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恋中さんとの学校生活1

第10話 恋中さんとお昼休み

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 昼休みが始まった。
 授業中の静寂が嘘のような喧騒が生まれ、生徒達は次々と移動を始めた。

 まだ高校生活が始まってから一週間。
 いや、一週間も経った。大半の生徒は一緒に食事する相手を見つけており、まるで磁石が引き合うかのように机を合わせたりする。

 ……恋中さんは、どうしてんのかな。

 勝手に一人で食べていると予想しているが、ひょっとしたら仕事をしたりとか、何か用事があるかもしれない。だから軽い腕のストレッチをする振りをして、彼女に目を向けた。

 ……なんか背筋を伸ばして座ってる。

 移動する様子は無い。
 食事を始める気配も無い。

 ……とりあえず購買に行くか。

 彼女を誘うにせよ、誘わないにせよ、手元に飯が無い。
 だから俺はいつものように教室を出て、購買へと向かうことにした。

「あのっ!」

 途中、聞き慣れた声に呼び止められた。
 振り返ると、スクールバックを持った恋中さんが立っていた。

「……作り過ぎてしまったの」

 彼女は尻すぼみに、ギリギリ聞き取れるくらいの声で言った。
 言葉の意味は確認するまでもない。むしろ、この提案があることは想像していた。彼女から言わせてしまったことが申し訳ないとすら思える。

「ありがとう。どこで食べようか」

 だから俺は単刀直入に伝えた。
 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

「……良いんですか?」

「もちろん。てか、俺も購買から戻ったら誘うつもりだった」

 どこか不安そうな表情をしていた彼女は、嬉しくてたまらないという様子で笑顔を咲かせた。それから機嫌が良さそうに目を細めて言った。

「じゃあ、教室に戻りましょうか」

 彼女は半分だけ振り向いて、その場で立ち止まる。

 ……隣に来いってことかな?
 そう思って肩を並べると、彼女は移動を始めた。

「私、友達とお昼を食べるの憧れでした」

「……そっか」

 俺は彼女と反対方向に目を向けて言った。
 友達。何度も自分に言い聞かせている言葉なのに、彼女の口から聞くと、何か胸に引っかかるような感触があった。 

「あのっ、ごめんなさい。何か気に障ること言ったかしら?」

 目線を戻す。
 恋中さんはとても不安そうな目で俺を見ていた。

 相変わらず距離感はバグってるのに、人の機微に敏感というか、鈍感というか……やべぇ、どう接するべきか分からなくなってきた。

 「お弁当、何かなって考えてた」

「サンドイッチです!」

「へー、具は何?」

「色々です。君の好み、分からなかったから」

「そっか。楽しみ」

 とりあえず笑みを浮かべて答えた。
 彼女は得意気な表情を浮かべ、軽く胸を張って言う。

「はいっ、楽しみにしていてください。って、直ぐですけどね。えへへ」

 口調が変わっていた。
 今朝の会話を思い出すなら、俺の言葉を聞いて安心した、ということだろうか?

 それから俺たちは教室に戻り、窓際にある恋中さんの席へと向かった。俺の席の方は既に人が集まっていて、入り込む隙間が存在しなかった。

「隣、使っても大丈夫かな」

「大丈夫だと思います。隣の方、あちらに居るので」

 目線を追いかける。俺の席じゃねぇか。

「じゃ、遠慮なく使うか」

「あのあのっ、机を合わせましょう」

「うん、いいよ」

 恋中さんが机を横に向けたので、俺もそれに合わせた。
 
「じゃーん! 恋中さんお友達特典! 今日のログインボーナスですよ!」

 彼女は机に弁当箱を乗せ、パカっと蓋を開きながら言った。テンションが上がっているのか、声のキーが今朝より高い。

 正直ちょっと恥ずかしい。
 だが周囲は彼女以上に騒がしいから、此方を気にする奴なんて居ないだろう。

「えへへ、色々な具がありますよ」

 恋中さん、すっかりご機嫌だ。午前中の授業は眠くなるラインナップだったから、逆にエネルギーを蓄えられたのだろうか?

「恋中さん、料理上手だよね」

「サンドイッチはパンに具を挟むだけなので簡単です」

「ご謙遜を」

「えへへ、実は練習しました。け、あっ」

 恋中さんは恐らくKDPと言いかけて口を閉じた。健気過ぎて涙が出そうだ。

「さて、どれから食べようかな」

「オススメはツナですよ」

「じゃ、それで」

「はい、分かりました」

 恋中さんはツナを手に取り、俺に差し出した。

「どうぞ!」

「……ありがと」

 普通に手で受け取って、口に入れた。
 ……やめろ。考えるな。多分アレだ。沢山あるから気を遣ってくれたんだ。あーん的な意図は絶対に無い。

「……うん、美味しい」

「えへへ、たくさんありますからね」

「ありがと。いくらだった?」

「そんなそんなっ、作り過ぎただけなので、お金なんて取れないですよ」

 恋中さんは顔の前で大袈裟に手を振った。
 
「……じゃ、ありがたく貰うよ」

「はい、そうしてください」

 お言葉に甘えて、一番手間にあったひとつを掴み口に運んだ。具はハムだった。

「私も食べますね」

「どうぞ」

 それから俺は、嬉しそうな恋中さんに見られながら淡々とサンドイッチを食べた。

「美味しかった。ありがとう」

「こちらこそ。ありがとうございました」

 恋中さんは丁寧な所作で弁当箱の蓋を閉じて鞄にしまった。
 今朝、バッグをふたつ持っていて不思議に思ったが、片方は弁当用だったようだ。

 彼女が片付けている間にチラと時計を見る。
 まだ昼休みは半分くらい残っていた。

「お話しましょう」

「良いよ。何を話そうか」

 朝と同じやりとり。
 しかし彼女は今朝と全く違う雰囲気で言う。
 
「お聞きしたいことがあります」

 本当に無意識なのだろうか?
 まるで別人と話しているような気分で混乱する。

 ……どっちも好きだけど。

「部活動は、何かする予定ですか?」

「部活か……」

 中学の時はサッカー部だった。
 それなりに真剣だったけれど、地区を超えて県の二回戦止まり。よくある一生懸命に部活してました、というレベルだ。ガチ勢には遠く及ばない。

 高校では、どうだろう?
 サッカーは好きだけど、どうせなら将来の役に立つような活動をしたい。しかし、具体的なアイデアは全く無いわけで……。

「特に考えてない。恋中さんは?」

「私も同じです。友達と思い出が作れるなら、なんでもいいと思ってます」

 ……友達、か。

「俺も、ひとつ聞いていい?」

「はいっ、なんでも聞いてください」

「恋中さんは、どうしてそんなに友達が欲しいの?」

「どう、して?」

「純粋に疑問。だって、もう働いてるわけじゃん? そりゃ周囲は年上ばかりだろうけど、わざわざ普通科の高校に入ったりしてるから、何かあるのかなって」

 俺が質問すると、彼女は考え込むようにして俯いた。

「ごめん、答えにくかったら無理に言わなくていいから」

「ああいえっ、単純に難しい質問だなと」

 恋中さんは慌てた様子で言って、

「なんでしょう? ……憧れ、ですかね?」

「憧れ?」

「はい、憧れです」

 そう言って窓の外を見た彼女の横顔は、どこか寂しそうに見えた。

「そっか」

 気になるけど、言葉を濁されたような気もする。
 だから無理には聞かない。その必要も無いと思う。

「恋中さんって、休みの日とか何やってんの?」

「プログラミングですかね? ずっとパソコンをカタカタしてます」

「それは仕事? それとも趣味?」

「両方です」

 それから何でもないような話を続けていたら、あっという間に昼休みが終わった。

 入学してから一週間と少し。
 俺は常に恋中さんと一緒に居るような気がしている。
 だけど俺は、まだ彼女のことを何も知らないのだなと思った。
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