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第二章 運命
36、発情 6
しおりを挟む『良太! 良太……』
――うるさい、うるさい、うるさい――
自分を呼ぶ声が聞こえる。頭の中だけは誰にも犯せない、今だけは自分と向き合わなくちゃ。
考えろ。
先輩は学生時代まだ自由のはず、高校を卒業するまでは死ぬのを免れるかもしれない。
その限られた時間で何ができるか考えろ、二年の確約を得るには? 先輩に番を解除されないように制約を結ばなければ。
俺の役者人生はまだ終わっていない。これから覚醒して、この非道なアルファに罪悪感でも何でもいい、何か俺に向ける感情を作って俺の命を二年引き延ばす努力をしなければ。
「良太! 良太、良かった、大丈夫? どこか辛いところは? 気を失っていたんだよ」
心配そうな顔で、俺の顔を覗き込んでいる先輩がいた。
「……すいません、自分の今の状況に驚いて意識が……。迷惑かけて、すいません」
「良太、迷惑なんてひとつもない、つい嬉しくていきなり色々話してごめんね。もしかしてと思ったけど、発情期中のこと覚えてなかった? 良太に噛んでと言われて嬉しくて」
「えっ、僕が言ったんですか?」
「そうだよ、発情が開けたらこれからの話をしたかったんだ。でも急に番の話をされて驚くのも無理はないよね、そもそもオメガってことも隠していたくらいだったしね」
衝撃の事実を聞かされて、またも停止してしまった自分がいた。俺から先輩に噛んでと言った?
「僕がお願いしたから、番になったんですか?」
俺がびっくりして思わず先輩を間近で見てしまった、正気になった自分の目には、安定の美形。
「まぁ、番にはしたかったから問題ないけど、良太の了承をもらったのは確かだよ」
裸で向き合っている姿に思わず恥ずかしくなり顔が熱くなった。そんな恥ずかしい表情の俺の顔に、先輩の顔が近づいてきた。ちゅっと、リップ音を鳴らして……キスをされた!
「良太、可愛い、ふふ」
「あ、あの! 先輩は優秀なアルファだし、付き合っている人はいないにしても婚約者の方いましたよね? それなのにどうして僕を噛んだんですか……」
「あれ? 婚約者がいるなんて言った?」
「それは家柄のあるアルファなら誰でもいると。それよりも噛んでと言ったにしても、発情期のオメガの戯言なんて無視していいのに。その、発情期を付き合ってくれたのは感謝していますが、番にするのは…いくらなんでも」
「嫌だった?」
俺の髪をすいて、甘く話す。俺は言葉を発せられなかったら、先輩はそのまま続けた。
「戯言って酷いな、本能のまま動く時期だから、噛んで欲しいのは本音だったんじゃない? 俺は嬉しかったよ、好きだった子から噛んでなんて言われて、抗えるアルファなんていない」
好きだったって、そんなはず無い。
「それに婚約者……ね。それは気にしなくていいよ、大した問題じゃない。良太が好きだったんだ。番にするって決めていた運命の相手が目の前で発情して、体にすりついてフェロモンかけられて、煽られて、最終的に噛んで? なんて言われたらもう無理だよね?」
無理だよね? って。
そこは理性でなんとかしろよ。お前の理性が足りないだけで、一人のオメガの命が消えるんだ。最低クソ野郎だ。
そしてまだ運命なんてふざけたことを言っている。お前何回、運命言うんだよ! ふざけるな。
アルファの頭はファンタジーでつまっているんじゃないのか? 自分はベータの感覚しかないから、よくオメガたちが運命とかほざいているのを軽蔑した目で見たけど、まさかアルファ様までそんなファンタジー脳をもっていたとは。
ああ、くそアルファだ。
婚約者いるけど、愛人にしたいとかそんなやつか?
どのみち先輩の婚約者は愛人なんて認めないだろうし、確かオメガの女性だったはずだから俺の番解消は決まったな「婚約者は気にしなくていい」それはつまり、俺が何を思っても先輩のすることには口を挟むなということだろうか? 俺が気にしたところで婚約者とは結婚する、そういうことか?
婚約者うんぬん以前に、俺がこのアルファ様と一緒にいる未来自体ごめんだ。今は愛だとか恋だとかそういう流れの話をやめる方向にもっていきたいし、とにかく俺が生き残るにはどうしたらいいのだろうか? 話を一旦やめて考えたい。
「先輩が僕を好きとか……流石に信じられません」
「何度でも言うよ、好きだよ、愛している」
俺は目の前でしっかりとそう言われて、条件反射のようにかぁって一瞬で顔が熱くなった。
「でも、先輩の婚約者さんは、他のオメガを番にしたなんて聞いたら悲しみますよ、なにより僕には運命がわかりません。それ以前に黙っていましたが、僕にも婚約者がいます。先輩に迫ってしまったことは申し訳なかったですが、本当に覚えてないんです」
「それは問題ない。覚えてなくても理解できたでしょ? 何が言いたいの?」
フラれたことも、ましてやきっと告白すらしたこと無いであろうアルファ様だ。自分が微笑めば誰もが堕ちると思っている。俺がいつまでもグダグダ言っている意味がわからないのだろう。
「図々しいのは承知ですが、僕まだやり残したことがあるんです。近くにいないようにするので、せめて先輩が結婚するまでは、いいえっ卒業するまでだけ番の解除を待って欲しいんです。お願いします!」
好きと言われても困る、でも番も困る。とにかく俺の命の期限を伸ばさなければ!
俺の言葉で先輩の顔が真顔になった。感情のない表情さえも冷たい感じがするのにかっこいい。この美形はどんな表情でも貴公子のままなのか? と全く意味のない考えが浮かんでしまった。
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