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本編
21、百合子さん
しおりを挟む正樹を見送った後、俺は真山家のリビングに通された。
なんだか可愛らしい家だった。普通の一般家庭だが、そこは愛が溢れた作りなのは一瞬でわかった。
ソファにはパッチワークが可愛い模様のキルトがかかっていて、テーブルにも手作りらしいパッチワークのコースター。テレビが置いてある長いテーブルには沢山の写真立てがある。正樹とご両親のものばかりだった、そこには若かりしご両親の結婚式の写真から、家族三人で写っている正樹の七五三やら、正樹の子供時代の運動会やら、とにかく歴史がすぐにわかるようなものばかりだった。
正樹は小さい頃から可愛いなぁ。
「西条君、えっと司君でいいかしら?」
「えっ、はい! 司と呼んでください。真山さん、このたびは正樹君と発情期を共にさせていただきました、事後報告で申し訳ありません!!」
「そのことについては、保健室の先生から詳しく聞いたわ。あの子の場合、そうするしか無かったって」
「それでも、事件を事前に防げず、このような事態になり申し訳ありませんでした」
「何言っているの、あなたは正樹を強姦から助けてくれたのよ。まぁ結局正樹の初めてはあなたに持ってかれちゃったけど、でも二人が想い合っていたなら、いつかはしていたことだしね! それより司君ももっとロマンティックに始めたかったわよね、はぁぁ、正樹の初恋、尊いわぁ」
あの日のヒートのことは保健医と担任が真山家に直接訪ねて、説明をした。
薬で強制発情をさせられて、抑制剤が使用できない。まだ発情を迎えたばかりの正樹は発情に苦しんで心も体も壊れてしまう可能性がある。医師の判断により、アルファの精を体内に入れることがその時の最善だと決まった。そしてちょうど交際を始めようとしていたアルファが正樹には居たので、その男が相手をしている。薬による発情なので一日で収まる、今はそのアルファが処置をして預かっていると。
そんなことを聞かされたベータの両親は、知らないアルファに処女を捧げる正樹を心配するも、交際を誓った仲の人がいたなら不幸中の幸いだと受け入れた。
それほどにオメガのヒートは、普通にしていても大変なのに薬を使われたとなるともはや経験のない正樹には、命にかかわることもある。
レイプ犯に無理やりやられるよりよっぽどマシというだけの、選択肢のない判断だったが、保健医がうまく伝えた。
その時点で俺と正樹は交際間近でもなんでもなかったけれど、真実を言ったら両親はもっと悲しむし受け入れられないかもしれないと、担任と保健医でそう決めたと後から聞かされた。
あながち嘘ではない。これが終わったら交際をスタートするつもりだったから、俺はすっかり舞い上がっていた。
俺の家からも正樹を預かるとの連絡を入れて、無事に二人の初夜を済ませた翌日に真山家に正樹を送り届けて今に至る。
父親は不在だった。
正樹の母親、百合子さんから後で聞かされたのだが、処女喪失を父親に知られるのはお互い気まずいからあえて仕事に行ってもらったとのことだった。母親に知られる分には問題ないのだろうか? とも思ったが百合子さんに会ってわかったが、この人なら問題ないだろうと。
帰ってきた正樹を見た瞬間、百合子さんの大きな瞳からは涙がこぼれたのを間近で見た時、涙だけで二人は分かち合えたように見えた、さすが母親だ。
「俺は、正樹が好きです。たまたま正樹に会おうと思って教室に行ったら同級生に薬を盛られたと耳にして、急いで救出に向かいましたが、すでにヒートを起こしていたんです。保健室の先生からアルファの精が必要だと言われて、それで俺が相手にと名乗りでました」
「そう、あなたもまだ高校生なのに、こんなハードなことに巻き込まれて辛かったでしょ。正樹の為にありがとう」
その人は俺の手を握って、真摯に向き合ってくれた。息子の処女を成り行き上しかたないとはいえ、奪ったアルファの俺なのに、俺のことまで考えてくれるのか!? さすが正樹の母親だ。大きなこころを持った人だった。
「いえ、一応相思相愛になったのですが、ただ正樹はヒート中で覚えていない可能性もあるので、これから本気で好きなことを伝えて、正式にお付き合いを開始したいと思っています。俺のこと、俺たちのこと、見守っていただけませんか?」
「わかったわ、若い二人だもの。これからまだ色々と苦難はあるかもしれないし、正樹をよろしくお願いします。あと、私のことは百合子って呼んでね」
「あ、ありがとうございます!! 百合子さん」
正樹の母親の百合子さんには歓迎された、嬉しい‼ 百合子さんは真っ赤な顔をしていた。暑いのかな?
「はぁ、イケメンスパダリの威力は凄いわぁ」
百合子さんはため息をついて、ぼそっと料理名をつぶやいた。
「えっ? あぁ、食事の支度の最中でしたか? 長居してしまいすいません。それは聞いたことないのですが、正樹の好きなパスタ料理でしょうか? 正樹の好きな食べ物ぜひ教えていただけませんか!?」
「えぇっ! 私ったら言葉にでていた!? おほほっ、庶民の家の普通のよくあるお料理よ、正樹というより私の大好物なの。正樹の好きなものは別にあるから、今度たっぷりとお教えするわね」
そうして連絡先を交換して、正樹の学校での安全を守ると約束した。
少し話をして、その日は早々とお暇した。
正樹のような一般家庭との付き合いが無かったからわからない言葉もあるけど、百合子さんはそれをバカにしなかった。正樹はこの人に似たのだろう、笑って赤くなる顔も可愛らしい人だった。
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