Jimmelle & Rayman I

あにらむあみにむ

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42.Dialogue

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 語彙は整えた。言いたいことも解っている。ジムは話を聞いてくれる。あとは――。
 頬を両手で包むように張って、気を引き締める。
 ――腹を決めるだけ。
 ジムの部屋をガラス戸から控えめに覗く。ベッドに腰掛けてタブレットを操作している――こちらにはまだ気付いていない――彼の姿が見えた。
 このアトリエはもともと住居としては建造されていなかったので、多くのドアはガラス戸となっている。不透明な扉は今のところ、堅牢な倉庫の扉と、改築したバスルーム部分だけだ。気にしていなかったが、カーテンくらいは付けても良いかもしれないと、今にして考えが過る。
 そんなことを思いながら、扉の前に立ってノックをする。目が合ってから扉を開け、中へ入った。
 「こんばんは。良い夜だね」
 少しわくわくしながら言うと、まるで不愉快そうに渋い顔をされる。
 「なんて顔をするのさ」
 「わからねぇだろうな……いいぜ、出るよ」
 「いや、ここでいい」
 タブレットを置いて立ち上がろうとするジムを制止し、その隣に座る。
 「お前――」
 「さて、話をしよう」
 何か――多分文句だろう――言いたげな顔を気にせず無視して、ベッドの上に足まで乗せて膝を抱える。頭の中で話を構築しながら頬に手を付いていると、隣の体が動いてわずかに距離を開かれたのを感じた。聞いてくれるのであれば、問題はない。
 「そうだな……」
 どう話そうか――。
 「君が僕にしたことについて」
 「…………」
 「“あれ”については、僕は何も言っていない。ああしろ、こうしろと、責任を取れ、みたいに」
 部屋の空間に向けて、僕の話す声だけが鳴る。ジムは人の話を聞くとき、黙っている。静かに、ただ最後まで聞いてくれている。
 「でもそれはどうやら、君を悩ませてしまったらしい」
 目線をやると、わずかな沈黙の後に「そうだな」と小さく同意される。確認を得たので再び空間に視線を向ける。
 「僕の考えはこうだ。行動と、感情の責任についての。
 僕にとって感情は、物事や、人からの行いに対して自分の内側に起こる“反応”だ。これは、自分のもので、自分に責任があり、自分で扱うべきだ。“他者が何かを僕にしてきた”。“その結果、感情が生まれた”。感情の責任は自分のものであり、他者が持つ必要はない」
 身振り手振りで話すこれはかねてからの自論ではあるが、こうして人に語ってみると自ら実践できていたか不安になってくる――けど今は気にしないことだ。
 「他者が持つべき責任は、行った“行動”にある。だから……僕は僕の感情を扱うことに集中して、君の行動については“君に任せた”。だから僕は、君との関係継続を選択した。君はその中で、君自身の行動の責任を取っていけば良いと、僕は思っていた」
 座り直して、ジムの方を向く。少し戸惑いの色を含ませながら、話を聞いてくれているときのいつもの顔。安心するが、すこしの気まずさを感じてわずかに顔を逸らす。
 「でも、これは、押し付けだった。僕の、自論の。気付いていなかった。僕の中の考えを、君の中に見ようとしていた。“傲慢”だった」
 調べて、新しく覚えた語彙。ジムを見て、目が合う。
 「……君は必要無いと言うだろうけど、だから、ごめんね」
 「あー……そうだな、必要無い……お前の言うことは、尤もだよ」
 「けど君にはそうじゃなかった。それじゃ、意味が無いんだ」
 言うと、今度目を逸らしたのはジムだった。解ってはいるものの、しかし不思議と、相手がこちらを見てこない間は、落ち着いて目を見て話すことができる。
 「この前の、君の話を聞いて、様子を見て思った――あー、僕はあの時君のお腹も蹴った、ごめん。その、多分君は、自分の――その時持っていた――感情の扱い方を知らなくて、それと、“行動の責任”を一緒に扱った……。その責任の取り方を、僕に求めた。
 ――ごめん、わかる?」
 事前に考えていたはずなのに、実際に話しはじめてみると、上手くまとめられていない気がする。
 「ああ……解ってると思う……いや、解ってる。多分、お前の言う通りだ」
 目が合う。あまり――多分、見たことが無い、まるで叱られている子供か犬のような、彼の目。つい触りたくなって落ち着かない手を揉んで抑える。
 「それで……僕は、気付いたんだ。僕が、君が僕に見せた感情を、引き受けたくなっていることに」
 ジムの目の色が変わって、彼が言われた言葉を咀嚼しようとしていることが知れた。こちらを見たまま口元押さえて考えている様子から、つい目線を泳がせる。
 「でも、その時はその考えは、保留した。自分でも、よくわかっていなかったから。
 それで、次に、繋がる話なんだけど……たまたま、別のことについて考えてたんだ。その……」
 言いよどむ。この話については、事前にどう整理を付けていてもいざ本人を前にするとすこし恥ずかしく感じられる。調べた数々の婉曲的表現を思い浮かべるが、しかし直接的な説明の方が相手にも、なにより自分にも解りやすいだろうと納得する。
 「僕、セックスに“エクスタシー”を感じないって話、以前君にしたっけ?」
 「セッ――」
 拾い上げた単語を反復しようとして、しかし絶句される。先程まで落ち着きを見せていたジムの思索的な表情は完全に動揺に崩れていた。しかし、こっちはあくまで大事な話をしているのだ。大人しく聞けと苦々しい思いで凝視する。意図は伝わったようで、ジムも聞かれた質問に言葉を選んでいるようだった。
 「あー……ええと、覚えてる……“性欲が無い”って話、だろ?」
 「……ん? ――いや、ええと、性欲自体はあるよ……確かに、少ないけど。より正確には、性的な刺激を得ることが難しいんだ」
 「…………」
 とても困惑した顔をされる。ジムとは昔、何かの話題に関連してそういった話をしていたことがある。それについて覚えてくれてはくれていたが、しかし当時の自分の言語能力が不足していたのか、誤解をさせてしまっていたらしい。おそらく、性欲を全く持たない性質――無性愛や非性愛と、勘違いされている気がする。
 「だから……ええと、その、“身体の一番敏感な部分”に強い刺激を受け続ければ、物理的にオーカズムに達することも出来る。でもそれだって道具で、その、振動とかを受け続ける必要があって――」
 手のひら――ストップサインを見せられて、即座に口を閉じた。サインはそのままに、ジムがもう片方の手で頭を押さえて、無言のまま間が過ぎる。ジムの表情は、彼の額を覆う大きな手に遮られて、見えない。
 「ちょ……………………っと、待ってくれ」
 ようやく呟かれたそれも、制止の言葉。伏せられ隠されていた目が、少しだけこちらを覗くのが見えて、ばつが悪い。
 「…………これは、俺が聞いても良い、話なのか?」
 「そ、そうだよ」
 恐らくすごく考えた末に選ばれたであろう質問が、問われる。熟慮の様を見せつけられ、むしろ自分の方がひるんでしまう。
 この話の主題はここではないのだが、そこへ行くためには避けて通れなかった。誤解を解消するためにやたら詳細な話にはなってしまったのが恥ずかしい。
 同じ調子で「もう一ついいか」と問われて、頷く。
 「お前、その…………“あの時”は滅茶苦茶――」
 『だっっ……からぁ!』
 思わず身を乗り出して遮った。母語が出てしまったが、言わせるのを止めることは出来た。驚いて口を閉じた彼を見つつ――いっそ睨みつつ、座り直す。
 「……だから、あんなの、初めてだったんだ。経験したことが無かった」
 なんだか不貞腐れた気分になってきて、また顔を逸らした。
 「僕にとって性行為は、快楽じゃない。“そういう関係”の中で大切な行為であることは、理解しているよ。でも、積極的にはなれない。体は刺激に反応だけはするから、汗もかくし体液でも汚れる。動きも声もコントロールできなくて、自分の体がどうなっているのか解らないし、思考も乱れる。その間、自分なのに、自分自身じゃないみたいに思う。
 ……でも、そう、君の言う通り、あの時は違った」
 「“あんな状況”で、“そういう関係”でもないのに」と改めて思いながら、どうにか主題への道に戻せたことに落ち着いてくる。
 話していて、ジムがどんな顔をして聞いているのか気になってちらりと見れば、動揺はなりを潜め、目線は下の方を向いてまた何かを考えているようだった。少し安堵して話を続ける。
 「それで、まず、自分の体が変わったのかもしれないと思って、確認してみた。まあ……結果として、自分の体は変わっていないことがわかった。オーガズムに達するほど感度が上がっているわけでもない。思考が乱れるのも続いている。
 けれど、そしたら、その……途中で、君の毛布があって、本当に偶然、君を想像してしまって……そしたら……」
 「オーケー、レイマン。皆まで言わなくていい」
 先程よりはスムーズに、しかしやや硬く制止される。
 本当に伝わっているか不安に思って見ると、目線が合って、逸らされる。
 「解ってる。腑に落ちてきてるよ………………マジで、色々と」
 言い方と、態度にやや含みを感じるものの、「それなら」とこちらも納得しておく。
 「ええと、つまり、そうなった原因は自分自身の体の変化とか、状況や手段じゃなくて……多分、というか、ほぼ明確に、僕の、感情の問題……君に対する」
 「…………そう、思い込んじまってるだけかもしれないだろ……」
 「僕がそれを考えなかったと思う?」
 ひどく言いたくなさそうに伝えられたそれに、つい笑って答える。
 「僕は、そう考えるよりもずっと、はじめから、君との関係を続けることを自然に選んでいたんだ」
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