創作男女もの短編

宇野 肇

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異類婿系

つば、つけた

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 ひゃっほーテスト代わりの定期レポート提出で単位とれるとかベリーイージーモードじゃんやったー!
 と、思っていた時期があった。実際にはさして興味のない分野であるため言葉そのものをどうにか弄くって完成させるという有様で、いっそその講義の単位を諦めようかと思う位には苦行だった。単位欲しいから頑張ってるけど。
 で、そんなレポートの提出を明日に控えた今日、8割がた完成したレポートを一時保存して時刻は20時になろうかという頃。私の部屋には可愛らしいお客様がちんまりと座布団に座っておられました。
 そう、今夜は10月の終わり。日本じゃあまり馴染みがないけどハロウィンだ。英文科の友達にくっついて英文の教授の研究室に突撃してお菓子をせびったのは昨日のことだ。英文科の方では毎年恒例の行事らしく、ただ、積極的に宣伝もしてないので学生の訪問を受けた教授は嬉しそうだった。本当はもっとちっちゃい子達のために、私たちがお菓子を用意してないといけないらしいんだけどね。まあ日本じゃそういう原型はもはや留めてないし。悪霊退散のお祭りとか、秋の豊作を祝うとかもう全然関係ないから。楽しんだもん勝ちだから。
 だからまあ、お菓子をねだる側としてならともかく、まさかあげる側として強制参加させられる羽目になるとは露ほどにも思ってなかったわけだ。私は。

 チャイムが鳴って、心当たりのないそれに覗き穴から外を見ても姿が見えず、チェーンを掛けたままドアを開ければまあ可愛らしいシーツにくるまれたおばけがいらっしゃるじゃないですか。頭に何かつけてるのか、角っぽいのがもこっとしてるじゃないですか。びっくりするじゃないですか。そういやアパートの掲示板にハロウィン参加を募るチラシが貼ってあったなーとか、でも原則お子さんがいる家庭だけのはずなんだけどなーとか、参加する家のドアにはジャック・オ・ランタンのシール(無論綺麗にはがせるタイプのゴムっぽいぷにぷにしたやつだ)が貼ってあるはずなんだけどなーとかそもそもこんな時間ならそろそろ終わりじゃないっけとか様々考えつつもそれを噛み砕いて教えてあげると、可愛いお化けは見る見るうちに目にいっぱい涙を溜めたもんだからさあ大変。
 玄関先で大泣きされそうになって慌てて中に入れてあげたというわけだ。でもちょっと冷静になってみると、その現場を誰かに見られていたらまずいかもしれない。どうか通報とかされてませんように! 私は無実です! イエスチャイルドノータッチ!

 そういう経緯があって私の家に招かれた可愛らしいお客様は、私の部屋が興味深いのかきょろきょろとしていたものの、じっとしていてねとお願いすると今度はピシリと固まってしまった。一人っ子なのかな? 知らない家に上げられて戸惑ってるのかもしれない。同じアパート内とはいえ、家庭向けの間取りじゃないし。慌てて蜂蜜入りのホットミルクを出してあげて、熱いから気をつけてねと注意すると、お客様はホットミルクの入ったマグと私の顔を見比べた。
「……お菓子は用意してないけど、それ、甘いから。お菓子の代わりに、ね」
 つぶらな瞳で見上げられ、私はなにも悪くないのにごめんねと言ってしまいそうでそこはかとない敗北を感じた。まあしかし子どもに罪はない。一口飲んで口につけた白いヒゲと笑顔が可愛かったからもう何もかも許そうじゃないか。この子が落ち着いたら送り出せばいい。そう気楽に考えていた。

 まさかトイレに行っている間に寝られるとは予想外だった。

 時間にして3分あるかないかだったよ? おやすみ3秒なの? ちくしょう寝顔も可愛いな人の気もしらねえで!
「……」
 どうしよう、というそればかりが頭の中を回る。あんまり遅くなったら親御さん心配するだろうし私の立場も危ない。逮捕される未来しか見えない。
 よし、とりあえず起こそう。
 思い立ち、ぽんぽんと優しく体を叩いて声をかける。
「おーい、起きて。おーい」
 しばらく繰り返し、小さなお客さんは顔をしかめて目をこすり始めた。よしよし。だがここで手を緩めてはいけない。大人でさえここから再び夢の世界へ旅立ってしまうのだ。いわんや、子どもをや。
「おーい、起きてくださーい」
 声をかけ続け、身体を優しく叩いたりと覚醒を促し続けるも、効果は薄い。頭を撫でてやると、シーツの下にあると思しきツノに触れた。硬い。材質なんだこれ? 尖ってる?
「やっ」
 シーツ下のツノと思しき物体を指でつまんだりして形を確認していると、その子はさっきまでの微睡み方は何だったのかと思うほど素早く起き上がった。私が触っていた場所を手で隠すように覆って、顔を真っ赤にしている。
「あ、ごめんね。嫌だった?」
 ああ遂に謝ってしまった! と思うもまあ嫌と言われたのだし謝罪は真っ当な態度だ大丈夫だむしろここは謝っておかないとマズイと自分に言い聞かせる。おばけっ子は顔を真っ赤にしつつも、ぷるぷると頭を振った。横にね!
「そっか。よかった。……あのね、夜だし、あんまり遅いとお家の人に心配かけちゃうからね? だからそろそろ、帰った方がいいんじゃないかな」
 ほっとしてそう話しかけると、子どもはキョトンとして、それから私の胸に頭突きを繰り出した! 痛い! ど真ん中じゃなければ即死だった! それでもかなりの大ダメージだけど!
 いきなりなにをするのかと瞬間的にパニックになったものの、シーツおばけは私の服をぎゅうぎゅう掴んでしがみつき、私の胸に容赦無く頭をすりつけてくる。あれ? なにこれもしや深い家庭の事情がとやらがある感じ?
「もうちょっと……居たい」
 ぽそ、と響いた言葉には愚図るような響きがあって、大声こそ出さないものの必死なその様子に、私はその子の背中に手を回して、ぎゅっと膝の上に抱き上げた。抱っこだ。これで胸に顔を埋めることはできまい。
「私はいいけど……親御さん、心配するよ?」
「……だめ?」
 暗にはよ帰れと言いたかったのが分かったのか、おばけはまたきゅっと涙を溜めた。それはずるい。私としても円満に帰宅願わなければやはり事情聴取は免れない気がするし、玄関の前で泣かれてもやっぱり警察きそう。あれ? 詰んでない?
 当然ダメジャナイヨーと返すことしかできず、私はよしよしと子どもをあやすことになった。
「お家帰りたくないの?」
「ちがう、よ」
「……お家でいじわるされてるわけじゃないよね?」
「そんなことない」
 おばけっ子は律儀に頭を横に振りながら答えてくれるけど、もし実際に虐待的な事実があっても子どもがそれを自主的に、他人に話すかどうかと言われるとそうじゃない気がする。悪い意味じゃなく、あんまり返事のまま受け取らない方がいいかもしれない、と思いながら、私はもう少し聞いてみた。
「どうしてここにいたいの?」
 おばけっ子は私に捕まりながらじっとこちらを見つめて
「……あったかいから」
 もじもじとしながら、はにかんだ。
 やばい。ぐっとき……ちゃだめだこれは母性本能的なものをくすぐられたことによるときめきであって言うなれば母親的愛情で決してお縄につかねばならないような類の衝動ではないんだそうだ。
「……もう一回、さっき飲んだの、飲む?」
 いろんなものを堪えてそう言うと、おばけっ子は私の気持ちなんぞこれっぽっちも分かってない極めて純粋無垢な満面の笑みを浮かべて答えてくれた。
「うん!」
 私、全面敗北の瞬間である。



 敗北は真摯に受け止めるとして、それとこれとは別問題。本当に念のためでしかないけど、虐待的な痕がないか確認せねばなるまい。いや、これもう本当に悩んだんだけど、やっぱこのまま帰してもやもやするよりさくっと確認して逮捕の方がましな気がして。
 悲壮な覚悟を持って、ご機嫌で二杯目のホットミルクを飲んでいたおばけっ子を見ながら機を伺っていると、不意にその子は私の顔をじっと見つめてきた。ううん、白ひげ可愛いです。
「……おねえさんもほしい?」
 おばけっ子はマグを私に差し出して首を傾げる。あれだけ嬉しがったんだから全部飲みたいだろうに、なんともいじらしい姿に私は全開の笑みで首を振った。横にだ。
「いいよ、私は別のを飲むから」
「べつの?」
 興味を持ってしまったらしいその子に、インスタントコーヒーで蜂蜜と牛乳をたっぷり入れたカフェオレを作って、隣に座る。
「これ」
「……きたないいろ。これ、なあに?」
 飲む前からマズそうな顔をするおばけっ子に、大人の飲み物だよ、とからかってやる。まあ大人からすれば子ども舌向けの味なんだけどね。仕方ない。甘いのが好きなんだし。
 私の発言に、おばけっ子はなにかを刺激されたのか、飲みたいと言い出した。背伸びをしたい年頃なんだろうな、と微笑ましくなる。ホットミルクを代わりにあげるからとマグを押し付けられ、代わりにカフェオレのマグを持って行かれてしまった。
 それだけ勢いが良かったのに、おばけっ子はおそるおそるぺろっと舐めるように口をつけて、それからいまいち味が分からなかったのかこくりと一口、飲み込んだ。その眉が顰められ、ゆっくりとマグをテーブルに置いたおばけっ子は、シーツの端でゴシゴシと口を拭った。
「……うええ……」
 感想を聞かなくても分かる姿に笑みが零れる。私がミルクのマグを返してあげると、すぐにそれに口をつけるのにも笑ってしまった。
「美味しくない?」
「うん……おねえさんは、これがすきなの?」
「好き……なのかな? つい飲んじゃうんだよね」
 なくても困らないし、正直好きなわけじゃなくて惰性って気がしないでもないけど。
 私の答えに、おばけっ子は理解しかねる、とばかりに首をひねった。
「まあ、きみがもうちょっと大きくなったら分かるかもしれないよ」
「ほんと?」
「絶対じゃないけどね」
 ズルい言い方だけど、嘘は言いにくい。そう感じつつその子の頭を撫でてあわよくば頭にかぶさってる分だけでも外せないかという下心は、おばけっ子の頑ななディフェンスによって阻まれた。頭を撫でられること自体は嬉しそうなんだけど。必死にシーツを握ってズレないようにしている。カツラか。
「……部屋の中だし、もう少しここにいるなら脱いでもいいんじゃない?」
 そう言ってみても、嫌がって脱ごうとしない。やっぱりハロウィンだから、いわば一張羅的な特別感があるのかな。おめかしするとなかなか脱ぎたくならないよね。
 そんなことを考えていると、おばけっ子は私を見て不安そうな顔をした。
「……へん?」
「変じゃないよ。かわいい」
 ただ、それで走り回ると直ぐにこけちゃうだろうなあ。というのは言わない。
 にっこりして変じゃないよって言ったのに、おばけっ子は不服そうに頬を膨らませた。
「……かわいいじゃなくて、かっこいいがいい」
「あら。きみ男の子かあ。それ被ってるからわかんなかったなあ」
 ちっちゃい子の性別って割と見た目じゃわかんないところあるよね。特に仮装中だし。スカートはかせても違和感ないんじゃないかな。
 悪気はなかったんだけど、男の子は心なしかしょんぼりした顔をして、そのままだまって、また私にしがみついてきた。可愛いからいいけどさ! どうしろと!
「……かえりたくない」
 脳内でかわいいかわいいと繰り返していたせいか、アダルトな展開に良くあるセリフを耳にした気がして、私は変な声を出してしまった。
「……今なんて?」
「かえりたくないっていったの」
 おいおいやべーよ聞き間違いじゃなかったよ。まさか私が言われる立場になるとは。あれ、これちょっと前に似たようなこと考えた気がする。
「どうして? ……お家、きみ一人なの? 寒いから?」
「そうじゃなくて……っ」
 男の子はもどかしそうに身体を左右にひねるけど、駄々をこねてるように見えなくもない。……うーん。どこに機嫌が悪くなる要素があったのかな。男の子に可愛いって言ったから? でもそれだったら今すぐ帰るって言い出すもんじゃないのかなあ。やっぱりお家が嫌っていうのは嫌な原因がお家にあるわけで、今日に限ってってわけじゃないかもしれないしなあ。
 うんうんと心の中で散々唸って、私は決めた。
 剥ごう。
「えいや」
「あ」
 無防備な男の子からシーツを引っぺがす。元々頭からひっかぶって、胸の前で留めていただけだったから簡単に奪えた。
 さて、じゃあ腕まくり足まくりして虐待痕チェックに入ろうと意気込むも、シーツを剥がされた少年は頭を押さえて縮こまった。
「……ん?」
 抑えているのはツノだ。触った感じの通り、ちょっと尖っている可愛い二本のツノがあるはずの場所。お気に入りだから取られたくないのかなと思ったところで、少年の目からぶわ! と涙が溢れた。
「ちょわわわわ! どした?! そんなにこれとられたくなかった? ご、ごめんね、ごめんねっ」
 おろおろと剥いだシーツを肩からマントみたいにしてかけてあげても少年は全く泣き止む気配がなくて、終いには嗚咽までし始まってしまって私はとりあえずシーツごと抱きしめた。小さな背中をぽんぽんと叩く。
「ごめんね、私が悪かった。ごめんなさい、泣かないで……」
 正直罪悪感が半端ない。必死にあやしていると、少年は頭から手を離して、ぎゅっと私の首に手を回してきた。小さく唸るような泣き声は掠れていて、吐息は熱く震えて、引きつっていてなんとも胸が締め付けられる。
 抱きしめ返して、後頭部を撫でた。ほんと安易にやるんじゃなかった。警察に連れて行かれるかもしれない想定はできても泣かれることは覚悟してなかった。
「ごめんね……」
 自分が情けなくてため息をつきたいのをぐっと腹に力を込めて耐える。
 けれどそのうち、おかしなことに気づいた。少年のツノだ。こういうタイプの仮装にありがちなカチューシャを着けているものだとばかり思っていたけど、それがない。男の子の耳は頬に当たるのに、耳のあたりにあるはずのカチューシャの端っこが当たらないのだ。どうなっているのやらと頭を撫でながらツノに触れると、なんというか、直接頭から生えてるような感覚があって、思わずきゅっとツノをつまんで軽く引っ張ってしまった。
「ひゃうう!」
 少年が私の腕の中で肩をすくめて悲鳴を上げる。けれど、離れていかず、むしろぐいぐいと頭を押し付けてきた。
「わっわっ、待っ……どしたどした」
 宥めるようにまた背中を撫でると、小さくごめんなさいという声が聞こえてくる。要領を得なくて何がごめんなさいなのか聞いてみるも、めそめそとベソをかいてる男の子からきちんとした話を聞き取ることは難しく、私はとにかく泣き止んでくれるように腐心した。具体的にはホットミルクでつってみたり、カバンの中を漁って出てきたグミを与えてみたり。抱っこを止めるのを嫌がったので、最終的に私のお膝に乗った男の子は足までもを回してきてコアラ状態になった。ここまで30分。ああだめだこれはバッドエンドしか見えない、と思いながらも懸命に『ごめんなさい』の理由を言おうとする男の子の話に耳を傾けた。

 男の子の話によればこうだ。
 曰く、自分はヒトじゃなくて、このアパートのそばにある鎮守の杜に住んでいる鬼だと。今日は晩なのに子どもが楽しそうにしていて、甘くて素敵なものを貰えるお祭りらしいと知って、すごく興味があったと。皆お化けの格好をするから混ざっても分からないだろうと思ったと。
 まあ大体そんなことだった。確かにアパートの近くには森がある。あるけど、あれって鎮守の杜だったのか……という程度には知らなかった。なんでもその奥に祠があるんだそうな。シーツをかぶっていたのはツノを隠すためで、ツノは本物らしい。付け根は敏感だからあんまり触らないで、と真っ赤な顔でお願いされた私は、わりとカップルの男の気持ちを理解した気がした。そんな顔でお願いされたら言うこと聞きたいけど同時にもっと触りたくもなっちゃうじゃないですか!
 ただまあ、そう証言する男の子の言い分は傍に置いても、ツノが本物らしいのはとりあえず分かった。一応。で、袖をまくらせたり裾をまくらせたりして痣とか傷がないのも確認した。で、改めてお家に帰りたくない理由を聞いてみたのだけど、ぷすっとしたまま答えてくれない。
 さてどうしたもんかと考えて、一つ、提案をした。
「じゃあ、違う日にお菓子を作るよ。お菓子作って、鎮守の杜の祠まで持って行く。だから、今日は一旦帰ろう?」
 ハロウィンなのにお菓子がもらえなかったのが不満だったのかもしれない、ということに行き着いた私はそう言って、男の子の手を握った。けれど、男の子はそうじゃない、と首を振る。
「ちがうの」
「……何が違うの?」
 首を傾げると、男の子はじっと私の顔を見上げてきて、それから
「おねえさん、ぼくのおよめさんになって」
 未だ涙で濡れた睫毛を瞬かせて、そんな可愛らしいことをのたまった。可愛いことは可愛いんだけど脈絡のなさについていけない。まさかホットミルクが気に入ったからか。そうなのか。正直泣かれて焦ったけどそこまで好かれているので帳消しかな。どうかな。そうだといいな。うん、まともに受け止めたら私おかしい人だよね。
「およめさんって?」
「けっこんして、めおとになる」
 取り敢えず意味がわかってるのか聞いてみると、えらい古い言い回しで答えてくれた。そっかそっかー、ちゃんとどういうことなのかはわかってるんだねー。
「きみは私が好きってこと?」
 顔を覗き込むと、男の子はまた顔を真っ赤にしながらこっくり頷いた。かっわいいなあ。
「ぼく、はやくおっきくなるから。かふぇおれ のめるようになったら、ぼくと、けっこんしてください」
 男の子は顔を真っ赤にしながらもしっかりと私を見つめて、そう言った。幼くともしっかりした言葉に微笑ましくなる。
「そうだなあ、きみが大きくなって、それでも私のこと好きって言ってくれたら、ちゃんとお返事するよ」
 子どもだから無理というのは簡単だけど、それでは傷つけてしまうだけだろう。模範解答という名の大人の拒絶は、勿論男の子には届いていないけど、それでいい。
「ほんとに?」
「うん」
「ぜったい?」
「きみが私を好きだったら、ね」
 ズルい言い方にも、男の子は嬉しそうな満面の笑みを見せた。眩しい。
「分かった! ……ぼくがおっきくなるまで、ほかのひととちゅーしたりしちゃだめだよ? やくそくして」
 うんうんと話を聞く体勢だったのが固まり、反応に遅れたのは仕方ないと思う。……え? 最近の子ってマセてるって聞くけどこんなになの? 別に彼氏もいませんけどさ。
「やくそく!」
「ああ、はいはい。じゃあ、指切りね」
 彼が大きくなる頃には、きっと私のことなんて忘れてるだろう。そう思って軽い気持ちで小指を絡めた。いい加減、私はすでにこの少年絡みで軽い気持ちでやったことに3回ほど後悔してるんだから学習すればいいにもかかわらず、だ。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます 指切った!」
 嬉しそうに手を振る男の子に合わせて手を上下に動かしていると、指切りが終わるや否やふっと体の力が抜けた。
「これで、おねえさんはぼくのだよ。やくそく、やぶったらだめなんだからね」
 男の子の声が遠い。急に瞼が重くなり、意識が遠のく。
「おおきくなったら、むかえにくるね」
 そして唇に柔らかいものが触れたところで、私は完全に暗闇の中に落ちていた。



 身体が痛む。
 やべー寝落ちか、と思って身体を起こすと、すでに小鳥が鳴く時間だった。わあ空が明るいよ。レポートどこまで出来てたっけ?
「あっ、あの子」
 そう言えば昨晩の小さなお客様はどうなったんだろう、とレポート以上に頭がフル回転する。結婚してって言われて、指切りした。でもそこからは覚えてない。
 慌てて部屋を確認するけど、確かに昨日置いたマグが二つ、そのままで残っていた。現実だったか!
 けれど、他も探しても少年の姿はどこにも見当たらず、玄関の鍵は閉まっていて、チェーンもかけてあった。窓も全て鍵がかかっていて、昨日のことは夢だったのかと激しく混乱した。……まあ、私が犯罪者にならないならそれに越したことはないんだけど。
 念のため大家さんに昨日の格好をした男の子のことを伝えて確認を取ったけれど、昨日アパートのハロウィンイベントでそんな格好をした子はいなかったそうだ。子どもということもあって不審者扱いはされなかった。実在するかどうかも微妙だしね、というのは心の内に留めておいた。頭おかしい人扱いはごめんだ。

 どうにかレポートを間に合わせて大学へ向かう途中、鎮守の杜に差し掛かった。これ絶対中入らないと鎮守の杜って分かんないよ。入口らしい入口ないし。というかいつもこの前を通ってたけど、鎮守の杜と知るとなんというか身が引き締まる思いがしてくる。現金だろうか。
 帰りにちょっと参拝してみるのもいいかなと思いながら傍を通る。木々のざわめきが耳に優しい。
 それにしても、せめて妖精さんだったらお菓子あげる代わりにレポート仕上げてくれたかもしれないのになあ。グミ程度じゃダメってことなのかな。今度からお菓子買い置きしとこう。

 そんな取り止めもないことを考えながら先を急いだ私は、森の奥からの視線には気づきもしなかった。

「やくそく、だよ。おねえさん」


 ――以降、恋愛方面はからっきしで切ないことになるのだけど、不思議と運は良くなった事を報告しておく。
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