ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

六十四話 ストームフロント

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「だ……駄目だ」

 治安部隊本庁舎、ラゴウィル達の部屋は重苦しい空気に包まれていた。
 捜査が始まってから二週間が経っても、ヘブンズアッパー製造工場の場所を掴む事ができていない。

 それらしい場所を見つけても、いざ行ってみるともぬけの殻だったり、別組織のアジトだったりと踏んだり蹴ったりだった。
 実際に現場に行く実行部隊はもちろんくたびれているが、情報収集を行っている内勤の隊員たちも、何時間と電子機器の画面を見続け同じ体勢でいるためか腰を痛めたりと疲れが出始めている。

「たいちょ~ホントにヘブンズアッパーの工場なんてあるんですかね~? 流通ルートもすげえ数だし、このままじゃこっちが天国行きですよ~」

「うるせー……何としてでも見つけるんだよ」

 ラゴウィルはソファーに体を投げ出して、目元を抑えたまま呻いた。
 連日の調査に加え、成果が出ない事で上からグチグチと文句を言われ彼は疲労困憊していた

「キースの方はどうなった?」

「特にこれといって……本人は美味い飯が食えて喜んでますけど」

「ああ……そうか。まあ……いいさ、少しみんなで休もうぜ」

「了解……」

 ラゴウィル達が束の間の休憩に堕ちていく中、バグウェットとシギも与えられた部屋で休んでいた。
 バグウェットはベットに横になって体を休めていたが、シギは机の上で隊員たちの武器の手入れと今までに集めたデータの整理を行っていた。

「お前さあ、休んだらどうだ? 一人で頑張ってもしゃーねえだろ」

「大丈夫ですよ、そこまで苦じゃないですしね。バグウェットこそシャワー浴びて少し寝た方がいいですよ、だいぶお疲れのようですし……ちょっと臭います」

「……まじで?」

「まじですよ、そんなんだとリウさんに嫌われちゃいますよ」

「しゃーねえだろ、ここんとこ働きっぱなしだ。あっちこっちに行って、クスリと関係無いバカどもとドンパチ……割に合わねえよなあ」

 シギはその言葉で、銃を磨いていた手を止める。

「じゃあどうしてこの仕事を続けてるんですか?」

 バグウェットは天井を見ていた顔を、ゆっくりとシギの方へ向けた。

「そもそも面倒な仕事になるってある程度は見当はついてましたよね、にも関わらずあなたはこの仕事を受けた。そしてこんな状況でも依頼を中断するようには見えない、いくら相手が古い知り合いとはいえ、さっきも言った通りこの仕事は割に合わないというのに」

「やけに喋るじゃねえか、はっきり言えよ。何が言いてえんだ?」

 シギはバグウェットの方に向き直り、その顔を真っ直ぐに見た。

「ストレイグスとは何者なんです? 何があったんですか? こだわる理由はそこでしょう?」

 そう聞いてきたシギに驚きながらも、バグウェットは僅かだが嬉しかった。
 今までも仕事の内容に対する意見はあったが、受ける受けないに関してはバグウェットに委ねてばかりで、一度受ければ終わるまでこれといって疑問を持たずに来たシギがどんな形であれ疑問を形にするのは良い傾向だった。

「成長してんだな、お前もよ」

 バグウェットはポケットから飴を取り出し、シギに向かって投げる。
 不機嫌そうな顔をしながら、彼はそれを受け取ると間を置かず口に放り込んだ。

「話をはぐらかさないでください、言いたくない理由があるならそう言ってくださいよ」

「別に隠してたわけじゃねえよ、あんまし良い思い出のある相手じゃねえんで話題にしたくなかったけどな」

「それは申し訳ない事をしました、で? 誰なんです、ストレイグスって」

 バグウェットは体を起こし、ガリガリと頭をかいた。
 そして彼はポツポツと、ストレイグスという男について語り出した。

「ストレイグス・ウェルテンフルス、あいつは……化け物だよ。それも筋金入りのな」

「何をしたんですか?」

「お前さ、コルトレイアって街の名前に覚えはあるか?」

「確か……二十年前に無くなった街ですよね。大規模な化学事故のせいで一億人いた住人がほぼ全員死んだとかいう」

「そうだ、そしてあの事故を引き起こした犯人があいつだ」

「え!? 僕もあの事件の記録や当時の記事とか見ましたけど、そんな事一つも書いてませんでしたよ?」

「しゃーねえだろ、住人のほとんど死んで生き残った連中も重度の後遺症に苦しめられてるんだ」

「ちょっと待ってください、ならどうしてバグウェットはその事を知ってるんですか?」

 嫌な空気が流れる。
 重く冷たい、腹の底がずきりとするような空気。

 それを発しているのは、紛れも無くバグウェットだった。

「俺もあの時いたんだよ、コルトレイアに。あの日あの街は紛れもなく地獄だった」

「なぜ彼はそんな事を?」

「……だ」

「はい?」

「一億の人間が口から血を吐きだして、のたうちながら死ぬのを見たかったからあいつはあの事件を起こしたんだよ」

「まあ世の中そういった類の人間は一定数いますけど……規模がおかしくないですか? 街一つ丸ごとって」

「あいつはやるのさ。やりたいから、見たいから、してみたいから、やろうと思えば何でもやる、人殺しも、人助けもなんでもな。あいつは……本物の化け物だ」


「ふん、ふん、ふーん……ふん、ふん」

 ストレイグスは気分よさげに下手糞な鼻歌を歌いながら、爪を切っていた。
 綺麗な革のソファーに腰掛けて、新しく買った爪切りの切れ味を楽しんでいる。

 パチ、パチ、と小気味よい音が部屋に響く。

「ご機嫌ですね」

「お、やっぱり分かる?」

「耳障りな鼻歌のお陰でよく分かりますよ」

 平常運転のべラウダの言葉に、彼は満足げに笑うと使っていた爪切りを見せた。

「このアルティラの最新式爪切り最高でさ、ストレスフリーで切れるし爪は飛ばねえし、生きてる間はずっと切れるって謳い文句なんだよ。まさかと思って買ってみたらまぁ当たりだな」

「今どき爪をそんな風に切る人間そういませんけどね」

「ノンノン、べラウダちゃん。世の中にゃあこういうちょっとした事にこだわりを持つ人間も多いのよ、人生を楽しむならこういう手間も大事なのさ」

「そうですか」

 さして興味が無さそうに、べラウダは手に持っていた端末の方に目を戻した。
 ちょっとばかり良い事を言ったつもりのストレイグスは、肩透かしを食らってしまい、あくまで何事も無かったように爪切りを続ける。

「そういやさーヘブンズアッパーの方ってどうなってる?」

「すでに目標金額は達成、売り上げも順調です。治安部隊が製造工場を探っているようでしたので、フェイクの情報を走らせてながら場所を移動しているので少なく見積もっても三ヶ月は持つかと」

「ふ~ん……」

 自分で聞いたくせに、ストレイグスはどこか他人事というか上の空というか興味の無い素振りを見せる。
 パチパチと鳴りやまない爪切音が、話題への興味の無さを感じさせる。

「元とったか~、じゃあもういいか」

「飽きたんですか?」

「正直な、なんか面白いヤクつくれたらなって思ったけど結局今までのとそう変わんねえし、俺も吸ってみたけどぜーんぜんトベなかったし」

「ではどうします?」

「そうだねえ……じゃあさ、治安部隊にメイン工場の場所流しちゃってよ」

「調査に当たっている部隊の指揮を執っているのは、ラゴウィルという男です。中々やり手の男です、こちらの情報を鵜呑みにするとは思えませんが」

「ありゃーあいつかあ、ならさあプレスコットとかいうボンボンに流せ。あいつはアホだし無能のクセしてプライドはあるからすぐに飛びつくだろ」

「わかりました、準備しておきます」

「それから、顔ホロ用意しといてくれ」

ですか?」

「ああ、迎えに行ってやろうと思ってさ。大事な大事な売人君をさ」
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