おふとん

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 児童養護施設では、最低毎月一回は、災害等を想定した避難訓練の実施が義務付けられている。当番制となっており、年度初めに月ごとで割り振られた職員名簿が張り出され、三、四名程の職員が担当して行っていく。
「やべぇ!来月、俺避難訓練当たってるのすっかり忘れてたよ!」
 職員室で事務作業中の菊崎が突然声を上げた。
 当番制になっているくらいだから、実施する内容は担当の職員の裁量に任される。子ども達は学校へ登校している時間を除けば、二十四時間在寮しているわけだから、それこそ時間帯も内容も、やりようはいくらでもあると言えばあるものだ。
「今月の人達は、調理室の火災だって放送かけてグランドに避難させてたよね?」
「そうなんだ。俺その時勤務じゃなかったからいなかったんだよ」
 菊崎は腕を組んでしかめっつらをして、「でも、そんなありきたりなことやってもなぁ」と溢した。
「別にさ、ありきたりでも良いんじゃないの?警報や放送が鳴った時にちゃんと指示が通るかも大事なことでしょ?」
「それは分かってんだけどさ……。でも、こう毎月毎月やってるとさ、子ども達も、『ああ、またか』ってなるじゃん。イマイチ緊張感が出ないというか……」
 菊崎はそういったっきり、「んー」としばらく唸っていた。
「とりあえず、他の当番の人にも意見貰ってみようかね」
 そう言って菊崎は席を立ち、他のフロアの職員の元へと向かっていった。

 
 そんなやり取りがあったことも忘れていた約一ヶ月後。夕食や入浴を終えた子ども達と、おれもリビングで余暇を過ごしていた際、突然それは始まった。
――ジリリリリ!
 穏やかな団欒のひとときを切り裂く様に、甲高い非常ベルの音が鳴り響いた。おれも子ども達も、一緒に勤務をしていた職員も、何事かと一瞬戸惑った。
 しかし、よくその警鐘を聞いていると、音の出どころが妙である。リビングに備えられた寮内放送のスピーカーから聞こえている。この時点でおれは、避難訓練の一環で、菊崎の仕業だなと悟ったのだが、状況がまだ掴めていない子ども達は、依然パニック気味である。
 そこへ寮内放が流れた。
『訓練、地震発生。訓練、地震発生。寮内にいる児童と職員は、身を守る姿勢を取って下さい。繰り返します……』
 おれは指示通り子ども達を机の下や椅子の下に身を屈める様に促した。高学年の子達は、放送を聞いて我に返り落ち着いた様子であったが、低学年の子に至っては、本当に地震がやって来るのかと、まだ少し戸惑っている様子が見えた。
 しばらくすると警鐘が止んだので、そろそろ避難指示の放送が入るのだろうと思っていたところ、突然寮内が真っ暗になった。リビングの電気もテレビも消え、数名がやっていた携帯ゲームの光でかろうじて辺りが見える程度。いよいよ何事かと、低学年の子達は怯えている様子で、机の下で小さくなりながら擦り寄ってきた。ここまでやるとは、なかなか手が込んでいるなと、おれも違う意味で驚いていた。
『地震が収まりました。寮内にいる児童と職員は、速やかにグランドへ避難して下さい。繰り返します……』
 もう一人の職員に先陣を切ってもらい、おれは殿を務めた。逃げ遅れた子がいないかを確認してから後を追う訳だが、本当に災害にあった場合、果たしてこう模範的な行動が取れるのだろうか。訓練だと分かってからはいたって冷静で、そんなことを思いながら最後尾を走った。
 
 翌日、菊崎と勤務が被ったので、話題はもっぱら昨日の避難訓練であった。
「昨日のはおれも一瞬驚いたよ」
「おお!そう言ってくれると、こっちもやった甲斐があるってもんだよ!」
 やはり、発案者は菊崎だったようだ。
「地震なんか起きた日には停電だって起こる可能性があるじゃん?事務室のそばにメインのブレーカーがあるって言うから、そいつをいっちょ落としてやろうってなったんだよ」
「非常ベルは?」
「寮内放送のマイクにスマホを近付けただけ。思いのほか響くもんだから、自分でも驚いてさ」
 今までの避難訓練とは雰囲気が違うということで、他の職員からも割と評判が良かったらしく、菊崎の話しっぷりは得意気であった。
「ただ、高校生のフロアの子からは怒られちったよ」
 メインのブレーカーを落としたものだから、テレビゲームの電源も落ちてしまったとのこと。
「でも、実際に大地震が来た日にはゲームだの言ってらんねぇかんな!」
 カカカと菊崎は笑い飛ばしていた。
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