ユニコーン聖女は祈らない

下城米雪

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ユニコーン聖女は語らう

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「……ノエル、起きてるか?」

 すっかり夜が深くなった頃。
 星と街の明かりに照らされた赤髪と、その合間に見える純白の肌に想いを馳せていた私は、その一言で現実に引き戻された。

「ええ、起きていますよ」
「……そうか」

 シャロは私に背を向けたまま、音が鳴るくらいに息を吸い込んで、静かに言う。

「そろそろ本当の狙いを教えてくれないか」
「……何の話でしょう?」
「あるわけないだろ。突然聖女が目の前に現れて、貴族殺しに手を貸すなんてこと」
「確かに不自然ですね。しかし現実とは往々にして奇妙なモノです」
「ごまかすな。言え。何が目的だ」

 困りました。美少女が手に入りそうなので欲望に従っているだけなのですが……どうしたものか。

「気付かないと思ったか? 視線だ。ずっとオレを見ているだろう」

 バレていた!?
 
「ねっとりとした嫌な視線だった。興奮しているようにも感じられた。まさか目的は、オレを殺すことか?」

 いやんっ、最後以外は正解です!
 そんなに分かりやすかったでしょうか!?

 さてさて、ここは真面目な場面です。
 正直に、真実だけを答えることにしましょう。

「私が外に居たのは国を追放されたから。貴族殺しに手を貸すのは、シャロが欲しいから。これは嘘偽りの無い本心でございます」
「……オレが欲しい? 何の為に?」
「わたくしの為に」

 シャロの表情が見たい。
 私はそれなりに舌が回る自負を持っていますが、流石に相手の顔が見えないと厳しい。

 しかしシャロの疑問は尤もです。
 彼女の立場なら私は怪しくて仕方がないでしょう。

「シャロの話を聞かせてください」
「……オレの話?」

 言葉の裏を探るような間があった。
 私は随分と警戒されていることを今更ながら痛感する。

「わたくしが信頼できないのでしょう?」

 単刀直入に言った。
 シャロの無言が、その言葉を肯定する。

「だから、お互いのことを知りましょう。洞窟で行ったような殺伐とした話ではなく、今ここで、ベッドの上で、ゆるりと語らいましょう」
「……それなら、お前から話すべきだ」
「あら、私に興味があるのですか? ふふ、嬉しいですね」

 あえて、わざとらしい言い方をした。
 一方で、内心ではホッとしています。自分語りをする大義名分が欲しかったので、誘導に乗って頂き嬉しい限りです。

「私はノエル。シャロと同じ、ただのノエルです」

 改めて自己紹介をした後、私は自分の生い立ちを聞かせました。

 齢三つで王家に連れ去られ、二つ上の王子の婚約者となったこと。

 それから王族秘伝の厳しい教育を受け、私の前の聖女であるお師匠様に魔法の使い方を叩き込まれ、休む暇も無い日々を過ごしていたこと。

 しかし聖女という立場でも平民差別を受け、両親に至っては餓死したこと。

「……ノエルも、貴族が憎いのか?」
「いいえ、そのようなことありません」
「どうしてだ? お前の両親は、貴族に殺されたようなものじゃないか」

 シャロの言葉は正しい。
 子供は貴重な労働力だ。無理して赤子を三つまで育てたのに、理不尽にも奪われてしまった。

 母や父が私を愛していたのかなんて知る由も無いけれど、我が子に会えないことが心労になっていた可能性もある。

 しかし、それは当たり前のこと。
 平民は生まれながらに貧しくて、貴族の気分ひとつで何もかも奪われる。あらゆる人が老いて死ぬように、不幸でも幸福でもない自然なこと。

 だから貴族を憎んでも仕方がない。
 それが当たり前ならば、気にしても仕方がない。

 しかし、私個人の感想を伝えたところで、きっと共感は得られない。されど反感を得るかもしれない。ならば伝えないことが最良の選択と判断して、口を閉じることにした。

「ノエルは噓吐きだな」

 シャロが身体を私の方に向けた。
 突如として目の前に現れた美少女のご尊顔に大興奮する気持ちを必死に我慢して、会話に応じる。

「いいえ、わたくしは真実だけを述べております」

 シャロが言いたのは、恐らく「貴族が憎いから手を貸すのだろ」ということ。
 実に的外れです。しかし都合が良いので利用させて頂きましょう。

「次はシャロの番ですよ。聞かせてください」
「……楽しい話じゃないぞ」
「それはお互い様です。教えてください。私は、シャロのことが知りたい」

 本当に知りたい。
 産声から今日に至るまでの全てを知りたい。考え方を知りたい。見えている景色を知りたい。頭の先から足の裏に至るまで知りたい。骨の形が知りたい。血と汗の味と香りが知りたい──などなど、我ながら狂気を感じる欲求を胸に、私は真剣な表情を作ります。

 シャロは目を伏せ、長らく考え込む様子を見せた後、ゆっくりと薄桃色の唇を開きました。

「……オレは、捨て子だった」

 それから彼女が語ったのは、よくある話。

 平民街に捨てられ、見知らぬ大人に拾われた。
 理由は様々あるだろうが、大半は労働力が目的だろう。

 しかしシャロは運が良かった。
 彼女を拾ったのは貧乏だが気の良い男女で、それはもう大事に育てられたそうだ。

 しかし、あるとき日照りが続いた影響で不作に襲われる。
 貴族から課せられた重税を払えず、シャロの姉替わりだった女性が一人、身代わりになった。

 無論、税を逃れたところで腹が膨れるわけではない。
 一人、二人、三人と飢えて死ぬうちに、シャロの親は国を捨てると決意した。

 恐らく他にも選択肢はあった。
 しかし、現状を維持しようと貴族に逆らおうと誰かが死ぬことは変わらない。故に僅かでも可能性がある「未知」を選ぶことにしたのだろう。その選択には十を超える平民達が続いた。

 それからは弱肉強食の日々。無抵抗の果実を一方的に収穫することもあれば、凶悪な魔物に蹂躙されることもあった。シャロが洞窟で待っていると、血に濡れた見知らぬ服などが持ち込まれることも珍しくなかったようだ。

 しかし、ただの平民が国の外で生きられるほど甘い時代ではない。
 ゆっくりと仲間の数が減り、やがて洞窟で待つシャロの元に帰る者は居なくなったそうだ。帰らぬ者達がシャロを見捨て別の国へ向かったのか、魔物の餌になったのか知るすべは無い。ともあれ残された彼女は、そのまま死ぬことを選ばなかった。

 外に出て、おぼろげな記憶を頼りに果実を採った。
 魔物を避けながら弱い小動物を狩り血肉に変えた。

 先の見えない恐怖。
 顔も知らない貴族に対する復讐心。
 負の感情を絶望ではなく力に変えて生きる日々。

 それは、国を出る前に一度だけ目にした聖女と似た女性──つまりは私を見つけたことで、終わりを迎えた。

「……ほら、退屈だっただろう」

 シャロは小さな声で呟き、寂しそうに目を伏せた。
 私は沸き上がる欲求に従って手を伸ばす。そして彼女の頬にそっと触れた。

 その全身がビクリと震える。
 しかし抵抗は無い。私は彼女の怯えた目を見て、問いかけた。

「シャロは、アイスクリームを食べたことがありますか?」

 返事は無い。
 シャロは私の真意を探るような様子で、じっと此方を見ている。

「明日、一日だけ私にください」

 私は提案をした。
 理由はもちろん、自分の為に。

 これからシャロは私の所有物となる。つまりは恋人候補。
 そんな相手の心に陰を残したくない。ただそれだけの理由だった。
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