ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

六十五話 ビッグバニティ

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「……というわけだ、ラゴウィル。君の部隊は今から私の指揮下に入る」

 それは、あまりにも突然の事だった。
 ラゴウィル達が疲労や眠気と戦いながら職務に励んでいると、唐突にプレスコットが部下数名を引き連れてやってきた。

 育ちの良い、ボンボン部隊はリウがフルで動いても片付かないほど散らっている部屋を鼻で笑った。
 その後で自分たちがヘブンズアッパーのメイン工場の場所を掴んだ事、そこを三時間後に襲撃する事、そしてそれに当たって作戦の指揮権が自分たちに移った事を意気揚々と伝えてきた。

「おいプレス、一体そいつは何の冗談だ?」

「冗談に聞こえたか? ならこれを見たまえよ、上からの正式な通知書だ」

「ふざけるな!!」

 ラゴウィルは勢いよく机を叩きつける、疲れと怒りで血走った目がプレスコットに向けられた。

「俺たちが死に物狂いで探しても見つからなかった工場が、そんな簡単に見つかるわけねえだろうが! どう考えても罠に決まってんだろ!」

「おお……怖い。どうしたっていうんだ君らしくも無い、いつもならもっと余裕があるじゃないか。それとも私の部下に出し抜かれた事がそんなに悔しいのかい?」

「違う! 手柄どうこうの話じゃねえ! そんなあからさまな罠に俺の部下は行かせられねえんだよ!」

 作戦の指揮権がプレスコットに移った、それは彼がラゴウィルの部隊を自由に動かす事ができるという事を意味している。
 馬鹿げた命令を出して、あからさまな罠に突っ込ませる事もできる。

「君の意見は尊重してあげたい、けど残念ながらこれは上からの正式な命令なんだよ。組織に所属している以上は、従ってもらうほかない。気に入らないなら今すぐ辞表を書きたまえよ」

 高笑いと共に、プレスコットは部屋を出て行った。
 部屋には陰鬱とした空気が流れ、誰も彼もが押し黙ってしまっている。

「で、どーするよ隊長殿。辞表を書くかい?」

 バグウェットのわざとらしく気の抜けた言葉を聞き、ラゴウィルは一瞬ギロリと彼を睨んでから、気持ちを落ち着かせるように大きく深いため息を吐いた。

「……ふざけろ、こうなった以上は仕方ねえ。とりあえずあっちの話に乗っておいて、こっちはこっちで別案を立てておく。万が一……いや、ほぼ確で起きるだろう不測の事態に備えてな」
 
 ラゴウィルは、動揺の残る隊員たちに檄を飛ばしブリーフィングを始める事にした。

「バグウェット、うちのゴタゴタに巻き込んじまって悪いな。お前らはここまででいい、金は払うからこの件から手を引け」

「お前、何言って……」

「事情は分かる、けどあいつらの指揮下に入ったら命の保証はねえ。あいつらはマジのボンクラだ、内部の人間はともかくお前らみたいな外部の協力者は捨て駒扱いされるのがオチだ」

「乗りかかった船ってやつだ、最後まで付き合わせろよ。それに俺の方にも引くに引けねえ理由がある」

「お前はいいさ、けどシギ君やリウちゃんはどうするんだ。お前にもしもの事があったら……」

「俺は死ぬ気はねえ、それに万が一億が一の事があっても良いようにジーニャには話してある」

「……分かったよ、もう何も言わねえ。そっちはお前の方で上手くやれ」

 ラゴウィルはブリーフィングルームに向かう、残されたバグウェットの背をシギがポンと叩いた。

「早く行きましょうよ、待たせるのも悪いですし」

「お前はいいのか?」

「何を言っても無駄ですよ、早いとこ行って話聞いて、終わらせましょうよ」

「……分かった」

 その後、バグウェット達を含むラゴウィルの部隊は三十分でブリーフィングを終わらせると準備ができた人間から、出発前の仮眠に入った。
 連日の激務を回復させるには圧倒的に時間は足りないが、それでもフラフラの状態で行くよりかは幾分マシだ。
 ラゴウィルが作戦実行までの時間を伸ばすように提案したが、プレスコットたちにその提案は却下されてしまった事をここに記しておく。

「リウ、そういうわけでお前はここで留守番だ」

「うん、分かった」

 バグウェットはリウに先ほどの出来事を説明した、彼の端折りに端折った説明でも彼女は事態の大まかな輪郭を掴んだらしく、特にこれといって文句なく話を飲み込んだ。

「それからここ本部を空にしておくわけにもいかねえから、フロッグが残る。何かあったらあいつに言え」

 頷いたリウを見た後、バグウェットは牢にいるキースに目をやった。

「お前をどうするかは、事が済んでから決めるらしい。俺たちが戻ってくるまで、余計な事はするなよ」

「分かってますよ旦那、そもそも今の俺に一体何ができるって言うんですかい」

「まあ……それもそうか。じゃ、すぐに片づけて帰ってくるから飯でもつくっといてくれ」

「任せといて」

 笑うリウの額を軽く弾き、バグウェットは部屋を出た。
 

「それでは諸君、行こうか」

 プレスコットの部隊員三十名とそこにラゴウィルの部隊とバグウェット達を合せた、合計四十一名を乗せた装甲車が治安部隊本部を出発した。
 四台の車列の一番後ろを走る装甲車の中に、ラゴウィル達はいた。
 旅客機のような柔らかい匂いとは全く違う、鉄と少しの埃っぽさと男の体臭が混ざり合った車内の空気は、ひどく重苦しい。

 彼らはまともな休憩を取れていない、仮眠は少し取れたがそれで取り切れるようなやわな疲れ方ではなかった。
 加えて手柄の横取りとも言えるプレスコットの横暴、組織に属している以上は仕方の無い事だとはいえ、納得している人間は誰一人いなかった。
 だが彼らには現状を打破する力がない、その事は全員が理解している。そしてそれを一番悔しく思っているのが、ラゴウィルだという事も。

 だから彼らは自分たちの隊長の前では、不平不満を口にしなかったのだ。

「しっかしよ、ずいぶんお粗末な作戦じゃねえか?」

 沈黙を破るように、バグウェットは手に持っていた作戦指示書を叩く。
 プレスコットが渡してきた指示書の内容は、ひどくお粗末なものだった。部隊を二つに分け、工場の二か所ある入り口から突入する制圧戦。
 作戦自体はシンプル、工場の正確な内部図もあるため突入自体はそう難しくない。
 だが工場の防衛設備や兵力、その他の情報があまりにも足りなかった。

「いかにも急いで作りましたって作戦だな、あの野郎ゴリ押しで制圧する気だ」

「こんな少ない情報で、よくもまあ攻めようと考えたもんだ」

「手柄が欲しいんだよあいつらは、プレスの部隊はあいつはじめ自己顕示欲と傲慢さの塊みたいな連中が多いからな。その上実戦経験も少ないと来てる、まあ見りゃ分かるだろうけどな」

「……参ったなあ、降りりゃ良かったかな」

 ため息を吐いたバグウェットに続いて、車内にいたほとんど全員がそれに続いて重苦しい息を吐いた。
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