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第三章 りょーくんのうた
みさきが帰ってきた日
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部屋のドアを開けると、眩しい光と共に外の空気が入り込む。
そしてドアの外には、一人の女性と小さな女の子が立っていた。
奇しくもそれは、みさきと初めて出会った時と似たような状況だった。
だけど、あの時と違うことはいくつもある。
この部屋にタバコの臭いはしなくて、世界を壊したくなるような不快感も無い。
なにより俺は、この小さな女の子のことが――みさきのことが大好きだ。
「……みさき」
「……ん」
俺は地に膝をついて、みさきと目線の高さを合わせた。
ああ、みさきだ。みさきがいる。少し背が伸びたんじゃないか? 髪は少し短くなってるな、美容院にでも行ったのか? へへ、どんな髪型でも似合うぜみさき、最高だ。相変わらずクリクリした大きな目とか、丸っこい顔とか、小さな手足も、何もかもが愛おしい! 今すぐ抱きしめたい!
「みぃさきぃぃぃぃ! みさきっ、おかえりみさき……みぃぃさきぃぃぃぃぃ!」
「んーっ、ひひ、ふー」
みさきの小さくて柔らかい体をギュッと抱きしめる。そのまま頬をくっつけると、みさきは嬉しそうな声を出した。
「うぉぉぉぉ! もう絶対離さねぇからな!」
「……」
「みさき? あっ、すまねぇ、もしかして痛かったか?」
慌てて離れようとすると、しかしみさきは俺の服を掴んで離さなかった。
「……さみしかった」
――っ!?
「俺の方が寂しかったよみさきぃぃぃぃ!」
ああ、幸せだ。
深刻だったみさき不足が解消されていく。
――コホン。
「あの、そろそろいいですか?」
高い所から聞こえた声に顔を上げると、そこには呆れた表情をした女性の姿があった。相変わらず真っ直ぐに背筋が伸びていて、新品のようなスーツを皺ひとつ無く着こなしている。変わったところと言えば、みさきとは逆に少し髪が伸びているところか。
それにしても、こうして見ている分には相当の美人だ。みさきの美貌を持ってしても、あと五年は勝てないであろう。これで内面まで良かったら、みさきの親権を勝ち取る為に求婚していたかもしれない。そんな理由じゃ振られるどころか訴えられそうだが。
さておき忘れてた、こいつも居たんだった。
……そうだな、この件はこいつに助けられっぱなしだったし、何よりみさきが世話になった。きちんと礼をしねぇと。
「……あと五分」
でもっ、もう少しだけ!
もう少しだけみさきと!
――トントン。
ん、みさき?
どうしたんだ?
「……じゅっぷん」
――っ!?
「一時間だこのやろう!」
「子供ですか! 三分で終わらせるのでさっさと話を聞いてください」
「うるせぇ! みさきと会えなくてどんなに寂しかったか……体重だって十キロくらい減ったんだぞ!」
「十キロって……いやいや、会おうと思えばいつでも会えたじゃないですか」
「それは、なんか、こう、いろいろあるんだよ!」
複雑な男心ってヤツだ。
結衣は溜息ひとつ。
「もういいです。時間が無いので一方的に話します」
そう言うと、俺達の横を通って部屋に入った。
「相変わらず人の住む場所とは思えない部屋ですね」
「ほっとけ」
部屋に入って直ぐの所に持っていた荷物――電子ピアノの入った箱を置くと、また直ぐに外に出た。
「この前よりは幾分かマシになったようですが」
そして擦れ違いざまに小さな声で言った。
こんなに嬉しくないフォローは無い。
「さて、こんな所に娘を預けるのかと思うとゾッとしますが、本人の希望なので致し方ありません。それから、小学校に関する書類はピアノと同じ所に入れておきました。請求書についても同様です」
待て、請求書ってなんだ。
「今後学校で保護者向けに配布される書類については、私に見せる必要は無いので、適当に処分してください。また、みさきちゃんの保護者は私なので、貴方に保護者向けのイベントに参加する権利はありません。どうしてもというのなら、私に頭を下げてください」
相変わらず性格悪そうな言葉選びだなこいつ。
しかも、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「む、何か不満でも?」
と不満そうな顔で言う結衣。このエスパーっぷりも相変わらずだ。
「べつに不満はねぇよ。ありがとな」
「なんですかその投げやりな感じ」
「んなことねぇよ。マジで感謝してる」
「ならせめて態度で示してください。みさきちゃんを撫でながら言われても信用できません」
確かにそうだな。仕方ない、立つか。
「あの、そろそろみさきちゃんを離したらどうですか?」
「聞こえてなかったのか? 俺はもう二度とみさきを離すつもりは無い」
「流石に気持ち悪いです。みさきちゃんも何か言ってあげてください」
「……ん?」
何言ってんだこいつ、とみさき。俺も同感だ。
結衣はまた溜息を吐いて、
「いいでしょう、久々の再会ということで大目に見ます。後日また伺いますが、書類にはきちんと目を通しておくように」
「分かった。本当に、おまえには感謝してる。ありがとう」
「ええ、存分に感謝してください。お金もきっちり払ってくださいね」
「さっきの請求書ってソレか。大丈夫だ、ちゃんと払う」
「よろしい。では、仕事に向かいます」
結衣は踵を返すと、すたすた歩いて行った。
その背中が見えなくなった後、腕の中で大人しくしていたみさきに声を……。
「みさき?」
「……」
返事の代わりに聞こえたのは、気持ち良さそうな寝息だった。
マジか、ほんの数秒前に返事してなかったか?
「……俺も寝るか」
みさきの寝顔を見ていたら、一昨日から一睡もしていないことを思い出した。だってみさきが帰って来るんだぜ? ワクワクして眠れるわけねぇよ。
欠伸をひとつ、部屋の中に戻った。
入って直ぐの所に置いてあるピアノを蹴らないように気を付けて中央の布団まで歩き、みさきを寝かせる。流石に、ずっとベッタリってワケにはいかない。
「……困った」
俺の服を掴むみさきの意外な握力に苦笑い。
みさき、どうしてか今日は俺に甘えている。ここまで好かれてはいなかったような気がするが、不満は無いので理由を考えるのは止めた。
さて、どうやって寝ようか。普通に並んで寝ればいいんだろうが、いつか酒を飲んでみさきの機嫌を損ねた日のことを考えると少し躊躇われる。
俺は迷った末、壁に背を預けて寝る事にした。
この姿勢ならみさきの上に乗っちまうような事は無いだろう。
この位置からだと部屋の中が良く見える。
隅には服が纏めて置いてあって、その隣には少し前に買ったポータブル電源が置いてある。我が家も電気を手に入れたのだ。そして中央には布団が二つ並んでいる。
少し顔を動かして窓の外を見ると、そこには相変わらずデカい影が有った。ほんの少し前まであのマンションで生活していたみさきにとっては、この部屋はいっそ劣悪な場所に違いない。
それでも――本人の希望なので致し方ありません――結衣の言葉が本当なら、みさきはここに住むことを望んだらしい。
頬が緩む。
一年前、みさきと出会ってから、俺はずっと立派な親になることを目標にしてきた。右も左も分からず、ただただ目の前にあることに挑んでいただけだったが、その時間を肯定されたような気がして嬉しかった。
俺はもう法的にはみさきの親じゃない。でも、そんなの元からだ。あの時はみさきを失ったような気がして動揺しちまったが、流石に半年も経って頭が冷えた。
やることは変わらない。
「……おやすみ、みさき」
世界一可愛い寝顔をずっと見ていたいような気もしたが、欠伸が止まらない。眠い。
目を閉じた後、自然と先のことが頭に浮かんできた。
目を覚ましたら何をしようか。
……みさきのしたいことをしよう。
みさきと過ごす新たな日々について考えながら、俺は眠った。
季節は春。だいぶ温かくなっているけれど、まだ布団無しで眠るには少し肌寒い。だけど今日は、今日からは、布団なんて無くても温かい。
この小さな温もりを決して失わないように、俺は、これまで以上に努力しよう。
そしてドアの外には、一人の女性と小さな女の子が立っていた。
奇しくもそれは、みさきと初めて出会った時と似たような状況だった。
だけど、あの時と違うことはいくつもある。
この部屋にタバコの臭いはしなくて、世界を壊したくなるような不快感も無い。
なにより俺は、この小さな女の子のことが――みさきのことが大好きだ。
「……みさき」
「……ん」
俺は地に膝をついて、みさきと目線の高さを合わせた。
ああ、みさきだ。みさきがいる。少し背が伸びたんじゃないか? 髪は少し短くなってるな、美容院にでも行ったのか? へへ、どんな髪型でも似合うぜみさき、最高だ。相変わらずクリクリした大きな目とか、丸っこい顔とか、小さな手足も、何もかもが愛おしい! 今すぐ抱きしめたい!
「みぃさきぃぃぃぃ! みさきっ、おかえりみさき……みぃぃさきぃぃぃぃぃ!」
「んーっ、ひひ、ふー」
みさきの小さくて柔らかい体をギュッと抱きしめる。そのまま頬をくっつけると、みさきは嬉しそうな声を出した。
「うぉぉぉぉ! もう絶対離さねぇからな!」
「……」
「みさき? あっ、すまねぇ、もしかして痛かったか?」
慌てて離れようとすると、しかしみさきは俺の服を掴んで離さなかった。
「……さみしかった」
――っ!?
「俺の方が寂しかったよみさきぃぃぃぃ!」
ああ、幸せだ。
深刻だったみさき不足が解消されていく。
――コホン。
「あの、そろそろいいですか?」
高い所から聞こえた声に顔を上げると、そこには呆れた表情をした女性の姿があった。相変わらず真っ直ぐに背筋が伸びていて、新品のようなスーツを皺ひとつ無く着こなしている。変わったところと言えば、みさきとは逆に少し髪が伸びているところか。
それにしても、こうして見ている分には相当の美人だ。みさきの美貌を持ってしても、あと五年は勝てないであろう。これで内面まで良かったら、みさきの親権を勝ち取る為に求婚していたかもしれない。そんな理由じゃ振られるどころか訴えられそうだが。
さておき忘れてた、こいつも居たんだった。
……そうだな、この件はこいつに助けられっぱなしだったし、何よりみさきが世話になった。きちんと礼をしねぇと。
「……あと五分」
でもっ、もう少しだけ!
もう少しだけみさきと!
――トントン。
ん、みさき?
どうしたんだ?
「……じゅっぷん」
――っ!?
「一時間だこのやろう!」
「子供ですか! 三分で終わらせるのでさっさと話を聞いてください」
「うるせぇ! みさきと会えなくてどんなに寂しかったか……体重だって十キロくらい減ったんだぞ!」
「十キロって……いやいや、会おうと思えばいつでも会えたじゃないですか」
「それは、なんか、こう、いろいろあるんだよ!」
複雑な男心ってヤツだ。
結衣は溜息ひとつ。
「もういいです。時間が無いので一方的に話します」
そう言うと、俺達の横を通って部屋に入った。
「相変わらず人の住む場所とは思えない部屋ですね」
「ほっとけ」
部屋に入って直ぐの所に持っていた荷物――電子ピアノの入った箱を置くと、また直ぐに外に出た。
「この前よりは幾分かマシになったようですが」
そして擦れ違いざまに小さな声で言った。
こんなに嬉しくないフォローは無い。
「さて、こんな所に娘を預けるのかと思うとゾッとしますが、本人の希望なので致し方ありません。それから、小学校に関する書類はピアノと同じ所に入れておきました。請求書についても同様です」
待て、請求書ってなんだ。
「今後学校で保護者向けに配布される書類については、私に見せる必要は無いので、適当に処分してください。また、みさきちゃんの保護者は私なので、貴方に保護者向けのイベントに参加する権利はありません。どうしてもというのなら、私に頭を下げてください」
相変わらず性格悪そうな言葉選びだなこいつ。
しかも、なんでちょっと嬉しそうなんだよ。
「む、何か不満でも?」
と不満そうな顔で言う結衣。このエスパーっぷりも相変わらずだ。
「べつに不満はねぇよ。ありがとな」
「なんですかその投げやりな感じ」
「んなことねぇよ。マジで感謝してる」
「ならせめて態度で示してください。みさきちゃんを撫でながら言われても信用できません」
確かにそうだな。仕方ない、立つか。
「あの、そろそろみさきちゃんを離したらどうですか?」
「聞こえてなかったのか? 俺はもう二度とみさきを離すつもりは無い」
「流石に気持ち悪いです。みさきちゃんも何か言ってあげてください」
「……ん?」
何言ってんだこいつ、とみさき。俺も同感だ。
結衣はまた溜息を吐いて、
「いいでしょう、久々の再会ということで大目に見ます。後日また伺いますが、書類にはきちんと目を通しておくように」
「分かった。本当に、おまえには感謝してる。ありがとう」
「ええ、存分に感謝してください。お金もきっちり払ってくださいね」
「さっきの請求書ってソレか。大丈夫だ、ちゃんと払う」
「よろしい。では、仕事に向かいます」
結衣は踵を返すと、すたすた歩いて行った。
その背中が見えなくなった後、腕の中で大人しくしていたみさきに声を……。
「みさき?」
「……」
返事の代わりに聞こえたのは、気持ち良さそうな寝息だった。
マジか、ほんの数秒前に返事してなかったか?
「……俺も寝るか」
みさきの寝顔を見ていたら、一昨日から一睡もしていないことを思い出した。だってみさきが帰って来るんだぜ? ワクワクして眠れるわけねぇよ。
欠伸をひとつ、部屋の中に戻った。
入って直ぐの所に置いてあるピアノを蹴らないように気を付けて中央の布団まで歩き、みさきを寝かせる。流石に、ずっとベッタリってワケにはいかない。
「……困った」
俺の服を掴むみさきの意外な握力に苦笑い。
みさき、どうしてか今日は俺に甘えている。ここまで好かれてはいなかったような気がするが、不満は無いので理由を考えるのは止めた。
さて、どうやって寝ようか。普通に並んで寝ればいいんだろうが、いつか酒を飲んでみさきの機嫌を損ねた日のことを考えると少し躊躇われる。
俺は迷った末、壁に背を預けて寝る事にした。
この姿勢ならみさきの上に乗っちまうような事は無いだろう。
この位置からだと部屋の中が良く見える。
隅には服が纏めて置いてあって、その隣には少し前に買ったポータブル電源が置いてある。我が家も電気を手に入れたのだ。そして中央には布団が二つ並んでいる。
少し顔を動かして窓の外を見ると、そこには相変わらずデカい影が有った。ほんの少し前まであのマンションで生活していたみさきにとっては、この部屋はいっそ劣悪な場所に違いない。
それでも――本人の希望なので致し方ありません――結衣の言葉が本当なら、みさきはここに住むことを望んだらしい。
頬が緩む。
一年前、みさきと出会ってから、俺はずっと立派な親になることを目標にしてきた。右も左も分からず、ただただ目の前にあることに挑んでいただけだったが、その時間を肯定されたような気がして嬉しかった。
俺はもう法的にはみさきの親じゃない。でも、そんなの元からだ。あの時はみさきを失ったような気がして動揺しちまったが、流石に半年も経って頭が冷えた。
やることは変わらない。
「……おやすみ、みさき」
世界一可愛い寝顔をずっと見ていたいような気もしたが、欠伸が止まらない。眠い。
目を閉じた後、自然と先のことが頭に浮かんできた。
目を覚ましたら何をしようか。
……みさきのしたいことをしよう。
みさきと過ごす新たな日々について考えながら、俺は眠った。
季節は春。だいぶ温かくなっているけれど、まだ布団無しで眠るには少し肌寒い。だけど今日は、今日からは、布団なんて無くても温かい。
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1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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