おふとん

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 七月の班会議。もうすぐ一学期を終えるため、とりあえずの節目として、各職員から見た子ども達の様子の共有が主なものであった。年度始めこそ、勇輝の様に多少落ち着かない子達もいたにはいたが、新しい生活にも少しずつ慣れてきた様子で、大きな問題は無く、今回の会議はトントンと滞りなく進んだ。
 
 一通り、全ての子達の情報共有を終えた所で主任の方から、フロアのことで何か気になることや議題があればと投げ掛けられた。皆が顔を見合わせる中、スッと菊崎が手を挙げた。
「夏休みには、子ども達と夏らしいことをしたい」
 主任を始め、「良いねぇ」と皆の眉が上がった。例年、フロアの職員総出で、子ども達を川遊びやバーベキュー等に連れ出すらしい。これはもはや慣例行事の様になっているらしく、ここまでは菊崎の意見に、誰も反逆の色は見せなかった。
「パーっと夏祭りにでも行って、子ども達と一緒に花火見物とでも洒落込もう」
 途端、皆の顔が曇ったのが分かった。その理由は、敢えて聞かずとも分かる。
「夜、ましてや人混みに子ども達を連れて出るのは……」
 この主任の一言を皮切りに、「帰寮時間の規則や寮での夕飯はどうする」、「どうやって引率する。祭り会場ではぐれでもしたら……」、「うちだけそんな事をしたら、他のフロアや女子寮の子達も行きたがるのではないか」と、反旗を翻しはじめた。おれもどちらかと言えば乗り気では無かった。昼間の外出ですら子ども達を外に出し渋っているくらいだから、こうなることは分かっていたから。結局皆、自分が引率者として責任を負うことと、他班への体裁が気になるばかりで、それらをどうクリアにして子ども達のために何かしてやろうという気は無いのだろう。……素直に賛同できないおれが言えた口では無いのかもしれないが。
 また前回同様、露骨に苛立った菊崎節が炸裂するのかと思いきや、意外とその表情は落ち着いた様子であった。そして、「まぁまぁ、俺のプランを聞いて下さいな」と言いながら菊崎は、会議のメモにと手に持っているバインダーの一番下に忍ばせてあった紙を配った。
 おれもそれを一部受け取り見てみると、『夏休み 花火大会計画』と、でかでかとタイトルを据えた企画・計画書であった。ワープロで体裁の整えられた計画書を、ぱっと見た目だけでもおれは感心した。内容をよく検めてみると、日時や外出を計画にするにあたっての目的、万が一の雨天時の対応、電車の時間まできちんと調べてある。まるで公文書の稟議書さながら。菊崎らしくないと言っては失礼だが、彼もこう丁寧な仕事をするのだということに驚いた。主任も、目を皿の様にしてその内容を読み込んでいる。
「持参金なんかの相談こそ、主任を通さなきゃと思って空けてます。夕飯も出店で各々が好きな物を食やぁ良いんじゃねぇかとは思うんですが、その分を予算として出してもらえるのかどうかも聞きたかったし。あとは……」
 引率者の項目も空白になっていることには多分皆も気付いていたと思う。
「実際引率に行く職員が多いに越した事はねぇんですが、最低でも二人いりゃあ十分だと思います。もし何かあった時のための窓口や、万が一当日参加できなくなった子がいた時のために、留守番じゃねぇですが、フロアにも一人は残っておいて欲しいかなと。なので、当日は遅番を三名お願いしたいと考えてます」
 企画書を見たまま主任は、「引率者二名というのは少ない気もするけど……。あと、タイムテーブルが、電車で到着予定の次が、帰りに乗る電車の時間になってるけど、その間はどうするの?」と尋ねた。
「基本的には自由行動にしてやりたいので、帰りの集合の時間しか設けていません。その代わりと言っちゃあ何ですが、事前にも当日の自由行動に移る前にも、集合場所の説明はするつもりです。万が一はぐれた際、何かトラブルがあった際には、いの一番にここに来いって。交番もすぐそばにある、見通しの良い駅前だから分かりやすいかなと」
 また主任は企画書と睨めっこをして、しばらくしてから口を開いた。
「そもそも、夏祭りとかさ、小中学校の規定としては大丈夫なのかな?」
「そんな固いこと言ってちゃあ、一般家庭の子だって祭りなんか行けねぇってことになるじゃないですか。もちろんそこには保護者責任って言葉がついて回るんでしょうが。。さっきの引率の件の補足にもなるんですがね、事前に子ども達を班分けさせておき、現地での単独行動はさせない様にはします。時計も各班に一つはこちらから準備をしてやって、電車の集合までは基本的に各班で行動させようと考えてます。そして小学生低学年のグループに関しては、職員も同行してやりゃあ何とかなるでしょうよ」
 主任は「んー」と唸りながら菊崎の説明を聞いており、菊崎は依然落ち着いた様子で続ける。
「せっかくの夏休みで、せっかくの地元のイベントなんです。花火大会の一つや二つ、職員が責任持って連れてってやりましょうや」
 半ば、菊崎のゴリ押しの様なプレゼンに、遂に主任の方が折れた。
「じゃあ、せっかくだからこの企画でやってみようか」
 その返事を聞いた菊崎の顔が、ぱぁっと晴れた様な気がした。
「お金の面は多少は何とかなると思うから。そう大した金額にはならないかもしれないけど、一人何円夕食代という形で出せると思う」
 菊崎は先程までより少しトーンの高い声で「そいつを聞いて安心しました。一銭も小遣いが出ねぇとなっちゃあ寂しいですからね」と、朗らかに返した。
「事前の打ち合わせだけは、念入りにしておく必要があるね。子ども達も交えながら」
 主任の気が変わらぬうちにと、菊崎は畳み掛ける様に、「なら、とりあえずあとは引率ですね。言い出しっぺの俺と。あと一人どなたか……」と、中身を詰めに掛かった。
 再び、会は静まり返った。皆、難しい顔をして企画書に目をやり、考えているフリをしている。
「あ……おれ、行きますよ」
 少し控えめにおれは手を挙げた。若手だからこういう時には率先して、と、先輩に気を遣った部分も多少はあると思う。でもそれだけではなく、こう、皆が責任を押し付け合っているかの空気が、何となく気分が悪く耐えられなくなった。
「よっしゃ!じゃあ、田村君!同期の俺らで、子どもら連れていっちょ、花火見物と洒落込もうぜ!」
 別に嫌々名乗り出たとまでは言わないが、菊崎にそう明るく喋られると、少し後ろめたい気もした。ともかく、その後の話で留守番は主任に決まり、おれと菊崎引率の下、フロアの子ども達皆んなで花火大会に行くことに決定した。

 

「よっしゃ!じゃあ二十時三十分にここに集合な!電車に乗れなくなっちまうから遅れんじゃねぇぞ!」
 私鉄の終点にある駅。車掌さんに切符を渡して無人の改札を抜けると、駅前のロータリー……と呼ぶにはやや寂しいバスの回転場と駐車場。側には昔からこの土地に根付いている美容室やスタジオが並んでいる。目の前の通りに出るとすぐ右手にはコンビニ。そしてここから少し歩くとすぐに河川敷がある。普段はそう色気もないただの河原なのだが、今日は違う。川に沿う様にして、通りの両側にずらあっと立ち並ぶ屋台や出店。いつもはこんな田舎に誰も来ないというのに、どこから湧いて出たのかというほどの屋台通りを行き交う人、人、人。年に一度、この夜このひとときだけここは、歓楽街さながらの賑わいを見せる。
 中学生や小学生高学年の子達は各々の班ごとに、屋台の光と祭りの匂いに吸い込まれる様に通りへと消えていった。おれと菊崎もそれぞれ、低学年の子達を連れて人混みを掻き分けるように屋台を見物し練り歩いた。
 
 子ども達が、たこ焼きが食べたいと言うので、たこ焼きの屋台に並んでみると、前の方に菊崎の班も並んでいた。十個入りのたこ焼きが五百円。食べ盛りの子ども達が腹一杯食おうものなら、与えられた小遣いだけでは足りっこない。おれと同じ想いだったのか小学生の一人が、「なんでお祭りの食べ物ってこんなに高いんだろうね」と、菊崎に尋ねているのが耳に入った。
「祭りの雰囲気代みてぇなもんだよ!そんでもって、この空気の中で食うからうめぇんだ!だいいち、あんな作り置いたべちゃべちゃのたこ焼きが五百円だなんて言われたらよう、祭りでもなかったら絶対ぇ食わねぇだろ?」
 カラカラと笑いながら菊崎は答えていた。奥で勘定をしているテキ屋のおばさんが、少しムッとしたのが目に入ったため、おれは他所へ顔をやって他人の振りをしておいた。
 
 そろそろ二十時になろうかというあたりで、屋台の戦利品や食べ物を両手に川岸へと向かった。屋台通りからは少し逸れるため、この辺りはやや薄暗い。この先の川下で花火が打ち上げられるため、花火見物には持ってこいの場所。おれと同じ考えの人影がポツポツと見える。子ども達と腰を据え、買い食いの続きをしながら花火が上がるのを待った。
 パン、パンと、甲高い破裂音の割には小さな火花。打ち上げ開始の合図から始まり、そこからはドドンッと大きな打ち上げ花火の連打。少し風向きが悪いのか、硝煙がやや花火と被り始めた。それでも、花火に照らされる子ども達の目はきらきらと輝いて見えた。

 最寄りの駅で降りてから寮に向かう国道のコンビニで菊崎は足を止めた。
「よっしゃ!最後にアイスでも食って、夏祭りの締めとしようじゃねぇか!」
 ワッと子ども達が喜んだのも一瞬、ほとんどの子達が屋台でお金を使い切ったと口々に。
「しょうがねぇなぁ。俺と田村君が出すからよ、全員店に着いてきな!」
 菊崎を先頭に、子ども達は蟻の行列の如くアイスのショーケースへと向かっていった。
 
「一人一個だぞ!」
「馬鹿野郎!溶けちまうから買いもしねぇやつをベタベタ触んじゃねぇよ」
「ハーゲンダッツは駄目だ!もっと安いやつにしろ!」
「欲しかったやつの最後の一個が取られた?あっちに似た様なのがあんだろ。後でそれ持ってって半分こすりゃあ良いじゃねぇか」
 
 少年ホーム光の面々で、コンビニ店内は大賑わいであった。
 二人で会計を済ませ、コンビニの駐車場にたむろして、皆でアイスを頬張った。菊崎はタイヤ止めに腰掛けて、「いやぁ。夏らしくて良いねぇ」と、パピコを咥えたまま呟いた。子どものうちの誰かが、「そういや主任とかに、お土産買ってなかったよね」と言ったが菊崎は、「そんなもんいらねぇよ!一緒に来てりゃあてめぇで買えたんだからよ!」ガハハと笑いながらそう言って、食べ終えたパピコの殻をゴミ箱に投げ入れた。

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