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わがままの結果

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 翌日、大変なことになった。

「な、なな、なぜ、こんなことに」

 お店を開いてから数分後、超満員。
 次から次へと現れるお客さんの対応に追われ息吐く暇も無い。

「ごめんなさい! 売り切れです! おしまいです!」

 そして、あっという間に全ての花が売れてしまった。
 もともと大した数は用意していなかったけれど、それでも衝撃的な大繁盛だった。

「なんだ売り切れかい。次はいつなんだい?」
「ええっと、早くて三日後かと! ごめんなさい!」
「いいよいいよ。三日後ね。覚えとく」

 そして最後のお客さんが帰った後、私は急遽つくった立札を店の前に置き、会計処の裏でペタンと倒れた。

「お疲れ様です」

 エリカさん、すごい。息ひとつ乱れていない。

「……エリカさんが居てくれて、良かったです」
「お気になさらず。主の命ですから」

 フィル様は、この状況を読んでいたのだろうか?
 きっと偶然だろうけれど、本当に助かった。

「一体、何が起きたのでしょう」
「何が起きたのでしょうね」

 もう少し余裕があれば、深く考えたかもしれない。
 だけど今は体力の限界。一刻も早く休みたい気分だ。

「アイシャ様、来客です」

 私は慌てて立ち上がる。
 店の前に立札を置いたけれど、文字を読めない人だろうか?

「ごめんなさい! 売り切れです!」
「……」

 女性が一人、立っていた。
 酷く痩せた顔色の悪い女性だった。

 ……あれ? 誰かに似ている?

「……あの、これ」

 彼女はふらふらと手を持ち上げる。
 そこには、押し花が握られていた。

 売り物ではない。
 あれは、昨日イルムに渡したものだ。

「ああ、イルムのお母さまでしたか」

 彼女は弱々しく頷いて、

「……あの、本当ですか? あの子が、お店を手伝ったって」
「はい! とっても助かりましたよ!」

 私が返事をすると、彼女は押し花を両手で摑み、ぽろぽろと涙を流し始めた。

「ど、どうしましたか?」
「……いえ、なんでもありません」

 彼女は左右に首を振って踵を返す。
 私は彼女の態度が気になったけれど、追いかけることはしなかった。

 そして彼女が店を出た後、直ぐに別の人が現れた。

「よぉ! 大繁盛だったな!」
 
 お隣の店主さんだ。

「おかげでこっちも儲かったぜ! あんた、やるな!」
「……恐れ入ります」
「ははっ、お貴族様みてぇなこと言いやがる!」

 私はビクリ背筋を伸ばす。
 それから笑みを浮かべてごまかした。

 余計なことは言わない。
 これは危機を避ける術だ。

「あのガキのこと、見事だったぜ」

 彼は上機嫌な態度で言った。

「……いえ、私は挨拶周りのために、子供を利用しただけです」
「ははは、そうかい。なら店も繁盛したし、大成功だな!」
「大成功?」

 疑問に思って呟く。
 彼は直ぐに返事をくれた。

「おうよ! あのクソガキが謝りに来たって、昨日はその話題で持ちきりよ。今日繁盛したのも、それがきっかけだぜ!」

 ああ、そっか、そういうことなんだ。
 そういうことなら……良かった、のかな?

「まぁでも調子に乗るなよ? こんなの一時的なことだ。長期的な売り上げでは、まだまだ負けねぇからな!」
「……はい、お手柔らかにお願いします」

 私が返事をすると、彼は満足そうに店を出た。

「良かったですね」

 直ぐにエリカさんが言った。
 私はなんだか放心状態で、返事ができない。

「難しく考えないでください」

 エリカさんに顔を向ける。
 彼女は優しい表情を浮かべて言う。

「上手く行った。それだけでいいじゃないですか」
「……そう、なんでしょうか」

 私は自己満足のために余計なことをした。
 これまで、余計なことをしては怒られてばかりだった。

 しかし今回は、違った。
 こんなの知らない。見たことがない。

「今後の話をしましょうか」

 エリカさんが言った。

「今日のような来客数は稀でしょうが、もう無いとも言い切れません。私も常に手伝えるわけではないので、アイシャ様お一人では、いつか破綻することでしょう」
「……はい。誰か、雇う必要がありますね」
「心当たりは?」
「……お恥ずかしながら、まったく」

 エリカさんはパチパチと瞬きをする。

「今日の売上が金貨2枚ほど。半分を仕入れや税に回したとして約50日分の給金が出せます。50日あれば、その先の雇用を維持できる程度の稼ぎが出るでしょう」

 瞬く間に考えるとは、このことだろうか。
 私は感心しながら、そうですねと頷いた。

「私は早速仕入れの手配をします。在庫を抱える可能性もありますが、内容は今回と同じ。数を増やす方向で良いでしょうか?」
「ええっと、ちょっと待ってくださいね」

 ぽけっとしている場合ではない。
 私は軽く呼吸を整えて、思考する。

「魔道具の方は、それでお願いします。花の方は、種を多く用意してください。あと台車か何か手配して頂けると助かります」

 悲しいけれど、花は消耗品である。たくさんの数を一度に用意しても、枯らせてしまう可能性が高い。

 また、種の方が安い。このため自分で育てながら出荷数を調整することで、お店としての利益を増やせると考えた。

「承知しました」

 エリカさんは礼儀正しく言った。

「それから、可愛らしい面接希望者が来ていますよ」
「面接希望者?」

 エリカさんの視線を追いかける。
 店の出入口付近、柱の陰に隠れてこちらを見る女の子が居た。

 目が合った。イルムだ。
 あの子はビクリと反応すると、覚悟を決めた様子で私の前までとことこ移動した。

「きのうは、ありがとう!」
「どういたしまして」

 会計処を隔てて返事をする。
 イルムは私を見上げて、もじもじとする。

「それで、あの、えっと……」

 なんとなく、次の言葉が予想できる。
 しかし私は何も言わず、待つことにした。

「おてつだい、できる!」

 予想した通りの言葉だった。

「なんか、あるか!?」

 予想した通りのことになった。

「……」

 野良猫を拾うようなこと。
 一度目があれば、必ず二度目がある。

 あの店は子供を雇ってくれる。
 その噂が広まれば、イルムと同じ境遇の子が集まるはずだ。

 イルムは特別だと言い切る?
 ひとつの手段だ。しかし、この子の為になるのだろうか。

 イルムの将来に責任を持てるか否か。
 極端な表現をすれば、これはそういう話だ。

 前回の挨拶周りは私にも利益があった。
 この関係を断ち切るならば、今この瞬間しかない。

「アイシャ様」

 私が悩んでいると、エリカが私にだけ聞こえる声で言った。

「あなたの、やりたいように」

 それは魔法のように、すっと耳に入った。
 ……そうだ。これは、私の始めたわがままだ。

 だったら、途中で投げ出すことが、一番みっともない。

「イルム」
「はい!」

 呼びかけると、彼女はビクリとして背筋を伸ばした。

「まずは、言葉遣いを直しましょうか」
「……ことば?」

 きょとんとしている。
 その後、私がハッキリと言葉で伝えると、イルムは飛び上がるようにして喜んだ。
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