運命の番は姉の婚約者

riiko

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最終章 本当の幸せ

64 始まりの話

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「僕は爽が好きだ。初めて君を見た日から、目が離せなかった」
「え」
 爽は隆二の言葉に驚く。計画で近づいた男なのに、好きと言われて細胞がざわめき立つ。
 そんな爽の感情を読み取ったのか、爽がもう玄関から出て行かないと確信したのだろう。隆二は自然と爽をソファに誘導する。
 すかさず荷物をクローゼットにしまっていた。きっとここから逃げ出さないように、爽が出て行かないように、自然に話しながらしている隆二の行動さえ、逃したくないと言われているようで爽は嬉しかった。
 爽の隣に腰をかけてきた隆二が言う。
「爽がいつだったか、男に酔わされていた場面に僕と相原が遭遇した。これは本当に偶然だったんだけど。直前に加賀美と会っていたから、その残り香で君が発情したんだ。そして気付いたら僕はベータ男を殴っていた。衝動的に人を殴ったのなんて初めてで、自分に呆然としちゃったよ」
 いったいどういうことだろうか。あの時はたしかに運命の香りを察知した。それは隆二と相原に染み着いた加賀美の香り? 爽がただの友人に付着した残りがを感知したからだったのか……
 姉という恋人ではなくても、友人に着く香りにさえ反応してしまうとは……、今更ながら爽の運命へのセンサーに驚く。
 それを言うなら、加賀美もそうやって爽の香りに耐えていたことになる。どちらがどうとかいう問題ではなく、互いに拒んで一生懸命に道を見つけていただけのこと。それが図らずとも別々ながら自らの意思で運命の二人が選んだのが、隆二というアルファだった。
「相原が慌てて僕を止めて君を連れ去ったんだ。僕だって、それ以上男に迫られている爽を見ていたら危なかった」
「え、どういうこと?」
「爽は、運命の相手だけが一瞬で恋に落ちるとでも思った?」
 隆二の言っている意味がわからない。いや、爽にはわかった。隆二は最初から爽を想っていた。なんどもそう感じたことがあった。その感覚は、真実を知らない頃から爽の中にあった。
「フェロモンなんかじゃなくたって、人は人に惹かれるんだよ」
 しかしあの時の爽はただただ酔っ払いが絡まれていただけだった。そんなふしだらそうなオメガにこのような極上アルフがが恋に落ちるのだろうか。
 隆二の想いは信じたいが、そう信じていいほど、爽の自己肯定感は高くなかった。
 そもそもベータ同士の恋や、アルファとベータの恋にフェロモンは関係しない。だから、隆二が言うことは実際に起こりうることではなる。しかしこのよおうな何も持っていないオメガの自分と隆二の間でそれが起こるとは思えなかった。
 むしろ初めての体を楽しんで、それが気に入ったと言われた方がわかりやすい。結局隆二はアルファ。爽に惹かれる部分など、フェロモンでしかない。
 それを覆すように、隆二は真摯に伝えてくる。
「僕は、あのとき君の事情をすでに知っていた。加賀美に自分の婚約者の弟をつがいにしてくれって頼まれて、運命の糸を切って欲しいと言われていたんだ。加賀美は麗香さんから香りを感じるたびに抑制剤を使用していたけど、正直無理があって。あいつの体も限界だった」
「やっぱり……そういう事情だったんだ」
 運命に抗っているのは自分だけだと思い込んでいた過去を、改めて言葉にされて爽は恥じた。
 加賀美も精一杯抗っていた。どうして自分だけが苦しいなんて思ったのだろう。アルファのラットなんて、オメガのヒートより抑制が効かないと聞く。それなのに爽はのうのうと姉と仲良くしていた。
 爽とは方法が違うが、爽のフェロモンで誘発されないように、加賀美は自分なりに対策を考え実行しようとしていた。
 爽は妊娠することで、その期間フェロモンを感じないように。
 加賀美は爽につがいを作ることで、運命からの呪縛を解き放とうとした。
 ベータの女性を妻にするなら、運命のつがいは早いうちに排除した方がいいに決まっている。アルファなら、何が何でも好きな人を手に入れるために努力をするだろう。
 だから決して間違った対処法ではなかったが、最終的にお互い間違えた。
 考え込む爽を見て、隆二は頬に触れてくる。爽はその触れ合いが嫌ではなかった。どんな事情で求めたにしても、嫌ではなかった。
「僕はそんな加賀美が不幸だと思ったし、相手のオメガのこともかわいそうだと思ったんだ。そんな中、君を調べていくうちに、どんどん惹かれていた。君を欲しいと思ったんだ」
 隆二は運命に翻弄されている爽たちを、憐れんだことから始まった。
「僕が君を会社に入れたのは、もうバレてるよね? どうにかして加賀美から逃してあげたかったんだ。運命に拒絶された人の顛末を僕は知っているから、まだ十代の男の子にそんな経験させたくなくて」
「え?」
 自分が想像もしていない事情からのぶっこんでこられた話に、爽は戸惑う。
「僕も十代の頃、運命に拒絶されたことがあるから、立ち直るのに随分かかったんだ」
「そんなことが……」
 隆二は微笑む。全てを経験したからこそ、爽を気にしてくれていたのかもしれない。最初は気遣いからの興味だったのかもしれない。
「会社では君の評判をすでに調査していた。全てに対して、とても好ましいオメガだった。そんな子をずっと調べていたから、実際に会ったら僕はときめいてしまったみたい。爽が会社で僕に工場案内してくれたことがあったんだよ」
「え? どういうこと?」
「僕は本社ベータ社員のふりして爽に会ったことがある。君はとても一生懸命に機械のことを僕に教えてくれたんだ、僕はきっとあの時から君に恋をしていた」
「え、俺、覚えていないけど?」
「爽は人にあまり興味がなかったみたいだよね。でも仕事に集中している姿は、本当にかっこよかった」
 爽の知らないことばかりを隆二が話す。そんなにボケボケしていたのかと自分に呆れたが、爽はすでにあの工場で潜伏した副社長の隆二に会っていたらしい。爽が戸惑っているのもお構いなしに、隆二は話を進める。
「それから君と付き合いだしたことも、君を抱いたことも加賀美に言った」
「それは、なんだか嫌だな」
 なぜいきなりその話をするのかわからないが、性的な話の共有は普通の爽の感覚からしたら受け入れられなかった。
「はは、ごめん。好きな子ができた幸せを友達に自慢したかったんだ。エッチの内容なんて誰にも言ったことないから安心して。爽のそういう姿想像されるだけでむかつくからね」
「あっそ」
 アルファ同士の会話とはいったい……
「僕が爽を抱いたことを知ったときの加賀美を見て、危ないって思ったんだ。だから爽を急いで囲った。彼はいつの間にか運命に対して独占欲を持ち始めていた。というか最初から持っていたのを、君のお姉さんという存在を理由に無理やり閉ざそうとした。加賀美は理性でどうにかなると思い込んでいたし、そんな男に一人のオメガの人生をダメにされるのも許せなかった」
「隆二……」
「きっかけは、出会う前から運命に捨てられるかわいそうなオメガって思ったことだけど。爽に会って、恋をして、運命に抗おうとして妊娠しようとしている姿を見て、もうだめだった。加賀美から逃れたいからじゃなくて、僕を心から想ってくれた時に妊娠も契約もしたかった。だから今まで妊娠させられなかったんだ。それがこんな辛い思いをさせることになって、ごめん」
 隆二は出会う前から爽のことを想って、そして出会ってからはずっと守ってくれていた。
 真実を伝えられなかっただけで、爽の演技を見抜いたがそれでもその茶番に付き合っていた。
 ――だったら、俺が運命を確認しに行ったことも、知っていた? 
「もしかして、俺が加賀美さんに会いに行ったこと、気付いていた?」
「ああ、あの日、加賀美からも連絡きたし、護衛も見ていたから……」
 あのとき、加賀美は隆二に連絡をしたというのだろうか。
「俺、隆二と向き合うために運命に会いに行ったんだ。フェロモンに負けずにそれでも隆二を想えたら、俺は隆二に一生を捧げるって決めていた。加賀美さんを見てヒートがきたけど、俺には隆二がいるって、俺が心から求めているのは隆二だけだって、あの時、俺は運命に打ち勝ったって思ったんだ」
「爽……」
「ごめん、俺の浅はかな行動の全てが、隆二も姉ちゃんも、加賀美さんも傷つけた」
「爽が必死に、自分や周りの人を想った結果だよ。だけど、これからはそんな無理をする前に夫である僕に相談してほしいな」
「夫って」
 隆二は真剣な顔をした。爽もそれを見て姿勢を正す。

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