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十
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事の発端は、「習い事がしたい」という小学生の意見からだった。
児童養護施設の運営資金は、そのほとんどが国や自治体の税金で賄われている。制服から始まって、必要な学用品、寮内での食事、果ては職員の給与に至っても。児童を措置するにあたっての必要経費ということで、国民の血税の一部が施設に与えられている。だからという訳では無いが、養護施設に措置された児童は、そう高い水準ではないにしても、最低限度の生活を送ることができる。
しかし、習い事となると少し話が別になる様だ。
最低限度の生活に上乗せされる、言うならば贅沢や道楽に分類されるのであろう。そこに掛かる費用をとなると、途端に偉い人達の顔は渋くなり、財布の紐が硬くなる。
習い事と同じにして良いのかは分からないが、中学校に進学してから部活動に入部することは認められている。それにかかる費用も、「オーダーメイドの道具を作りたい」といったものでなければ、基本的には経費として負担してくれる。だから今までに習い事を希望していた卒寮生や、在寮している中高生は、中学生に進学するのを心待ちにしていた子も少なくはない。
とは言え今時分、施設から一歩出て周りを見てみると、小学生でも習い事をしていない子どもの方が少ない。スポーツにお稽古ごとに塾にと、今の子ども達は子どもながらに忙しい。
そんな周囲の姿に憧れを持った小学生数名が、ホーム長の所へ直談判に乗り込んだのだ。そしてその事が、次の職員会議でさっそく議題に挙げられた。
寮と学校の往復だけで毎日を終わらせるよりも、外でのコミュニティを築くことは、子どもの人格の形成や社会性を育てるきっかけに繋がることは言わずもがな。何より、子ども達自らホーム長の所へ乗り込んで来たこともあって、いよいよ捨て置く訳にはいかないと思ったのだろう。
そうは言っても、希望者全てにその会費なり何なりを捻出するのは難儀な話である。何かうまい案は無いかと職員に投げ掛けられたものの、一同口をつぐんだまま。何か思案しているのやら、誰かが名案を出してくれるのを静かに待っているのやら。
「はいはーい」
会議の静寂を破ったのは菊崎であった。
「前提として、部活動以外の習い事や、何かしらのクラブチームに加入させることは、予算的に無理なんですよね?」
事務長は菊崎の問いに、何度も同じ事を言わせるなというやや煩わしそうな態度で、その通りだという意味合いの返事をした。
「だったらもう、寮内でクラブみてぇなもんを立ち上げるしかねぇんじゃないですか?これだけの頭数の職員がいることだし。皆それぞれ、学生時分には何かしらに打ち込んできたり、身に付けてきたりしたものがあるでしょうよ。それを子ども達に教える……ってレベルにまではいかなかったとしても、環境を整えて一緒に活動するくれぇのことはできるはずです」
ホーム長はうんうんと首を縦に振って頷いている。
「まぁ、かと言って、何でもかんでもクラブとして立ち上げたんじゃあ職員にも限りがありますから。差し当たっては、子ども達にどんなクラブが必要かアンケートを取ってみてはどうでしょう。それで出てきた項目について、職員で対応できるものに関しては正式にクラブとして活動していくってのは」
ひとまずは菊崎の意見がそのまま採用され、次回の職員会議までに、各フロアの子ども達から意見を集めて提出することとなった。
その後開いた三階フロア会議では、その日のうちに子ども達に伝えて早めに意見を集めようという話になったので、遅番勤務にもついていたおれが子ども達へ通達する役を担った。
約一月後。改めて先の議題についての会議が開かれた。
取りまとめ役は引き続き菊崎が務めた。
「皆さん、アンケートのご協力ありがとうございました。現時点で希望者のあるクラブをまとめましたので、まずはそちらを見て頂きたい」
そう言って菊崎は集計結果の記された用紙を配る。
「とりあえずは出てきた意見とその票数はそのまま載せてありますので、まずここで皆さんとやっていきたいのは項目の厳選です。こいつは実現できねぇんじゃねぇか、って項目のものは削ってしまいたいんです」
菊崎の指揮の下、順調に会は運んでいった。
「野球はさすがに場所も設備も無いのでは」
「バスケやバレーなど、仮に希望者が集っても、どこかの大会に参加することはできるのか。もしできないのであれば、本当にただのレクリエーションで終わってしまう」
「その考えが通るなら、パソコンクラブは何を目的とするのだ」
「検定や資格の修得を目指せば、それこそ進学や就職してからも強みになり得る」
「子ども達はそこまで考えていないだろう。ただユーチューブを見たり、パソコンゲームをしたりしたいだけじゃないか」
前回はだんまりを決め込んでいた人達が、こぞって意見を飛ばし、時折多数決も取りながらクラブの厳選は進んだ。自分に責任が無いとくれば、本当に皆よく喋る。滑稽だなと眺めつつも、それをひたすら傍観している自分がいて、なんだかそれもおかしく思えた。
「さて、絞り込めた所でいよいよ決めなくちゃいけねぇのが、各クラブの顧問。責任者ってやつです。何も一人に押し付けようってことはする必要無いと思います。可能な限りは複数名で一つのクラブに当たっていって欲しいのはもちろんですし、器用な方は掛け持ちも有りかと思います。自薦でも他薦でも、決めれる所から決めていきましょうや」
途端に皆、ピタリと口を閉じてしまった。
「とりあえず俺は、このクラブの総括はこのまま担わせてもらえたらなと。各顧問への活動方針の相談やアドバイスも、微力ながらお手伝いしていきます。活動の報告書の書式の作成や取りまとめ等もしていきますので。その流れでって訳でも無いんですが、パソコンクラブは俺が担当しようかなと思うのですがいかがでしょうか」
一番面倒な事を自ら引き受け、顧問まで名乗りを上げたのだから、反対する者はいなかった。そうなると押し付け合ってはいられないと思った人が数名、自薦という形で手を上げ始めた。よく分からないものを押し付けられるより、自分ができそうなものに自ら名乗り出た方が楽だと踏んだのだろう。皆、なかなか正直なものである。
「あの、よろしいでしょうか」
皆に続いて手を挙げたのは緑川さんだった。
「今回、クラブという形では子ども達から挙がってきてはいないんですがね、私は今、ボランティアで来て下さっている茶道の先生の窓口をしております。今は小学生の女子のみ、先生に見てもらっているのですが、それをクラブとして正式に立ち上げ、希望者を改めて募り、活動することにはならないでしょうか」
緑川さんの発言に周りの皆は誰も何も言わなかったが、おれと同じ気持ちの人もいたはずだ。
「分かりました。じゃあ、茶道も正式にクラブとして、改めて活動していってもらいましょう。顧問は緑川さんでよろしいですね」
菊崎はすこぶる落ち着いて対応し、緑川さんは「はい。それでお願いします」と、またこちらも、さも当然の如く返事をしていた。
その後は至って問題なく、スムーズなものであった。男子寮と女子寮それぞれに、副の取りまとめ役も置いてはどうかという声が上がり、男子寮の方の副としておれが名乗りを上げた。若手のくせに何も顧問を持たないとは何事だ、などと言われ兼ねないため、一つくらい役を貰っておこうと、最後に滑り込んだ。それに長は菊崎だから、おれとしてはいくらかやりやすいだろうとも思った。
菊崎を中心に、三名がクラブ運営員会として船頭に立ち、各顧問がそれぞれのクラブの活動を実施していくこととなった。
会議の後菊崎がおれに寄って来て、「田村君から話は聞いてたけどよう、あいつは癖モンだな」とポツリと言った。
児童養護施設の運営資金は、そのほとんどが国や自治体の税金で賄われている。制服から始まって、必要な学用品、寮内での食事、果ては職員の給与に至っても。児童を措置するにあたっての必要経費ということで、国民の血税の一部が施設に与えられている。だからという訳では無いが、養護施設に措置された児童は、そう高い水準ではないにしても、最低限度の生活を送ることができる。
しかし、習い事となると少し話が別になる様だ。
最低限度の生活に上乗せされる、言うならば贅沢や道楽に分類されるのであろう。そこに掛かる費用をとなると、途端に偉い人達の顔は渋くなり、財布の紐が硬くなる。
習い事と同じにして良いのかは分からないが、中学校に進学してから部活動に入部することは認められている。それにかかる費用も、「オーダーメイドの道具を作りたい」といったものでなければ、基本的には経費として負担してくれる。だから今までに習い事を希望していた卒寮生や、在寮している中高生は、中学生に進学するのを心待ちにしていた子も少なくはない。
とは言え今時分、施設から一歩出て周りを見てみると、小学生でも習い事をしていない子どもの方が少ない。スポーツにお稽古ごとに塾にと、今の子ども達は子どもながらに忙しい。
そんな周囲の姿に憧れを持った小学生数名が、ホーム長の所へ直談判に乗り込んだのだ。そしてその事が、次の職員会議でさっそく議題に挙げられた。
寮と学校の往復だけで毎日を終わらせるよりも、外でのコミュニティを築くことは、子どもの人格の形成や社会性を育てるきっかけに繋がることは言わずもがな。何より、子ども達自らホーム長の所へ乗り込んで来たこともあって、いよいよ捨て置く訳にはいかないと思ったのだろう。
そうは言っても、希望者全てにその会費なり何なりを捻出するのは難儀な話である。何かうまい案は無いかと職員に投げ掛けられたものの、一同口をつぐんだまま。何か思案しているのやら、誰かが名案を出してくれるのを静かに待っているのやら。
「はいはーい」
会議の静寂を破ったのは菊崎であった。
「前提として、部活動以外の習い事や、何かしらのクラブチームに加入させることは、予算的に無理なんですよね?」
事務長は菊崎の問いに、何度も同じ事を言わせるなというやや煩わしそうな態度で、その通りだという意味合いの返事をした。
「だったらもう、寮内でクラブみてぇなもんを立ち上げるしかねぇんじゃないですか?これだけの頭数の職員がいることだし。皆それぞれ、学生時分には何かしらに打ち込んできたり、身に付けてきたりしたものがあるでしょうよ。それを子ども達に教える……ってレベルにまではいかなかったとしても、環境を整えて一緒に活動するくれぇのことはできるはずです」
ホーム長はうんうんと首を縦に振って頷いている。
「まぁ、かと言って、何でもかんでもクラブとして立ち上げたんじゃあ職員にも限りがありますから。差し当たっては、子ども達にどんなクラブが必要かアンケートを取ってみてはどうでしょう。それで出てきた項目について、職員で対応できるものに関しては正式にクラブとして活動していくってのは」
ひとまずは菊崎の意見がそのまま採用され、次回の職員会議までに、各フロアの子ども達から意見を集めて提出することとなった。
その後開いた三階フロア会議では、その日のうちに子ども達に伝えて早めに意見を集めようという話になったので、遅番勤務にもついていたおれが子ども達へ通達する役を担った。
約一月後。改めて先の議題についての会議が開かれた。
取りまとめ役は引き続き菊崎が務めた。
「皆さん、アンケートのご協力ありがとうございました。現時点で希望者のあるクラブをまとめましたので、まずはそちらを見て頂きたい」
そう言って菊崎は集計結果の記された用紙を配る。
「とりあえずは出てきた意見とその票数はそのまま載せてありますので、まずここで皆さんとやっていきたいのは項目の厳選です。こいつは実現できねぇんじゃねぇか、って項目のものは削ってしまいたいんです」
菊崎の指揮の下、順調に会は運んでいった。
「野球はさすがに場所も設備も無いのでは」
「バスケやバレーなど、仮に希望者が集っても、どこかの大会に参加することはできるのか。もしできないのであれば、本当にただのレクリエーションで終わってしまう」
「その考えが通るなら、パソコンクラブは何を目的とするのだ」
「検定や資格の修得を目指せば、それこそ進学や就職してからも強みになり得る」
「子ども達はそこまで考えていないだろう。ただユーチューブを見たり、パソコンゲームをしたりしたいだけじゃないか」
前回はだんまりを決め込んでいた人達が、こぞって意見を飛ばし、時折多数決も取りながらクラブの厳選は進んだ。自分に責任が無いとくれば、本当に皆よく喋る。滑稽だなと眺めつつも、それをひたすら傍観している自分がいて、なんだかそれもおかしく思えた。
「さて、絞り込めた所でいよいよ決めなくちゃいけねぇのが、各クラブの顧問。責任者ってやつです。何も一人に押し付けようってことはする必要無いと思います。可能な限りは複数名で一つのクラブに当たっていって欲しいのはもちろんですし、器用な方は掛け持ちも有りかと思います。自薦でも他薦でも、決めれる所から決めていきましょうや」
途端に皆、ピタリと口を閉じてしまった。
「とりあえず俺は、このクラブの総括はこのまま担わせてもらえたらなと。各顧問への活動方針の相談やアドバイスも、微力ながらお手伝いしていきます。活動の報告書の書式の作成や取りまとめ等もしていきますので。その流れでって訳でも無いんですが、パソコンクラブは俺が担当しようかなと思うのですがいかがでしょうか」
一番面倒な事を自ら引き受け、顧問まで名乗りを上げたのだから、反対する者はいなかった。そうなると押し付け合ってはいられないと思った人が数名、自薦という形で手を上げ始めた。よく分からないものを押し付けられるより、自分ができそうなものに自ら名乗り出た方が楽だと踏んだのだろう。皆、なかなか正直なものである。
「あの、よろしいでしょうか」
皆に続いて手を挙げたのは緑川さんだった。
「今回、クラブという形では子ども達から挙がってきてはいないんですがね、私は今、ボランティアで来て下さっている茶道の先生の窓口をしております。今は小学生の女子のみ、先生に見てもらっているのですが、それをクラブとして正式に立ち上げ、希望者を改めて募り、活動することにはならないでしょうか」
緑川さんの発言に周りの皆は誰も何も言わなかったが、おれと同じ気持ちの人もいたはずだ。
「分かりました。じゃあ、茶道も正式にクラブとして、改めて活動していってもらいましょう。顧問は緑川さんでよろしいですね」
菊崎はすこぶる落ち着いて対応し、緑川さんは「はい。それでお願いします」と、またこちらも、さも当然の如く返事をしていた。
その後は至って問題なく、スムーズなものであった。男子寮と女子寮それぞれに、副の取りまとめ役も置いてはどうかという声が上がり、男子寮の方の副としておれが名乗りを上げた。若手のくせに何も顧問を持たないとは何事だ、などと言われ兼ねないため、一つくらい役を貰っておこうと、最後に滑り込んだ。それに長は菊崎だから、おれとしてはいくらかやりやすいだろうとも思った。
菊崎を中心に、三名がクラブ運営員会として船頭に立ち、各顧問がそれぞれのクラブの活動を実施していくこととなった。
会議の後菊崎がおれに寄って来て、「田村君から話は聞いてたけどよう、あいつは癖モンだな」とポツリと言った。
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