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第五章 戸惑い
106、良太の苦悩 6
しおりを挟むハイクラスの人間が泊まれる場所だということは理解した。ここに入っているフレンチにジジイとの会食で来たことがあるからだ。
自分がいた場所を外から見上げて、俺は歩き出した。といっても本当に行くあてがないからどうしたものかと思ったが、一泊十万以上するようなホテルに残りの日数いるには気が引けた。
やはり体を売って逃げるというのは得策では無いかもしれない。それに副作用がどんどん出てきて、正直歩くのも辛い。
思考がまとまらない。
ここに居てもしょうがないから移動はしなくちゃ。とりあえずフラフラとした足取りで駅へと向かった。まとまらない頭なりに、思考を巡らせていた。
一旦は先輩の番として収まった。だけど、あんな現場を見てまで続けられない。そして、自暴自棄になり勇吾さんを裏切った。何食わぬ顔で優しい彼の元にも戻れない。
絢香のためを思って二人の男にいい顔する生活を選択してきたけど、それももう必要ない。だって絢香は俺が守る必要はなくなったから、今後はジジイがなんとかしてくれるだろう。
そして駅についたので電車を待っている時、なんとなくスマホの電源を入れた。そしたら通知の多さに一瞬ビビる。
メールと着信が凄い。通知上限数を初めて見た、な、なんだ? そしたらまた着信のバイブが震えた。画面には上條桜と書いてある。俺は急に怖くなって、でも通話も拒否もどちらのアイコンも押せずにいたら、向こうから黒いスーツを着た男が三人駆け寄って来た。
「!?」
見つけた! とか言いながら、インカムで何か話して駆け寄ってくる。黒づくめに悪い奴は……うん、悪い奴しかいない。俺の経験上、黒スーツが現れるイコール、拉致される。この公式が常識だった。すぐさま逃げた。
しかし連日セックスしかしてなった俺の体力は限界で、さらに副作用でふらふらだったから一人の男に腕を掴まれ簡単に捕まった。インカムで保護って言っている。
なんで俺、知らない男に捕まっているんだ? もしかして絢香の番のあの男? あいつが遂に俺にたどり着いた? 拷問か、それともまたオークションに売られるのだろうか。
とにかく体調が悪くて頭も働かない。改札を出る前だったので近くにいた駅員に助けを求めた。
「助けて! 誰か助けて! 警察呼んでください!」
と大声で言ったら男の腕が緩んだ。駅員が駆け寄ってきて、俺を引き寄せてくれた。そうしたら黒スーツの仲間がすぐさま近くにいる駅員に何か話している。そして近寄ってきた駅員さんに俺は諭された。
「彼らは、君のお家の人が要請した刑事さんだよ。やっぱり財閥の人間は違うね」
誰だよ、その財閥の人間って。ジジイなら警察を動かすはずがない。俺の存在を世間に知られるわけにいかないし、先輩だってもう俺を捨てるんだからこんな大掛かりなことしないはずだし、そもそも契約上、公にできないはずだ。やはり絢香の番しかない。警察にいい加減な何かを吹き込み、俺を捕獲しようとしているんだ。
俺の言葉なんて誰も信じない。そうだよな、そいつらがたとえ人買いだって、オメガの言葉よりもアルファを信じるのが世の常だ。
「桐生良太さんですね? 驚かせてすいません。上條氏から番が誘拐された恐れがあると連絡をもらい動きました。一緒に来てください、お怪我はございませんか?」
嘘だろう。あいつ俺の番までもう調査済みなのか?
「上條なんて知らない、人違いだ。アルファが俺に触るな!」
薬が切れたから? 昨日までアルファに抱かれていても平気だったのに、たちまちこのアルファに嫌悪感が湧く。
「……あなたは番持ちですね、失礼しました。では、触らないのでついて来ていただけますね?」
「あんた耳聞こえないの? 俺はそんな奴を知らない。そもそもあんたらが警察かどうかも信じられない、俺は行かない……」
俺が捕まったら絢香もすぐにバレテしまう。動かない体にムチをうって、改札へ走って逃げた。
が、そこにも黒スーツは居て俺はすぐ捕らえられた。警察のフリをして俺を拉致してまたオークションに戻される?
急に怖くなった。
「嫌だ、離せ! お願い、もう嫌だ、ねえ、今、金あるからそれで見逃して……。金でダメなら体でいい? 三人同時に相手してあげるから、俺フェラ上手いよ? 昨日も散々してたし後ろもすぐ挿れられるから、そこのトイレでいい?」
大人しくなった俺は抵抗しないというそぶりを見せて、オメガ特有の弱さを見せた。
男たちは驚いていたがすぐさま仕事に戻り、俺の腕を掴み連れて行かれる。それを一生懸命振りほどく。ああ人が一人拉致されているというのに、誰一人助けてくれない。
堂々と人買いに攫われていくのはオメガだからしょうがないのか……? こんな世の中クソだ。
「なあ、お願いだ、お願い。あそこに戻りたくない。もうあんな生活いや……。ねぇ、いくらで俺攫われるの? オークションにだけは売らないで、お願い……。体なら好きにしていいから、どんなプレイでも答えるから! お願い」
俺は泣きながらすがった。かばんから先ほどもらった札束をだしてこれで見逃してくれって、目の前に男に渡した。
あの男は、しばらく体を売らなくて良いように百万も持たせてくれたのだ。俺はさすがに受け取れないって言っても、聞いてくれず、じゃ捨てろと笑って去っていった。だから今俺は金を持っている。
目の前の男は本当に驚いている。そして少し腕を緩めて、立ち止まった。
「君はさっきから、何を言っている。私達は上條桜氏に依頼されて動いている、保護だ。君は上條桜の番で間違い無いだろう?」
「そんな奴は知らない! 人違いだ」
「君は二日間行方不明になっていた。売られそうになったのか? それに強姦もされたんだな? まずは病院へ行ったほうがいい。我々は警察だから安心しなさい、君は保護された。もう大丈夫だから」
巧妙な何とも本当っぽい話だ、だけど先輩がそんな公共の機関を利用して探すわけがない、あいつだって婚約者がいるし、番なんて世の中に知られていいはずがないんだから。
「アルファの言うことなんか信用できるか! もうお願いだ。なんでも聞くからここで解放して? やりたいなら、好きにしていいし、金ならこれあげる、お願いだ、保護とかそういうの、どうでもいいから解放してください、お願いします!」
それでも俺は懇願したが、相手はアルファだから聞くはずもない。
俺は外に出るときはいつも、ナイフだけは所持していた。これはもう幼い時からの癖なのでしょうがない。ついに役立つ時がきた。といっても俺みたいなひ弱なオメガが、訓練されたアルファに敵うわけもないのは知っている。
ナイフを出すとすぐに、俺の腹に刺した。売られるくらいなら、死んでやる。
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