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3-15.穴

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 玉藻は愕然としていた。
 小さな違和感に従って黒鬼の元へ向かうと、先刻隔離した人間の雄が現れた。

 黒鬼は上位の妖怪である。
 あの人間が何者か知らないが、玉藻の術を防げない程度ならば、全く問題にならない。

 消えた。忽然と消えた。
 黒鬼と人間が綺麗さっぱり姿を消した。

(……黒鬼の術か?)

 疑問に思った直後、空間が歪んだ。
 しかし玉藻は迅速に状況は理解した。

 恐らく直前の疑問は正解だ。
 黒鬼が人間と共に誰も感知できない場所へ転移した。

 そこで何かをした。どれだけの時間を過ごしたのかは分からない。だが、そういう術があることを玉藻は知っていた。

(……どういうことだ!?)

 直後、現れたのは二人の人間だった。
 黒鬼の姿は無い。いや、そんなことよりも──

(……雌の方は、白狐の元へ向かったはずだ!)

 数秒後、また空間が歪んだ。
 雌の方が光の矢で串刺しにされ、白狐が現れた。

 玉藻は混乱した。
 状況が全く分からなかった。

 しかし、どうにか理解するため整理する。

 自分は白狐に命令を受けた。
 それは幽世に入り込む人間を分断すること。

 白狐は大いに警戒していた。
 しかし、人間を分断することには成功した。

 雄は黒鬼の元へ。
 生贄である雌は白狐の元へ。

 その後、報告を受けた白狐は大喜びだった。
 玉藻は白狐と何百年も共に居るが、あんな姿を見たのは初めてだった。

 しかし生贄は黒鬼の場所に現れた。
 それを追いかけるようにして登場した白狐の形代が瞬殺された。

 訳が分からない。
 あの形代は、それでも上位の妖怪と同等の力があるはずだ。

 それを人間如きが瞬殺だと?
 バカげてる。まだ白狐の術にかかっていると考えた方が納得できる。

 そも、なぜ形代が現れた?
 白狐は生贄を相手にしているはずだ。

(……偽物だった?)

 玉藻は疑問を抱くと共に結論付けた。
 自分がこちらへ向かった直後に偽物だと見抜き、生意気な人間に「挨拶」をしたと考えれば、一応の辻褄は合う。

(……状況は理解した)

 しかし心情が分からない。
 心の動きが読めなければ、次が予測できない。

 玉藻は思考を加速させる。
 そのせいで迫り来る触手に気が付かなかった。


 気が付けば、玉藻は拘束されていた。
 ねばねばとした赤紫色の触手が、身体中を這いまわっている。

「んんんん~!?」

 口を塞がれ声を出せない。
 しかし、悲鳴を上げたくなる程度には不快な感覚があった。

「貴様は何者だ?」

 声を聞き、玉藻の全身が強張る。
 慎重に目を向けると、先ほど串刺しにされたはずの人間がこちらを見ていた。

 口の拘束が解かれる。
 玉藻は呼吸をして、慎重に返事をした。

「……玉藻」

 まずは名前を言った。
 それから質問を返すつもりだった。

「決めた。お前にする」

 しかし、それよりも早く人間の雌が言った。

「……?」

 玉藻は不用意な失言を避けるため口を閉じた。
 しかし、その表情の変化までは隠せなかった。

「貴様の主に俺の大切なタマちゃんが傷付けられた」

 ……タマちゃん?
 思考に集中するあまり状況を把握できていない玉藻は、その人間が何を言っているのか理解できなかった。しかし、何やら不穏な気配があることは分かる。

「ならば、奴のタマちゃんに責任を取って貰う他あるまい」
「……待てッ! んぐ──」

 そして調教が始まり、


 *  *  *


「ほう?」

 彼がそこに踏み入れた瞬間、奥の方から声が届いた。
 聞き覚えがある。それは白狐の声だ。

 早かったな。
 どうしてここが分かった。

 恐らく色々な意味がある。
 しかし、彼はその全てに興味が無い。

 彼は真っ直ぐに歩き、白狐を目前にして歩を止めた。
 正確には止められた。何か、透明な壁がある。

「無駄だ。この結界を超えることはできぬ」

 白狐は余裕たっぷりに笑った。
 それから口元に手を当て、呪文を唱える。

 彼の周囲に複数の魔方陣が現れた。
 そして消えた。

「……」

 白狐は言葉を失った。
 彼は何事も無かったかのように手を伸ばし、結界に手のひらを重ねる。

「ふ、ふむ。どうやら、防御は得意らしい」

 白狐の額に汗が浮かぶ。

「恨めしそうに見つめたところで、その手がこの身に触れることはない」

 白狐は恐怖を打ち消すようにして言葉を重ねた。

「連れの雄はどうした? 道中、他の妖怪に喰われたか?」

 しかし彼は返事をしない。
 無言を貫き、じっと虚空を見つめている。

「……」

 その姿は、白狐を黙らせる程に不気味だった。

(……何を恐れている)

 白狐は自問する。

(……この結界を抜けるわけがない)

 かつて、最強の陰陽師と戦った。
 白狐の攻撃は全く通用しなかった。しかし、かの陰陽師ですら、当時の白狐が作り出した結果を抜けなかった。この結界は、その頃と比較にならない程に強固である。人間如きに抜けるわけがない。それは妖怪であっても同じ。この結界を抜ける者など幽世にも現世にも存在しない。

(……そうだ。呪いだ)

 その迫力に思わず気圧されたが、生贄の巫女であることには変わらない。 

「止まれ」

 白狐は命令を下した。
 
「ゆっくりと手を降ろせ」

 彼は動かない。

「降ろせと言っている。聞こえんのか!?」

 彼は動かない。

「ひとつ聞こう」

 その代わり、口を開いた。
 白狐は驚愕して目を見開く。

「この結界は男か? それとも女か?」

 白狐は彼が何を言っているのか理解できなかった。

「──穴がある」

 彼は白狐の返事を待たずに言う。

「故に、この結界は女だ」

 彼はニヤリと口角を上げた。
 そして次の瞬間、優しい手つきで結界を撫でた。

 ガラスが割れるような音が世界を満たす。
 それはまるで、成人向けゲームにおけるフィニッシュ時の過剰演出みたいな大音量であった。

「……バカな」

 白狐はぽつりと声を出した。
 幻覚だ。幻覚に違いない。自分に言い聞かせる。まるで子供じみた願望だった。

 その願望は、容易く打ち砕かれる。
 特別なことは何も無い。一歩、彼が前に出ただけだ。

 彼は天高く手を掲げた。
 白狐は呆けた様子で目を動かす。

 直後、ハッとした。
 
『  』

 それは新たな結界を生み出す呪文。
 音という概念を無視して紡がれたそれは、刹那の間に新たな結界を生み出した。

 パチッと指が鳴る。
 結界は砕け、彼の背後に何者かが現れた。

(……玉藻!)

 白狐は味方の存在に歓喜する。
 しかも、見れば隣に人間の雄を連れている。

 いいぞ。人質だ。
 隙を作れば、あっという間に形勢逆転できる。

 しかし、

「……たまも?」

 玉藻は、生贄の隣に立ち、蔑むような目で白狐を見た。

「違う」

 彼は言う。

「タマちゃんだ」
「……は?」

 白狐は混乱した。彼が現れたこと。呪いが通じないこと。結界が破られたこと。そして最後に玉藻の裏切り。もはや、何が何だか分からない。

「やれ」

 彼は一言、玉藻に──タマちゃんに指示を出した。

「はぁい♡」

 タマちゃんは恍惚とした表情で返事をした。
 そして白狐に迫る。恐怖心をあおるように、ゆっくりと。

「くっ!」

 白狐は呪術によって応戦した。
 しかし、その全てが発動すると同時に無力化される。

「バカな!? どうなっている!?」
「騒ぐな」

 彼は言う。

「貴様は俺を怒らせた。それを悔やみながら、タマちゃんの手で死ね」
「舐めるなよ人間!」
「そうか。分かった。タマちゃん、舐めるのは無しだ」
「何の指示だ!? バカにしているのか!?」
「失礼だな。至極まっとうな指示だよ」

 彼は踵を返した。
 その直後、タマちゃんが白狐に触れる。

「おっと、忘れていた」

 彼は妖怪達に背を向けたまま、淫力を練る。

「ドスケベ・フィールド、展開」

 そして、すべてのダメージが快楽に変換される領域を残し、立ち去った。
 
 この領域において許容量を超えた快楽を受けた者は消滅する。
 白狐の最期は、実にあっけないものだった。

 
 彼は思う。
 ──こんなものか、と。

 べつに戦いを望んでいるわけではない。
 彼の望みは同級生ハーレムであり、ファンタジーではないからだ。

 しかし、落胆する気持ちがある。
 それは彼自身も気が付いていない欲求不満であった。

 端的に言えば、性欲である。
 彼が本気で性欲を満たそうとするならば、それ相応の淫力を持った相手が必要だ。

 山田胡桃は可愛い。しかし弱い。
 彼女程度の淫力では、彼の攻めに十秒と耐えられないだろう。

 カリンも弱い。
 彼女の父親である皇帝の力を考えれば、将来性も無い。

 御子柴彩音はどうだろうか。
 彼女の体には淫力が満ちている。もしも元の体であれば、白狐を圧倒することは難しかったかもしれない。将来性はあるが、随分と気の長い話になる。

 べつに男でも女でも構わない。
 必要なのは、彼と同等以上の淫力を持った者である。
 彼は無意識に、そのような存在を渇望するようになっていた。

 そして──
 その出会いは、彼が想像するよりも早く、訪れる。
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