異世界帰りの元陰キャ、今は淫キャ

下城米雪

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3-6.最高の体

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「そうね! 今すぐに行きましょう!」

 私が言うと、彼は手を振りました。
 すると、なんということでしょう。

 空間に禍々しい穴が開いたのです。

「行こうか」

 ……いやいや。

「どうした?」

 やめてよ。その「何かやっちゃいました?」みたいな顔。
 私の姿だから様になってるよ。何もおかしくないって思えちゃう。

「これは、なに?」

 でも聞く!
 だっておかしいもん!

「幽世へ行くためのゲートだ」
「いやいやいやいや……」

 私は思わず顔の前で両手を振った。
 そうはならない。ならないでしょう。

 でも目の前に歪んだ空間があって……。

「これを通ったら幽世に繋がるの?」
「その通りだ」
「……なんで?」
「ほう? それは、何に対する疑問か?」

 うーん、全部かなぁ。
 今この状況が何ひとつ分からない。呪いという非現実的な存在が生まれた時から身近にあった私なのに、今この時間が現実とは思えない。

「質問には答える気はあるが、あえて言おう」

 一歩、私に近付いた。
 それから不敵な笑みを浮かべて言う。

「俺を──否、私を信じろ。ただそれだけで良い」
「信じましゅぅ!」

 顔ッ、良い! 良い良い! 良~!
 しゅごいよぉ。御子柴彩音に言わせたかった台詞ランキング上位だよぉ。

「俺は行く。来るか否かは、貴様が選べ」
「行きましゅぅ!」

 こうして私は、謎の穴に侵入したのだった。


 *  *  *


 本当は怖いどこでもドアの話。
 人間を瞬間的に別空間に移動させる方法を科学的に考えた場合、体組織を微粒子のレベルまで分解した後、再構成する方法が考えられる。

 移動前後の二人は、果たして同一人物なのだろうか。みたいな話。

 今、その説は否定された。
 私の、あるいは彼の体は、確かに再構成されたのかもしれない。

 だけど、私の意思とは無関係。
 奇しくも「入れ替わり」によって別人説が否定された。

 さて、もうお分かりですね。
 何というか、私自身、初めての経験だから少し戸惑っているのだけど……これが、男性特有の賢者タイムなのね。まさか体験する日が来るとは思わなかった。

 賢者タイム、すごいわね。
 興奮が最高潮に達した後、こんなにも急激に感情がリセットされるなんて。

「……ここが、幽世?」

 私は呟いた。
 空間に生まれた穴を抜けた先にあったのは、真っ白な世界。

「ここは、どこだ」
「……え?」

 私は強い衝撃を受けた。
 例えるならそれは、虫歯治療中に歯医者さんが「やっべ」と呟いた時のような。

『お待ちしておりました』

 頭上から聞こえた声。
 私は咄嗟に身を引いて、彼の後ろに隠れた。

『私は最初の生贄。当時は、先読みの巫女と呼ばれておりました』

 姿は見えない。
 声だけが、まるで天啓のように聞こえてくる。

『今日この時を、私は千年も待ちました』

 巫女さまの御心を察するには、その一言で十分だった。
 賢者モードとなった私には分かる。千年前、今日この瞬間を予知して、ずっと待ち続けた彼女の感情が、まるで自分事のように伝わってくる。

『少し、昔話をしてもよろしいでしょうか』
「断る」
『うふふ、その返事も千年前に見た通りです』
「ふむ、予想を覆してやろうと思ったが、無駄だったか」

 この人の落ち着き方すごくない?
 なんで? 中身は今の私これでしょ? 
 完璧美少女の姿になったから気が大きくなってるのかな? ちょっと分かるよ?

『手短に伝えましょう』

 巫女さまは言う。

『私が見たのは、千年後に現れる子孫が白狐を打ち倒す絵です』

 そうなの!? 
 あのエロ狐ぶち殺せるの!?

『しかし、私を喰らった白狐も同じ絵を見たはずです』
「喰われたはずの貴様が、如何にして我々に語り掛けている?」
『気合です』

 気合なんだ!?
 呪術とかじゃないんだ!?

『ところで、後ろの方は、ぼーいふれんどですか』
「いいや、ただの知人だ。中身だけ入れ替わっている」
『……なるほど、千年来の疑問がひとつ解けました』

 フェルマーの最終定理みたいな疑問ね。
 えっと、あれは三百年だったから、もっと長いのか。

『不思議です。知人のために、なぜ、このような危険を?』
「気分が良いからだ」

 彼は堂々と答える。

「この体には淫力が満ちている。実に気分が良い」

 ……陰陽の力と書いて、陰力かな?
 この人、やっぱり陰陽師の末裔ってこと?

『気分、ですか……』
「重要なことだ」
『その結果、命を落とす可能性があるとしても?』
「……ほう?」

 彼は低い声で言った。
 少しだけ考えて、私も理解する。

 巫女さまは「白狐を打ち倒す絵を見た」と言った。
 それなのに命を落とす可能性があるとは、どういうことなのだろう。

『白狐は、先読みの力を手に入れました』
「なんですって!?」

 思わず叫ぶ。
 だって、信じられない。

 先読みの巫女。
 彼女に関する文献は今も残っている。

 あらゆる未来を百発百中。
 その予言は、国の危機を何度も救ったそうだ。

 その力を白狐が?
 ……終わりよ。この世界は滅ぶしかない。

『私は気合いで声を届けていますが、先を読む力は残っておりません。未来を知った白狐が、どのような対策をしているか見当もつかないのです』
「話は理解した」

 彼は言う。

「命の保証は無い。引き返すなら今だと、そう言いたいのだな」
『いいえ違います。未来のため戦ってくれと言いたいのです』

 私は背筋が震えるのを感じた。
 死に対する心の準備はしていたはずなのに、その瞬間がより近付いたような気がして、怖い。

『無力な私には、白狐が先読みの力を手に入れたと伝えることだけです。しかし、どうか、どうか、打ち勝って欲しい』

 ……そんなの、無理よ。
 未来を読める白狐を相手に、どうやって戦えば良いの?

「ひとつ、教えてやろう」

 絶望的な雰囲気の中、彼は言う。

「最も正確に未来を予言する方法は、自らの手で未来を作ることだ」

 ……きゅん。

「予言しよう。俺は白狐を打ち倒し、世界を救う」

 ……やだ、かっこいい。

『ふふ、頼もしいですね』
「安心しろ。俺は今、負ける気がしない」

 なんでかな。
 私も、大丈夫かもって思えてきた。

『……あなたに託します』

 満足そうな声。
 その直後、目の前が真っ白になった。

 そして──
 私達は、今度こそ幽世に足を踏み入れた。

 恐ろしい妖怪を打ち倒し、千年前の悲劇を繰り返さないために。
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