運命の番は姉の婚約者

riiko

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第五章 策略

54 運命の相手4

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 最近の麗香の様子がおかしい。何かを塞ぎこんでいるようだった。
「どうした? 最近、溜息が多くないか?」
「ああ、ごめんなさい。弟が、爽が急に受かっていた大学を蹴って、家を出て働きに出るって言いだしたの」
「そうか……」
 そのことはすでに加賀美は知っていた。
 榊が爽の高校の情報を手に入れていたので、爽が就職相談をしているという情報を得ていた。榊は自分の会社へと囲い込みを決めた。何気なく爽の高校に、自分の会社の求人枠を持っていった。政府からの要請で、オメガ枠を急遽増やしたので、誰かいいい人がいたらというように促していた。
 政府からオメガ枠の要請は実際にある話だった。
 世間はオメガ雇用に力を入れている。それにより企業イメージも良くなるし、助成金も多く出る。大手企業が名を連ねることも大変意義のあることだった。
 榊は、迎え入れるからには魅力ある会社にしなければと、オメガ雇用の充実のために寮の建設を行った。誰もが寮生活をしたくなるような、破格の待遇を考えたと楽しそうに言っていた。
 ああ見えて、榊は爽を気に入っていたのはわかった。
 写真を見てから、榊なりに爽の調査をして好ましいと思ったのだろう。まさか自分の会社に囲い込むことに成功するとは……アルファが動き出すと、オメガはたちまち見えない糸の中に入り込んでしまう。本人に気づかれることなく物事は進んでいる。
 そんなことを加賀美が思い出していたら、麗香がボソッと言った。
「もしかして、私が家にいるからかな。これまで言えなかったけど、爽は、私に着いているあなたの香りをとても嫌がっていて……」
「俺の香りが、嫌?」
 いったいどういうことだろう。運命なのだから、嫌だという感覚はおかしい。自分だけが麗香に染み着く爽の香りに欲情しているとでも言うのか? 
 ――たしかにあいつは俺の運命のはず……
「麗香、俺たち結婚しないか?」
「え、いきなりどうしたの……」
 麗香が驚いた顔をした。
「麗香、君はいつも弟の心配ばかりしているけれど、彼はもう動き出しているんだ。いい加減に麗香も自分だけの幸せを追ってもいいだろう。彼がアルファに襲われた過去も、彼は自分で克服する、それが就職の第一歩だろう。オメガしかいない環境を求めたのも、彼なりの結論なんだよ」
「え、どうして、爽がそういう環境に行くって、知っているの?」
 ――あ、しまった。それは調べていたからだ。榊が手を回して、そういう環境を好むことを知っていたから、爽をその魅力で釣った。
「いや、最近そういう企業が増えてきたから、彼ならそういうところを選ぶのかと思って。違った?」
「いえ、違わないわ。さすがね、そういうことまでわかっちゃうなんて」
 ――どうやら、俺は能力の高いアルファということで彼女の中で解決したらしい。
「で、俺と結婚する気ない?」
「ふふ、いいわ。しましょう、でも爽が社会人として慣れてきてからでいい? あの子が一年無事に働けたら、私も安心できると思うの」
「わかった。そしたら爽君が一年新しい会社で働けた日、結婚しよう」
「うん、ありがとう」
 そうして、二人は婚約した。会社に慣れた頃に互いの家に話すということで、しばらくは普通の恋人として過ごす。そして爽が家を出たら、彼女の両親に挨拶をする予定だった。
 ――しかし、俺の匂いが嫌いとは……そこだけが引っかかっていた。



 ***

 榊が密かに手をまわし、爽は無事に社会人になった。榊は周りからじっくりと時間をかけると言っていたが、それからどうなったのかは聞いていなかった。結婚式まで半年とそろそろ動き出さなければいけない頃、ついに麗香は弟に結婚することを伝えたと言っていた。
 そしてそれは突然起きた。デートの時、彼女と会った瞬間ラットを起こした。その日は麗香も何かを感じたらしい。
「ねぇ、もしかして。また運命に会った?」
「……」
 さすがに隠せないほどのラットだった。彼女に染み着いた爽の香りに欲情した。きっと加賀美と会う前に、彼女は弟と会っていて、抱擁をしたのだろう。もしかしたらヒート中の爽と会ったという可能性もある。それほどに強い香りだった。
「爽がね、寮でヒートを迎えるって言っていたから、私差し入れを持っていったの。ねぇ、今の私から感じる?」
「何、を言っているんだ?」
 加賀美は冷や汗をかきながら、こぶしを握った。
「だって、私に会ってあなたはそんな状態になった。それって、もう私の弟があなたの運命だってことなんじゃないの? 以前、あなたが初めてラットを起こした時、実はあの日、弟が初めて発情期を迎えた日だった。あの時はなんにも思わなかったけど、どうしてもおかしいのよ。私があなたと会った後、爽は苦しそうにするし、あなたはたまに私の香りを嗅いで興奮する。私はベータよ、最初はアルファのあなたに何かを認められたみたいで嬉しかったけど、それってまやかしだったってことでしょう」
 麗香が気づいていた。どうしてそのことを考えなかったのだろう。彼女はとても優秀な女性だ、自分に関わるアルファとオメガが、自分を通じて何か異変を感じているなど、わかることだろう。もうだましきれないと思った。
「すまない」
「何に謝るの」
「ごめん。ラットに任せて麗香をまた無理に抱いた」
「私に染み着く香りは、今まであなたには辛いものだったのね」
「ああ、そうだ」
「少し待って」
 事後の辛そうな体で、彼女はバスルームに消えていった。
 加賀美は水を一気に飲み干し、麗香を待った。いつもの清潔感のある綺麗な加賀美の女がそこにいた。シャワーを浴びると当たり前だが彼女の香りが消える。いや、彼女の弟の香りだ。いつもの彼女もいいが、俺はやはりシャワー後の何の匂いも無い彼女が好きだと再認識した。
 ――俺は、フェロモンなんかに負けたくない!
「話、しようか?」
「ああ」
 麗香は冷静に話を聞いてくれた。もう隠せないと思って全てを話した。ただ、榊に爽を託したことは言わずに。
「じゃあ、あなたは運命のオメガがわかっていながら、私を選ぶの? すぐそこに、手に入る場所にいるのに……」
「俺にとって、アルファだから君の弟のフェロモンを感知するのは仕方ないし、それがたまたま運命のつがいだっただけだ。彼には直接会ったこともないし、彼に恋なんてもちろんしていない。俺は出会った瞬間から、麗香に恋をしていた」
 麗香の表情は辛そうだ。婚約者は自分の弟が運命のつがいだとはっきりと言ったのだから。
「それだって、私に着いた弟の香りを感知していたんでしょ」
「きっかけは、少し香る程度のフェロモンだったけれど、俺たちの日々は本物だった。きっかけはどうあれ、俺は本気で麗香に惚れている」
 麗香の瞳から涙が零れた。
「私だって……私だって、結婚を考えるくらいあなたが好き。だけど、爽はどうなるの? あの子が唯一愛せるアルファがここにいるのに、私が弟の未来を奪っていいの?」
 麗香は自分のことよりも、弟のことを考えていたようだった。美しいが、許せなかった。
「俺はどうなる? 俺は、俺の心は麗香を求めているのに、好きでもないオメガをつがいにしなきゃいけないのか? 爽君がアルファを愛せないのは、彼の問題だ。だからって唯一のアルファとして俺のことを言われても困る」
「でも……」
 加賀美は麗香の肩を掴んで説得した。それはもう必死だった。どうして、こんなに必死になって運命を否定しているのだろうか。もし、麗香という存在がいなければ間違いなく、あの香りのするオメガを今頃この胸に抱いていた。だけど、それではだめだ。フェロモンなんかで惹かれ合ったって、榊と運命のあのオメガがいい例だ。お互い苦しんで終わるだけ。相手に相手がいたなら、一度だって裏切ってはいけない。これは教訓だ。
「爽君だってそうだ。まだ会ってもいないアルファが、ただ匂いが合うというだけで、そいつとつがいにならなくちゃいけないのか? 俺たちバース性には恋をする資格も無い?」
「そんなこと……」
「麗香を知らなければ、俺はきっと爽君になびいていた。でも俺にはもう生涯を共にする女性が目の前にいる。ただ香りが合致するだけのオメガなんて欲しくない」
「響也……」
 麗香は何か思うところがあったようだが、加賀美を受け入れてくれた。
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