』
『そう。新しいスタッフにどうかって話してた、うちの息子』
『はじめまして』と挨拶をくれる彼――アツシ君と自己紹介をし合ってから早々に、待機してくれている筈のジムの姿を探す。既にこちらの様子を把握していたようで、目が合うと落ち着いた足取りで来てくれた。
『彼がマネージャーのジム。マネジメントや広報、ウェブ、連絡窓口、各種調整……とにかく、作る以外のことをなんでもやってくれてる』
『なるほど』
実際に加わるとなれば、彼の直属の上司となる関係だ。サリさんを通してあらかじめ伝わってはいたようで、彼らの挨拶もスムーズだった。とはいえジムはこの国の言葉を話せないので、もっぱら会話は事前に教えていた簡単な単語と、タブレットでの翻訳を通して行われている。
『今日は顔見せだけって聞いてましたけど、俺は全然いつでも動けるんで、採用決まったら教えてください』
『おお、すごいな。会ったばっかでそんな簡単に決めちゃって大丈夫?』
『どんな仕事してるかはネットで見て知ってたし、母親からも聞いてたんで』
それはそうかと、言われて気付く。こちらは昔から話に聞いていて勝手に親しみを抱いていたが、それは向こうも同じような状況だったのかもしれない。
『じゃあ、どうせだったら何日か展示会でスタッフしちゃえば?』
『あんたどうせ暇でしょ?』とアツシ君に対して唐突に、サリさんが提案する。
『アトリエのスタッフさんたちもいるし、実際にお仕事体験できるじゃん』
『手伝うのはいいけど、俺にできることあるかな?』
『ある』
実に即断的な彼らの会話に、食いつくように即答する。
事実、足りないのは「この国の言葉を話せる案内係」だった。基本的な案内や受付はギャラリーの職員さんたちが担ってくれているが、向こうの国から連れてきたスタッフの皆は、作品については語れるが、こちらの文化には明るくない。翻訳ツールを用いて対応してくれているが、予想外の来場者の多さに対応が混乱することが、まま起きていた。
「それに……展示期間中の時間を共有できれば、お互いをよく知ることができるだろ?」
タブレットを凝視し、翻訳されていく他言語での会話を見届けていたジムにも、声をかける。
言語の都合、このような早い会話の流れに自然には入れない以上、ジムにはこうして後から意見を聞く必要があった。
「どう思う?」
「……そうだな、合理的だよ」アツシ君を見ながら言う。「断る理由がない」
顎をさすりながらそう話すジムの様子に――いつもと違う態度を感じる。
実際のところ、はじめに彼にこの件について話した時から、十分な時間はあったと思う。そして具体的な仕事の引継ぎの話が進むのは、また更にこれから先のことだ。
しかし、時間とは予定に忙殺されるものだ。特にジムには展示会開催まで忙しくさせてしまっていた。
つまり、彼にはここまでの時点で自分の考えを整理するだけの十分な時間がなかった――新しいスタッフ自体に対する考えを、整理しきれていないのではないかと思う。
――ジムと話す必要がある……が、今、この場ではない。
ただ、こうしたことは、なるべく早くに話を聞くべきだ。……そう、今日の展示を終えた後にでも、話を聞こう。
違和感を留意点として頭の片隅に留め置き、顔合わせは和やかな雰囲気の中で終わった。
ハンガーにかけられ、ワイヤーにつるされ、トルソーに着せられた数々の作品達。
そして自身でもその身に作品を纏い、作品自身となりながら、展示会場の主役として、デザイナーRaymanはその場に立つ。
予想を超えて多くの人が来場し、作品を見て、声をかけてくれた。この空間が出来上がってから、感謝と満足感で胸の内は充足し続けている。ジムをはじめとした何人かのスタッフも、遠いこの地まで付いてきてくれた。日頃どれだけ感謝を述べても、言葉じゃ足りない。
彼らのサポートを、眼差しに、空気に、立ち振る舞いに感じながら、Raymanとして、胸を張って顕現できていた。
ただ、まあ、自分はもともと社交が得意な方ではないし、他者に関心を持ちやすい性質でもない。そして連日こんなにも新しい人たちと話す機会もないわけで、つまり――
――もう、誰が誰だかわからん。
今話しているこの人はどこの会社の何の部署だ……先日話した人と同じ系列の所属か……? メディアについて言われても最早なんの媒体の話をされているのか分からなくなってきた。でも名刺の交換はしてあるから、具体的に仕事をすることになったら連絡が来るだろう……。
鏡を見ながら練習した「格好いいデザイナーとしての笑顔と落ち着いた喋り」は、終始味方でいてくれた。おかげで内心がしっちゃかめっちゃかになっているなど、気付かれることはないだろう。断片的でも覚えている内に、話した内容をメモしておかなければ……。
見送りをスタッフに任せ、自分は引き続き会場に留まる。話し終わるのを待っていた人がいたようで、すぐに近付く人影に気付いた。
『あれ、サリさん?』
『おつかれー。今日も盛況だね』
身構えていた体の緊張が解ける。
サリさん――彼女こそがこのギャラリーを紹介してくれた古い友人である。展示物の搬入時にも現場を手伝ってくれて、期間中人手不足の時もたまに手助けしてくれる、ヘルプスタッフのような存在と化していた。
普段であれば自由にバックルームへの出入りを許可しているので、必要であれば中でゆっくり話すことが出来るはずだが――その隣に見知らぬ、しかし思い当たる人物を見て思わず顔がほころぶ。
『もしかして』
『そう。新しいスタッフにどうかって話してた、うちの息子』
『はじめまして』と挨拶をくれる彼――アツシ君と自己紹介をし合ってから早々に、待機してくれている筈のジムの姿を探す。既にこちらの様子を把握していたようで、目が合うと落ち着いた足取りで来てくれた。
『彼がマネージャーのジム。マネジメントや広報、ウェブ、連絡窓口、各種調整……とにかく、作る以外のことをなんでもやってくれてる』
『なるほど』
実際に加わるとなれば、彼の直属の上司となる関係だ。サリさんを通してあらかじめ伝わってはいたようで、彼らの挨拶もスムーズだった。とはいえジムはこの国の言葉を話せないので、もっぱら会話は事前に教えていた簡単な単語と、タブレットでの翻訳を通して行われている。
『今日は顔見せだけって聞いてましたけど、俺は全然いつでも動けるんで、採用決まったら教えてください』
『おお、すごいな。会ったばっかでそんな簡単に決めちゃって大丈夫?』
『どんな仕事してるかはネットで見て知ってたし、母親からも聞いてたんで』
それはそうかと、言われて気付く。こちらは昔から話に聞いていて勝手に親しみを抱いていたが、それは向こうも同じような状況だったのかもしれない。
『じゃあ、どうせだったら何日か展示会でスタッフしちゃえば?』
『あんたどうせ暇でしょ?』とアツシ君に対して唐突に、サリさんが提案する。
『アトリエのスタッフさんたちもいるし、実際にお仕事体験できるじゃん』
『手伝うのはいいけど、俺にできることあるかな?』
『ある』
実に即断的な彼らの会話に、食いつくように即答する。
事実、足りないのは「この国の言葉を話せる案内係」だった。基本的な案内や受付はギャラリーの職員さんたちが担ってくれているが、向こうの国から連れてきたスタッフの皆は、作品については語れるが、こちらの文化には明るくない。翻訳ツールを用いて対応してくれているが、予想外の来場者の多さに対応が混乱することが、まま起きていた。
「それに……展示期間中の時間を共有できれば、お互いをよく知ることができるだろ?」
タブレットを凝視し、翻訳されていく他言語での会話を見届けていたジムにも、声をかける。
言語の都合、このような早い会話の流れに自然には入れない以上、ジムにはこうして後から意見を聞く必要があった。
「どう思う?」
「……そうだな、合理的だよ」アツシ君を見ながら言う。「断る理由がない」
顎をさすりながらそう話すジムの様子に――いつもと違う態度を感じる。
実際のところ、はじめに彼にこの件について話した時から、十分な時間はあったと思う。そして具体的な仕事の引継ぎの話が進むのは、また更にこれから先のことだ。
しかし、時間とは予定に忙殺されるものだ。特にジムには展示会開催まで忙しくさせてしまっていた。
つまり、彼にはここまでの時点で自分の考えを整理するだけの十分な時間がなかった――新しいスタッフ自体に対する考えを、整理しきれていないのではないかと思う。
――ジムと話す必要がある……が、今、この場ではない。
ただ、こうしたことは、なるべく早くに話を聞くべきだ。……そう、今日の展示を終えた後にでも、話を聞こう。
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