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最終章 それぞれの選択
214、最終章 4
しおりを挟む桜と初めての夏を過ごしたホテル、どうしてもここに来たかった。だから昨日はあの海に行ったのもある。
翌日、番との思い出の場所に付き合って欲しいって、会ったばかりの亜希子さんに我儘を言った。どうしても、そこのホテルでパフェを食べたいからと言って裕樹君とそのホテルに付き合ってくれた。
二人の母子と俺、なんだかちぐはぐでどんな関係かと思えるけど、俺が憧れたあの日の三人親子の光景とかぶる。ファミレスで仲のいい親子三人がパフェを食べているあの憧れ。自分でも経験したかったそれを、見ず知らずの親子に付き合ってもらった。
ラウンジへ通されると、しばらくして俺の席に見たことのある人が来た。
「桐生様、いぇもう上條様でしたね。お久しぶりです。まさか当ホテルへお越しいただいていたとは。気付かずに失礼いたしました。ご結婚おめでとうございます」
「あっ、支配人さん。すいません、僕の方こそ断りなくお邪魔していました」
亜希子さんは怪訝な顔をする。なぜか支配人登場、そして俺への祝福の言葉。結婚しているということを俺は彼女に言ってないんだから。
支配人も何か感付いたのか、隣の親子を見る。
「本日はどうなされたのですか? シーズンにはまだ早いし、ご宿泊ではなかったですよね、ご主人はご一緒ではないのですか?」
「今日はここにパフェを食べにきたんです。だけどこんな時期にないですよね……何も調べずにきてしまいました。お世話になったこちらの方達と一緒に甘いもの食べたくて」
「そうでしたか、パフェはもちろんご用意いたします。あの時は上條様からの特別な依頼だったので、少し内容は変わりますがよろしいですか?」
「そうだったんですか、知らなかった。内容はお任せします、無理言って申し訳ないですがお願いします」
あの時は桜が、俺のために無いものをオーダーしてくれたんだって聞いた。あの頃から本当に俺は愛されていたんだなって、また確認ができて涙が出そうだった。
亜希子さんはそんな俺の手を握りしめてくれた。俺達の関係を不思議に思っている支配人には世間的にはまだ公表されないが、番は解消し、少し時間を置いてから籍は抜くということも伝えた。だから、まだ誰にも言わないでおいてきくださいとお願いした。
「でも……それでは桐生様は、ご実家が出されたあの新薬を使用して、そのご婦人とご結婚を?」
支配人にはそんな風に見えたのかな? そしたら、亜希子さんまで話に乗ってきたよ。
「あら、良太君、それもいいわね! 私が貴方をもらってあげてもいいのよ? この子もついてくるけど」
「それは俺としても嬉しいな、ははっ。冗談はさておき、上條側とは円満に解消したので、問題ありません。ご心配をありがとうございます。世間に発表されるまでは心に留めておいてもらえると助かります」
色々察してくれたのか、それ以上は何も聞かないで、俺たちに楽しんで過ごして欲しいと言ってくれた。
そして亜希子さんも、掘り下げて聞いてくることはなく、ただただ三人で美味しくパフェを食べていた。
帰り際に支配人がまた挨拶にきてくれた。この後どうするのか聞かれたから、両親に会いにいくと伝えた。
「良太君、ここからご実家は近いの? 一人で行ける? お腹のことも言いづらかったら、私が説明しようか?」
それを聞いていた亜希子さんが、俺に聞いてきた。
「大丈夫です。僕の両親ならわかってくれると思います」
「そう」
支配人も、たくさん甘えられるといいですねって言ってくれた。両親に会いにいくと言ったら、亜希子さんは安心した顔をしたから、それで良かったんだと感じた。
そしてホテルを出てから、亜希子さんと裕樹君にお礼を言って、そこで別れた。
桜の家を出てから、凄くいい人たちに出会っている。普通の人の日常は、こんなにも奇跡にあふれた生活をしているのかな。なんでこんなに優しい人たちが、最後の最後でやってくるんだろう。
決心が鈍りそうだ。
世の中は辛い。そうやって思い込んで生きてきたのをたったこれだけで塗り替えられた。やはりバース性にとらわれない世界では、俺や桜みたいにややこしく生きていかなくていいんだ。俺の憧れをこの二日で経験した気がした。
もしかしたら辛い人生最後のご褒美なのかな。
今はとっても楽しいし、幸せだ。
見ず知らずの人に助けてもらった。他人は敵だって思って生きてきた子供時代が急に馬鹿馬鹿しくなった。きっとこの世が腐っているんじゃなくて、人を受け入れる努力をしなかった俺が、クソな人生を作ってしまったんだ。
今までの俺だったら警戒心で人の親切を受けない。今はもう怖いものが無いから、知らない人も怖くない。そしたら急に人の優しさに触れられることができた。
勝手に積み上げた警戒心が、俺を腐らせてまともな判断もできない大人へとしていった。周りから散々な目にあったのは全て俺が作り出してきたこと。世の中や人を恨む前に、自分が変わっていれば、違う未来があったかもしれない。
あの子供を見て教えられた。
こんな俺が母親として子供を導けるわけもない。もしこのまま桜の番として子供を産むことになっていたら、きっと後悔する。
不幸な子供をこの世に生み出した罰まで背負うことになっただろう。そんな極悪人を子どもの親にしてしまったら、桜まで悲しませるところだった。
罰を背負うのは俺だけでいい。
ごめんな、俺ひとりだと寂しいからお前が俺のために腹にきてくれたんだろう? 大丈夫だ。きっとお前なら母さんや父さんが、なんの罪もない世界で受け入れてくれる。
俺は罪深いから、ひょっとしたら一緒にはいられないかもしれないけど。
これからお前のじぃちゃんとばぁちゃんに会いにいくからな、もう少し頑張れよ。
俺は心の中で、腹をさすりながら愛おしい我が子に一生懸命声をかけた。
次の目的地は両親の墓だ。
旅立つ前に、この子のことを母さん達に頼まなくちゃ。そう思って、長い移動を経て墓地に到着した。両親の墓には綺麗なお花が添えられていた。こんな時期に、勇吾さんかな? それともお爺様?
でも良かったね。
こんなに豪華な花を添えてもらえて。俺は道端で見つけたゼラニウムを墓前に添えた。
「父さん、母さん、俺のこと、一生懸命育ててくれてありがとう。望む結果にはならなかったかもしれないけど、俺、精一杯生きたよ。俺、やっと自由になれたんだ。だから、もうすぐ会いに行くからね。二人に孫の顔も見せてあげるから楽しみに待っていてね、俺の体は見つからないところに行くから同じお墓には入れないけど、だけど、許して。大好きだよ」
簡単だけどお墓参りも済ませた、俺は今とても満足している。
後やることはひとつだけだ、終わらせることは全て終わらせた。そして最後に向かったのは、日本人なら一度は目指したい山。
登山をしたことなんてない。
だけどそれなりの格好をしなければ怪しまれてしまうかもしれないから、登山ショップで服を一式用意してリュックも持って、いかにも山登りしに来ましたという姿になった。
どんな最後にするか一生懸命考えた。番解除で徐々に弱って死んでいくのだけは絶対に嫌だった。それだけで人様に迷惑をかけてしまう。かといって事故にはそんな都合よく合わないし、人身事故は人を巻き込む可能性もある。
なるべく迷惑かからない方法。
海に飛び込んだとしても、仮に体がみつかれば迷惑がかかる。元番死亡とか、桐生の孫自殺とか、そんなのも困る。
これは山奥しかない、誰も入らない場所でこっそり。まあ素人が考えそうだが、これが見つからないシンプルな方法だ。
そんな感じで山を目指して来たが、まさかのこんなところで衝撃の展開を迎えるとは思ってもいなかった。
――あなたを心配している人、いるんじゃない?――
不意に亜希子さんに言われた言葉が頭をよぎった。
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