ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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最終章 それぞれの選択

222、最終章 12

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『……良太! 俺だ、お願いだ、目を覚まして、俺を見て!』
『……意識が戻ったのか!?』
『いや、まだだよ。君ができることは何もない。少し処置をするからその手紙を今すぐ読みなさい』
『そんなもの読んでいる場合じゃない! 良太に触らせてくれ』
『『……、……』』

  
 数人の言い争っている声で目が覚めた。何を言っているかまでは聞き取れなかったけど、俺の目が開いたことに気がついた桜が話しかけてきたみたいだった。

 えっ、桜っ!?

 だが、すぐに勇吾さんが阻止してこちらにきた。耳元でささやいてきた、俺にしか聞こえない小さい声で。

「君の愛しい人がきているよ。君は今夜が山場だと伝えてある、最期の謝罪だけ受け取ってみたらどう? 目を覚ましたら本当の気持ち聞けないかもしれないから、あくまでも君は意識不明の重体のままだ、いいね? 目を開けてはいけないよ」

 声は発せずに、目で頷いた。

「大丈夫だよ、もう君を悲しませることだけは無いようにするからね。さあ静かに聞いていなさい」

 そう言われて俺はすぅっと目を閉じた。

 それにしても桜はどうしてここにいるんだ? というか、なんでだ? また藤堂さんの暴走? いったい何がしたいんだよ、あの人は。そしたらしばらく静かだったと思ったら桜の涙交じりの声が聞こえた。

 えっ、あのアルファが人前で泣いている? ここには勇吾さんもいるのに。

「俺はっ……、俺は良太の覚悟も、思いも、初めから何にも理解していなかった……。でも、これを読んでも俺は良太の幸せが死ぬこととは思えない!」
「同感だな、どうだった? 岩峰に当てた謝罪の手紙という名の、お前への熱烈なラブレターのようなわけのわからない手紙は」

 あれ、藤堂さんもいるの? 聞こえる声だけで周りを探る。って、え――。勇吾さんに書いた手紙を読ませたわけ? 俺の秘密って藤堂さんの手にかかったら何にもないじゃん!

「でもね、良太君の命をかけた願いだよ。君は出会う前の良太君を何一つ知らないよね。十代の子供が経験するにはとても辛すぎる人生を歩んできたんだ。きっとトラウマも残っている。アルファの大人の集団を見るといまだに震える。そんな悲しみを抱えたまま生きるのは苦痛でしかないんじゃない? 生きることだけが幸せではないんだよ。彼を生きることから解放してあげようって、そんな優しさはないの?」

  ……勇吾さん。

「それが優しさなんですか? 生きていたらそれ以上の喜びを与えてあげられるかもしれない。辛いことしかなかったのなら、もう辛いことが何もない世界を与えたらいい。それではだめなんですか?」

 桜……。

「でも、できなかっただろう? 過去を知ったからそれをしようっていうのも虫が良すぎるよ。つがいなら無条件にそういう世界を経験させてあげるべきだった。それをしなかったのは君だ。怒りに任せて、つがい解除をして、結局、君が良太君を殺すんだよ。それに、もう彼は生きる気力がないのだから、何もできない……」
「……っ」
「おい、ガキ! そこで黙るなよ、お前はさっき俺に言ったけど、良太が息をひきとったら自分もその場で死ぬって言ったな。この期に及んで、お前まで死んでこの苦しみを解放されたいとかふざけたこと抜かす気じゃねぇだろうな!」

 えっ、なにそれ、桜が死ぬ?

「藤堂さん、あなた、本当にキャラ変わりましたね。仕事の時のあなたは何があってもポーカ―フェイスで口調も冷たいくらいだったのに、あなたは仕事抜きに良太君を大切に守ってくれていたのが伝わります。どうか良太君にその優しい心が届いているといいですね、彼は今、夢の世界にいるけれど、きっと僕らの会話は聞こえているはずです。ほら、良太君が涙を流している……」

 えっ! あっ、俺、泣いている。情けないな。もう枯れるほど泣いたはずなのに……。

 勇吾さんの優しさや藤堂さんの愛情が俺を生きようとさせてくれている。

 それに、最愛の人が涙を流して俺を想ってくれている。それだけで嬉しすぎる。しかも俺の後を追って死ぬなんてどうかしている。そんなこと止めないと! 今度は桜の新しいつがいが悲しんじゃうじゃん! そんなのダメだ。

 でもなんだろう、死ぬ前のご褒美もらっているみたいだ。こんなにみんなからの愛をもらえるなんて……。あとは、俺の意識が墜ちるのを待てばいぃか。話を聞き終わったら、俺は今度こそ、永遠の眠りにつける、そんな気がしてきた。

「良太……」

 桜が近寄る気配を感じて一瞬戸惑ったが、勇吾さんが止めてくれた。

「まだダメだよ。そんな答えじゃ良太君には触らせない」
「こんな話をあなたたちにしても意味はない、俺は少しでも良太と居たい。良太の命ある限り良太とだけ過ごしたいんだ。もう良太に触らせてください」
「そのためにこうやって君の本音を聞いているんだ。良太君は寝ているけど、意識はさまよっていて、話は聞こえていると思うよ。君の話が良太君を助けるかもしれないね? つがいの愛情こそがこの病気の特効薬だ。ああ、もう君はつがい解消したって、良太くんに伝えたんだったけ? じゃあ、いくら何を言っても彼の心には響かないかもね」
「目が覚めたら謝りたい。ちゃんとつがいは解消してないって直接伝えたい。どうにか良太を一瞬でも眠りから覚ますことはでにないんですか? 俺は、良太の声が聞きたい。録音された声じゃなくて、声帯を響かせた、あの心地のいい声を」

 ん? 今なんて言った?

「君の願望なんか僕にはどうでもいいし、君が死のうが僕には全く意味がない。そもそもそれほど良太君を想っているのなら、なんでつがい解消なんてたとえ嘘でも、最悪なことをしむけたんだ……」

 えっ!? 勇吾さんも、嘘って言った?

 つがい解消してない? でも俺、どんどん弱ってくし、それにあの二人は確かに色々していたはず。信じられない。
 
「そう言えばレコーダーに入っていたよね? 君がラット起こしたって。つがいのいるアルファはつがいにしかラット起こさないはず。君がラット起こしたなら、すでに一緒に居たそのオメガをつがいにして抱いていたんでしょ? 君のラットを感じて良太君はヒートを一人で起こしたって、そうですよね? 藤堂さん」

 ねぇ、レコーダーって何?

「ああ、つがい持ちのアルファはつがいにしかそうならないはず、だから良太はお前がオメガをつがいにしたって理解したって言っていた」

 藤堂――。なにを録音したんだ! このやろぅ!

「俺は良太に出会ってから、今まで、良太しか抱いてない。あれは、良太の自慰している姿を監視カメラで撮影したものを見て興奮したんだ。一緒の部屋にいてもらったオメガには悪いと思ったが、自慰で耐えてもらった。興奮したふりをしないと、良太が信じないと思って、それでそのオメガには良太の前でキスしてもらったのと、発情促進剤を飲んでもらって発情期のフリをさせた。体に愛撫をして痕を残して信憑性をもたせた。他にも色々協力してもらって一緒に良太を騙した」

 ええぇ――。恥ずかしい!   

 俺のそんな姿、録画されていたの? ってそれを二人の前で言わないでよ。でも俺はまだ桜のつがいだったんだ。嬉しい! 嬉しい! 死ぬ前にまた一つ喜びを感じられた。桜は俺以外抱いてない!

  うん、今すぐ逝ける!

「お前、相当危ないアルファだな。良太くらいだぞ、お前のそのおかしな性癖許してくれるのは」
 
 やめてよ、藤堂さん。俺、許してないよ!

「はぁ。そもそもなんでそんな嘘をついたの? そのオメガは大丈夫なの?」
「オメガは買いました。あの潰したオメガオークションにいたオメガを探して、一週間仕事として発情してもらいつがいになったフリをする。そして金を渡して、最終的に希望していたニューヨークでの仕事を紹介して、今後は俺と関わらない契約で終了しました」
「手が込んでいるね……」
「本当は、生きる気力を無くして人形になった良太でも、俺を受け入れてくれているなら、それで良かった。だけど、ある日、寝起きにあなたの名前を言った」
「僕の?」
「無意識にあなたを探している、もう俺ではダメだと思った、だからあなたに返そうと。でも良太は、監禁してからも俺を好きだと言ってくれる。俺がそう言わせていたんですが、そんな俺からあなたの元に戻れと言っても優しい良太はそうしないかと思って、つがい解除という選択にしました。あなたが開発した薬があれば良太は幸せに生きられる。一度は俺の愛情が邪魔してしまったが、俺も弱っていく良太より、あなたの隣でもいいから笑っている良太でいて欲しかった。だから、あんなに傷つけて、俺から離れなくてはいけない状況を作り出したんだ」
「鬼畜だな」

 藤堂さんの一言が聞こえた。

「オメガが契約を終えて出ていった後、良太は俺に言ったんです。つがいではなくなったことで、心からの想いで俺を愛していたと気が付いたと、それを聞いてやっぱりあなたに返すのが惜しくなった。良太はつがいじゃないことで俺を愛してくれるならこのままの二人で過ごしていこうと思って、解除していないと言わなかったんです。そうしたらなぜかつがい解除で体が弱りだして、医者も俺では……アルファでは一緒にいると良太は命を落とすと言った、だからあなたしか良太を救えない、そう思って別れを言いました。どんな結末にせよ、良太には生きていて欲しかったから……俺から解放されたら、すぐにあなたのもとに行くと思っていたのに、まさかひとり彷徨って死に場所を探すなんて思いもしなかった」

 桜……俺のためにそんな芝居まで、俺はずっとずっと桜に愛され続けていたんだ。
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