ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第七章 決断

142、絢香の番 2

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 先輩は、クリスマスの後から俺の様子がおかしくなっているのに気付いていたらしい。

 結婚を申し込まれて、これは学生の間の遊びではなくて、本気なんだと思ったら急に怖くなったと言った。

 そんな俺の不安を振り切るために、先輩はパーティーへ連れて行くと言いだした。

 でも桐生がそれを許すわけがないというのもわかるから、変装をさせると。そんなんでバレないわけないだろう、そう思いながらも話を聞いていた。

 今度、上條で身内が集まるパーティーがある。

 だから来賓者は身分で特定されているし、安全も約束されている、ましてや俺が桐生の孫だと知る人もいない。桐生とは言わずに、恋人として皆に紹介したいと言いだした。そこで両親にも合わせると。

 先輩のご両親は俺に会いたがっていて、俺たちのことを賛成してくれているのだとか。身内だけだからバレ用もないし桐生に内緒で俺を両親と対面させると。先輩は俺に、本気で結婚する気だと伝えてきた。

 そしてパーティーが始まる前に、ご両親とは無事に対面できた。

 なんと、俺は女装をさせられていたのだった。

 その姿は、まるで死んだ母さんの生き写しのような、可愛らしい少女へと変身していた。その変貌ぶりに驚いて自分を見ていると、先輩も動揺していた。よほどタイプの女の子だったらしい。そこには俺も複雑な思いがあったが、まあいいとして、こんな姿でご両親と対面した。

 先輩のお母さんには、以前寮であったことがあったので安心して会えたし、相変わらず美しくて高貴なフェロモンの香り。まんまこの人のイメージだった。あの時はわからなかったが、あの時のあのいい匂いはフェロモンだったみたいだ。

 そしてもう一人、先輩がもっと大人になって少しきつめの印象になった感じの人、先輩のお父さん。遅れて来たその人は俺を見た瞬間に時が止まったようだった。

「せ、つか……」
「えっ?」

 そして勢いよく俺のところに来て、いきなり抱きしめられた。なんでこの人は、その言葉を、母さんの名前、雪華せつかと……。

 俺の警戒心は一気に上がった。それにいくら先輩の親だとしても、先輩以外のアルファに抱きしめられたら嫌悪感しかなかったし、震えてしまった。

 それには先輩も先輩のお母さんも驚いたが、まず先輩が俺の体を引き剥がして、先輩のお母さんである由香里さんがその人をグーで殴った。

「父さん、死にたいんですか?」
かえで! このクソアルファ――」

 一気に不穏な空気になっていた。先輩のお母さんもドス黒いオーラを出してその人を睨みつけていた。

「楓、どういうこと? 僕という妻がいながら、息子の恋人に欲情したの?」
由香里ゆかり! いや、ち、違う。良太君があまりに彼の母親にそっくりだったから驚いただけだ。驚かせてごめん、いや、俺が一番驚いているんだ」

 そして先輩が驚いて聞き返した。

「良太の母親を、知っているんですか?」

 俺は先輩の後ろに隠れながらも、その人の目がずっと俺を捉えていたのが見えた。目が離せなくなった。でも同時にアルファへの恐怖も溢れてきた。

「良太君、驚かせてすまない。俺が愛しているのは妻の由香里だけだから、君をどうにかしようなんて考えてもない。ただ、俺の初恋の人が君のお母さん、雪華だったんだ。それであまりに幼い頃のあの子に生き写しのような姿に驚いてしまったんだ」

 なんだと!? まさか母さんとこの人は知り合いだったとは。そういえば、以前ジジイが言っていた。あやつの息子が気になると。その時はなんとも思わなかったから忘れていたが、今急にジジイのその時の言葉を思い出し、今更疑問に思った。

「あの、母をご存知なんですか?」
「ああ、まずはゆっくり座って話そうか。桜、由香里も、聞いてくれるか」

 先輩のお父さんは、アルファの上條楓さん、その妻で男性オメガの由香里さん。

 二人は俺に自己紹介をしてくれた。先輩のお母さんの柔らかい雰囲気は俺を和ませてくれた。むしろ先輩といるよりも緊張せずにいられる。

 そして最初の印象が悪すぎて、上條楓には警戒心は解けないままだった。急に現れたアルファに怖いという気持ちが出てきてしまい、つがいと触れてないと不安なのを感じてくれた先輩に横から腰を抱き締めて離れずにいてくれたまま座らされ、話は続けられた。

 楓さんは母と幼稚舎が同じでその時、好きになったって、よくある初恋。高校生の時にとある財閥のパーティーで再会してそして恋に落ちたが、母さんにはまともに相手にされなかったらしい。

 こんなイケメンを蹴散らすなんて、母さん割と凄いな。それもその筈、母さんはずっと俺の父さんが好きだったからだ。幼い頃より兄弟のように育った父さんを好きでたまらなかったって、父さんが亡くなってからも俺によく話していた。

 父さんはオメガで年も近い使用人だったから、家の中で一緒に遊んだって言っていた。ジジイもオメガの男の子と恋に落ちるなんて思いもしなかったのだろう、着々と二人の心は育っていった。

 そこへ邪魔をしたのがこの目の前の男だった。母さんにアプローチするも振られてはまた立ち上がる。きっと母さんはうんざりしていたのだろう、高校生の時ついに嫌気をさし、そして自分自身の政略結婚も決まっていた、それだから父さんと逃げ出したんじゃないのか?

 ってことは、こいつが悪の元凶か?

「でも懐かしいな、彼女はとても美しくて、高嶺の花で。幼い時も可愛かったけど、再会した時は心臓が止まるかと思ったくらい美しくなっていた。それまでの世界が変わるほど、俺は彼女に落ちた。でも惨敗だったけどね。彼女にはすでに心に決めた人、君のお父さんが居たんだ。そこで俺は好きな子のために一肌脱いだ。君のご両親を桐生から引き離す手伝いをしたんだ」
「えっ、どういうことですか?」

 俺が言おうとしたセリフを、横で聞いていた先輩が言った。

「彼女はその当時、政略結婚が決まっていた。それをどうしようと相談を受けていたんだよ。彼女の恋人、良太君の父親はオメガだったんだ。オメガ二人が逃げるには、無理がある。だから数ヶ月匿う手伝いをした。それが後々ばれて、桐生氏から相当な攻撃を受けたけどね、でも二人は結ばれて良太君が生まれたんだ。彼が早くに亡くなってしまったのはとても残念だったけど、俺の目の前にいた時の二人は確かに幸せそうだった」

 それを聞いて俺の目から涙がこぼれた。

 父さんと母さんを知っている。この人は手助けをしてくれた? 何も言えずに泣き出した俺を、由香里さんが席を飛び越えて抱きしめてくれた。

「良太君、今の話、僕は初耳だったけど君のご両親の亡くなられた経緯は聞いていたんだ。辛かったね、まだこんなに幼いのにとても苦労をしてきたね、これからは僕たちが君を守ってあげる、桜や僕に精一杯甘えたらいい、君のご両親には負けるかもしれないけど、家族として君を大切にしたい。それが僕の気持ちだよ」

 すると楓さんはがっかりするように喋った。

「どうしてそこに俺の名前がないんだ? 俺も良太君を大切な息子として迎えるつもりだ。由香里、俺の過去に心配は何もないし、俺のかわいい初恋ははかなくも叶わなかったんだ、むしろその恋敵を助けた俺を称えて欲しいね」
「ふ――ん」

 由香里さん、そういいつつも嬉しそうだ。それに俺を抱きしめるその腕は心地が良くて、俺はここにいてもいいのだと思ってしまった。

「由香里、本当だよ。それは幼い恋物語で、俺の人生で愛したのは由香里だけだから! 全部由香里と出会う前の話だ、だから桜も良太君も警戒しないでくれ、雪華に似ている良太君に驚いただけで邪な気持ちは一切ない! あの子とは清い関係のままだったと誓って言える。助けた二人の息子が、自分の息子になるのはとても嬉しいよ、良太君、我が家では君を歓迎するし大事にすると約束する」
「そうだね、クソ楓のハナタレ時代をとやかくいってもしょうがないし、良太君、僕は君がとても好きだよ、僕を本当のお母さんだと思ってね、君を歓迎する!」
「あ、ありがとうございます。両親を助けてくれていたのも、昔の話を聞けてとても嬉しかったです。両親にも幸せな時間が存在したんですね。でも、僕は、桐生……」
「俺にはそんなことは何の意味もなさない。たしかに桐生財閥には痛い思いもさせられたが、それはそれだ。君は雪華の大事な息子であり、桜の大切な人だ。俺にとっても大事な家族だから、それだけでいいんだ。君が家のことまで背負うことはない」

 俺は先輩の両親に歓迎されていたようだった。

 不思議だ。

 縁とはなんと不思議なものなんだろう、母さんが繋いでいたのかもしれない。結ばれない二人の息子たちがつがいになった。

 そしてその二人も今後結ばれ続けることはない、俺はとても不思議な気持ちでこの流れを見ていた。
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