Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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23.Such a Friend

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 疲れた顔を隠さずに、誰もいない通路を歩く。
 エントランスから会場へと至る広い廊下であればこの時間でも誰かとすれ違うこともあったろうが、ここは裏手。一般にも開かれてはいるものの、殆ど施設の職員しか通らない――それも滅多に――連絡用通路のような簡素な廊下だった。
 自販機が置いてあるからには、タイミングが合わないだけで、自分みたいに利用している人が他にもいるのだろうと思う。
 こういう、静かな空間は好い。人の活気に満ちた空間も刺激を受けられる良さがあるが、ここしばらくは連続して刺激を受け過ぎていた。会期の全ての日程を在廊しているのだから、疲れるのも無理はない。それでも、故郷のこの国で開く展示会を、できるだけ全てを見届けたいという思いがあった。その結果には、満足している。
 目当ての自販機にお気に入りのコーヒーを見付けて買い、取り出し口から手に取る。会場に戻ろうとして一歩、足を止め、壁に背を預けるようにしてしゃがみ込んだ。
 本当は、疲弊している理由は他にもある。というより、今となってはそちらが主だ。
 ポケットから端末を取り出してカレンダーを確認する。あれから数日。会期終了まで、あと少し。
 よりにもよって何故このタイミングであんなことをしたのか。何か原因があったのか。自分が何か思い違いをしていたのか。自分は何を見逃していたのか。見逃していたものは何か。
 次々と湧き出る疑問を、深呼吸で落ち着かせる。今、考えるべきではない事達。
 いつも通りに過ごせている相棒との関係と、いつも通りではなくなった自分の意識。少なくとも会期が終了するまでは、保たせなければいけない。いざこざするのは、ホームに戻ってからだ。
 思考の疲労を感じ、缶を握りしめた手に顔を隠して目を閉じ、深く息を吐く。
 『コーヒー、飲めるようになったんだ』
 不意に聞こえてきた声を見上げる。頭の中で警鐘が鳴り、全身が強張るのを感じた。
 『……びっくりした。なんでこんなところに?』
 少し前にも会場に来ていた――ジムに追い払われた――古い知り合いに問う。もう来ないだろうと思っていた、もう会いたくないと思っていたその人。
 『少し話せたらいいなと思ってたんだけど、この前は、ゆっくり話せなかったからね……また来てみた。そしたら、スタッフの人が会場にはいないって言うから……外に出てみたら、偶然見付けられた』
 『ああ……そういう……』
 状況に納得が出来ない自分が、歯切れを悪くさせる。こんな通路で、偶然? 再び来るほどの用件は? 今更、何を言う?
 それらを頭に抱えて半ば混乱しながら、立ち上がる。会場でもなく、しかもちょうど疲れを見せていたところにやってこられて、切り替えが上手く出来ない。
 『だいぶ前に他の国に行ったって噂は聞いてたんだけど、まさかずっと帰ってきてないとは思わなかった。たまたま展示会の告知を見て、なんか、有名になってるのを知ってさ。気になってちょっと調べてみたけど、あなた、ずっと頑張ってたんだね』
 相槌もなく相手の話を聞く。通常であれば喜ばしい、自分に対する評価。だがそれを素直に受け取れる余裕は今は無く、何を言い出すのか、何をしようとしているのか、頭は必死に予測しようと相手の出方を見ていた。目の前の男はいかにも懐かしそうに話している。その様子に、今の余裕のない自分が他者には普通に見えているらしいことが解って――クールなデザイナーとしての自分が保てていることを考えて、緊張に追いやられている自分が陰で安堵する。
 『それで……なんとなく、今なら、昔みたいにまた話せるんじゃないかと思って』
 様々に立てていた帰結先の予測が、目の前の男が喋る程に絞られていく。
 『……もう一度、友達にならない?』
 警戒していた答えが、突き付けられる。
 対人関係における信念、デザイナーとして、善き人として、穏便に、理想的な振る舞い、過去の関係、良き思い出――断らないことの理由が、洪水となって呑み込む。自分が確かに持っている不快に思う心を、自分が生み出す正論から、どのように守ればいいのか解らない。考えれば解ることなのに、今の自分の状態と目の前の人間の存在が、それを阻む。
 『……それは――』
 何かを口にしようとして、音に気付いた。何か重い物を床に落としたような音――が、連続。
 振り向けば、ジムがいた。明らかに様子のおかしい、荒い足音を立ててこちらへ歩いてきていた。
 様相は何と形容して良いかわからない。だが、言い知れぬ切迫、緊張、怒り――それら全てをないまぜにした異様な不穏感を、その姿に感じ取る。
 彼に飛び掛かるようにして止めに行ったのは、殆ど反射だった。
 「ジム!」
 立ち塞がって体を止めたつもりが、その勢いに撥ね退けられる――と思っていたら、体は強く片腕に支えられて抱き止められていた。それによって、止めること――少なくとも勢いを削ぐことには成功したことと、この男が全く冷静を欠いているわけではないらしいことを悟る。
 「ジム、僕の話を聞いて。――聞いていて」
 手のひらで体に触れ、はっきりと目を見つめる。異様に据わっていたウォルナットブラウンが、こちらを見た。
 見つめて、気付く。その瞳の奥に不安の色が混ざっていることに。
 彼は、いつからこうだったのだろう。こんな状況下で、ふとそう考えた。
 『――あの、大丈夫?』
 声をかけられて、――体は掴まれているので――首だけで振り向く。
 『ああ、ごめん。話の続きね。ええと……』
 言っていると、拘束されていた体が、わずかに緩められた。
 ジムを見る。その手にタブレット――翻訳ツールがあるのを確認してから、男の方を向いて、話を続ける。
 『……うん。君がまた友達になろうって言ってくれたことについては、ありがとう。
 けれど、今の僕は友人を必要としていない。より正確には、友人関係の構築のために時間や労力を割く余裕が無いんだ。
 僕の今の生活の中心は、デザイナーとしての活動だ。何よりも、それに時間と集中を充てていきたい。そうした生活の中で自然と発生する友人関係であれば、関係を構築、継続することもできる。けど、君はそうじゃない。
 ……だから、もし僕のことをメディアか何かで見かけたら、“これが自分の友人だ”と自慢してくれ。僕は、自慢できる友人であるように、これからも頑張るよ。
 ……僕らは、そういう“友達”で良い』
 その人の表情には何を考えているかは、今ではもうわからない。ただ、間を置いてから『そうだね』とだけ答えられた。
 『二度も来てくれてありがとう』
 『いや、なんか、時間を使わせちゃってごめん。……そっちの人にも』
 控えめにジムにも目線を向けられる。
 『それじゃあ……さようなら。頑張ってね』
 去る背中を、虚しいような、しかしどこか清々しいような、明確な区切りに対する感情と共に見送った。
 肩を強く握っていた大きな手に触れる。見上げると、いつものジムが、ここ最近よく見せるばつの悪そう――それでいてちょっと不満げ――な目をしていた。
 「ごめん、遅くなっちゃった。戻ろう」
 相棒の手を引き、既に皆が閉じてくれているであろう、会場へ戻った。
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