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間章 芽生え
SS:クリスマス前後 ー朱音の場合ー
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12月24日、森谷溶接所の更衣室。
定時を迎えた従業員達は着替えをしていた。
「イヴに全員出席とか、ウチらヤバくない?」
\やばーい/
「まぁでもクリスマスにキャバ来るようなオッサンの相手するよりバリマシっしょ?」
\分かる分かるー/
ここにいる従業員達は、工場とは縁の無さそうな女性ばかりだ。みな同じ日本人だけれど、肌の色も髪の色も違う。耳にピアスがあるのは当たり前で、鼻や舌にまでつけている者もいる。
彼女達の中に穏やかな出自や経歴を持つ者はいない。共通点があるとすれば、それは朱音を慕っているという一点に尽きるだろう。誰もが偶然によって朱音と出会い、その人柄に惚れ、ここに居る。
「てか姉《あね》さんはどうなん? 仕事してる場合じゃなくね?」
「だよね。マジ運命の再会ってか、ドラマチック過ぎて死んだと思ってた乙女心が蘇ったし」
「分かるー! 姉さんは何も無いって言ってるけど、絶対うそだよね〜」
「姉さん、ああ見えてウブだからなぁ……夢に向かって真っ直ぐって感じがして、そういうところがいいんだけどッ……あぁ! もやもやする!」
――という話し声を、朱音は更衣室の前で聞いていた。
作業を終えて更衣室に向かった朱音は、しかしドアに触れた瞬間に聞こえた話し声で動きを止めた。まったく、あいつらまた好き勝手なことを……と思いつつも、なんだか間が悪くてドアを開ける気にはなれない。
話が一段落したら中に入ろう。
しかし彼女達の話し声は収まるどころかボルテージを増していく。
果たして、朱音は自由なクリスマスを手に入れた。
「あいつら……」
朝。布団の上で目を覚ました朱音は、昨日のことを思い出して恨めしげに呟いた。
「べつに、龍誠とはそういうのじゃねぇし……」
クリスマスは一緒に過ごしてくださいとのことだが、そもそも朱音は龍誠と連絡を取る手段が無い。
龍誠の勤める会社に連絡することは出来るが、それはあまりにも非常識だろう。
こうして朱音は暇になった。
朱音が住んでいるのは、1DKの賃貸アパートだ。寝て起きるだけの場所だから、内装は部屋を借りたばかりの時と変わっていない。
床は畳で、広さは六畳。壁は叩けば崩れ落ちそうな砂の壁。天井はそこそこ綺麗な木材で、真ん中にはリモコンで操作するタイプの照明が取り付けられている。
畳の上に敷いた布団に寝転がったままの朱音は、ぼんやりと天井を見つめていた。
朱音の腹部は掛け布団によって隠れているけれど、足までは届いていない。
足元には窓があって、そこから差し込む日光が素足に当たって程良く暖かい。
静かで心地良い朝。
しかし二度目の眠りは一向に訪れない。
それはもちろん、考え事をしているからだ。
父の遺した工場を奪われた後は、とにかく大変だった。
天涯孤独である朱音の面倒を見てくれる大人はおらず、早々に工場から去った人達を頼る気にもなれなかった。
本来なら工場を売り渡したことによって朱音には大金が与えられるはずだったが、未成年であるという理由から「保護者」が代理で受け取ることになった。もちろん朱音は「保護者」のことを知らないし、そんな人物が実在するかどうかすら怪しい。
果たして、朱音はホームレス生活を強いられた。
残飯を漁り、公園で蛇口をひねって命を繋ぐ。そんな生活をしていた。
あまりにも惨めな生活に何度も自殺を考えたが、その度に龍誠の姿が頭に浮かんだ。
龍誠はこれくらいじゃ諦めない。
そうして生き続けた朱音は、やがて自分と似たような境遇の少女と出会った。
彼女と仲良くなることで、また別の出会いがあった。
そんなことを繰り返し、気が付けば今に至る。
だから恋愛がどうとか、そういうことを考える時間は無かった。
とにかく生きるのに必死だったからだ。
では今はどうか。
朱音はどうにか普通と呼べるだけの生活を手に入れ、何かを考える余裕もある。
そのうえで、龍誠のことを考えてみた。
龍誠は突然現れて、そして突然いなくなった。だけどその姿を忘れることなんて出来なくて、本人にも言った通り、朱音にとってのヒーローだ。
彼に憧れている。
彼のことは大好きだ。
この気持ちは恋なのだろうか?
朱音には、それが分からなかった。
「……分かるわけねぇじゃん。経験無いし」
呟いた直後、頭上でピコンという音がした。
そこに置かれているスマホが出した音だ。
朱音は体を回転させてうつ伏せになり、スマホを手に取った。
『デート、楽しんでますか(((o(*゜▽゜*)o)))?」
朱音は深く溜息を吐いて、既読無視するか悩んだ末に、一言だけ返信した。
連絡先しらない
すると直後に反応がある。
『アチャー(つД`)ノ』
アチャーじゃねぇよ。
心の中で言って、スマホから手をはなす。
数秒後、初期設定のままの着信音が鳴り始めた。
朱音は目を細めて、とても嫌そうな表情で電話に出る。
「……」
朱音は無言のまま相手の言葉を待った。
耳に近付けたスマホからはザーというノイズに似た音だけが聞こえてくる。
『いまからティーパーしませんかっ?』
いっそ清々しいくらいに開き直った明るい声。
朱音はすっかり脱力して、
「明日はどう? 今日はなんか動きたくない」
『わぁりゃした! せっかくなんでバッチリ準備しますね! ……お詫びの意味も込めて』
「べつに怒ってないから気にすんな」
ということがあって、翌日。
12月26日。
朱音はパーティ会場の近くにあるモールでふらふら歩いていた。
どこでパーティをするのか聞いていなかった朱音は、どうせ居酒屋か誰かの部屋で騒ぐだけだろうと思っていた。だから、マジでパーティ会場を確保したと電話で聞いた時には驚いた。
使う金の量は居酒屋で飲むのと対して変わらないだろうが、この時期に会場を確保するのは難しいはずだ。奇跡的にキャンセルで空きが出来たか、あるいは……。
「あいつら変なコネ持ってるからな……」
呟きながら立ち止まって、右手の腕時計で時間を確認した。
ここからパーティ会場までは徒歩で二十分くらい。
雪道であることを考慮すると三十分近くかかるだろうか。
逆算すると、そろそろ向かった方が良さそうだ。
朱音は薄いTシャツの上に着たコートのポケットに手を入れて、ゆっくりと歩き始めた。
朱音はあまり服を持っていない。そもそもサイズ的に着られる服が少ないのだが、衣服に着ること以外の機能を求めていないのも理由のひとつだ。
言葉遣いと合わせて、我ながら男みたいな女だなと朱音は思う。
その時、たまたま視線の先に手鏡があった。
見るとそこは雑貨屋で、手鏡は出入口の棚に飾られているものらしい。
朱音はなんとなく近付いて、手鏡に自分の姿を映した。
「……べつに、見た目は普通に女だよな」
角度を変えたり、ちょっと表情を付けてみたり。
朱音の肌は白い。特に化粧をしているわけでも、太陽を避けているわけでもないのに、外人さんみたいに白い。瞳の色は日本人らしく茶色だけれど、これも少しだけ白っぽい感じがする。
「……むしろイケてる方じゃね? いやいや、これなら龍誠の方が可愛い……とか言ったら怒るかな」
口元に手を当てて、くすくすと笑う。
直後にハッとして、強く唇を噛んだ。
「何やってんだ、恥ずかしい……」
俯いて、そそくさと逃げるようにして立ち去る。
これも全てあいつらのせいだ。パーティでは覚悟してろよ。
そう思った朱音の耳に、ふと聞き覚えのある声が届いた。
……龍誠?
そんなまさかと思いつつ、声のした方に目を向ける。
「あいつ、こんなところで何してんだ?」
龍誠の姿を見付けた瞬間、面白いくらい頬が緩んだことに本人は気が付いていない。
よし、こっそり近付いて脅かしてやろう。
ゆっくり、ゆっくり……へへ、龍誠のやつ全然気が付いてない。
このまま後ろから……って、え?
「ぷにぷに」
ぷにぷに。じゃねぇよ、なんだあのガキ。
龍誠のやつ絡まれてんのか?
その割には距離感が近いっていうか、他人って感じしねぇな。
なら……親戚の子供? そんなの龍誠にいたっけ?
「みさきは女の子だからな」
なにあいつ、嬉しそうな顔しやがって。
なんか、親子みたいな……龍誠、子供いたのか?
……気になる。
こうして、朱音は少し離れたところで二人の姿をじーっと睨んでいた。
じーっと睨んで、睨んで、睨んで……。
……うわ、なんか急にくるくる回り始めた。バカじゃねぇのあいつ。見てる奴みんな笑ってるし……てか、なんかこっちが恥ずかしいし!
「いつまでやってんだ!」
朱音は鼻息荒く龍誠に近付いて、拳を突き出した。
「え、あれ、避けられた?」
確実に当たると思っていた拳を避けられて驚く朱音。
「なんだ朱音か。ビックリしたじゃねぇか」
「なんだって何だよ」
龍誠の言葉に、朱音は不機嫌そうな目を向けた。
……なんか扱いが雑でムカツク。
「この子、なに?」
龍誠が抱いている女の子に近付いて、問いかけた。
「だれ?」
女の子はきょとんとした表情で、逆に言った。
……いやそれオレの台詞だし。
「みさきはみさき。こっちは朱音だ」
と、龍誠。
なるほど、みさきって名前なのか。いやそれだけじゃなんも分かんないっつうか、聞きたいのそういうことじゃねぇし。
「親戚か何かの子供?」
「いや、見ての通り親子だ」
その言葉を聞いて、どうしてか朱音は背筋に冷たい物を感じた。
おやこ、オヤコ、親子。
いま、龍誠は間違いなく親子と口にした。
それって、つまり……。
「……龍誠、結婚してたのか?」
「してない」
「でも親子って今」
「まぁいろいろあるんだよ」
「いろいろ……?」
「あぁ、いろいろだ」
いろいろって何だよ!?
気になる……でも、なんか話す気なさそうだし。話せないような内容ってことか?
結婚してないけど親子で、人には話せない……それってつまり、避妊に失敗したけど、とりあえず産ませて、そっから先は知らないとかいう……って龍誠はそんなやつじゃねぇし! そもそもガキと一緒にいるの龍誠じゃねぇか!
じゃあ何だ?
なんかの理由で会えなくなったとか?
でも子供産んどいて夜逃げとかは無いだろうし……てことは、もう逢えないとかそういう。
つうか待てよ、このガキ何歳だ?
すげぇ小さいけど、五歳くらいか?
そうなると、龍誠のやつ、あのあと直ぐに子供作ったってことか!?
いやそんなことはねぇだろ……でも……ああもう! ワケわかんねぇ!
「だいじょうぶ?」
だいじょうぶ? じゃねぇよ! おまえのせいで悩んでるんだっつうの!
「おまえ、なに」
「んー?」
ちっくしょう……なんか可愛いなこのガキ。
「この人はおまえのパパ?」
「りょーくん」
「お兄さんなのか?」
「りょーくん」
おい龍誠、どういうことなんだよ!
「みさきとの関係を話すと長くなる。まぁ、気にするな」
「……気になるから聞いてんじゃんか」
親子、なのか?
でも龍誠には似てない気がするし……母親似なのかな?
あと、なに、りょーくんって。
超仲良さそうじゃん。
それはそうと、パパって呼ばないってことは、やっぱり親子とかじゃなくて、もっと別の関係ってことなのか……?
ああもう、考えても分かんねぇし!!
つうか、何分経った? ……うげっ、もうこれ走らないと間に合わねぇじゃん。
「用事あるから。また今度ゆっくり聞かせろ」
「分かった。ところで用事って何だ?」
「パーティみたいなやつ」
「そうか、楽しんで来いよ」
楽しんで来いじゃねぇよ呑気に言いやがって〜!
……ああクソっ、気になる。
絶対いつかちゃんと聞き出してやるからな!
定時を迎えた従業員達は着替えをしていた。
「イヴに全員出席とか、ウチらヤバくない?」
\やばーい/
「まぁでもクリスマスにキャバ来るようなオッサンの相手するよりバリマシっしょ?」
\分かる分かるー/
ここにいる従業員達は、工場とは縁の無さそうな女性ばかりだ。みな同じ日本人だけれど、肌の色も髪の色も違う。耳にピアスがあるのは当たり前で、鼻や舌にまでつけている者もいる。
彼女達の中に穏やかな出自や経歴を持つ者はいない。共通点があるとすれば、それは朱音を慕っているという一点に尽きるだろう。誰もが偶然によって朱音と出会い、その人柄に惚れ、ここに居る。
「てか姉《あね》さんはどうなん? 仕事してる場合じゃなくね?」
「だよね。マジ運命の再会ってか、ドラマチック過ぎて死んだと思ってた乙女心が蘇ったし」
「分かるー! 姉さんは何も無いって言ってるけど、絶対うそだよね〜」
「姉さん、ああ見えてウブだからなぁ……夢に向かって真っ直ぐって感じがして、そういうところがいいんだけどッ……あぁ! もやもやする!」
――という話し声を、朱音は更衣室の前で聞いていた。
作業を終えて更衣室に向かった朱音は、しかしドアに触れた瞬間に聞こえた話し声で動きを止めた。まったく、あいつらまた好き勝手なことを……と思いつつも、なんだか間が悪くてドアを開ける気にはなれない。
話が一段落したら中に入ろう。
しかし彼女達の話し声は収まるどころかボルテージを増していく。
果たして、朱音は自由なクリスマスを手に入れた。
「あいつら……」
朝。布団の上で目を覚ました朱音は、昨日のことを思い出して恨めしげに呟いた。
「べつに、龍誠とはそういうのじゃねぇし……」
クリスマスは一緒に過ごしてくださいとのことだが、そもそも朱音は龍誠と連絡を取る手段が無い。
龍誠の勤める会社に連絡することは出来るが、それはあまりにも非常識だろう。
こうして朱音は暇になった。
朱音が住んでいるのは、1DKの賃貸アパートだ。寝て起きるだけの場所だから、内装は部屋を借りたばかりの時と変わっていない。
床は畳で、広さは六畳。壁は叩けば崩れ落ちそうな砂の壁。天井はそこそこ綺麗な木材で、真ん中にはリモコンで操作するタイプの照明が取り付けられている。
畳の上に敷いた布団に寝転がったままの朱音は、ぼんやりと天井を見つめていた。
朱音の腹部は掛け布団によって隠れているけれど、足までは届いていない。
足元には窓があって、そこから差し込む日光が素足に当たって程良く暖かい。
静かで心地良い朝。
しかし二度目の眠りは一向に訪れない。
それはもちろん、考え事をしているからだ。
父の遺した工場を奪われた後は、とにかく大変だった。
天涯孤独である朱音の面倒を見てくれる大人はおらず、早々に工場から去った人達を頼る気にもなれなかった。
本来なら工場を売り渡したことによって朱音には大金が与えられるはずだったが、未成年であるという理由から「保護者」が代理で受け取ることになった。もちろん朱音は「保護者」のことを知らないし、そんな人物が実在するかどうかすら怪しい。
果たして、朱音はホームレス生活を強いられた。
残飯を漁り、公園で蛇口をひねって命を繋ぐ。そんな生活をしていた。
あまりにも惨めな生活に何度も自殺を考えたが、その度に龍誠の姿が頭に浮かんだ。
龍誠はこれくらいじゃ諦めない。
そうして生き続けた朱音は、やがて自分と似たような境遇の少女と出会った。
彼女と仲良くなることで、また別の出会いがあった。
そんなことを繰り返し、気が付けば今に至る。
だから恋愛がどうとか、そういうことを考える時間は無かった。
とにかく生きるのに必死だったからだ。
では今はどうか。
朱音はどうにか普通と呼べるだけの生活を手に入れ、何かを考える余裕もある。
そのうえで、龍誠のことを考えてみた。
龍誠は突然現れて、そして突然いなくなった。だけどその姿を忘れることなんて出来なくて、本人にも言った通り、朱音にとってのヒーローだ。
彼に憧れている。
彼のことは大好きだ。
この気持ちは恋なのだろうか?
朱音には、それが分からなかった。
「……分かるわけねぇじゃん。経験無いし」
呟いた直後、頭上でピコンという音がした。
そこに置かれているスマホが出した音だ。
朱音は体を回転させてうつ伏せになり、スマホを手に取った。
『デート、楽しんでますか(((o(*゜▽゜*)o)))?」
朱音は深く溜息を吐いて、既読無視するか悩んだ末に、一言だけ返信した。
連絡先しらない
すると直後に反応がある。
『アチャー(つД`)ノ』
アチャーじゃねぇよ。
心の中で言って、スマホから手をはなす。
数秒後、初期設定のままの着信音が鳴り始めた。
朱音は目を細めて、とても嫌そうな表情で電話に出る。
「……」
朱音は無言のまま相手の言葉を待った。
耳に近付けたスマホからはザーというノイズに似た音だけが聞こえてくる。
『いまからティーパーしませんかっ?』
いっそ清々しいくらいに開き直った明るい声。
朱音はすっかり脱力して、
「明日はどう? 今日はなんか動きたくない」
『わぁりゃした! せっかくなんでバッチリ準備しますね! ……お詫びの意味も込めて』
「べつに怒ってないから気にすんな」
ということがあって、翌日。
12月26日。
朱音はパーティ会場の近くにあるモールでふらふら歩いていた。
どこでパーティをするのか聞いていなかった朱音は、どうせ居酒屋か誰かの部屋で騒ぐだけだろうと思っていた。だから、マジでパーティ会場を確保したと電話で聞いた時には驚いた。
使う金の量は居酒屋で飲むのと対して変わらないだろうが、この時期に会場を確保するのは難しいはずだ。奇跡的にキャンセルで空きが出来たか、あるいは……。
「あいつら変なコネ持ってるからな……」
呟きながら立ち止まって、右手の腕時計で時間を確認した。
ここからパーティ会場までは徒歩で二十分くらい。
雪道であることを考慮すると三十分近くかかるだろうか。
逆算すると、そろそろ向かった方が良さそうだ。
朱音は薄いTシャツの上に着たコートのポケットに手を入れて、ゆっくりと歩き始めた。
朱音はあまり服を持っていない。そもそもサイズ的に着られる服が少ないのだが、衣服に着ること以外の機能を求めていないのも理由のひとつだ。
言葉遣いと合わせて、我ながら男みたいな女だなと朱音は思う。
その時、たまたま視線の先に手鏡があった。
見るとそこは雑貨屋で、手鏡は出入口の棚に飾られているものらしい。
朱音はなんとなく近付いて、手鏡に自分の姿を映した。
「……べつに、見た目は普通に女だよな」
角度を変えたり、ちょっと表情を付けてみたり。
朱音の肌は白い。特に化粧をしているわけでも、太陽を避けているわけでもないのに、外人さんみたいに白い。瞳の色は日本人らしく茶色だけれど、これも少しだけ白っぽい感じがする。
「……むしろイケてる方じゃね? いやいや、これなら龍誠の方が可愛い……とか言ったら怒るかな」
口元に手を当てて、くすくすと笑う。
直後にハッとして、強く唇を噛んだ。
「何やってんだ、恥ずかしい……」
俯いて、そそくさと逃げるようにして立ち去る。
これも全てあいつらのせいだ。パーティでは覚悟してろよ。
そう思った朱音の耳に、ふと聞き覚えのある声が届いた。
……龍誠?
そんなまさかと思いつつ、声のした方に目を向ける。
「あいつ、こんなところで何してんだ?」
龍誠の姿を見付けた瞬間、面白いくらい頬が緩んだことに本人は気が付いていない。
よし、こっそり近付いて脅かしてやろう。
ゆっくり、ゆっくり……へへ、龍誠のやつ全然気が付いてない。
このまま後ろから……って、え?
「ぷにぷに」
ぷにぷに。じゃねぇよ、なんだあのガキ。
龍誠のやつ絡まれてんのか?
その割には距離感が近いっていうか、他人って感じしねぇな。
なら……親戚の子供? そんなの龍誠にいたっけ?
「みさきは女の子だからな」
なにあいつ、嬉しそうな顔しやがって。
なんか、親子みたいな……龍誠、子供いたのか?
……気になる。
こうして、朱音は少し離れたところで二人の姿をじーっと睨んでいた。
じーっと睨んで、睨んで、睨んで……。
……うわ、なんか急にくるくる回り始めた。バカじゃねぇのあいつ。見てる奴みんな笑ってるし……てか、なんかこっちが恥ずかしいし!
「いつまでやってんだ!」
朱音は鼻息荒く龍誠に近付いて、拳を突き出した。
「え、あれ、避けられた?」
確実に当たると思っていた拳を避けられて驚く朱音。
「なんだ朱音か。ビックリしたじゃねぇか」
「なんだって何だよ」
龍誠の言葉に、朱音は不機嫌そうな目を向けた。
……なんか扱いが雑でムカツク。
「この子、なに?」
龍誠が抱いている女の子に近付いて、問いかけた。
「だれ?」
女の子はきょとんとした表情で、逆に言った。
……いやそれオレの台詞だし。
「みさきはみさき。こっちは朱音だ」
と、龍誠。
なるほど、みさきって名前なのか。いやそれだけじゃなんも分かんないっつうか、聞きたいのそういうことじゃねぇし。
「親戚か何かの子供?」
「いや、見ての通り親子だ」
その言葉を聞いて、どうしてか朱音は背筋に冷たい物を感じた。
おやこ、オヤコ、親子。
いま、龍誠は間違いなく親子と口にした。
それって、つまり……。
「……龍誠、結婚してたのか?」
「してない」
「でも親子って今」
「まぁいろいろあるんだよ」
「いろいろ……?」
「あぁ、いろいろだ」
いろいろって何だよ!?
気になる……でも、なんか話す気なさそうだし。話せないような内容ってことか?
結婚してないけど親子で、人には話せない……それってつまり、避妊に失敗したけど、とりあえず産ませて、そっから先は知らないとかいう……って龍誠はそんなやつじゃねぇし! そもそもガキと一緒にいるの龍誠じゃねぇか!
じゃあ何だ?
なんかの理由で会えなくなったとか?
でも子供産んどいて夜逃げとかは無いだろうし……てことは、もう逢えないとかそういう。
つうか待てよ、このガキ何歳だ?
すげぇ小さいけど、五歳くらいか?
そうなると、龍誠のやつ、あのあと直ぐに子供作ったってことか!?
いやそんなことはねぇだろ……でも……ああもう! ワケわかんねぇ!
「だいじょうぶ?」
だいじょうぶ? じゃねぇよ! おまえのせいで悩んでるんだっつうの!
「おまえ、なに」
「んー?」
ちっくしょう……なんか可愛いなこのガキ。
「この人はおまえのパパ?」
「りょーくん」
「お兄さんなのか?」
「りょーくん」
おい龍誠、どういうことなんだよ!
「みさきとの関係を話すと長くなる。まぁ、気にするな」
「……気になるから聞いてんじゃんか」
親子、なのか?
でも龍誠には似てない気がするし……母親似なのかな?
あと、なに、りょーくんって。
超仲良さそうじゃん。
それはそうと、パパって呼ばないってことは、やっぱり親子とかじゃなくて、もっと別の関係ってことなのか……?
ああもう、考えても分かんねぇし!!
つうか、何分経った? ……うげっ、もうこれ走らないと間に合わねぇじゃん。
「用事あるから。また今度ゆっくり聞かせろ」
「分かった。ところで用事って何だ?」
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