日刊幼女みさきちゃん!

下城米雪

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最終章 孤独を越えて

相互お泊まり(前)

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 結衣の提案は、最終的に「相互お泊り」で着地した。

 奇数の週は俺の部屋。
 偶数の週は結衣の部屋。

 一週間交代で互いの部屋に泊まること。
 これが「相互お泊り」の意味である。

 これなら、引っ越しのように大きな準備が不要となる。そもそも俺達のマンションは徒歩三十分程度の位置にある為、何かあれば取りに戻ることが簡単に出来る。

 相互お泊り初日。
 偶数週ということで、戸崎家からのスタート。

 月曜日の夜。
 とりあえず一週間分の着替えを大きめのリュックに詰めて、俺とみさきは家を出た。

 部屋に着くと、美味しそうな匂いが俺達を歓迎した。どうやら晩御飯を用意してくれていたようで、さっそく食卓を囲むことになった。

「トマトがない! ばんざーい!」
「ゆい、お行儀が悪いですよ」

 いきなり叱られたゆいちゃんは見て、思わず頬が緩んだ。
 その直後、みさきが俺の肩を引く。

「どうした?」

 みさきはコクリと頷いて料理に目を向けた。
 それから両手を合わせて、

「いただきます」

 軽く頭を下げた後、また俺に目を向けた。

「はは、みさきはお行儀が良いですね」

 ちょっとだけ結衣の口調をマネて、みさきの頭を撫でる。みさきは気持ち良さそうに目を細めて、グッと俺の手に頭を押し付けた。

「……」
「……」

 ふと視線を感じて、結衣に目を向ける。

「いただきます」

 どうした?
 目で問いかけると、結衣は何も言わずに手を合わせた。それから俺に目を向けて……やっぱり何も言わない。

 本当にどうしたんだ?
 そう思っていると、ゆいちゃんが「はい!」と言って手を挙げた。

「ママもなでなでしてほしいそうです!」

 ゆいちゃんの元気いっぱいな言葉。
 ほんの少し前の俺なら、それほど気に留めなかっただろう。

 しかし、今の俺にはなんとなく分かってしまう。
 ……マジで撫でて欲しそう。

「……」

 いやいやいや、そんな目で見るなって。
 無理に決まってんだろ、みさきも見てんだぞ。

「……」

 だから無理、無理だって。

「…………」

 やめろぉ!
 
「みさき、みてみて、目で会話してるよ?」
「……ん?」

 ――このようにして、俺と結衣のプチ同棲生活が始まったのだった。


 *


 俺は緊張していた。

 なぜって?
 結衣が、風呂に入っているからだ。

 もちろん小日向さんの時と同じようなハプニングなど起こらないと分かっている。ゆいちゃんとみさきを連れて浴室へ向かった結衣は、確かに着替えを持っていた。

 しかし、しかしである。
 一人だけ外で待ち続ける俺は……それは、もう、いつ飛び込もうかと、そんなことばかりを

「考えてねぇぞ、考えてねぇからな」

 と悶えていたのは一時間前。
 今、俺は結衣と同じベッドの中にいる。

 ……待て待て、なんだこの急展開!?

 寝室は二つ。
 みさきとゆいちゃんは一緒のベッドで寝るとして、俺はソファか何かを使う予定だった。しかし言葉巧みにソファから引き離され、彼女の部屋に連れ込まれた。

 初めて入った部屋は、彼女の為人ひととなりを表すかの如くシンプルだった。整理整頓されているというより、そもそも物が少ない。見る物が少ない代わりに、とても甘い匂いがした。

 その匂いに頭をやられたのかもしれない。
 気が付けば、結衣と背中合わせで横になっていた。

 どれくらいの時間が経過しただろう。
 同じ布団に入ったからといって、特に何をするわけでもない。単純に他の場所が無い(ということになった)から、ここで寝るだけだ。そう、寝るだけ――眠れるわけねぇだろ、こんなん。

 結衣との関係が変わり始めてから半月が経った。
 彼女と再会してからの時間ならば、みさきと大差ない。もちろん密度は違うけれど、少なくともこの一年間は、ほとんど彼女と共に過ごした。

 決して短くはない時間を経て、俺と結衣は気の置けない関係になった。それが短期間で激変している。

 何より変化したのは、きっと俺自身だ。最近の俺は、ふと気が付けば彼女のことを考えている。

 今は何をしているのだろうとか、そんなどうでもいいことが気になってしまう。

 声を聞くと気が安らいで、姿を見ると心が踊る。
 ほんの少し前までは目を合わせて普通に話をしていたのに、今では照れてしまって難しい。

「……起きていますか?」
「……ああ、起きてる」

 びっくりした、結衣も起きてたのか。
 そう思いながら返事をして、少し時間が経ってから、背後で動きを感じた。

「私は、ずっと我慢していました」

 直前よりも近くで聞こえた声に、心臓が跳ねた。
 我慢ってなんだ、何をいってるんだこいつは。

「あの人形劇……いいえ、小学校での出来事から、ずっと龍誠くんのことが気になっていました。しかし、龍誠くんは違う。私に特別な感情を抱いてはいない。私はただの友人でしかない」

 ……そんな風に思ってたのか。

「正直、そのままでも良いと思っていました。だけど二週間前……龍誠くんから、思わぬ誕生日プレゼントを貰ってしまった。それ以来、どうにも抑えられません。気が付けば舞い上がって、後で悶絶するほどの羞恥に襲われるということを繰り返しています」

 そっと、結衣は俺の背に手を当てた。
 その手から伝わる熱には、体温以外の物も含まれているような気がした。もちろん錯覚なのだろうけれど、それくらい熱くて、広くて、心地良かった。

「龍誠くんは、どうですか?」

 彼女は静かに問い掛ける。

「二週間前は、一年前よりも魅力的に見えると言ってくれました。では今は……今の私は、二週間前と比べて、どう思いますか?」

 その声には微かな不安と、多くの期待が含まれているような気がした。
 きっと結衣には分かっている。彼女は人の心を見抜く術に長けているのだから、俺自身よりも、俺の変化を認識しているに違いない。そのうえで、今の言葉を投げかけた。

 その真意は分からない。きっと考えたところで、いつまでも分からないままだ。
 だから俺は、ただ正直に答えることにした。

「…………」

 果たして言葉は出てこなかった。自分の中で今迄に無い感情が芽生えていることは理解できるのに、それを表現する為の言葉が出てこない。だったら、言葉以外の方法で伝えよう。

 俺は背中に手を回して、結衣の手を掴んだ。
 突然のことに驚いたのかビクリと震えたのが分かる。

 俺は構わず彼女の手を引いて、自分の胸に押し当てた。

「二週間前は、もっと静かだった」
「……そう、ですか」

 結衣は、とても小さな声で返事をした。
 そのまま俺達は動きを止める。

 それっきり、会話は無かった。
 しかし静寂はいつまでも訪れない。

 ドクン、ドクンと。
 急激な変化に振り回される鼓動が、戸惑いの声を上げ続けていた。
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