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密談

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 深夜、エリカは廊下を歩いていた。

 行先はフィルの寝室。
 理由は呼び出しを受けたから。

 エリカは呼び出しの理由を考える。
 普通なら夜伽の誘いだが、あのヘタレに限ってそれは無い。

 タイミングからして、アイシャ様のことだろうか?

「エリカです」
「入ってくれ」

 寝室の前で呼びかけると、直ぐに返事があった。

「失礼します」

 ドアを開ける。
 フィルは窓際に立ち、夜空を見上げていた。

「エリカ、よく来てくれた」
「アイシャ様のことでしょうか?」
「っ! ……よく分かったね」

 彼は窓の外を見たまま、大きく息を吸う。
 それから振り向いて言った。

「どうしようエリカ!? 彼女の魅力が日に日に増している! このままでは僕は、目を見て話すこともできなくなりそうだ!」

 エリカは思った。
 部屋に戻って寝ようかな。

「それは良かったですね」
「ああ良かった! 最初に見た月明かりのように儚い笑顔も素敵だったけれど、青空の下で輝く笑顔もまた素敵だ!」

 はいはい、とエリカは雑な返事をする。
 そして、今回は長続きだなと思った。

 フィルはヘタレである。
 エリカと二人だった頃は、毎日のように「今日も素敵な女性と出会ってしまった」などと話していたけれど、遠目で見るところから進展したことは一度も無い。

 原因は同じ家に住んでいることか。
 それともアイシャが特別だからか。

 ……まあ、どっちでもいいですけど。

「それでエリカ、明日もアイシャの手伝いをしてほしい」
「承知しました。一応、理由をお聞きしても?」
「来客がある」

 誰の、とは言わなかった。
 しかしエリカには、フィルが明確に相手をイメージしているように聞こえた。

「明日は、エリカがアイシャを見守ってあげてほしい」
「まるで今日は違ったような口振りですね」
「揚げ足を取らないでくれ。深い意味は無いよ」

 フィルは飄々とした態度で言った。

「お話は以上ですか?」
「ああ、こんな時間に呼び出してすまなかったね」

 エリカは一礼して、寝室から出た。
 それから少し廊下を歩き、最初の角を曲がったところで呟く。

「まさか、フィル様が?」

 今日、エリカはアイシャと共に行動していた。
 例の少女が現れ、アイシャに「働かせてくれ」と言った時に、エリカは違和感を覚えていた。

 あの発言ができるのに、どうして今日まで働いていない?

 いくつか可能性が考えられる。
 例えば、今日、初めて働きたいと口にしたとか。

 どうして?
 きっと助言があった。

 だれの?
 ──フィル以外に、考えられない。

「……まったく、お似合いの二人ですね」

 昼間、エリカはアイシャに「貴族らしくない」と言った。
 もしもフィルが裏でアイシャのためにあれこれ動いているのだと考えれば、それはもう、らしくない。

「さて、明日は誰が来るのでしょうか」

 エリカは既に答えが分かっている。
 しかし、あえて、何も気が付いていないことにした。
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