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29.悪夢
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ひどく良い気分だった。
柔い肌から口を離し、付いた赤を見る。
頭に、背中に、回された腕が必死になって、抱き寄せてくる。それに応えてまた、首筋に口付ける。名前を呼ばれる。余裕のない声で、何度も。体を撫で、頭を撫で、顔を撫で、頬を包み込むように両手で触れる。
名前を呼ばれる。
どちらともなく、唇が近付き、触れて――
「ジム?」
――呼び声と、筋肉の嫌な痙攣の感覚に、目が覚めた。不快な感覚と強い動悸に思わず呻き声が上がる。
「――最っ悪だ……」
漏れ出た悪態は身体の不快感に対するものではなく。
「ごめん、大きな声を出したつもりは無かったんだけど……」
「いいや、違う……そうじゃない。……俺が変な寝方をしてたんだ」
謝るレイに断りを入れてソファから身を起こし、顔を洗うように手で拭う。
あまりにも仕事が捗らずタスクが残ったため、終業時間を過ぎてスタッフが帰った後に、ホールのソファ――俺の身体には寸足らずの――で仮眠を取っていた。最近足りていない睡眠を取れば、集中力も多少は戻ってくるだろうと思ったのだ。それなのに。
深く息を吐いてから、心配そうな目を向けているその顔を見る。
「……起こしてくれて助かった」
本当に。
うるさい心臓を押さえて深く呼吸をし、頭にやたら鮮明に残る記憶を振り払う。夢というのは普段は見たことすら覚えていないくせに、こういうときばかり強烈な印象を残すのが厄介だ。
「こんなところで仮眠を取るより、自室の方が良かったんじゃないか?」
「いや……それだと起きれなくなるから、ここで良かったんだ」
「時間になったら、僕が起こすのに」
それが一番良くないからこんな場所を選んでいるというのに。そもそも誰のせいで寝不足になっていると思っているのか――どう考えても余計な雑念、俺自身のせいだ。いや、それより、こいつは何でこの期に及んで俺に対してそんなに無防備で居続けることが出来るのか。何をされたのか解っているのかとすら思う。それとも、こいつにとっては大したことでは無いとでもいうのか。
考えている内に自然と睨みつけていたようで、レイの表情が不本意そうなものへと変わっていく。
「君の顔は、僕に何か言いたいように見えるけど?」
「…………保留だ」
そう伝えると、レイは顎をさすりながら渋々納得して引き下がる。こういう場面で「無い」と言えば納得しない――だがそれ以上の追及もしてはこない――が、「あるが、話せない、話すつもりはまだない」と言い表すと、それを尊重する姿勢をこいつは取ってくる。ここ最近の、俺の手法だった。
「君の“保留”が積み重なってきているのが、僕は気になるよ」
「あー……」
気遣いの言葉に曖昧な声を出して返事とする。こいつが以前と変わらないこういう態度を取り続けることが、どれだけ俺を落ち着かなくさせるか、知らないだろう。
何も変わっていない。何も残っていない。記憶だけが反芻される、目の前の存在。
「ジム?」
まっすぐに見てくる目。
「……残りの仕事を片付けるよ」
髪を掻き上げて目線を誤魔化し、立ち上がる。新スタッフが実務に加わるまで、もう間もなくだ。労りの言葉を背中に受けながら、オフィスへと戻った。
柔い肌から口を離し、付いた赤を見る。
頭に、背中に、回された腕が必死になって、抱き寄せてくる。それに応えてまた、首筋に口付ける。名前を呼ばれる。余裕のない声で、何度も。体を撫で、頭を撫で、顔を撫で、頬を包み込むように両手で触れる。
名前を呼ばれる。
どちらともなく、唇が近付き、触れて――
「ジム?」
――呼び声と、筋肉の嫌な痙攣の感覚に、目が覚めた。不快な感覚と強い動悸に思わず呻き声が上がる。
「――最っ悪だ……」
漏れ出た悪態は身体の不快感に対するものではなく。
「ごめん、大きな声を出したつもりは無かったんだけど……」
「いいや、違う……そうじゃない。……俺が変な寝方をしてたんだ」
謝るレイに断りを入れてソファから身を起こし、顔を洗うように手で拭う。
あまりにも仕事が捗らずタスクが残ったため、終業時間を過ぎてスタッフが帰った後に、ホールのソファ――俺の身体には寸足らずの――で仮眠を取っていた。最近足りていない睡眠を取れば、集中力も多少は戻ってくるだろうと思ったのだ。それなのに。
深く息を吐いてから、心配そうな目を向けているその顔を見る。
「……起こしてくれて助かった」
本当に。
うるさい心臓を押さえて深く呼吸をし、頭にやたら鮮明に残る記憶を振り払う。夢というのは普段は見たことすら覚えていないくせに、こういうときばかり強烈な印象を残すのが厄介だ。
「こんなところで仮眠を取るより、自室の方が良かったんじゃないか?」
「いや……それだと起きれなくなるから、ここで良かったんだ」
「時間になったら、僕が起こすのに」
それが一番良くないからこんな場所を選んでいるというのに。そもそも誰のせいで寝不足になっていると思っているのか――どう考えても余計な雑念、俺自身のせいだ。いや、それより、こいつは何でこの期に及んで俺に対してそんなに無防備で居続けることが出来るのか。何をされたのか解っているのかとすら思う。それとも、こいつにとっては大したことでは無いとでもいうのか。
考えている内に自然と睨みつけていたようで、レイの表情が不本意そうなものへと変わっていく。
「君の顔は、僕に何か言いたいように見えるけど?」
「…………保留だ」
そう伝えると、レイは顎をさすりながら渋々納得して引き下がる。こういう場面で「無い」と言えば納得しない――だがそれ以上の追及もしてはこない――が、「あるが、話せない、話すつもりはまだない」と言い表すと、それを尊重する姿勢をこいつは取ってくる。ここ最近の、俺の手法だった。
「君の“保留”が積み重なってきているのが、僕は気になるよ」
「あー……」
気遣いの言葉に曖昧な声を出して返事とする。こいつが以前と変わらないこういう態度を取り続けることが、どれだけ俺を落ち着かなくさせるか、知らないだろう。
何も変わっていない。何も残っていない。記憶だけが反芻される、目の前の存在。
「ジム?」
まっすぐに見てくる目。
「……残りの仕事を片付けるよ」
髪を掻き上げて目線を誤魔化し、立ち上がる。新スタッフが実務に加わるまで、もう間もなくだ。労りの言葉を背中に受けながら、オフィスへと戻った。
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