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21.Hurt
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目が覚めてすぐ、体の不自由感に気付く。
体を包むようにしていた布団を退かしながら、背中の方に置かれていた異物――身に覚えのないクッションを引き抜く。
そのあたりから、自分が服を着ていないことに感覚が追いついてきた。肩に布団をかけたまま、座り直す。引くほど赤く色付いた自分の身体を見て溜息が出た。何事もないのは手首より先の部分だけだ。あと足も。その他は多分、とても人には見せられない。
――唐突に、陰部に嫌な感覚を覚え、慌てて腹に力を入れて布団から腰を上げる。
経血かと一瞬だけ焦ったが、すぐに時期ではないことを思い出し、そして状況から察する。掬い取った指先に見る白濁の液。
『……あの野郎』
掠れた声で悪態を吐き、風呂場へ直行した。
動くほどに身体の痛みを認識し始めた。全身の痛み――これは筋肉痛――と、明らかに異質な下腹部の鈍痛に気が滅入る。風呂場の姿見を見ると、映る姿は我ながら更に痛ましかった。この見た目でこの程度――筋肉痛と下腹部痛――しか痛みを感じていないことに、むしろ驚く。ふと、股の間から液体が零れ落ちる様子が鏡に映っているのが見えて、顔を顰めてシャワーのコックを勢いよく上げた。
ぬるめのお湯を体に浴びながら、身体を確かめる。あいつ――ジムの手形が残る手首に、痛みは無い。指から腕までいつも通り滑らかに動く。肩や腰の痣は、まあ、強く押せば痛む程度だが、それは通常時でも同じかもしれない。その程度。噛まれた覚えのある乳房も、皮下出血以外に異常は無い。驚くことに性器にすら裂傷の気も無かった。中を確かめても指に見えるのは白濁した体液ばかりで、少しの出血の気配も無い。むしろ自分がこうして探ることによって傷を付ける可能性に思い至り、身体の確認はそこで終えた。本当に、こんな見た目でありながら、明確な怪我然とした傷は、一切無いのだ。
鏡を押さえ込むように顔を近付ける。あれだけ暴れた中で塞がれていた唇にすら、傷一つ無かった。
『……むっかつく!』
勢いよく鏡から離れ、そのまま身体を洗い始めた。
着替え終えて清々しさに少しだけ気が良くなるのを感じながら部屋に戻り、不快の痕跡――汚れたシーツと下着やら昨晩着ていた部屋着やらを、まとめて洗濯機に放り込む。雑に洗剤を入れて作動させ、リビングへ移動する。
部屋から風呂場への通り道であるからしてさっきから存在に気付いていた、ソファに横たわるでかい図体。いつも通りの――ちょっと疲れた様子の――寝顔。
そう、いつも通りなのだ。
寝ていた自分が取らされていた体勢は回復体位だったし、身体にも傷は無い。そもそも、この男が自分に危害――身体的破壊や露骨な精神的加害――を加えないことは、あの状況になってから早い段階で、判断できたことだった。
だから、つまり、いつものジムだったのだ。ただ、いつもの彼のまま、何かがおかしくなっていた。
ジムの、切れた唇を見る。混乱の最中に、自分がそれをやったらしいことは覚えていた。こんなに深い傷だとは思わなかったが。
棚から軟膏を取り出し、指先に取る。血が固まっているそこに、軟膏を置くようにして塗り付けた。この傷を皆に問われたら、君は何と答えるんだろう。
この男の何がおかしくなっていたのか、自分には解らない。そしてそれは――気にはかかるが――少なくとも今の自分が考えることでもない。
とりあえず、毛布を持ってきてソファに横たわる体にかけた。この国の冬だって馬鹿には出来ないのだ。
ジムに背を向け、テーブルに手をついて目を閉じ、心中を確かめる。
胸の内に感じるざわざわとした感覚、空虚感、形容しがたい不安。
――認めよう。自分は「傷付いている」。自分はショックを受けた。
そこまでを受け止めて、顔を上げた。
何事も、腹が減ってはままならない。これ以上の思考は、お腹の中に何か入れる必要がある。
手早く料理をして、ふと目線をソファの方にやると、眠っていたそいつがどうやら目を覚ましているらしいことに気付いた。毛布に隠れるようにしたのを見て、癇に障る。
お気に入りのクッションを引っ掴んで、顔面に思い切り投げつけてやった。
体を包むようにしていた布団を退かしながら、背中の方に置かれていた異物――身に覚えのないクッションを引き抜く。
そのあたりから、自分が服を着ていないことに感覚が追いついてきた。肩に布団をかけたまま、座り直す。引くほど赤く色付いた自分の身体を見て溜息が出た。何事もないのは手首より先の部分だけだ。あと足も。その他は多分、とても人には見せられない。
――唐突に、陰部に嫌な感覚を覚え、慌てて腹に力を入れて布団から腰を上げる。
経血かと一瞬だけ焦ったが、すぐに時期ではないことを思い出し、そして状況から察する。掬い取った指先に見る白濁の液。
『……あの野郎』
掠れた声で悪態を吐き、風呂場へ直行した。
動くほどに身体の痛みを認識し始めた。全身の痛み――これは筋肉痛――と、明らかに異質な下腹部の鈍痛に気が滅入る。風呂場の姿見を見ると、映る姿は我ながら更に痛ましかった。この見た目でこの程度――筋肉痛と下腹部痛――しか痛みを感じていないことに、むしろ驚く。ふと、股の間から液体が零れ落ちる様子が鏡に映っているのが見えて、顔を顰めてシャワーのコックを勢いよく上げた。
ぬるめのお湯を体に浴びながら、身体を確かめる。あいつ――ジムの手形が残る手首に、痛みは無い。指から腕までいつも通り滑らかに動く。肩や腰の痣は、まあ、強く押せば痛む程度だが、それは通常時でも同じかもしれない。その程度。噛まれた覚えのある乳房も、皮下出血以外に異常は無い。驚くことに性器にすら裂傷の気も無かった。中を確かめても指に見えるのは白濁した体液ばかりで、少しの出血の気配も無い。むしろ自分がこうして探ることによって傷を付ける可能性に思い至り、身体の確認はそこで終えた。本当に、こんな見た目でありながら、明確な怪我然とした傷は、一切無いのだ。
鏡を押さえ込むように顔を近付ける。あれだけ暴れた中で塞がれていた唇にすら、傷一つ無かった。
『……むっかつく!』
勢いよく鏡から離れ、そのまま身体を洗い始めた。
着替え終えて清々しさに少しだけ気が良くなるのを感じながら部屋に戻り、不快の痕跡――汚れたシーツと下着やら昨晩着ていた部屋着やらを、まとめて洗濯機に放り込む。雑に洗剤を入れて作動させ、リビングへ移動する。
部屋から風呂場への通り道であるからしてさっきから存在に気付いていた、ソファに横たわるでかい図体。いつも通りの――ちょっと疲れた様子の――寝顔。
そう、いつも通りなのだ。
寝ていた自分が取らされていた体勢は回復体位だったし、身体にも傷は無い。そもそも、この男が自分に危害――身体的破壊や露骨な精神的加害――を加えないことは、あの状況になってから早い段階で、判断できたことだった。
だから、つまり、いつものジムだったのだ。ただ、いつもの彼のまま、何かがおかしくなっていた。
ジムの、切れた唇を見る。混乱の最中に、自分がそれをやったらしいことは覚えていた。こんなに深い傷だとは思わなかったが。
棚から軟膏を取り出し、指先に取る。血が固まっているそこに、軟膏を置くようにして塗り付けた。この傷を皆に問われたら、君は何と答えるんだろう。
この男の何がおかしくなっていたのか、自分には解らない。そしてそれは――気にはかかるが――少なくとも今の自分が考えることでもない。
とりあえず、毛布を持ってきてソファに横たわる体にかけた。この国の冬だって馬鹿には出来ないのだ。
ジムに背を向け、テーブルに手をついて目を閉じ、心中を確かめる。
胸の内に感じるざわざわとした感覚、空虚感、形容しがたい不安。
――認めよう。自分は「傷付いている」。自分はショックを受けた。
そこまでを受け止めて、顔を上げた。
何事も、腹が減ってはままならない。これ以上の思考は、お腹の中に何か入れる必要がある。
手早く料理をして、ふと目線をソファの方にやると、眠っていたそいつがどうやら目を覚ましているらしいことに気付いた。毛布に隠れるようにしたのを見て、癇に障る。
お気に入りのクッションを引っ掴んで、顔面に思い切り投げつけてやった。
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