ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第三章 幸せへの道

63、岩峰家 2

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「良! 心配したのよ、風邪ひいて熱が酷かったって?」
「絢香……」
「先週帰ってこないから、心配でしょうがなかったの。寂しかったでしょ? 私が看病したかったのに。えっ、良、あなた……」
「あっ……」

 岩峰家に着くと同時に絢香がやってきた。俺のことを本当に心配してくれていた、でも俺の異変にすぐに気がついた。

 さすがオメガだ。

 俺から出る匂いで、アルファと関係を持ったと気づいたのだろう。俺は自分から言うつもりだったし覚悟はしていたけど、絢香のその戸惑いを見て、いきなり現実問題だって、ここで自分の置かれた状況をキチンと見えた気がした。

 そして、俺は涙が溢れてきてしまった。

 肝心なことは何も言えず、立ち尽くしてしまった。後ろからついてきた勇吾さんが、動揺した俺の肩を抱えてくれて、代わりに絢香に説明してくれた。

「絢香さん、気づいたと思うけど良太君はつがいができた。そのことで話を聞いて欲しいけど、大丈夫かな? 君には良太君の支えになってあげて欲しい」
「まさか、つがいに?……良」

 絢香は驚いたままだった。俺の空気感に、望まれたものでは無いことを感じたのだろう。

「良太君、絢香さんに会って安心しちゃったんだね? 今まで他人事のように処理していたからね。やっと安心できる場所に帰ってきたんだ、良く頑張ったよ。絢香さん?」

 勇吾さんがそう言うと、絢香は俺を抱き寄せた。泣きながら抱きしめて、きつく、きつく抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫よ。あなたには、何があっても私がいる。それだけでいいから、何も言わなくてもいいのよ、愛しているわ、愛している……」

 俺は絢香の腰に自分の腕を絡めて、そしてわんわん泣いた。こんなに大きな声をだして泣いたのは、きっと初めてだった。

 勇吾さんは俺と絢香を連れて行くと、ソファに座らせた。すっかり帰りが遅くなってしまったので、遊び疲れた岬は先に華と眠ってしまったと言っていた。そしたら勇吾さんはちょうど良かったねって言った。

「絢香さん、岬のことありがとう。ハーブティー煎れたから飲もう。良太君ちゃんと話せる?」

 勇吾さんは、俺が動揺しすぎていたから心配してくれた。さすが俺の未来の旦那様だ。

 もう早速だけど、俺は勇吾さんが夫になってくれる人で安心した。それにやっぱり俺一人では説明というか、話がきちんとできるか不安になった。だから、やっぱり勇吾さんにもいて欲しくなってしまった。

「勇吾さん、さっきは一人で話すって言ったけど、やっぱり勇吾さんにも側にいて欲しい。俺、絢香の前だとなんでも話せる自信はあるけど、絢香に嫌われたくない、軽蔑されたくない。自分の口から、言う自信がない……」
「良、私は決して嫌いにならない! 私たちの歴史をバカにしないで! あなた以上に愛している存在はいないわ。良も私をそう思ってくれているでしょ? それともつがいができたら、私のことはもう嫌になっちゃったの?」  

 俺は、絢香のその言葉にまた涙が出てきてしまった。そんなボロボロの俺の手に勇吾さんは自分の手をあてて落ち着かせてくれた。

「絢香さん、違うんだよ。大切だからこそ、自分の見られたくない部分ってあるでしょ? 良太君の一番は誰が見ても君だよ」
「そんなこと勇吾さんに言われなくても知っているわ……ごめんなさい」
「うん、もうこの流れでわかったとは思うけど、良太君は無理やりつがいにされた。不幸なことにアルファに見染められてしまったんだよ。運悪くそこで発情期も重なって、そのまま良太君が一番嫌悪している状況に」

 それだけ聞くと、先輩、極悪人だな。

「アルファは良太君を手放そうとはしない。そんなやりとりを、総帥とそのアルファとしてきたばかりだ。良太君は気丈にもずっと耐えてきた。だから君に会った途端、子供に戻ってしまったんだね。君の前では良太君は素直だから」

 絢香は驚いていた、そりゃそうだ。

 俺が嫌悪し続けていた状況が、俺に降りかかった。母さんと同じ、親子揃って呪われているな、勇吾さんは的確に要点だけ伝えてくれた。

 決して俺のオメガとしての汚点を伝えることはなかった。つがいは俺自身の失敗でもあるのに全部を先輩のせいにした、俺への配慮だ。

 絢香、俺はいつでも泣かせているね、ほんとにごめん。

「勇吾さん、話してくれてありがとう。もちろん、何があっても私は良の味方、いつでもあなたを抱きしめる」

 絢香は俺を抱きしめた。

「良、言いたくないことは言わなくていいのよ。きっと桐生さんと勇吾さんが良のために、力を貸してくれたのでしょう? 私のことも頼って欲しいわ、お二人のような力は無いけれど、誰にも負けない良への想いはあるから……それじゃだめかしら……」

 俺にとっては絢香の胸の中だけが唯一、俺を救い出してくれる。あの頃から何も変わってない。

 俺が絢香を守るって言って生きてきたはずなのに、結局はあの汚い子供時代と同じ、絢香に守られて俺は息を吸うことができるのだと、しみじみ思った。

「絢香、ありがとう……。勇吾さんも、代わりに話してくれてありがとう。俺、あいつに必ず復讐してやる。ごめん、弱気になったけど、向こうは俺のこと好きだから今のとこつがい解除はないし、俺が死ぬことは無い。やれるだけのことやるよ」
「良太君、そんなことを考えていたのか?」
「勇吾さん、俺どうしたって憎い。それなのにまたあいつに抱かれなくちゃいけないんだよ? お爺様にあと二年は関係を持てって言われて、やるって言っちゃたけど、俺、やっぱり怖いよ」
「良太君……」
「自分が自分じゃなくなるオメガの感覚、それをこれから味わうんだよ。憎いって思わないと心が持たないよ」

 絢香が俺に向き合ってきた。何も説明してないのに、そこには触れずに俺のことを考えてくれた答え。

「生きるために必要なら、復讐しなさい。でももう嫌だと思ったら、二人で逃げよう。今度こそ二人で永遠に眠りましょう。あの時は私が一人で死ぬって言ってしまったけど、もうあなたを置いていかないから」

 俺も勇吾さんも驚いている。はは、女は強いな、絢香最強だ!

 絢香にそこまで愛してもらえるなんて、嬉しすぎる。もうこの時は俺も絢香もどうかしていたと思うけど、俺には最高の絢香との人生の終着点が見えた。

 だから今は頑張れる、そう思った。失敗しても幸せな未来しかないのだから、俺は嬉しすぎて、絢香に抱きついて泣くしかできなかった。絢香の耳元でずっと大好きって囁いていた。

 絢香もずっと俺をあやしてくれた、あの頃の小さい俺はまだここにいるんだ。

 いつだって俺には絢香だけ、絢香は何があっても俺を守り、甘やかして、支えてくれる。最高の天使だ。死ぬ時も俺を守ってくれる。そう思ったら、今の生を絢香のために、もがいて苦しんででもやり遂げなくてはと、俺はまた強くなれた気がした。

 俺を救うのは、いつだって絢香だ。
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