運命の番は姉の婚約者

riiko

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第二章 男を誘う

9 初めての場所

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 爽が次に目覚めると見慣れない場所、知らない香り、知らない空間だった。かすかにいい香りがする。不快ではない香りだが、の香りではないのは確かなことだけはわかっていた。
 そこで聞いたことのない男の声が耳に入ってきた。
「大丈夫?」
「え……」
 爽の知らない男が、同じ空間にいたことに驚く。
 顔を見るとバーで知り合った男ではないが、見たこともないようないい男だった。清潔感と、透き通った香りに安心した。今は、あの熱く昂ぶらせる強いフェロモンを感じなくなっていた。惑わす香りのない空間に、爽の心は穏やかになった。
「あ、あの?」
「君は昨日の夜、男に無理やり襲われていたぞ、しかも道端で」
「え、昨日?」
 慌てて近くにあったスマホを見ると、あのバーでのナンパから、いつの間にか日付は翌日に変わっていたことを知る。
「たまたま通りがかった俺が君を保護した。さすがにお酒を飲んだ子を警察に引き渡すのもまずいかと思ったし、そもそも相手の男は逃げた。君だけその場に残されていたんだ、
「ど、どうして、俺の名前……」
 すると男は、爽がよく見慣れていた財布を見せてくる。
「悪いと思ったけれど、君の荷物を見た。財布に入ってた身分証を見て住所もわかったけど、そこまでするのは面倒くさかったし、近くのホテルに運んだんだ」
「それは……お手数をおかけしました」
「いいよ、いたいけなオメガの子を保護することくらい、社会貢献かな?」
 オメガの子……そう言って、その男は優しく笑った。
「でも、どうして子供が酒なんて飲んだりしたんだ?」
「子供って、俺十九歳ですけど。でもお酒……俺、お酒飲んだんですかね? オレンジジュースしか飲んだ記憶ないんですが」
 男は呆れた顔をする。
「はぁ。じゃあ、あの男に騙されてカクテルをオレンジジュースと言われたんじゃないの? それでも君はまだ二十歳になっていないから、やはりアウトだ」
 男は手厳しく爽を叱るので、おもわず謝った。
「……すいません」
「もうお酒は抜けているみたいだな。ひどい顔だ。シャワーでも浴びておいで」
「ありがとう、ございます」
 ベッドから出ると爽の体がぐらつく。すかさず男は支えてきた。
「君は世話がかかるね。ほら、風呂まで連れて行ってあげるから」
「え、え、ええ?」
「ふらついて倒れられても困るし。風呂からあがったら何があったか聞くぞ? それによっては警察案件にもなるし、とにかく子供をそのまま返すわけにはいかないかな?」
「はい、すいません」
 結構手厳しい大人だった。
 抱き上げて風呂まで運んでくれる面倒見のいい大人だと思うと、なぜか爽は安心してしまった。それに彼からは昨日のベータのようないやらしさがかけらも見えなかった。
 初めて男を経験するつもりでバーに行って、運良くナンパされた。しかし酒を飲まされて襲われそうになる。爽は自身の行動の馬鹿さ加減に呆れてしまった。
 そして今、知らない男の世話になっている。
 抱っこされながら見渡すと、高級ホテルであることが伺えた。見たこともない広さと清潔感。都会を見下ろせる景色が窓の外には広がっていた。知らない人に保護されて朝までぐっすり寝ていたとは……なんて厚かましいのだろうかと恥ずかしくなった。
 風呂場は想像通り豪華だった。一緒に洗ってあげようかと聞かれたたので瞬時に断った。シャワーを浴びてスッキリすると、そこにはバスローブしかなかったので、爽はそれを着用する。
「あの、お風呂、ありがとうございました」
 大きなテーブルの前でせわしなく男が動いていた。
「どういたしまして、朝食を用意したから食べなさい」
「あ、すいません。いただきます」
「ふふ、子供は素直に好意に甘えるといい」
 テーブルにはたくさん料理があった。爽がシャワーを浴びている間に、ホテルスタッフが運んできたと言う。
「えっ、こんなに?」
「ああ、君の好みがわからなかったから、食べられるだけでいいよ」
 この男はいったい……。爽の目には、とてつもなく金持ちのように見えた。すると何かを感じたのが、男が名乗ってきた。
「俺は、相原圭吾あいはらけいご。三十二歳、つがい持ちだから君のことをなんとかしようとも思わない。だから安心しなさい」
「えっ、あなたアルファなんですか?」
 匂いがしないことから、彼はベータかと考えていた。しかし、かっこいい大人だからアルファと言われたらそうだろうなと爽は思い、驚いた割にすぐに納得した。
「そうだよ、一応君はオメガだから言っておいたほうがいいかと思って。俺にはつがいがいるからそこまでフェロモンも感じないだろう?」
「ああ、そういうことだったんですね。かすかにいい香りがするくらいです」
 爽の言葉に、相原はまたも呆れた顔をする。
「君はその辺も疎いのか? 昨日の相手はベータだったみたいだが、オメガの君のフェロモンに少し当てられていた。オメガはアルファだけを誘う生き物じゃない。ヒートのときはベータでも誘ってしまう。何があったか聞くが、その前に食べてしまいなさい」
 教師と生徒という関係にしか思えなかった。
 爽は遠慮なく美味しそうなご飯をたくさん食べた。普段は節約のため朝食を抜いているが、食べていいなら食べたい、興奮して夢中で食事を平らげていた。相原はテーブルの向かい側に座り、コーヒーを飲み新聞を読んでいた。
 爽がホテルのルームサービスを食べ終えると、二人は当たり障りなく会話を始める。
 彼氏が欲しくなって、バーに行ったこと。ナンパされた男とホテルに行くところだったが、急に怖くなってしまったこと。眠気が襲いその場で倒れてしまったことを、爽は覚えている限りを順に話した。
 聞き終えた相原は、やはり呆れていた。
「君には、危機感というものがないのか? ヒート中に出歩くなんて」
「すいません」
 正確に言うと、ヒート中ではなかった。
 あの時までは普通だったが、道端で急に運命の香りが漂ってきて体が熱くなった。でも、どうしてそうなったのかは爽にはわからない。彼がそこにいたわけでもないのに、まして彼の香りをまとう姉がいたわけでもない。どうしてそうなったのだろうかと考え込んでいると、相原が話を続ける。
「急に怖くなっても、ああいう場ではオメガは抵抗できない場合が多い。ホテルに連れ込まれて、今頃泣いていただろう。しかも酒を飲まされたことさえも気が付かないなんて」
「お酒飲んだことなかったから、味がわからなかったし……」
「はあ、今回は警察に突き出さないが、今後気を付けなさい。昨日の男はベータですぐに逃げるような奴だからよかったものの、もしアルファに目を付けられていたら、たとえ俺が通行人として助けに行っても、無理だったぞ」
 相原は、たまたま友人と一緒に飲んでいた帰りに、明らかにおかしな痴話喧嘩っぽいカップルが気になって見ていたと言う。すると爽が気を失い、男が周りをキョロキョロと見渡してから抱きかかえたので、相原は犯罪だと思ったのだった。相原は「警察ですが、どうしました?」とベータ男に聞いたところ、爽をその場に放置し逃げてしまった。
 警察という嘘までつかせてしまったと、爽は申し訳なく思った。
「あ、安心してくださいっていうのはおかしいかもしれませんが、俺がアルファに目を付けられることは絶対にないです」
「は?」
「俺は引きこもり体質なので会社と寮しか移動しないから。それにアルファが苦手なので、もともとベータの男を誘うつもりでした」
 爽の発言に相原は驚く。
「アルファ……苦手なのか?」
「あの、すいません。相原さんは大丈夫みたいです。つがいさんがいるからかな? ギラギラしてないし、匂いも薄いから」
「ああ、アルファのフェロモンが苦手なのか? 俺は妻以外にフェロモンを出すつもりもないし、警察だから一応抑制剤も常に取っている」
「……そういうことなんですね」
 まさかの本気で警察だったことに、爽は内心驚いていた。犯罪歴がついたら、さすがに親が泣く。相原がいい人でよかったと安心した。
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