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第二章 運命
35、発情 5
しおりを挟む先輩はそんな俺の表情にも、不快感を出さずにむしろ幼い子供に聞かせるように優しく話を続けた。
「そう、運命の番だよ」
「そんな、まさか」
「運命の俺だから、オメガ性を抑えている良太に気づいた。他の人はお前をベータと思って疑ってないよ。ただこんなに可愛い良太に、悪い虫がつく機会は与えたくなったから匂いはつけ続けた、俺の匂いにみんなは戸惑ったみたいだけど、ふふっ。愛している、俺のオメガは良太だけ、順番は逆だけど生涯俺のそばにいてくれないか?」
「……え」
ただ目の前の発情したオメガで遊んだとかではなくて、まさかのそんな真剣な告白に、俺の頭は真っ白だ。何か言わなくちゃ、何を言う?
戸惑いを隠せていない顔を、真剣に見ている先輩は言葉を待っている。でも本当に発せないでいると、ふっと先輩は笑ってまた俺を引き寄せて抱きしめた。
俺の胸はきっとうるさいと思う。体を合わせた相手、しかも極上のアルファからのプロポーズ? に喜ばないオメガはいないと思う。
でも俺は違う、オメガの自覚はほぼない。だから本能では体だけはすごく喜んでいて、あらゆる部分が先輩を離してはいけないと言っているみたいだった。でも頭は追いついていかない。真っ白になっているけど、きちんとわかっている、これはダメだと。
「今はまだ戸惑っていてもいい。でも良太はもう俺のものだから。少しずつ自覚していけばいいよ」
「先輩の?」
「そう、そして俺も良太だけのもの。お互いが唯一無二の存在だよ」
頭がなにか警報を鳴らしている。
「ゆいいつ……むに」
片言の言葉を聞きつつも、先輩は俺を抱きしめている手をそっと片方だけ外してうなじに触れてきた。
「あっ……ん」
なにこの感覚、ゾワっとしたかと思ったら全身から力が抜けていき、俺はこの男の、このアルファのものであるって身体中から発せられているような感覚に陥った。
男性オメガの象徴である、子宮が存在すると言われている後ろの穴がキュンとしてきて、体が支えられなくなり改めて先輩の肩に顔を埋めて、全体重を先輩に預けてしまった。
「そうだよ、良太は俺のオメガになったんだ。もう誰とも番えない。一生俺だけだ」
先輩の唇がうなじに触れてきた。そこを先輩は舌で堪能し始めていると、もう何がなんだかわからなくなり、でも体は先輩を求め始める。
「はっ、あ」
ブワっと自分から花の香りがしてきた、それは紛れも無い母親と同じローズゼラニウムの香りだった。
そして先輩からも、さわやかな森林のような香りが出ている。
「すごいフェロモンだ、いい香り。俺に反応しているの、わかるか? 良太は番の俺を求めている。その香りはもう俺にしか通用しないから、これからも今まで通り誰に感知されることなく生活できるよ。番うと相手のアルファにしか、その香りは効かなくなるからね」
「つが…う?」
まさか、まさか!
「つがうって、先輩、もしかして、ううん。そんなことな…」
先輩に聞いているような、でも自分に言い聞かせるよう言葉を発していたが、先輩の次の言葉に愕然とした。
「噛んだよ。俺と良太は番になった」
「え……」
全身の力が抜けた。
自然と先輩から離れた体は、急いで自分の首元を確認した。手で触って見ると、そこには噛み跡らしきボコッとしたものを触れることができた。
そして若干じくじく痛い。体を繋げただけではなく、発情期中に噛まれていた?
「つがい……」
全ての意識が低下していく、俺の人生がここまでなのも瞬時に理解した。考えることなんてもうできない、そのまま意識を失い、俺はまどろむ意識の中、自分の中へと閉じこもっていった。
◆◆◆
アルファが発情期のオメガとの性行為中にうなじを噛むと、番関係が成立する。
番とはアルファにとっては支配できる人の一人、でもオメガは生涯たった一人の相手、他の人間とはもう性交渉もできない。番のアルファ次第で人生は変わると言われているそんな相手。
俺は詳しくは知らないから絢香や、勇吾さんの所の人達に、上流家庭のオメガについて詳しく教えてもらった。
優秀な会社の跡取り息子たちは、早くから提携できる会社のオメガと婚約を結ぶと決まっている。そして会社利益になる子供を産む。恋とか愛とかそんなの関係ないのが世の常だ。
でも所詮いい家柄のアルファやオメガは元から見栄えもいいので、だいたい世の中が羨ましがるような結婚になっている。
そんな未来が決まっているアルファたちは、学生の時間だけが唯一楽しめる時間。
そして家柄の無い、相手のいないオメガたちもこの時期にこぞって、優秀なアルファに見初められるように努力をするわけだ。
そういう風潮を知っている祖父から、オメガであることをひた隠すように言われてきた。俺の嫁入り先はすでに決まっていたからだ。
万が一にも、うなじを噛まれてしまったら取り返しのつかないことになる。オメガを隠しているのもあるが、奨学制度で入学するにあたり、オメガでは認められていないというのもあり番防止の首輪をすることはできなかった。
だから発情期さえなければやり過ごせる、そう言われていたから安心していた。
アルファの溺愛や執着はすごいらしい。
本当に愛してもらえれば、どんな家柄のオメガでも結婚してもらえることもある。しかし現実問題、ただの遊びで終わることがほとんどだ。
学生の期間だけできる唯一のゲーム。それでも噛んでもらえれば、番として生きていくことができる。社会進出が厳しいオメガには夢のような暮らしができる。相手のアルファもアルファ女性と結婚する場合なら、隠れて番を持つ人も多いので、その場合は愛人ではあるが一生の溺愛コースの決定でこちらも生活の心配がいらない。
しかしこの先輩は、それができない。
番うオメガが決まっているのだから。先輩の家柄は相当なものだ。ただのオメガを嫁にできるわけもない。婚約者も確かすごい家のオメガだった、だから学生時代に番にした相手など解消コースと決まっている。先輩のことは一緒に暮らすうちに少なからず信頼もしていたし尊敬していた。
だから噛んだと言われて、驚いた。
良家の婚約者との未来が決定しているのにも関わらず、遊び相手であるはずのオメガを噛んだ。
ああ、でも運命とかほざいたことを言っていたな。しかし俺は何も感じなかった。だから遊びであることを正当化する嘘だろう。それか初めての番で興奮しているかだな、散々番を欲しそうにしていたし、最低だ。
そこまでするなんて、所詮アルファとはそういう人種であり人の命をなんとも思わない。噛まれたオメガの未来は終わりだ。その時真剣に付き合ったとしても、結婚する時に番を解除されるのは決まりきったこと。
――アルファはクソだ――
わかりきっていたのに、この先輩は普通のアルファと違うなんて何で思えていたのだろう。やはりアルファはアルファだ。俺は今までの人生で何を学んだ? オメガを不幸にするのはいつだってアルファ、簡単に命を奪うのもアルファ。
番を解除されたオメガはだんだん弱って死ぬ。
……俺は、死ぬ?
頭の中で色々と考えるべきなのだが、でも今はただ目の前の出来事から意識を失うことだけが、生きていける唯一方法だとわかる。
漂う闇の中で、それでもなんとか自我を保つことができた。
これからどうするべきか。
最優先は、絢香。
彼女が生きていくためにはなんだってする、それが俺の存在価値。
死ぬことは決まった。
もうそれはどうしようもない事実だから嘆いたところで、意味がない。
気持ちを切り替えて、どうするか考える必要がある。だって俺は別にオメガになった時点で、人生なんてどうしようもないと悟ったから。でも絢香だけはなんとしても幸せになってもらいたい。
それを見届けて実現させること、それだけが俺に残された唯一の存在理由だったけど、それも全うするのは難しくなった。
だからせめて残り少なくなってしまった人生をかけて、絢香が幸せに生きていけるような世界を作ってあげなくちゃ。
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