Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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20.白紙

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 目が覚めてすぐに、レイが立っている後ろ姿が見えた。リビングと続いているキッチンでコンロに向かって作業しているそいつは、俺が目覚めたことにまだ気付いていない。
 シャワーを浴びて着替えた後、泥のように眠ったことは覚えている。だが、体にかけられている上質な温かい毛布には、全く覚えがなかった。だから、彼女がかけてくれたのだろうと理解する。
 叩き起こされて追い出されるでもなく、警察を呼ばれるでもなく、あまつさえ体を冷やさないために毛布すらくれている。
 許されたのか――?
 考えていると不意に振り向かれ、思わず毛布に隠れるように目を閉じた。何をしてるのかと、自分でも咄嗟の行動に呆れる。バレているのは解っているがしかし、今更顔を上げる度胸も無かった。
 足音と気配が近付いてくるのを感じてすぐ――顔に衝撃を受けて、声が出た。
 思わず体を起こして衝撃の正体――手に取ったやわらかクッションを目にする。それから、目線だけで目の前に立つ小柄な女の顔を窺った。
 「ご飯」
 「え、……ああ」
 促されるままにテーブルを見ると、調理されたばかりの朝食が二人分並んでいた。いつもどおりの光景だった。

 ごく簡単な身支度を終え、洗面台からリビングへ戻り、食事の席に着く。既に食べ始めているレイからは、何も言葉がない。いつも通りの光景の中、それだけで、空気が不味かった。
 「……あー、毛布、ありがとう」
 食べながら会話を切り出す。そうしてこちらを見てくる、不満げな、あえて拗ねて見せているようにすら見える表情に困惑する。怒っているのか、許されているのか、それとも俺の反応を見ているのか。そう思うと、途端に平静を装いたくなった。
 「もう僕に決して酒を飲ませるなよ。少し飲んだだけで、僕は何が起きたか全部わすれてしまうから」
 「え」
 突然の言葉。それは――と一瞬浮足立ちかけたものの、その言葉が本心ではない――仮に本心であっても意味を成さないことと、すぐに思い直した。
 何故ならこいつの身体は、どこもかしこも赤く色付いている。俺がやった。誰がどう見ても、何が起きたかすぐに解る状態だ。
 何も言えずにいると、変わらず不満げな様子で見ていたそいつが口を開く。
 「ジム、お前、今度から僕の話を最後までちゃんと聞くこと」
 「……わかったよ」
 「あと、この国の言葉も覚えろ」
 「…………」
 『“了解”』
 『……りょうかい』慣れない言語を反復する。
 胸中に滞留するばつの悪さを水で流し込む。何が忘れただ。
 「……僕が」少しの腹立ちを感じていたら、レイが再び口を開いた。「何故いつも君に“大事な話”をするのか、それは君が聞いてくれるからで、僕が君だけに話すことだからだ」
 いつにもまして言葉の並びが妙なのは、こいつ自身、言葉や文法を整理しきれないまま、思考を伝えようとしているからだ。だが何を言うかは決まっているようで、言葉は粛々と続けられる。
 「君はいつも僕の話を聞いてくれる。だから僕は君に話す、大事な話を。それは僕の考え、感情、スタンス、創造性、とか、他にも。それらを君がすべて解って――解ろうとして、尊重してくれることを僕はいつも知っている。だから僕は君に話す。
 だから君も、僕の話を最後まで聞け」
 黙って聞いていると話は締めくくられたようで、「今の話、語彙を見つけたらまたあとで話すから」と彼女は再び食事に戻った。
 伝えたいことを整理できないまま、言葉が追いつかないまま話さざるをえなかったとき、レイはこう断りを入れておいた後で、驚くほど整然と話してくることがある。それは数時間後のこともあれば数か月、数年かかったこともある。時間が置かれるほどに、聞いてるこっちは何の話だったかと混乱することもあった。
 今また、そのストックが溜まった。
 「……わかった。いつでも聞くよ。……話も、最後まで聞く」
 いつも通りの返答に小さく一つ付け加えると、及第点だったらしい。それ以降、俺たちの間に流れる空気は、いつもの状態を取り戻していった。
 「僕は忘れるが、お前は絶対に忘れるな」とでも言われたようで――。
 ずっと痛んでいる、切れた唇。
 心中に胸糞悪い黒い塊を感じながら、ただいつも通りの関係に戻ったことに、安堵を感じていた。
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