ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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番外編

2、家族になっていく 1

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 もうすぐ息子の雫が一歳になる。

 この一年は、バタバタとせわしなく動いていた。でも愛する人との子供は目に入れても痛くないくらいに愛しい存在だった。誰にも感じたことのない感情を、どう表現すればいいのかわからないくらいに、とてもとても愛おしかった。

 つがいなど要らないくらいに、この子がいれば生きていけるなんてとても浅はかな考えを持っていたくらいだった。

 それほどまでに自分の腹を痛めて産んだその子が大切だった。この子のためならなんでもできる、命だって差し出せる。

 気づけば、つがいで夫の桜を相当放置していた。

 でも桜はそんな俺を攻めることなくただ大事に扱ってくれて、率先して子育ても手伝ってくれていた。優しくて頼もしくて大好きな俺の旦那さんだ。もちろん俺の一番は一人息子の雫だが。

「良太君、雫ももうすぐ一歳になるし、雫は僕に預けて、一度桜と二人きりで旅行でも行ってみたら?」

 今日も雫と一緒に上條の本宅に遊びにきていた。義理母の由香里さんは俺のことを実の息子の桜以上に大事にしてくれるし、孫の雫のことも可愛がってくれている。頻繁に会いたいと言ってくれるし、雫を見て貰えるので大変助かっていた。俺は勉強もあるし、日中学業に専念する時間はお義母さんや上條家のお手伝いさんたちが雫を見てくれている。

 雫が遊び疲れて寝ているので、雫を囲んで二人で休憩がてらお菓子とお茶を頂いていた。そんな一息ついたタイミングでお義母さんは、桜と旅行などという話を切り出した。

「え? 雫を置いて? 考えられません」
「いや、でも、二人きりになりたいとか思わない? 夫夫ふうふの時間も大事だよ」

 お義母さんはあわてて付け加えた。

「それなら、毎日夜は一緒に過ごしているし、雫と三人で問題ないですよ、こんなに可愛いんですもん、俺と二人きりいるより雫も一緒にいた方が桜も嬉しいはずです」
「う――ん、でも桜にもご褒美あげないと、あとが大変だよ?」
「ん?」

 お義母さんは何を言っているんだろう、ご褒美って、桜に?

「わからない? 良太君、桜といつからシテないの?」
「えっ」

 桜の実の親からそんなことを聞かれるとは思わなかった。思わず赤くなってしまったが、そういえばいつからだろう?

「思い出せないくらい? まあ赤ん坊は夜泣きするからゆっくり二人でエッチするなんて無理もあるかと思うけど、それでも桜は相当参っているはずだよ、愛しの良太君を味わえなくて」
「でも、俺も桜も学業や仕事に子育てで忙しいし、そんな雰囲気にはならないし、疲れてそれどころじゃないから、桜も別にしたくないと思います……。恥ずかしいからこんな話やめましょうよ」

 義理とはいえ、母親とこんな話は流石に照れる。

「いや、良太君アルファの性欲をなめちゃいけないよ。僕たちの時はそりゃ、酷かった。ほら、授乳中はアルファの精を受けるとミルクの味に変化があるでしょ、強いアルファほど赤ん坊でもその味を受け入れられないんだよね。だから授乳中セックスができないから、僕の場合は粉ミルクにすぐ変えさせられたよ。楓がある日我慢の限界がきてしまって、楓がいる時は桜の世話を一切許されなかった。夜は乳母に預けさせられて、その日から数ヶ月は毎晩、抱かれて、それは大変だったんだよ」
「それは恐怖でしたね……」

 あのお義父さんならやりかねなさそう。

「や、僕も楓が好きでたまらなかったから、それはまあ嬉しかったけどね、産後だったし、さすがに体が持たなかったのは間違いない。君たちは結婚前に相当色々あったから、母乳で育てたいという良太君の意思を桜は守っている。だけど、あの子も生粋の上位種アルファだ、もうそろそろ限界だと思うんだよね」

 まあ、確かにつがいになってこんなにセックスしないのも、あの時別れていた時くらいだもんな、今は夫夫ふうふなのに交わっていない。俺は授乳中ってこともあって、全くそんな気にならないが、父親はそうはいかないか。母乳をあげているわけでも、ましてや腹を痛めて産んだわけでもない、親としての自覚は母親より難しいだろう。

「ね? 僕たちが雫を預かるからゆっくり温泉にでも行ってきたらどう? それに授乳が終われば発情期も復活するし、今から少しずつ雫と離れるのに慣らしていったらどう?」
「雫と離れる……」
「ええっ! なんで泣いてるの?」

 俺は雫と離れるなんて考えたこともないし、考えたくもなかった、そう言葉にしただけで涙が出てきた。

「うっ、ぐすっっ、無理ですっ。こんなに可愛い雫と一日だって離れたくない! なんなら一分でも無理っ」
「うん、まあ雫は可愛いけど、でもそんなに!? オメガにとっては子供よりつがいが一番のはずなんだけど……」
「どうして? 桜は勝手に生きていけるけど、この子はただの可愛くて守られるだけの赤ん坊ですっ。俺の中では雫が一番大事な存在なのに、お義母さんは違ったんですか? 赤ん坊の桜より、お義父さんが大事だったのですか?」

 お義母さんは、一瞬言葉を失っていた。え、 まさかのそうなのか? 赤ん坊よりも?

「とにかく! 良太君の雫への愛情はわかったけど、それでも! 間違っても桜の前でお前は二番目だなんてこと言ったらダメだからね。嘘でも一番って言わないと、良太君、雫と一生離されちゃうくらい覚悟しなくちゃダメだよ」
「なにそれ、怖すぎる」

「良太君も散々、経験してきたから、わかっていたとは思ったんだけどなぁ、つがいとはそういうものだから、たとえ自分の子供でさえ邪魔をする存在なら許さないよ、だから桜を満足させることが、雫と一緒に幸せに生きることだと思って?」
「うっ」
「雫から両親を奪う気? いい父親にしたいなら、桜を第一に大事にしてあげて」
「うう――っ、わかりました。お義母さんに聞かなければ、俺は雫を親のいない子にするところでした、アドバイスありがとうございます 。でもっ雫と離れるのは辛い……」

 少し涙ぐんでしまった。お義母さんの言うこともわかるけど、離れることを実践できるかは別だ。だからといって同じ部屋に雫がいて、桜に抱かれるなんて無理だ。母親としての自分ではセックスに集中できない、それこそ桜をがっかりさせてしまう。

 旅行なんて、まだ俺にはハードルが高いよ。

 お義母さんは泣いてしまった俺の頭を、よしよしって撫でてくれた。お義母さんのことは、出会った頃からすんなり受け入れられて、触られると安心してしまう。

 お義母さんは、少し考えてから違う提案をしてきた。
 
「う――ん。流石に雫と離れての泊まりはまだダメか。じゃあ、今夜はここに泊まることにしたら? 雫は僕の部屋で一緒に寝て、良太君は桜と一緒の部屋で二人きりになればよくない? 雫もいい子だし、同じ家にいるなら離れるってわけじゃないし、一晩だけ試してみよう」
「そ、それならまだ大丈夫かも。でも、迷惑じゃないですか? お義父さんだって、お義母さんを独り占めしたいんじゃ……」
「それがね、楓は今日出張になったから! 僕ひとり寝が嫌だから良太君たちに泊まってもらうって話でどう? 桜とのセックスなら防音の部屋を用意するから心配ないよ」
「……」

 まさかの義理母に夜のサポートをしてもらう羽目になるとは……。俺は赤い顔をして、それならって頷いた。

「よし! じゃあ楓には今日どこかに泊まってもらうようにしよう」
「え? お義父さん、出張っていうのは?」
「うん。出張だよ、今決めた! 北海道あたりにでも行ってもらおう。それなら今夜から前ノリしないと間に合わないな、僕大好きなお菓子があって、そこでしか買えないから僕のおやつを買うっていう出張をさせるから、大丈夫!」

 いいのか……? それで。お義母さんこそ、つがいをないがしろにしているんじゃ……。

「もしもし――楓? うん、すっごく愛してるっ、あのね僕、急に北海道の、あの楓と思い出の詰まった料亭の、あれ、そうあれが食べたくなっちゃったの。しかも明日の午前中のおやつに。だからこれから行って、明日の朝受け取って帰ってきて。えっ? ダメだよ、あれは楓が直接もらうことに僕には価値が生まれるんだよ? 僕のためならできるよね?」

 お義母さんはお義父さんに電話をして、なんだかジャイ〇ンばりなお願いならぬ強要をしている……。でもそこはお義母さん、自然に甘えるように、つがいに今夜は帰ってくるなと言うんだから。午前中にこの家につくにはどう考えても今夜いって朝イチの飛行機に乗らなければならない。これで出張というか、お義父さんの外泊は決まってしまった。

「もしもし、桜? 今桜の実家にいるんだけど、今日お義父さんがお義母さんのおつかいで北海道に行くことになって、お義母さんが家にひとりになっちゃうって言うから、泊まって欲しいって言われて、うん、だから家族三人、桜の実家に泊まらない? その、お義母さんが雫と一緒に寝たいんだって……」

 お義母さんがニヤニヤした顔で俺の電話を聞いている。意地が悪いな、綺麗で優しい素敵な人だけど、こういう遊びゴコロはなんとなく桜と似ているなって思う、でも俺を大事に思っているからこそ、こんなサポートをしてくれるんだ、感謝しなくちゃ。

 桜は俺の話に、じゃあ帰りはそのまま実家に行くからって、いいよともダメだとも言わず俺の決定に従ってくれる。本当によくできた旦那さんだと思う。これで俺と寝るって雰囲気になるのかな? 桜だって流石に実家でそんな気分にならないんじゃないのかな、お義母さんの期待に答えられるかはわからないが、久しぶりに二人きりの夜っていうのは少し、照れる。

 今夜の桜は残業とのことで、お義母さんと夕食は済ませて、そしていつもはしないけどお義母さんと雫と三人でお風呂に入って、ちょうど雫を乾かしているところに、桜が帰ってきた。湯上りの俺を見て、桜は若干残念そうな顔をしていた。
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