おふとん

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 子ども達が単独で寮の外へ遊びに行くには、外出届けなるものが必要だという。きちんと前日までにその届け出をし、許可を貰ってからでないと買い物一つも、遊びにさえも出掛けることはできないという決まりがあった。その心はやはり、子ども達の保護や監視が目的なのだろう。
 その子本人が望む望まないに関わらず、児童養護施設に措置されているのは事実。そしてその間は施設の職員が親代わりを担うとはいえ、他所から預かっている人の子には違いない。その子どもがどこで何をやっているのか把握できていないとくれば、万に一つトラブルがあった際には職員の沽券に関わる。多分、過去にそういった問題があったのだろう。集団で生活し、それを管理するからこその決まりというのか、ルールというのか。目に見えない決め事は数多くある様に思える。
 
 夕食後、子どもから外出届けを受け取った菊崎が職員室へと入ってきた。椅子に腰掛けるなり腕を組み、机に置いた外出届けと、何やら難しい顔で睨めっこをしている。はて、どうしたものかと覗いてみると、卓郎と俊樹、小学六年生二人の名前が連ねてあった。目的地は校区内にある公園である。
「あいつら二人だけでお出掛けすんの?」
「そうらしい。今度の休みの日、学校の友達と遊ぶんだってよ」
「あれ?でもさ、この二人、前の休みも外出してなかったっけ?」
「そこなんだよ。今の決まりでは外出って基本的には月に一回だろ?」と菊崎はさらに眉間に皺を寄せる。机の上に置かれた外出届けをトントンと指で刻みながら、「だからこいつを、主任が許可するとは思えなくってさ」
 菊崎の言う通り、この三階フロアの決め事として、外出届けを提出してのお出掛けは月に一回というルールがある。そこを知っておきながら、どうして二人を突っぱねなかったのだろうかと訳を尋ねた。
「いやさ、決まりがあるってのは俺も分かってんだよ。でもさ、俺らがガキの頃だってそうだったじゃん?」
 菊崎は深く椅子にもたれ直した。
「俺らだってさ、学校から帰ったらすぐにランドセルなんか放っぽりだして出掛けたし、それこそ休みの日なんかは一日中友達と外で遊んだじゃんか」
「分かるよ」
「だからさ、おれらにとっては当たり前だったこともこいつらは、こんな紙切れとハンコが無けりゃできないとなると、不憫というか、窮屈だなと思って」
「菊崎君の言ってる事は分かるんだけどさ……」言い掛けた所で菊崎は続けて被せてきた。
「集団生活してんだから規則が必要なのも分かるよ。たださ、月に一回ってのはあんまりでしょ」
「それは……」
 おれには菊崎を納得させる理屈を持ち合わせていなかったため言葉に詰まった。
「近々さ、フロアごとの班会議があるでしょ?その時にこの外出の件も議題として挙げてみるよ」
 それだけ言い残して菊崎は職員室を後にし、子ども達のくつろぐリビングへと紛れ込んでいった。
 確かに菊崎の言っていることは分かるのだ。ただ、ここはおれや菊崎の育った一般家庭ではないし、おれたち職員も雇われの人間であって、本当の親ではない。我が子なら放っておいて構わないということではないが、子ども達を外出へ送り出すということ一つとっても、あれこれ問題がついて回る。机に無造作に置かれたままの外出届けをしばらく眺めながら、菊崎の言葉を反芻した。


 二日後の班会議は少々荒れた。厳密には、菊崎が荒れていた。
 シフト制の勤務のため、同じフロアの職員とはいえ、その勤務によっては数日顔を合わさないということもあるが、月の頭や必要に応じて開かれる班会議では、この三階フロア六人の職員が全員出勤する。子ども達は学校に行き、誰もいないリビング。六人でそこに寄り集まって班会議は執り行われた。
 さっそく菊崎は、宣言通り議題として外出の案件を持ち出した。彼の言い分は「子ども達の外出の規則をもっと緩和してやりたい」という真っ直ぐなものであった。先日の職員室でおれに説いた様なことを、主任をはじめとする他の職員にも熱弁した。
「俺達だって子どもの頃はそうだったじゃないですか。確かにここには色んな大人がいて、そこから学ぶ事も多いのは分かります。でも、やっぱり子ども達には子ども達の社会があって、そこで色んな経験とか失敗をして勉強していくんです。職員という立場で見れば多少のリスクはあるかもしれないけど、施設に囲い込んじまってねぇ、大事に大事に坊ちゃんお嬢ちゃんとして育てるんじゃあなくて、もっと外の世界を、自分の目で見る機会を増やしてあげるべきなんじゃあないかと」
 おれに説いた時から、しっかり今日のプレゼンのために頭を捻らせたのだろう。建前も織り混ぜながら、菊崎らしいスパイスの効いた熱弁である。おれを含む五人は時折頷きながら、その演説に耳を傾けた。
「外での経験をたくさんさせてあげようっていう考えは正しいと思うし、今後のうちの施設における課題の一つでもあると思うんだよね」
 口を開いたのは会を取り纏めている主任だ。
「でもさ、よし!じゃあ好きに遊んでおいで!だとあまりにも無責任だし、それだと子ども達の為にもならないと思うんだよ」
 菊崎は主任の言葉に黙って頷く。
「外出機会を増やすのは意見や今後の施策として良い取り組みなんだけど、じゃあそれを実際に行うにあたってもっと具体的に、子ども達には以前とどう変わって欲しいか、とか、こんな風に成長して欲しいとかさ、そういう見通しは必要になってくるんだよね」
 依然黙って聞いている菊崎であったが、ちらとその顔を覗くと、眉間に少し皺が寄った様な気がした。
「外出の機会が増えました。子ども達は今までより自由に遊べる様になりました。それで終わり、では班の指針とするには甘いから、もう少しその動機や内容を詰めないといけないかな」
 菊崎は腕を組み、む~と唸っている。助け舟を出す訳ではないが、おれは主任に投げかけてみた。
「逆に、どういった具体性があれば施策として通るのですか?」
「例えば……、時間を守れる様にさせる、とか。十七時には帰寮しますと約束して出掛けるのに、それを破ってしまったら駄目でしょ?だから、外出や遊び、自分のやりたいことを通して時間や規則を守るっていうことの意識付けをさせていくとか。今はさ、学習の時間になっても職員が声掛けするまでテレビを見てダラダラしてる子だっているじゃん。ついこの前の勇輝みたいに、やっぱりサボる子はいるし。起床時だっていくら声掛けしても朝食に遅れる子だっているし。だから、寮内での生活でも時間を守れる様にさせていくことに繋げるとか」
 おれは「はぁ」と溜め息の様な返事を返した。主任が話す間、菊崎は頭の後ろで手を組み、天井をぼーっと眺めている。
「決まり事を緩めるのは簡単なんだけどさ、そのためにはやっぱり子ども達が自分達でルールを守れる様になった上でじゃないと。出来てないことが山ほどあるのに、楽しい事だけ増やしていくっていうのはね」
 天井を眺めたまま押し黙っていた菊崎がパッと姿勢を戻した。
「そりやあ年齢も異なる子達が集団で生活してる訳だから、それぞれ、年相応の規則やルールってのが大事なのは分かるんですよ。でもね、主任。そうやって全部のレールを大人が敷いてやって、果たして子どもらは自分で考える力が身につくと思います?」
 菊崎は身を乗り出す様にして、力を込めて口にしていた。
「別に全てを大人が主導で作っていくって言ってる訳じゃないんだよ。いずれは子ども達自身が考えて行動できる様に、段階を踏ませることも必要だし、職員にはそのための根拠も必要だってこと」
「じゃあその、『いずれ』ってのはいつなんですかい?」
 叩きつける様な菊崎の言葉に、おれの方が肝が冷えてしまう。
「そりゃあ約束事は守れるに越した事はないですよ。人に迷惑を掛けることもてめぇが被害を被ることも減る訳だから。でもね、さっき主任が言ってた学習の時間がどうとかってのと、この外出の話は別なんじゃないですかい?朝飯に遅れる様な時間を守らねぇ奴はお出掛けさせねぇ。そいつはあんまりだと思うのは俺だけですか?」
「それは確かに例えが間違ってたかもしれないね」
「それに、何でもかんでも制限をかけたり禁止したりしちまうのは良くないと思いますがね。そりゃあ子どもなんだから失敗もしますよ。大事なのは失敗しちまったその時に、どういう態度で臨めるかってことだし、そいつを教えてやるのも大人の役目でしょうが」
 菊崎の切った啖呵はリビングをしんと静まり返らせ、時計の秒針の進む音がやたら大きく響いた。
 おれを含めて皆、しばらく口をつぐんでしまっていたが、主任が仕方無しにとまとめに入った。
「とりあえず……、外出の件は今後の課題にしよう。外出の規制を緩めてあげるのは前向きに考えるとしてもだよ。それについて回る約束事はやっぱり必要だし」
 菊崎は苦虫を噛み潰した様な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
 子ども達が帰ってきた際、卓郎と俊樹に外出届けを返している菊崎の姿を見た。


 その夜、菊崎に飲みに誘われた。場所は歓迎会の後二人で行った店である。先に入っていると連絡があったので、おれは着くなり店内を覗いたのだが、カウンターに座る菊崎の姿が目に入った。やはり菊崎は荒れていた。隣に座るなり今日の鬱憤を晴らすかの様に喋り出した。
「何なんだよ、主任の野郎はよう」
 菊崎はすっかり出来上がっていた。焼酎のボトルまで卸し、その空き具合から、いつから居るのかは分からないが、ハイピッチで飲んでいることが伺えた。
「ルールだの決まりだのできてねぇだの、七面倒臭えことばっかり言いやがって。あいつは人の揚げ足取ることしか考えてねぇんだよ」
 揚げ足取りに関しては、菊崎もなかなか負けていないのではと思ったが、おれはそっとその言葉は胸にしまっておいた。
「施設病なんて言葉があるらしいけどさ、そんなもん子どもだけじゃなくて職員だって施設病だよ。決まりが無いと何もできねぇ。決まりに無いことは認められねぇ。伝統か何だか知らねぇけど、今まではこうやってきた、じゃねぇんだよ。今までと今とじゃあ、そこに居る子どもも職員も違ぇんだから、ずっと同じやり方で通るわきゃあねぇのにな」
 グラスが空になると菊崎はタバコに手を伸ばした。灰皿はもう吸い殻がいっぱいになっている。
「窮屈でしょうがねぇよ。俺が子どもだったら、あんなところ絶対ぇ住みたかないね」
 菊崎は半分程吸い終わったたところで、タバコをギュッと灰皿に押しやった。消しが甘くて、まだ煙が立ち上っている。しばらくそれを眺めた菊崎は、自分のグラスの氷をぽいと放り込んだ。吸い殻がじんわりと湿気っていく様を、二人でぼんやりと眺めた。
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