『貴方』に『別れの挨拶』はまだ言えない

八川 紫苑

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日本庭園の秋

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私は秋が得意ではありませんでした。修学旅行で奈良に行ったときも。東大寺大仏殿に行ったときのことです。

 友だちはみんな私と一緒に写真を撮ろうとしました。すべて断りました。

 みんなは「どうして?」と不思議がりました。

 彼らには『見えて』いなかったんです。私には紅葉が、灰色に写っていることを。

 紅葉って儚く散ります。その散った紅葉をゴミ箱に捨てます。

 私は小さい頃思いました。

「どうして、あんなに綺麗に咲いていた紅葉を捨てちゃうの」

 両親は言いました。

「それはね、そういうものなの」

 友だちといっても、偽りの関係でした。だって彼らは何か自分たちが都合のいいときだけ、私を「使う」んです。

 用事がなくなれば、ポイ、でした。私の携帯に入っている連絡先は、コロコロと変わりました。私からメールを送っても、エラーで返ってくることなんて、数え切れないぐらいありました。

 そんな私と紅葉を重ねあわせていて。私は秋が嫌いでした。友だちも嫌いでした。

 すべて、信じることができませんでした。


 貴方と出逢うまでは。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

修学旅行から十数年経ち、私は社会に揉まれていました。

大学生の時に、文字通りの「友達」はできましたが、卒業後は連絡はとっていません。


心のどこかでは、ポッカリ穴が空いていたのです。
思っている以上に、大きく。

「今年も秋が来たか…」と呟くと、足元に紅葉が。

真っ赤に染まり綺麗なはず。

だけどあのころと変わらず、灰色にしか見えないのです。


はぁ…とため息を一つついたあとに、最近の「癒し」を聴くために、イヤフォンを耳に刺しました。

「こんばんは。私の周りでは紅葉が色づき始め、まるで絨毯のようになってきましたよ。みなさんのところではどうですか?」

低く淡々としているけれど、真っ直ぐな声。

貴方の声を聞いた時に、そう思いました。

疲れ切った私の心に一筋の光が入り、また声を聴きたいと感じました。

何度も聴くうちに、今度は直接お話ししてみたいと思うようになりました。


気づけば指が動いてました。


「よろしかったら直接お話しませんか」


貴方は快く受け入れてくれましたね。


趣味や世情、日ごろ考えていることを、数え切れないくらい話しました。


気づけばお互いに口にしていたのは

「逢って語ろう」


約束の日になりました。
秋になり、紅葉が赤く染まり始めた頃です。


待ち合わせ場所に着き、貴方の姿をみました。


「…………」


気づけばお互い見つめ合っていました。

目を合わせることが苦手な私ですが、不思議と不快感はありませんでした。


実際に会うのは「初めて」なのに、よそよそしさは無く、いつものような会話が始まりました。

その場の流れか、突然の思いついたのかは定かではありません。

ある提案をしました。


「庭園を散歩したいです」


平日の日中。大都会の日本庭園。

木陰のベンチに座り、紅葉の鮮やかさに圧倒されました。

時間はゆっくり流れ、言葉を交わすことなく、ただ眺める。

今まで感じたことの無いくらい、心が癒されていきました。


庭園をのんびり歩きながら、貴方は言いました。

「私は、長いトンネルを歩いていました。暗い、本当に暗いトンネルでした。

私にはそのトンネルが『長すぎました』。

私の周りの人たちは、『桜の花道』を歩いていました。

いつしか、私は、『景色』を見ることをやめました。

でも、『今』からは。

私にも『桜の花道』を歩くことができそうです。

本当に、逢えてよかった」


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

あっという間に終わりの時間がやってきました。


私の足元に紅葉が降ってきました。

「綺麗…」

自然と口に出していました。


貴方と出会い、灰色だった日常に彩りが戻ってきました。綺麗な日常です。秋がいちばん好きになりました。

私は気付いたんです、冬を待たなければ、『さくら』は咲かないことを。春と秋は、はなれ離れではありません。夏がつないでくれます。『四季』っていいな、とても好きです。

秋っていいですね。私は秋の夜長で、本も読むようになりました。本も好きになりましたよ。




貴方は去り際に『またね』と言ってくれました。


『さようなら』ではありませんでした。


言葉ではうまくあらわせないけど、私はそれがとても嬉しかったのです。

その日から、私にとって貴方は『貴方』になりました。

そして。私は『私』になりましたよ。


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