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最終章 それぞれの選択
212、最終章 2
しおりを挟むうぅ、よく寝たって、目を開けると俺を心配そうに見ている親子がいた。
「えっ」
「君、大丈夫? そんなところで寝るなんて、気分悪い? 顔色悪いね」
女性と男の子が俺を覗いていた。
「あっ、すいません」
「お兄ちゃん何していたの? どこか痛いの? 涙、お目々がかわいそうだよ」
「えっ、」
そっと頬に手を寄せたら濡れていた。俺、無意識に涙とか出ている。
「ほんとだね、目にゴミでも入ったのかも? 大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。ちょっと寝不足でうたたねしちゃったみたい」
幼稚園児くらいの子供が、大きな目を見開いて俺を見る、そしてその母親も心配そうに見てくる。体調不良で寝転んでいたと思われた? それとも家出少年にでも見えるかな? 平日の昼間、海で寝て学校サボってたそがれ? 中二病的な。
「ねえ、君はこの辺の子……じゃないわよね?」
「えっ、わかるんですか?」
「だって、真っ白だもの。綺麗な肌、この辺の子供ならあなたみたいな病弱な子はいないわよ!」
病弱!? 俺は自分の肌を見た。確かに! ずっと監禁状態だったから、日の光に浴びることもなく、さらには食欲もどんどんなくなり痩せ細ってしまっていた。自分の容姿がここまで落ちぶれていたとは。
「すいません、ここ思い出の場所で。毎年夏に来ていたから急に来たくなって、ご迷惑? ご心配をおかけしました、じゃあ失礼します」
「待って!」
「えっ?」
なぜかその女性に、がしっと腕を掴まれ引き止められた。
「君は訳ありね? こんないたいけな美少年をそのまま一人にできない。大丈夫、私シングルマザーでこの子と二人よ、って私が怪しいか!?」
「ママが危ない人になっているよ。知らない人についてっちゃいけませんって言っているのに、ママがお兄ちゃんを誘拐しようとしている……」
「こら! そんなんじゃないの。私はいたいけな子を保護しようとしているだけ」
「ほ……ご?」
何を言っている?
「まぁ、ともかくもうお昼の時間だわ。近くに美味しい定食屋さんがあるの。私たち今から昼食なのよ、これも何かの縁よ。付き合いなさい! お姉さんご馳走したげる」
「えっ、でも俺こそ怪しい人かもしれませんよ? なんで一緒に飯を?」
「だって、あなたすぐにでも倒れそうなくらい細いんだもん! そんな子ほっとけない」
そしたら子供が言う。
「お兄ちゃんは大丈夫。だって、お兄ちゃんは優しい匂いがするから」
「ふふっ、君オメガでしょ。この子は大のオメガ好きでね、保育園でも困っているのよ。そして綺麗な人が好きみたい。まだ五歳なのによ、困っちゃうでしょ」
五歳の男の子は、有無を言わさず俺の手を握った。ふと岬を思い出して、涙が出そうになったのを慌ててふりきった。
この子アルファなのかな? アルファの本能は子供の時からあるものなのか、といっても大人のアルファと違って怖さのかけらもない、ちょっと面白くなって笑ってしまった。岬とはまた違って可愛いな、俺は特に急ぐ必要も無いので、お言葉に甘えた。
定食屋に入ると、この親子は馴染みたいでいつものといった感じで注文していたし、子供は楽しそうにおもちゃのある場所に向かった。年季の入ったテーブルに椅子、こういう店はついぞ入ることはなかったから、俺はテンションが上がった。
子供の頃、貧乏すぎて外食はできなかったし、お爺様に拾われてからは上等教育の一環として高級な店しか行かなくなった。勇吾さんや桜と付き合っていてもそうだ。だから、庶民的な店は初めてに等しい。
ご飯が目の前にきた途端、今まで全く機能しなかった鼻が急に働き出した。味噌汁の匂いがいい香りだと思った、その瞬間ひどい吐き気に襲われた。
「うっ……うう、」
「ちょっ、大丈夫? トイレ、ほらっ」
その女性、亜希子さんに連れられてトイレに行くも吐き出した。
「良太君……」
「うっ、すびませんっ、もう大丈夫」
「ご飯食べられないくらい体調悪いの? それとも、まぁいいわ。何か軽めのものを出してもらいましょう」
そして席に着くと、そこの優しい店主は五目粥を作ってくれた。お腹は不思議と空いてきて、さっきの吐き気ももうなくなっていた。俺は一口入れると、おいしさに心が暖かくなった、味がわかるし味覚が戻るなんてどうしたんだろ?
もしかして番と離れて何かが変わったのか? 不思議そうな顔で、でも満足した顔で粥を食べていると亜希子さんがほっとした顔をした。
「さっきの、つわりでしょ?」
えっ、つわりって、なんだっけ。キョトンとしていると話は続けられた。
「妊娠しているんじゃないの? 良太君はね、寝ている時もずっとお腹を守っているようだったし、私達と会った時もお腹を気にしていたよ」
「に……んしん? つわり、まさか」
「まさか気が付いてなかったの? ここ最近吐いたりしてなかった? 敏感になったり、眠くなったりしてない? あとオメガの男の子だと性的機能が落ちる子もいるんだっけ」
「えっ」
確かに亜希子さんの言っていることは、当てはまる。でもそれは番を失ったことによる影響ってことだったはず。
「そんな、俺、妊娠しているんですかね?」
「えっ! 知らないわよ、心当たりは? それよりも検査が先ね」
「いや、ちょっと待って。やっぱりそれは無いです。その、俺、最近番を解消されたから、その影響で体のあちこちがおかしくなっていて、だから妊娠なんて無いです」
「えっ、えっ、番解除? そんな重要なこと、こんな小汚い定食屋でさらりと言う?」
妊娠と聞いて一瞬喜ぶ、馬鹿な自分を笑った。
「ははっ小汚いって、亜希子さん自分でここに連れてきて、酷いなぁ」
「でも、良太君のそれは明らかに妊娠初期の症状よ? 経産婦をなめないでよ」
そこで、夢中でご飯を食べていた裕樹君が話に加わってきた。
「良太君の優しい匂いとね、あともうひとつここから違う匂いするからっ、赤ちゃんはここにちゃんといるよ」
「「ええっ!」」
俺と亜希子さんは、裕樹君の発言に驚いた。
「裕樹、良太君に赤ちゃんがいるの……わかるの?」
「ん? わかるよ――。だって、全然違う匂いがしてくるもん!」
「我が息子ながら凄いわっ、あんたの本能にママ感動よ。やっぱりあなたはアルファに違いない! よくやった!」
「ママっ、くるしいよぅ」
俺は呆気に取られるが、二人はキャッキャ言っている。
「よし! なら、まずは検査薬かしら」
「あの、もしそうだとしても、自分で確かめますから、もうここで」
「ダメよ! あなた、おかしいと思ったけど番解除されたなら納得だわ。ここに何しに来たのかも。大丈夫よ、この間テレビで画期的な薬ができたって言っていたから、もう番解除でオメガは死ななくていい時代になったの!」
「いや、あの、違くて、俺これから大事な人に会いに行くんです。だから変な早とちりしないで下さい」
「へっ、そうなの? でも」
俺は亜希子さんに安心してもらうために笑った。
「妊娠は予定外だったけど、でも腹に愛した人の子供がいるっていいですね」
「良太君」
亜希子さんはやはり俺のことをほっとけなかったと、妊娠検査薬を買って、その日はそのまま亜希子さんの家に泊まらせてもらうことになった。
結果、俺の腹には子供がいることがわかった。
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