おふとん

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 新年度を迎え、班編成も終え、また子ども達との日常がやって来た。菊崎とは勤務フロアが変わってしまったが、結局同じ寮内にいるため再々顔を合わす。外で子ども達と遊ぶ時、食堂での食事の時。ただ、同じ職員室で過ごす様なことは無いため、のんびり顔を突き合わせて話すことはほとんど無くなったので、「近々また飲みに行こう」と、顔を見る度に誘ってくれていた。


 学校が休日の天気の良い午後。おれはいつもの様に子ども達と外で遊んでいた。最近の子ども達の流行はゴム野球だ。年齢に幅があるとはいえ、頭数だけは揃っている。ある程度学年に配慮しながらでも、二チームに分けるだけの人数はいるのだ。そして、おれや菊崎といった、いつも一緒にグラウンドで遊ぶ職員も、そのチームに誘われる。時にこちらもムキになりながら、子ども達と共に汗を流す。
「田村さーん!ちょっと良いですか?」
 おれが守備についているところを、三階フロアの窓から呼びつける者がいる。緑川さんだ。彼女は今日は遅番だから、午後からの出勤である。子ども達にグローブを預け、すぐに窓の下から用件を尋ねた。
「呼びました?何でしょう?」
「子ども達と遊んでいたところ、すみません。ちょっとよろしいですか?」
 だからその用件は何だと尋ねているのだ。と思ったが、そこからは話せない、何やら大事な用なのかもしれない。保護者からの連絡の取次や……あとは何だろうか。午前中の引き継ぎに関してと言っても、今日の子ども達の様子では、そう思い当たる事は無かったが。とりあえずおれは靴を履き替え、三階フロアの緑川さんの元へと向かった。
「はい。何でしょうか?」
 階段を駆け上がり、少し息を切らして緑川さんに改めて尋ねた。
「今日、野球部の子達って、お弁当を持って朝から部活動に出ていますよね?」
「はい、そうです」
 新二年生になった勇輝、そして今年度から中学一年生になった卓郎と俊樹。彼ら三名は野球部に入部している。この日は緑川さんの言う通り、弁当を持参して部活動に行っていた。
「あの子達、夕飯は食堂で食べないのですか?食堂のホワイトボード、欠食のままになっていたのですが。引き継ぎ用のノートにも何も書かれていないですし」
「あ……」
 食堂の調理員が分かる様に、部活で寮にいない、高校生ならアルバイトなど、食堂で食事を摂らない場合は、食堂に掲示されたホワイトボードに、その子の食事が不用である旨を書き込む決まりがある。確かに今日の朝食時、野球部三名の昼食の欠食を書き込み、昼の際にそれを消すのを忘れていた。
「遅番は私達なので、夕食に行ってあの子達の食事が無いとなったら困るので、きちんと消しておいて頂かないと」
「ああ、忘れてました。すみません」
 そう返事をして立っていると、「まだ、何か?」と言われたので、「あ……いえ。じゃあ、直してきます」と言い、おれは食堂に向かって事を済ませてから、再びグランドに戻った。


 宿直明けの朝。眠たい目を擦りながらも子ども達を起こす。この日は平日。朝食後に学校の支度を促し、「今日習字セットがいる!」、「ノートがもう無い!」と、出発間際にバタバタとしながらも、何とか子ども達を無事学校に送り出した。
 朝礼を終え、退勤して自宅のベッドに倒れ込んだ時にはすっかりクタクタだった。夜中に仮眠が取れるとはいえ、やはり宿直勤務は楽ではない。こればかりは一年経っても慣れ様が無かった。
 昼まで少し寝ようと布団に入ったは良いが、突然の着信によって起こされてしまった。
「……はい。……もしもし……」
 電話に出たのは良いが、相手も確認せずに反射的に取ってしまった。まだ意識はぼんやりしている。何なら、眠りを邪魔された事に対する苛立ちも少し湧き上がっていた。
「お疲れ様です。田村さん、ちょっと良いですか?」
 声を聞いて、ん?と思い、耳から離して通話相手を見てみると緑川さんだった。慌てて携帯を耳に戻し、「田村です!お疲れ様です!」と返事をした。
「田村さん、今日私が登校指導に行っている間、宿直明けだから寮内で洗濯とか掃除をしてくれてましたよね?」
 緑川さんの言う通りだ。「明けで眠たいでしょう。登校指導は行きますから、のんびり寮内の仕事をやってて下さい」という緑川さんの言葉に甘えて、おれは子ども達を見送った後、子ども達のパジャマの洗濯や居室の掃除機掛けをしていた。
「はい。しましたけど……」
 それが何か?という言葉は飲み込んだ。
「今、洗濯が終わったパジャマを干してたんですけどね、中学生の分が出てないんです」
「あ……」
 言われてみればというやつだ。確かに、小学生の支度で少しばたついて、ようやっとで送り出せた安心から気が抜けていたのか、中学生の物を回収し忘れた。
「だいぶ夜も温かくなってきて汗もかくだろうから、衛生的にも困ります」
「すみません」と謝るおれは、気付けば電話越しで正座をしていた。
 今洗濯機にかけているから、終わったら干しておくと言い残し電話を切られた。すっかりくたびれていたはずなのに、何だか変に目が覚めてしまった。


「――っていうことがあってさ……」
「そいつはまた。三階フロアも難儀なことになったもんだね」そう言いって菊崎はビールを一口飲んだ。
「そりゃ確かにさ、ミスしてるのはおれだけど。何かいちいち回りくどい感じがしてさ……」
「いやぁ、俺とは真反対の人だね。俺は三階から異動になって良かったよ。そんな人と一緒に仕事してちゃあ、身が持たないね」まるで他人事の様に話しながら、彼は必死で枝豆を口に放り込んでいる。
「しかしあれだね」
 口いっぱいの枝豆を飲み込んで、菊崎はタバコに火を付けてから続けた。
「もっとさっぱりやれねぇのかね。そりゃあ仕事だからミスは無いに越したことはねぇけどさ、それを補い合うためにチームで取り組んでる訳でしょ。一人はみんなのために、じゃないけど、少なくとも子どもに関わる事くれぇ気付いたんだからサッとやりゃあ良いじゃんね。非番の人間にいちいち電話してまで小言を伝えるってのも、馬鹿馬鹿しいったらありゃあしないよ。二十四時間体制の仕事とはいえ、何のためのシフトで、てめぇは何しに出勤してんだって話だよな」
 ビールのせいか、感情移入をし過ぎたのか、菊崎の方が饒舌に怒りを言葉に表し始めた。しかしすぐに、「でも、俺だったら田村君のその倍は小言をもらってるんだろうけどな!」と、笑い出した。
 おれも少し酔っているのか、それが少しおかしくて「多分、倍じゃきかないだろうね」と笑って返した。
 
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