Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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17.Jimmelle Francis

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 その国に来たのは、尊敬する先生の憧れの国だと聞いていたからだった。本当はその人の下で直接経験を積みたかったが、持病と高齢を理由に前線を退き隠居生活を望んでいた彼女に、無理を言うことはできなかった。代わりと言っては何だが、そういう経緯で、彼女がデザインを語るときに何度も話題にしていた国へ発った。幸いなことに人伝に大きなアトリエへ研修で入ることができ、その国で活動するための基盤に必要な知識を学ぶことが出来るようになった。誤算だったのは、そこが思っていたよりもかなり大規模だったことか。
 職人的アトリエというよりは、工業生産的側面が大きくなってきた企業で、忙しく、人の数も多かった。都会であるからして決して牧歌的風景を思い浮かべていた訳ではないが、交流を深めて言語を習得しながら技術を学ぶ、なんてことは叶わなさそうだった。早々に方針を切り替えて、円滑なコミュニケーションのために手早く職員の顔と名前を詰め込み、研修に専念する。
 イメル・フランシスは、年齢の割にはそこで働き始めて比較的浅い職員だった。他の職員同士の関係性が見えてくる中で、彼だけは誰といるのを見ても、誰ともつながりが見えなかった。人が嫌いなのかと思ったが、話してみれば拙いこちらの言葉も最後まで聞いてくれるし、彼の言葉は簡潔で解りやすい。彼と話すようになって、自分の語彙は目覚ましく増えたのを感じる。話すことが楽しかった。

 研修期間を過ごすうちに、その時展開されていた企画の作品制作を何点か、デザインから任せてもらうことができた。自分の実力が、この国で認められた第一歩だと感じて高揚した。
 ただし、計画とはその遂行までに得てしてトラブルが生じるものでもある。
 「積荷が爆発?」
 日常であまりに聞きなれない単語に、脳内で言葉を反芻する。聞こえてきたのは、電話対応している職員の言葉だった。すぐには事態を把握できずにいたが、それを同じく聞いていた周りの人たちもざわめきだしたのを見て、自分がおそらく聞き間違えていないことを察する。電話を切り終えた職員を、皆が注視していた。
 「発注していた荷物を載せた船が寄港先で爆発に巻き込まれて、積荷が行方不明らしい」
 「それって先日ニュースでやってた、港の倉庫が爆発したやつ……?」
 「マジかよ。こんな形でこっちに影響することあんの?」
 職員達の話に耳を立てて情報を拾うことに集中する。ある小国の、港に程近い倉庫で杜撰に保管されていた危険物が原因らしい、大規模な爆発事故。自分も知っていたニュースに思い至る。報を受け取った職員が俄かにこちらを見て、目が合った。
 「レイマン、君が発注していた資材もだ」
 「……え」
 一瞬、思考が止まるが、すぐに理解が追いつく。デザインした作品のために取り寄せている、メイン資材。輸入品であったため元から到着まで時間がかかることは承知していた。目安の日程に届かなくて問い合わせても、遅延しているのだと答えられていたし、そうした遅れは織り込み済みだった。だが、これは予想外が過ぎる。
 「悪いことに、発注先には同商品の在庫が無いそうだ。生産した全ての分を工場から出して、その港から各所に振り分ける予定だったらしい。生産した分すべてが吹き飛んだ。次の生産分には早くとも1ヵ月以上かかるそうだ。解るか?」
 「わ、わかる……わかります」早口で語られる情報を必死に聞き取る。
 最早同じ資材は用意できない。代替品を使う必要がある。第二候補だった資材を確認して、必要量を算出して、各メーカーに、問い合わせて、在庫を確認して、日数を確認して、発注をかける。
 わかっているのに、思考が散らかる。これまでは期限にもまだ余裕があったので、メールで整った文面を作り、日数をかけて連絡し合うことができた。しかし今回は、すぐにでも問い合わせなければならない。口頭で、しかも電話越しでのやり取りには、まだ、かなりの不安があった。通じるか、聞き取れるか、齟齬なく行えるか――そうした不安が思考の邪魔をする。
 平時であれば誰かに頼み込むこともできたろうが、今は企画も半ばの繁忙期。しかも巻き込まれた荷物は他にもある。職員達はそちらを対応しなければならない。こちらに時間を割かせてしまうわけにはいかない。
 「問い合わせ、します。他の資材の考えがあるから、また発注します、すぐ」
 「できるか? 時間がない。期日優先でいこう」
 返事をして、そうして他の職員共々業務に戻る。デスクに戻り、自分の設計書、第二候補の資材を確認する。深く呼吸をし、できるだけ心中を落ち着かせ、腹を括る。該当の各メーカーに問い合わせるために、連絡先の一覧を取り出し――。
 「俺がやる」
 それを、大きな手が取り上げた。
 「設計書と計画表」
 端的に求められたそれらを、咄嗟に差し出す。それらが一枚ずつ彼のタブレットのカメラに収められると、すぐにすべて返却された。
 「この資材から問い合わせるから、数、出しとけ」
 「あ、はい」
 そつなくメーカーに問い合わせ始める様子を見て、自分もすぐに算出にかかる。あらかじめ大まかに見積もっていたこともあり、彼が話を進めている間に明確な数字を割り出すことが出来た。
 書き留めたメモを渡しながら、また次の分を計算しつつ、彼の電話対応に耳を立てる。
 「急ぎ」、「期日」、「早めに」――そうした単語が聞こえてくる。計画表を確認しながら、自分の制作期間に合わせて調整してくれていることがわかった。
 全ての見積もりと問い合わせを終えて、渡されたメモ書きを受け取りながら確認する。
 「これは三日後に来る。ここと、この二つは一週間後。期日は過ぎてるけど、予備日があるからなんとかなるだろ」
 説明を受けながら何度も頷く。自分だけだったらまだ終わっていなかっただろうことが、あっという間に、あっけなく完了してしまった状況と、他者からの助力に感動していた。
 「ここらへんは国内メーカーだから調整を利かせられた。素材にこだわるのも良いが、先に企画が立ってる場合は、出来るだけそれに合わせろ。
 それと、設計書は他人に簡単に見せるな」
 「撮影なんて以ての外だ」そう言いながら、先程タブレットで撮影した書類データの全てを目の前で削除していく。この短い間に、どれほど気遣われていることか。
 「はい、イメルさん、ありがとうございます。すごく、助かりました。ありがとうございます」
 「ああ……まあ、適材適所ってやつだ」
 “適材適所”。また新しい単語を知る。
 彼の持ち場はこの制作室ではないのだが、用事があってたまたま来ていたのは知っていた。居合わせた場でトラブルの一連の流れを見ていて、助け船を出してくれたようだった。なんと有難く、心強いことか。
 それから自分が彼を「ジム」と呼び始めるのに、そう時間はかからなかった。
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