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第二章 機械仕掛けのあなたでも
十八話 ヒューマンサーチ
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穏やかな昼下がり、人影は古ぼけた茶色の戸を叩く。
抱えきれない程の不安を胸に、その人影は扉の前に立っていた。やがて足音が聞こえ、扉が開く。
招かれるままに人影は扉をくぐった、その先に希望があると信じて。
「いらっしゃいませ、コーヒーで大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
リウはそれを聞くと、少し駆け足でキッチンへ向かう。
ソファーに座った中年の男は、物珍しそうに部屋の中を見回していた。最新機器がほとんど見られない時代遅れの部屋、傷んだソファーに使い込まれたテーブル。
部屋を包んだ香りは悪いものでは無さそうだが、少々強めに吹きすぎたのか必要以上に男の鼻をついた。
シギは男の前に座り、何枚かの必要書類をテーブルに広げた。
「えーと、一応お名前とご住所を。それから血液検査とアンチメタモル検査を受けていただきます」
「な……! 馬鹿な、私は人間だ! 見たところまだ若いようだが、依頼人に対して無礼では無いかね!?」
男は自分の正面に座るシギに向かってわめきたてる、アンチメタモル検査は人間かアンドロイドつまり人造人間かを判断するための検査だ。
現在ヒト型に限らず、動物型など様々な形のアンドロイドが造られ人間の社会に入り込んでいる。
超高性能AIの搭載や、人工関節や人工人皮などの技術の向上によりすでにその動きや仕草、肌の質感や受け答え、表情などは人間とほとんど変わらない。人間に近いロボットではなく、人間に等しいロボットが完成している。
それがどれだけ完成度が高いかというのは、ヒト型アンドロイドたちが人間たちに好意的に受け入れられている事こそが証拠だ。
人は不気味の谷を越えたのだ。
だがもちろんいくつか問題もあり、その一つが人間との入れ替わりだ。
実際にあった事例として、ある企業に勤める男が敵対する企業によって攫われた。彼はすぐに殺されてしまったが彼の死から十年もの間、妻や子供たちは父親が殺された事に気付けなかった。
それは父親と同じ顔をしたアンドロイドが、彼と入れ替わっていたからである。
アンドロイドには、彼が殺される寸前に脳から吸い上げた今までの人生、仕草、本人ですら気づいていないような記憶がインプットされており、三人の子供たちはもちろん妻ですら入れ替わりに気付けなかった。
そしてそのアンドロイドは、男になりすまし十年間産業スパイとして働き大量の機密情報を盗み出した。
ちなみに彼がアンドロイドだと判明したのは、三男が金の工面を父親に頼みそれを断られた事で逆上した彼が父親アンドロイドをめった刺しにしたからである。
そういった事を踏まえて、バグウェットたちは仕事を受ける際は必ず人間かどうかを判断してから仕事を受ける。アンドロイドに自分たちの懐を探らせる人間がいない、そう言い切れる時代が来るまでは。
「そう言われましても、うちの上司の意向でして」
シギの言葉と共に、顔を赤く腫らしたバグウェットが床から起き上がる。
「そういう事だ、時間は大して取らせねえ。大人しく従ってくれ」
その風貌に男は何も言えず、渋々ながらも検査を受ける事にした。
「血液も問題無し、アンチメタモルの結果も……九十九パーセント人間って出ました」
「よし、じゃあさっそく仕事の話をするか。パトリックさんよ」
リウはパトリックの前にコーヒーを置き、バグウェットの隣に座る。
三人の前に座ったパトリックは、突然の検査に少し不機嫌そうだったがシギの丁寧な説明で一応は納得したらしい。
「分かった、早速だがこれを見てくれ」
パトリックは一枚の写真を取り出した、そこには彼とは似ても似つかない美しい少女が写っている。穏やかな青い瞳、透き通るような白い肌。肩まで伸びた金色の髪は、写真からでもその美しさが分かる。
「わあ……綺麗な子」
「なるほど、こりゃ相当なベッピンだ。ここまでの美人はこの街でもそうはお目にかかれねえな」
「そうだろう、中々分かってるじゃないか」
「それで? この女性がどうかしたんですか?」
シギの言葉にパトリックは顔を曇らせる、その表情には不安と怒りにも似た感情が垣間見えた。
「今回の依頼はその写真の……私の娘を探して欲しいんだ」
『娘ぇ!?』
三人はほぼ同時に声を上げた、だがそれも無理からぬ事だ。
パトリックが娘だと言った写真の少女は、前述のとおり彼とは似ても似つかない。共通点といえば青い瞳と金色の髪くらいなものだ、残念ながらパトリックはお世辞にも顔が整っているとはいえない。鼻は大きく、少女の大きな瞳とは違い目も細い。
腹はだらしなく飛び出しており、数少ない共通点である髪すら少なくなっていた。
「なあパトリックさんよ、気を悪くしたらすまないんだが……本当にあんたの娘か?」
「何を言うか! よく見ろ、この髪にこの目! 私と瓜二つじゃないか」
そう言われ、三人はもう一度その少女とパトリックを見比べる。
だがそれは、彼らの疑惑を深めるばかりで何一つ事態は好転しなかった。
「ま、まあいい。とりあえずそういう事にしとく、で? 何だっていなくなっちまったんだ? 親に何も言わずにいなくなるようにゃ見えねえけどな」
引っかかるところは多々あるが、このままでは話が進まない。パトリックは自分の中の騒ぎだしそうな心を押し殺し、話し始めた。
「娘のエルはあんたの言う通り、素直で本当に良い子だった」
彼の娘、エル・オーラスは素直で親思いの実に良くできた娘だった。
容姿端麗、頭脳明晰と人が羨む全てを持つ彼女を、パトリックは目に入れても痛くないほど溺愛していた。娘を立派に育て上げ守り抜く事、それが彼女が三歳の時に亡くなった妻の遺言だった。
それからは親子二人支え合いながら生活を続け、大学卒業までパトリックは娘を育て上げた。
エルの就職先も決まり、これで少しは落ち着けるかと思った矢先、娘と懇意にしている男がいる事を彼は人づてに知る。
大切に大切に育て上げた娘をどこぞの馬の骨ともしれない男に渡せるか、そう憤慨したパトリックはすぐさま男の素性を探った。
「それで相手をボコボコにしたと……子離れできない親を持った娘は大変だな」
「絵に描いたようなクソ親ですね」
「最低!」
「……待て待て、話を勝手に進めるな。これでも私はいくつかの会社を経営する立場ある人間だ、そんな野蛮な事をするはずがないだろう」
「なるほど、じゃあ丁寧に社会的に抹殺したとかか? 個人情報をばらまいたりとか、根も葉もない噂をでっち上げたりとか」
「見上げた悪党ですね」
「人でなし!」
「いい加減にしろこの馬鹿どもが! 話を最後まで聞け!」
咳ばらいをし、パトリックは再び話し始めた。
エルと懇意にしていたのは彼女と同じ大学に通っていた、バーウィンという男だった。見た目は純朴な青年だが、それはあくまで見せかけで実はとんでもない悪党に違いない。娘を想うあまりパトリックは、脳内で彼を悪党にしてしまっていた。
だが調べれば調べるほどこのバーウィンという男には、欠点らしい欠点が見つからなかった。
赤子の時、孤児院に捨てられたという生い立ちを恨む事無く勉学に励み、その優秀さから特待生として彼は大学に入学した。
常に明るく周りに優しい彼は大学の友人や、アルバイト先の同僚たちからも評判が良く、彼の事を悪く言う人間はほとんど見つからなかった。
それでもパトリックは納得できず娘にバーウィンの事を問いただした、なぜ父が彼の事を知っているのかとエルは驚いたが、理由を素直に話した父を強く咎める事はせず、ただバーウィンのとの出会いやどれだけ彼が素晴らしい人間かを赤裸々に話した。
その話を聞いているうちにパトリックは、彼に会ってみたくなった。
そんなに素晴らしい人間なら、是非とも一目見てやろうと半ばヤケクソ気味に娘に頼み、バーウィンとの会食を取り付けた。
そして実際に会う日、彼は色褪せたスーツを着てパトリックの前に現れた。
まず彼は自分と会う時間を作ってくれた事に対して礼を言い、そしてみすぼらしいスーツしか持っていないため、見苦しい物を見せたとパトリックに頭を下げた。
「正直に言うと奴の姿を見た時に怒鳴ってやろうと思ったんだ、娘は渡さんとな。だがあんまりにも申し訳なさそうに頭を下げるもんで、つい強く言いそびれてしまったんだ」
始まった会食の雰囲気は、恐ろしい程に良かった。
頭も良く気の利くバーウィンとの会話は、二十以上も離れている人間としているとは思えないほどパトリックにとって有意義なものだった。
「それで最後に奴は言ったんだ、娘さんを僕に任せて下さいとな。まったく憎たらしい奴だったよ、娘をくれと言おうもんなら娘は物じゃないと怒鳴りつけてやるところだったというのにな」
そう言ってパトリックは笑う、バーウィンは結局最後まで彼に悪い印象を抱かせないまま帰っていった。
「あんたは何て答えたんだ?」
「ふん、不本意だったが結婚を前提にした交際は認めてやった。もし娘を泣かせるような事があれば殺してやるともな」
「良い話じゃないか、でもめでたしめでたしとは……ならねえんだろ?」
「……ああ、二人は順調だった。あの日まではな」
「何があった?」
パトリックは顔をしかめ、足の上に置いた拳を強く握る。
悔しさ、無念さ、やるせなさが彼から滲む、三人は次に彼が話すだろう言葉の内容におおよそ見当がついていた。
「……バーウィンは死んだ、殺されたんだ。路上で強盗にあってな」
「そりゃ……気の毒に」
バーウィンが死んだ事によるエルのショックは凄まじく、まともに食事も取らずただ窓際に座りぼうっと外の景色を眺めているだけの日々を過ごしていた。
パトリックは父として何かできる事は無いかと考えたが、何一つ効果的な案は浮かばない。ただ日に日にやつれていく娘を、見ている事しかできなかった。
「分からないですね、その抜け殻のようになったお嬢さんがどうしていなくなるんです?」
「これを見てくれ」
そう言ってパトリックはポケットから一枚のチラシを取り出し、テーブルの上に置いた。
「なになに……『恋しいあの人にもう一度、ヒューマンリノベーション』だあ? 聞いた事ねえな」
「何でも死んだ恋人や家族そっくりのアンドロイドを作っている会社らしい、おそらく娘はそこに行ったのではないだろうか」
「なるほどね、分かった。娘を見つけて連れ帰ればいいんだな?」
「ああ! 頼む、どうか……どうか娘を……」
そう言ってパトリックは頭を下げる、バグウェットは渡されたチラシのニコニコと笑うアンドロイドを見て少し顔を歪ませた。
抱えきれない程の不安を胸に、その人影は扉の前に立っていた。やがて足音が聞こえ、扉が開く。
招かれるままに人影は扉をくぐった、その先に希望があると信じて。
「いらっしゃいませ、コーヒーで大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
リウはそれを聞くと、少し駆け足でキッチンへ向かう。
ソファーに座った中年の男は、物珍しそうに部屋の中を見回していた。最新機器がほとんど見られない時代遅れの部屋、傷んだソファーに使い込まれたテーブル。
部屋を包んだ香りは悪いものでは無さそうだが、少々強めに吹きすぎたのか必要以上に男の鼻をついた。
シギは男の前に座り、何枚かの必要書類をテーブルに広げた。
「えーと、一応お名前とご住所を。それから血液検査とアンチメタモル検査を受けていただきます」
「な……! 馬鹿な、私は人間だ! 見たところまだ若いようだが、依頼人に対して無礼では無いかね!?」
男は自分の正面に座るシギに向かってわめきたてる、アンチメタモル検査は人間かアンドロイドつまり人造人間かを判断するための検査だ。
現在ヒト型に限らず、動物型など様々な形のアンドロイドが造られ人間の社会に入り込んでいる。
超高性能AIの搭載や、人工関節や人工人皮などの技術の向上によりすでにその動きや仕草、肌の質感や受け答え、表情などは人間とほとんど変わらない。人間に近いロボットではなく、人間に等しいロボットが完成している。
それがどれだけ完成度が高いかというのは、ヒト型アンドロイドたちが人間たちに好意的に受け入れられている事こそが証拠だ。
人は不気味の谷を越えたのだ。
だがもちろんいくつか問題もあり、その一つが人間との入れ替わりだ。
実際にあった事例として、ある企業に勤める男が敵対する企業によって攫われた。彼はすぐに殺されてしまったが彼の死から十年もの間、妻や子供たちは父親が殺された事に気付けなかった。
それは父親と同じ顔をしたアンドロイドが、彼と入れ替わっていたからである。
アンドロイドには、彼が殺される寸前に脳から吸い上げた今までの人生、仕草、本人ですら気づいていないような記憶がインプットされており、三人の子供たちはもちろん妻ですら入れ替わりに気付けなかった。
そしてそのアンドロイドは、男になりすまし十年間産業スパイとして働き大量の機密情報を盗み出した。
ちなみに彼がアンドロイドだと判明したのは、三男が金の工面を父親に頼みそれを断られた事で逆上した彼が父親アンドロイドをめった刺しにしたからである。
そういった事を踏まえて、バグウェットたちは仕事を受ける際は必ず人間かどうかを判断してから仕事を受ける。アンドロイドに自分たちの懐を探らせる人間がいない、そう言い切れる時代が来るまでは。
「そう言われましても、うちの上司の意向でして」
シギの言葉と共に、顔を赤く腫らしたバグウェットが床から起き上がる。
「そういう事だ、時間は大して取らせねえ。大人しく従ってくれ」
その風貌に男は何も言えず、渋々ながらも検査を受ける事にした。
「血液も問題無し、アンチメタモルの結果も……九十九パーセント人間って出ました」
「よし、じゃあさっそく仕事の話をするか。パトリックさんよ」
リウはパトリックの前にコーヒーを置き、バグウェットの隣に座る。
三人の前に座ったパトリックは、突然の検査に少し不機嫌そうだったがシギの丁寧な説明で一応は納得したらしい。
「分かった、早速だがこれを見てくれ」
パトリックは一枚の写真を取り出した、そこには彼とは似ても似つかない美しい少女が写っている。穏やかな青い瞳、透き通るような白い肌。肩まで伸びた金色の髪は、写真からでもその美しさが分かる。
「わあ……綺麗な子」
「なるほど、こりゃ相当なベッピンだ。ここまでの美人はこの街でもそうはお目にかかれねえな」
「そうだろう、中々分かってるじゃないか」
「それで? この女性がどうかしたんですか?」
シギの言葉にパトリックは顔を曇らせる、その表情には不安と怒りにも似た感情が垣間見えた。
「今回の依頼はその写真の……私の娘を探して欲しいんだ」
『娘ぇ!?』
三人はほぼ同時に声を上げた、だがそれも無理からぬ事だ。
パトリックが娘だと言った写真の少女は、前述のとおり彼とは似ても似つかない。共通点といえば青い瞳と金色の髪くらいなものだ、残念ながらパトリックはお世辞にも顔が整っているとはいえない。鼻は大きく、少女の大きな瞳とは違い目も細い。
腹はだらしなく飛び出しており、数少ない共通点である髪すら少なくなっていた。
「なあパトリックさんよ、気を悪くしたらすまないんだが……本当にあんたの娘か?」
「何を言うか! よく見ろ、この髪にこの目! 私と瓜二つじゃないか」
そう言われ、三人はもう一度その少女とパトリックを見比べる。
だがそれは、彼らの疑惑を深めるばかりで何一つ事態は好転しなかった。
「ま、まあいい。とりあえずそういう事にしとく、で? 何だっていなくなっちまったんだ? 親に何も言わずにいなくなるようにゃ見えねえけどな」
引っかかるところは多々あるが、このままでは話が進まない。パトリックは自分の中の騒ぎだしそうな心を押し殺し、話し始めた。
「娘のエルはあんたの言う通り、素直で本当に良い子だった」
彼の娘、エル・オーラスは素直で親思いの実に良くできた娘だった。
容姿端麗、頭脳明晰と人が羨む全てを持つ彼女を、パトリックは目に入れても痛くないほど溺愛していた。娘を立派に育て上げ守り抜く事、それが彼女が三歳の時に亡くなった妻の遺言だった。
それからは親子二人支え合いながら生活を続け、大学卒業までパトリックは娘を育て上げた。
エルの就職先も決まり、これで少しは落ち着けるかと思った矢先、娘と懇意にしている男がいる事を彼は人づてに知る。
大切に大切に育て上げた娘をどこぞの馬の骨ともしれない男に渡せるか、そう憤慨したパトリックはすぐさま男の素性を探った。
「それで相手をボコボコにしたと……子離れできない親を持った娘は大変だな」
「絵に描いたようなクソ親ですね」
「最低!」
「……待て待て、話を勝手に進めるな。これでも私はいくつかの会社を経営する立場ある人間だ、そんな野蛮な事をするはずがないだろう」
「なるほど、じゃあ丁寧に社会的に抹殺したとかか? 個人情報をばらまいたりとか、根も葉もない噂をでっち上げたりとか」
「見上げた悪党ですね」
「人でなし!」
「いい加減にしろこの馬鹿どもが! 話を最後まで聞け!」
咳ばらいをし、パトリックは再び話し始めた。
エルと懇意にしていたのは彼女と同じ大学に通っていた、バーウィンという男だった。見た目は純朴な青年だが、それはあくまで見せかけで実はとんでもない悪党に違いない。娘を想うあまりパトリックは、脳内で彼を悪党にしてしまっていた。
だが調べれば調べるほどこのバーウィンという男には、欠点らしい欠点が見つからなかった。
赤子の時、孤児院に捨てられたという生い立ちを恨む事無く勉学に励み、その優秀さから特待生として彼は大学に入学した。
常に明るく周りに優しい彼は大学の友人や、アルバイト先の同僚たちからも評判が良く、彼の事を悪く言う人間はほとんど見つからなかった。
それでもパトリックは納得できず娘にバーウィンの事を問いただした、なぜ父が彼の事を知っているのかとエルは驚いたが、理由を素直に話した父を強く咎める事はせず、ただバーウィンのとの出会いやどれだけ彼が素晴らしい人間かを赤裸々に話した。
その話を聞いているうちにパトリックは、彼に会ってみたくなった。
そんなに素晴らしい人間なら、是非とも一目見てやろうと半ばヤケクソ気味に娘に頼み、バーウィンとの会食を取り付けた。
そして実際に会う日、彼は色褪せたスーツを着てパトリックの前に現れた。
まず彼は自分と会う時間を作ってくれた事に対して礼を言い、そしてみすぼらしいスーツしか持っていないため、見苦しい物を見せたとパトリックに頭を下げた。
「正直に言うと奴の姿を見た時に怒鳴ってやろうと思ったんだ、娘は渡さんとな。だがあんまりにも申し訳なさそうに頭を下げるもんで、つい強く言いそびれてしまったんだ」
始まった会食の雰囲気は、恐ろしい程に良かった。
頭も良く気の利くバーウィンとの会話は、二十以上も離れている人間としているとは思えないほどパトリックにとって有意義なものだった。
「それで最後に奴は言ったんだ、娘さんを僕に任せて下さいとな。まったく憎たらしい奴だったよ、娘をくれと言おうもんなら娘は物じゃないと怒鳴りつけてやるところだったというのにな」
そう言ってパトリックは笑う、バーウィンは結局最後まで彼に悪い印象を抱かせないまま帰っていった。
「あんたは何て答えたんだ?」
「ふん、不本意だったが結婚を前提にした交際は認めてやった。もし娘を泣かせるような事があれば殺してやるともな」
「良い話じゃないか、でもめでたしめでたしとは……ならねえんだろ?」
「……ああ、二人は順調だった。あの日まではな」
「何があった?」
パトリックは顔をしかめ、足の上に置いた拳を強く握る。
悔しさ、無念さ、やるせなさが彼から滲む、三人は次に彼が話すだろう言葉の内容におおよそ見当がついていた。
「……バーウィンは死んだ、殺されたんだ。路上で強盗にあってな」
「そりゃ……気の毒に」
バーウィンが死んだ事によるエルのショックは凄まじく、まともに食事も取らずただ窓際に座りぼうっと外の景色を眺めているだけの日々を過ごしていた。
パトリックは父として何かできる事は無いかと考えたが、何一つ効果的な案は浮かばない。ただ日に日にやつれていく娘を、見ている事しかできなかった。
「分からないですね、その抜け殻のようになったお嬢さんがどうしていなくなるんです?」
「これを見てくれ」
そう言ってパトリックはポケットから一枚のチラシを取り出し、テーブルの上に置いた。
「なになに……『恋しいあの人にもう一度、ヒューマンリノベーション』だあ? 聞いた事ねえな」
「何でも死んだ恋人や家族そっくりのアンドロイドを作っている会社らしい、おそらく娘はそこに行ったのではないだろうか」
「なるほどね、分かった。娘を見つけて連れ帰ればいいんだな?」
「ああ! 頼む、どうか……どうか娘を……」
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